椎名作品二次創作小説投稿広場


黒き翼

邂逅8


投稿者名:K&K
投稿日時:03/11/10

 [キーンコーンカーンコーン]

 「ファーッ!(よく寝たー)。」

 終業時刻を告げる鐘の音とともに、横島はそれまで突っ伏していた机から身をおこすと、大きな
欠伸をした。黒板の前では教師が一瞬なにか言いたそうな顔をして自分の方を見たが、すぐにあき
らめたように首すくめると授業の終了を告げた。
 自分の周りでクスクスと忍び笑いが起こり、彼は声の主を確かめるようにいかにも笑われるのは
心外だという表情であたりを見まわす。

 『あいかわらず見事な眠りッぷりですねー。』

 「どんなに熟睡していようと終業ベルと同時に起きるところがスゴイですノー。」

 そうそう、というようにうなづく周りの連中へジロリと一瞥をくれると、声の主−ピートとタイ
ガー−の方をみた。二人とも手にカバンをもっている。

 「それもこれも、全部美神さんが悪いんだ。あの人、自分は昼間寝れるからって、真夜中の除霊
  三日連続で入れやがって。そのくせ、おキヌちゃんやシロタマは体に悪いからって、俺ばっか
  こき使うんだよな。」

 文句とも泣き言とも取れる内容にピートは苦笑を浮かべた。

 『なんで、美神さんは横島さんばかりこきつかうんでしょうね?』

 「んなもん時給が安いからに決まってるじゃねぇか。」

 いまさら何判りきった事をきいているんだ、と思いながらピートをみる。
 彼は横島に哀れむようにほほえみ、ため息をついた。

 (この朴念仁。)

 彼は胸の中でつぶやいたが、横島はそんなことを知る由もない。

 「じゃあいっそのこと、美神さんのところをやめたらどうですかいノー。横島さんならどんな除
  霊事務所でも雇ってくれるとおもうんじゃがノー。」

 「バーカ。物事そう簡単にいくか。第一俺みたいな半人前そう簡単に雇ってもらえるわけねーだ
  ろ。」

 横島と言葉を交わすたびに、実力に比してこれほど自己評価の低い人間も珍しいとタイガーはおもっ
ていたが、どうやらそれはアシュタロスとの戦いの後もかわっていないらしい。

 「それにな、ときには俺だってもうやめようかって考えることもある。けど、あの人の前に
  立ってあの乳や尻や太ももを見たり、文殊で風呂を覗いたりするとモー、俺は、俺はモー…。」

 かすかに垣間見ることができた令子の裸身が目の前に蘇り、思わず顔がゆるむ。もっともその代償は
令子による死ぬかと思うほどの折檻と、他の女性陣の冷たい視線だったが。

 『恋と学業の両立に悩める若者。ウーン、これこそ青春だわ。』

と、これまた場違いなセリフが飛び込んできた。正気に返って振りむくと机妖怪の愛子が笑っていた。

 『さすがは横島君ね。朝から学校が終わるまでずーっと寝てたと思ったらいきなりこれだもの。』

 愛子が言うと少しもいやみに聞こえない所が不思議であるが、さすがに少し恥ずかしかったので、
わざと無視するようにそっぽをむいてしまった。

 『(クスッ)ねぇねぇ、機嫌なおしてよ。お詫びにケーキおごるからさ。』 

 「ケーキィ?」

 『そう。学校にくる途中に新しいケーキ屋ができたでしょう。あそこ、美味しいって評判だから
  一度食べてみたいっておもってたんだ。ピート君やタイガー君もいるんだし、4人でいってみ
  ようよ。』

 『僕は構わないですよ。』

 「わっしも結構甘いものは好きですケン。」

 「俺は牛丼がいい。」

 『牛丼じゃ放課後の青春がだいなしじゃない。ねぇお願い。つきあってよ。』

 手を合わせる姿に、しょうがねーなーと言いつつカバンを持つ。今日は除霊の予定もないし、たま
にはいいだろう。
 あいかわらず女性には優しいんですね、などといって笑っているピートに、バカいえ、おごりって
言うからつきあうだけだ、と答えて教室を出た。

 「横島。」

 教室を出てすぐ不意に背後から呼び止められた。
 振り返ると見知らぬ男子生徒が立っている。名前が思い出せないので愛子に訊ねてみた。

 「なあ愛子、あいつだれだ?」

 『フゥ…。横島君て本当に女の子以外には全く関心がないのね…。結城健一君よ。3年3組の。』

 「あたりまえだ。俺の脳みその中に男の名前などはいる余地はない。」

 胸をはる横島にジト目で答え、威張れることなのかしら?と胸の中で呟く。結城はそんな会話など
気にした様子も無く近づいてきた。

 「これからデートってところ邪魔して悪いんだが、ちょっとつきあってくれないか?」

 「見てのとおり先約があるんだ。また今度にしてくれよ。」

 久しぶりの自由時間をヤローと過すなどまっぴらなので即座にことわる。

 「まいったな…。どうしてもだめなのか?」

 結城はさらに近づいてくると横島の耳元に口をよせた。
 横島は思わず1歩さがって顔を遠ざけようとしたが、結城に腕をつかまれた為にうごけなかった。
 上体をできる限りそらしてすこしでも顔を遠ざけようとしたが、結城に腕を引っ張れて逆にます
ます接近してしまった。
 
 「昨日俺の従姉が田舎から遊びにきたんだが、彼女GSのファンなもんで同じ学年に美神令子の
  事務所でバイトしてる奴がいるって言ったらどうしても会わせろってきかないんだ。」

 結城が小声で呟いた。
 横島の表情が一瞬引き締まる。

 「美人か?」

 横島も小声でかえす。

 「ああ。けっこういけると思う。」

 結城の返事を聞いて、横島の心は即座に決まった。貴重な自由時間はより有意義にすごしたい。
愛子には申訳ないが、このように綺麗なオネーチャンとお近づきになるめったにないチャンスは逃
すわけにはいかないのだ。特に今回のように相手がGSにご執心とあれば、ものにできる確率は普
通にナンパするよりはるかに高いはずだ。
 愛子は横島の心変わりを女のカンで察知したのか抗議の声をあげようとしたが、その機先を制す
るかの様に横島が口をひらいた。

 「愛子、わりぃ。ケーキの方はまた次の機会にってことにしてくれねーか?。こっちの方はどうし
  ても今日じゃないとダメらしいんだ。」

 『そんな!、こっちの約束のほうが先じゃない!。』

 「本当にゴメン。この埋め合わせは今度必ずするからさ。」

 『もうしらない、横島君のバカァー!!』

 さらに言い募ろうとする愛子に手を合わせて二三度ペコペコと頭をさげると、ピートとタイガーに
じゃあなーと声をかけ、結城をつれて脱兎のようにかけだした。

 (まったく、本当に鈍い人じゃノー。)

 (これじゃ愛子さんがかわいそうですよ。)

 後ろでヒソヒソ話す二人を尻目に愛子はしばらく沈黙していたが、やがておもむろに口を開いた。

 『いくわよ、ピート君、タイガー君。』

 『「へぇ?」』

 『いくって、ケーキ屋ですか?』

 『なにいってんの。横島君の後をつけるにきまってるじゃない。あれは絶対女よ。どんなやつか顔
  を見てやるわ。』

 霊能者である二人の目には、愛子の背後に紅蓮の焔の如くメラメラと燃え上がる妖気がみえた。そ
の迫力に圧倒されながらもタイガーが口をはさむ。

 「後をつけるといっても、その机持ったままじゃとムリだとおもいますがノー。」

 『タイガー君、私がたかが学校妖怪だからって、なめないでほしいわね。日々成長しているのは人
  間だけじゃないのよ。』

 愛子はそういって、自分が座っていた机をヒョイと持ち上げると、目を閉じて精神を集中する。す
ると、机は徐々に輝きだし、やがてその光が消えたとき、机もどこかに消えていた。

 『えッ、愛子さん、机をどこにやったんですか?』

 驚いて訊ねるピートに対して、愛子はそれまで握っていた右手を開いて見せた。そこには消しゴム
サイズの机のミニチュアがあった。

 『私の引出しの中が異空間だってことはしってるわよね。今私は机を構成する分子構造の大部分を
  まびいてそちらに移したの。その結果がこれってわけ。大体10時間程度ならこの状態を維持で
  きるわ。』

 愛子は少し得意げに説明すると、机をスカートのポケットにいれた。

 『その机は愛子さんの本体でしょ。それにそんなことして本当に大丈夫なんですか。』

 分子構造を間引くという言葉に、以前横島から聞いた女性のことを思い出して不安になったが、当
の愛子はあっけらかんと、

 『みんな私のことを誤解してるわ。私の本体は机じゃなくって、机にこもった想いよ。机は単なる
  拠代にすぎないの。だから、最悪でもいまくらいあれば消滅することはないわ。さあ、そんな事
  よりさっさと二人を追うわよ。早くしないと見失っちゃう。』

 二人の手を掴むと引きずるように歩きだした。



 「おい、おまえの従姉って本当にいい女なんだろうな。」

 横島は校門を出ると、駅に向かって歩きながら結城に訊ねた。

 「愛子にはなにかと世話になっているんだ。それを怒らせてまでつきあってやるんだから、それ
  なりの価値がなかったら承知しねーぞ。」

 「その心配はご無用。顔も体も超一流だ。」

 「具体的にどんな感じなんだ。」

 「そうだな、体は藤原○香をダイナミックかつシャープにした感じ。顔つきはちょっときつめで
  タイプは違うが美神令子にも引けはとらんと思うぞ。」

 「そんないい女をなんで他人に紹介するんだよ?」

 「気が強いんだよ。俺は気の強い女はだめなんだ。その点おまえはなれているだろう?おまえん
  とこの所長有名じゃないか。」

 「まあ、なれていると言えばなれているけど…。」

 そんなことを話している間に駅前の商店街にはいった。すでに夕食の準備をする客で大分賑って
いる。二人がある書店の前にさしかっかたとき、結城がちょっと欲しい本があるといって中にはいっ
たため、横島はしかたなく店頭の週刊誌などを手にとってパラパラみながら結城を待つことにした。

 一方、愛子たちは、

 『もう、立読みなんかしてないで、さっさと次いきなさいよ。私たちそんなに暇じゃないんだ
  から。』

 と、横島達に見つからないように隠れたデパートの影で、かなりじれていた。もっとも、愛子の
後ろにいる二人は、

 (こんなことしている僕達ってかなり暇人ですよね)

などと呑気に考えていたのだが。

 そうこうしている間に横島達は駅につき、ちょうどホームに停車している列車に乗り込んだ。結城
が乗り込んだドアのすぐそばに立ったので、横島もその脇に立つ。愛子達も同じ車両の少しはなれた
場所に乗り込んでいた。やがて、ホームに発車時刻を告げる音楽が響き、ドアが閉まりかけた瞬間、
結城は横島の襟首を掴むとホームに飛び出した。

 『「あッ!」』

 三人は驚いて声を上げたが既にドアは完全に閉じてしまい、列車はゆっくりと動き出した。ホーム
では結城がニコニコと手を振っている。横島はポカンと口を開けていた。次第に遠ざかっていくその
姿を三人は黙って見詰ていた。


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