椎名作品二次創作小説投稿広場


不思議の国の横島

第3話  『ファースト・エンカウント』


投稿者名:KAZ23
投稿日時:03/11/ 9

―― クルルホォー ――

俺には名前の見当すらつかない鳥が鳴いている。はっきり言って不気味だ。

―― ザクザク、ザクザク ――

歩を進める度に鳴る足音。なんだか、やたらと地面が乾いている。
うっそうと生い茂った樹木と、何故かいつの間にか周囲に漂っていたそれほどには濃くない霧を考えれば、こんな足音はどうなんだろう?

―― ザザザザザザザ ――

時々、物凄く近くの茂みから葉を揺らす聞こえてくる。
何か獣が横切った音だとは分かるが、音が案外と大きいのがやや気になるところ。
一応人の通れる道の上を俺は歩いているはずなのだが、なにやら秘境を探検でもしているかのような気分になってきた。

「さて……ここか…」

延々と同じ所を歩いているような気がしてたころ、だいたい2時間くらい森の中の小道を歩いた後の出来事。
俺の目の前に、一棟の古びた洋館が建っているのが見えてくる。

「しっかし、なんちゅーお約束な……」

きちんと人が住んでいた当時は、おそらく随分と豪勢だったのだろうその建物を眺めながら、俺は今回の…この世界で初めての仕事を請け負った時の事を思い出す。

…………………………










「洋館に幽霊っすか?」
「はい。まぁ、幽霊です。話を聞く限りでは悪霊でもないみたいですね。とりたてて、大きな危険も無いかと思います。」

更新手続きも無事に終わり、俺は早速仕事の斡旋を行っているフロアへと足を運んでみる。
元の世界での事も含め、俺は初めてそこに行ってみた訳だが………

―― バイトの求人とかと変わんねーな? ――

と言うのが俺の感想。
掲示板に大まかな情報……除霊対象について、場所、期限について、報酬について、必要能力、難易度などなどが項目ごとに並んだビラが貼ってあった。
あとはそれと同じものを閉じたファイルが、難易度ごとに並んでいて……
俺はしばし、それらのビラに書かれた文字情報と格闘する。

―― で ――

その日…俺が協会で斡旋して貰った仕事は、一番難易度の低い部類の仕事だった。
ある資産家が別荘として購入した洋館に、どうやら幽霊が住んでいるんで何とかして欲しいって依頼だそうな。

「じゃあ、別に放っといても良いんじゃないすか?」

俺は、受付の兄ちゃんに聞き返す。

「ま、一般的には幽霊というのは気味悪がられるモノですから。それが悪霊じゃ無くても過敏に反応するものなんですよ、一般人は。」

受付の兄ちゃんもこの手の質問には慣れっこなのか、スラスラと答えてきた。
ま、確かにその通り。
この業界にいると麻痺しちまうが、幽霊ってのは怖がられるものなんだよね。

「あ、そうそう。この依頼ですけど報酬額はかなり低めですよ?諸々差っ引いて貴方の手取りは20〜30万くらいになります。で、それは実際に除霊にかかる金額抜きの話ですから、貴方の除霊スタイルが何か道具を使われるのなら、恐らくほとんど赤字になりますけど……」
「あ、大丈夫っすよ?俺、道具使わないんで。」

おそらくその金額というのは、平均的な報酬金額に比べて少なかったのだろう。
受付の兄ちゃんは難しい顔を見せた。だが、俺にはなんの問題も無い。

―― なぜか? ――

まず、俺は美神さんの所で受けた仕事以外を知らないので、平均的な報酬ってモノの考え方をしてなかった。だから、20〜30万という収入で十分と考えてしまう。
それだけで、2ヶ月楽勝で過ごせるじゃんか〜♪
でもってもう1つ、おれは道具を使わない。金の掛かる道具はね。
だから、その報酬が丸々懐に入るわけだ。

「そうですか……正直な所助かります。こちらの依頼主は、資産家の割りに随分と……あ、いえ失礼。オホン!それではこちらの方に書類が……」

俺が全然オーケーって態度なので、受付の兄ちゃんも「それならば」と話を先に進めてくれた。

…………………………










で、今…俺の目の前にあるのはゴシックホラーか推理小説にでも出てきそうな廃屋。

「いかにも居ますって感じの所じゃねえか…」

うっそうと生い茂った森の奥に佇む、蔦だらけでボロボロの洋館。
これってば出来すぎなくらいの幽霊屋敷だろ?

「ま、何にせよ入ってみるか…」

―― ギィィィーーー ――

錆びて重くなった扉を押し開けて、俺は建物の中に足を進める。

「お邪魔しま〜す。どなたかいらっしゃいますか〜?」

ん……確かに居るっぽい。かすかにだけど霊派の痕が感じられるな。

「どなたですか〜?……」
「うおうっ?!いきなりかよオイ!?」

目の前に、品の良さげな中年女性が現れた。歳はだいたい…50歳くらいかな?
でもって、それは勿論……

―― 幽霊だな、どう見ても ――

後ろ透けてるし、人魂飛んでるし。

「ようこそお出で下さいました。わたくし、この家の主でリツと申します。」
「あ、これはこれはご丁寧に。私は横島忠夫という者です。」

あ、つい挨拶返しちまった!?

「横島様…ですか?それで、本日はいったいどのような御用向きでしょう?」

ん〜……すっげぇ丁寧な対応してくれるオバハンやな〜…

「え〜とですね、実は単刀直入に言いますとですね?なんて言うかその〜……」
「はい?」

こ、こらアカン!緊張すんな〜…いつもみたく悪霊だったら、問答無用で極楽送りなんだけど!くっそー!しかし、とにかく言わんとっ?!

「あ〜…その〜…実はですね〜…じ、成仏していただけると有りがたいんですが〜……いかがなものでしょうかね?」

まあ無理だろうなぁ…
だいたい、幽霊になってこの世に残るって事は、この世にたいして何かしら執着してるって事で、それを何とかしてやらんと成仏して貰えんのだからして…

「あら?なんですの、成仏って?」
「へ?」

あれ?

なんだか変な切り替えしじゃねぇ?
これって…

―― あ! ――

そうか!?もしかして!
もしかしてこの人ってば……

「もしかしてアンタ、自分が死んでるって事気づいて無いのか?」
「え?死んでるって……何の話ですの?」

―― やっぱり! ――

結構居るんだよな、自分が死んだ事に気づいて無いやつって。
これはきちんと説明してやらんといかんか…

…………………………










「…という訳なんですよ。」
「はぁ、それはビックリですね〜…」

俺はつらつらと、今の彼女がどんな状態なのかという事と、今日俺がここに来た事についてのいきさつを説明した。
しかしこのオバハン、どっかズレとるな?

「え〜と……分かっていただけました?」
「はい。つまり、私わたくしは40年前に死んでいて、もう幽霊になっていて、なので成仏したほうが良い。という話なんですよね?」

何故、そんなにあっさりと受け入れる?

「いやぁ、まあそのとおりなんですがね?本当に分かってます?なんかリアクションが薄いな〜って感じちゃうんですけど…」
「はぁ…申し訳ありません。わたくし、良くのんびりさんって言われてましたから。」
「あ、いや!謝ってもらう類の事では!」

あまりに丁寧な…というか天然な対応に、俺はすっかりペースを狂わされっぱなしだ。
いやはや…流石、良い所のお嬢さんだっただけはあるな。
死んでいても物腰の一つ一つに品が……

「生前……しかももう少しお若い頃にお会いしたかったです。」
「はぁ?」

さて、それでどうすっかね?

「で、ですね?一応こちらとしてはこのまま穏便に成仏していただきたいんですけど…何か思い残した事とかあります?ってか、幽霊になってるんだから何か有るんだと思うんですが……」
「はぁ…それがさっぱり。なにしろ、自分が死んでいたって事にも気づいてませんでしたし。」

そう言えばそうだったな。
じゃあもしかして、何も難しいことしなくても逝ってもらえるだろうか?

「じゃあ、このまま成仏して貰ってもいいですか?いや、成仏したほうがいいんですよ?早いところ転生して次の人生楽しんだほうが得ですって。」
「ええ、そうですね。あの、それで…」

ん?やはり何か心残りが?

「成仏ってどうしたら良いのでしょうか?」
「だあっ!」

あんたはおキヌちゃんですか?!

「いや、そ、それは大丈夫です。こちらでやってあげられますんで。」
「あら?それはそれは、重ね重ねお手数をお掛けします。よろしくお願いしますね。」

はぁ、やっぱ少しズレとるわ。流石、元深窓の令嬢。
ま、とにかく気持ちが変わらないうちに成仏してもらおうかね。
それに、せっかく穏便に逝ってくれると言っとる訳だから、俺も心を込めてやらせてもらおう。

―― キィイィィンッ ――

右の手の平に意識を集中させると、俺の耳に甲高い音が聞こえてくる。

『成』

―― キィイィィンッ ――

左の手の平にもう1つ……

『仏』

俺は両手に1つずつ、2つの文珠にそれぞれの文字を込めた。
上手く出来た事をチラと確認すると、目の前のオバハンに語りかける。

「じゃあ、とりあえずコレでこの世ともお別れだけど、なに……また直ぐに転生出来るさ。あんた、良い人だしな。」

ほんの少しだけ、話をしただけだけど…この人は絶対良い人だ。
そう思うよ。

「気持ち良い……あったかい魂してたよ。」
「あら、そうですの?なんだか、有難うございます♪私の方こそ……横島さんがとても良い方で……なんだか会えて嬉しかったですわ。」

ははは…照れるって。
だいたい、俺はそんな風に言われるような「いい奴」じゃあ無いと思うぜ?
でも、そう言われるのは嬉しいし、素直に受け取っておくよ。

「じゃ……いってらっしゃい。」

―― パアァァッ ――

「はい…いってきます。」

俺は両手の文珠を彼女に向けて放る。文珠はその効力を発揮し、大きく輝き、そして……

―― パアアァッ ――

輝きは彼女を包み込み、彼女はニコリと1つ微笑んで……

―― パンッ ――

混ざり合い、1つになって世界に溶けて行く。
どうやら…

「……ちゃんと逝ったな。」

これで今回の仕事は無事に終了。
久々に……いい仕事だった。

「………そう言ってもいいよな?」

俺は扉をくぐり、館の外へ出る。
不思議な事に、あの白く重たい霧は何処にも見えなくなっていた。
空からは日の光が差し込んで、俺の後ろに影が伸びる。
俺は今来た道を歩き出した。

…………………………










「いやあ、ほんとに良いのかね?」

懐に入ってる茶封筒の重みを感じながら、俺はホテルへの帰路に付いている。
今回の報酬は、手取りで27万円也。

「美神さんの所では間違っても有り得ん出来事だな。」

常に危険度Sクラス、報酬SSクラスだからな。
ほんと、コレぐらいで良いだろうに。
わざわざ危険な事なんかせんでも、GSならこんなに簡単に金が手に入るというのに。

「まあ、さすがに今回のは出来過ぎだったけどさ…」

幽霊が何もごねずに成仏してくれるなんてのは殆ど有り得ない話だ。だいたい、未練が有って幽霊やってる訳だしな。
それを考えると…

「かえって悪霊のほうがやりやすいんだよね…」

悪霊……特に意識の残っていないような悪霊なら、問答無用で祓ってやれば簡単だ。
別に普通の幽霊だってそうしようと思えば出来ないわけじゃ無いけど……やっぱり普通の幽霊を力ずくで祓うのには抵抗ある。

―― それでも祓わなきゃいけない時も有るけどな ――

まあ、いい。
とにかく、これでこの世界での経験値が1上がったって所か。
この世界の俺には実績が無い。だから今の俺は大きな仕事は斡旋してもらないのだ。
でも、とりあえず今回の実績があれば、次からは雑魚悪霊の除霊も回して貰えるようになる。
当然、幽霊よりも悪霊のほうが危険も高い。
そして報酬も高い。
ま、美神さんが相手にしてきたような大物は、俺みたいなペーペーに回ってくる訳無いし。なんとかなるだろ?

「1回100万位の仕事をちょくちょくこなしてれば楽勝か?オイ!」

現実はそう上手くいかねぇんだろうけどさ……
夢くらい見たって良いよな。ウン!
さて、折角の初収入だ。何か美味いモノでも食いたい所だな。
何食おうか?
そうだな、久しぶりに…

―― !? ――

なっ?!

「なんだコレ!?」

今晩の飯の事を考えてウキウキ気分に浸っていた俺は、ある感覚で一気に世界に引き戻される。
それは全身の毛を逆立てるような悪寒。それは…

―― 霊圧!? ――

近くで誰かが全開霊力を放出しているのか?でも、悪寒の正体はこっちのじゃない!
もう1つ霊気のかたまりを感じる。こっちの方からは、物凄く嫌な気配が感じられた。
嫌な気配は勿論、霊圧自体がかなりデカイ!?

「どっちだ!?」

俺は辺りを見回す。そしてこの嫌な気配の元を探った。

「あっちか!」

流石にこれくらいデカイと簡単に見つかる。
500メートル………もっと近い!

「ちっ…いったい何が居るってんだよ?」

あんまり面倒事には関わりたくねえんだけどな……
ほんと、何が居るんだ?
先程までのほくほくした気分がすっかり吹き飛んでしまう。

―― ダッ! ――

俺はそこへ向かって駆け出した。

…………………………










「!?」

俺の眼に飛び込んできた光景は、なかなかショッキングである。

―― うえっ! ――

す、スプラッタ!?
胴体チョンの内臓ドバーッ!!
血が血が血がぁぁ!!!

上半身と下半身が完全に生き別れになった肉塊が路地裏のその奥に転がっていた。
この距離だと細かい所までは分かりにくいが、切断面から覗くうねうねしたものは……間違い無く内臓だろう。

―― アイツの仕業か!? ――

そしてその転がる死体の更に向こうに、俺をここに呼んだやつ……嫌な霊気を発していた奴がいた。
全長3メートル程度の黒い………悪魔か?!

「キキキッ!!ざまあねえな!まだ時間は残ってるぜ?」

―― げ!? ――

よく見たら、もう一人捕まってるじゃねえか?
悪魔に両腕を捕まれ、そのまま持ち上げられて宙吊り状態だ。
ぐったりとして、もう死んで………身体を捻って抵抗してる!まだ生きてるんだ!!
くそ!助けられるか?!

「オイ!ちょっと待て!!」

俺は急いで飛び出して、大声で怒鳴り上げる。それで悪魔の注意を引こうとした。

「キキッ?!ちっ!見られちまったか…まあ、まだ7秒…」
「ちょ、待ちな…」

俺の行動はどうやら成功したらしい。悪魔は顔だけで俺のほうを向く。ギョロリと目玉が動く様は俺の本能に更なる嫌悪感をつのらせていた。

―― まだ7秒?なんだ? ――

「キキッ!余裕だぜ!直ぐ戻る……待ってなエミッ!!」
「待て!ベリアル!!」

―― ダンッ!! ――

悪魔は捕縛していた人間………姿は丁度影になっていて見えなかったのだが、声から女性らしい人間を無造作に放り投げると、俺との距離を一気に詰めてくる。
はやい!かなりのスピード!クッ!一気に有効射程距離まで!?

―― だけど! ――

このくらいのスピードならっ!
右手に霊力を集中させる。加減なんて出来ん!後の事考えてる暇もねぇっ!!
最大パワーで!出ろ!!

「霊波刀!」

―― ブンッ! ――

「キキッ?!」
「こなくそっ!!」

―― ザシュッ!! ――

「グギャッ!?」

俺は一直線に向かってきた悪魔から、ほんの少しだけ身体をずらし、交差する一瞬に霊波刀で横に薙いだ。

「嘘っ?!!」

俺が霊能者だって分からなかったのか?それとも見くびられたか?
何にせよ、黒い悪魔が隙だらけで突っ込んできてくれたから、自分でもビックリするくらい上手くいった。

「あー……ビックリした。っと、オイ!大丈夫かそっちのひ………と…え?」

2度ビックリ。

「アンタ!いったい何者!?」

さっきまで捕まっていた女性が右腕を抑えながらゆっくりと立ち上がる。フラフラしながらも、命に別状は無いみたいだ。
でも、問題はそこではない。何故?
だってそこに居たのは…

「………………」

俺の良く知ってる…

「ベリアルはあれでも上級魔族よ!?それをアンタ…」

よく焼けた小麦色の肌、ウェーブのかかった長い黒髪。
整った顔立ちが眼に入る。中でもオリエンタルな魅力バッチリの瞳が。
その人は…

「いったい何者なワケ!?」

―― エミさん!? ――

美神さんのライバル、小笠原エミさんだった。


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