「此処でいいわ。降ろして。」
美神は、自分を抱きかかえて、死にそうな顔で息を切らしながら走り続ける横島に向かってそう言った。ほんの少し先に、この森に入った時に休憩をした石碑が見える。横島の文珠によって、視力を一時的に奪われ混乱した大蛇との距離はだいぶ開いたようだ。
横島は言われるままに石碑の近くで美神を降ろし、その場にへたり込んだ。
「もー動けん!よく考えたら、何でこんなとこまで美神さん抱えて走らにゃならんのですか!何処か適当なところで降りて自分で走ってくれれば、こんな死ぬ思いしなくて済んだでしょーが!」
「アンタねー、アタシを抱きかかえられる事なんて、もう一生無いかも知れないのよ?むしろ有難いと思いなさい!」
「・・・・・・・・・・。」
横島は悩んだ。これから一生、美神を抱きかかえる事が無いのなら、この先この女に付いていく意味は有るのか?人を鉄砲玉みたいに扱う、冷血女に付いていく事に何の意味がある?
いやいや、ちょっと待て。いっそ『逆転の発想』をしてみよう。『この女に付いていく』という考え方自体がそもそもの間違いなのかもしれない。例えば、美神さんという選択肢を切り捨てたとしたらどうなる?
横島の思考回路はフル回転し始めた。
俺の文珠を使えば、あの大蛇を倒すのは難しいとしても、恐らく俺一人逃げるくらいは出来る筈だ。そーだ!その時に美神さんを盾に使えば、俺が逃げのびる確率は更に引き上がる!・・・で、命からがら逃げ帰った俺は、他のGS達の協力を仰いで此処に戻り、あの蛇を皆で力を合わせて倒す。だが恐らく、美神さんはその時には生きてはいないだろう・・・。
ついに彼の脳は明らかな暴走状態に突入。
そのことを知ったら、きっとおキヌちゃんは泣くだろうな・・・。そして、そんな悲しみに暮れるおキヌちゃんの肩を俺はそっと抱き寄せ、優しく慰め・・・そして・・・!!
「やがて二人の間に愛が芽生え、二人は事務所を引き継いで『横島&氷室除霊事務所』として・・・ぐはっっ!!!」
「全部聞こえてんのよ!!この妄想魔人!!!」
「ああっ!!しまった!!また声に出てた!?」
横島の鳩尾【みぞおち】に美神の『裡門頂肘』がめり込む。その踏み込みのタイミングと技の功夫はすでに達人の域に達している。くらった者が常人であれば恐らくは即死、良くても入院後五時間で死亡と言ったところか。とするならば、横島はもはや常人ではないといえるだろう。自らの腹を押さえながら、涙を流す程度のダメージで済んでいる。
いかん!このままだと、大蛇どころか美神さんに殺されてしまう!!と、本能的にそう感じとった横島は、とっさに得意の命乞いの体勢に入った。
「す、すんまへーん!!し、仕方なかったんやーーー!!『美神さんを見殺し』にするなんてほんの出来心で・・・。」
とにかく平謝りに謝る横島。だが横島の必死の弁解を遮る形で、烈火のごとく怒る美神の怒声が放たれた。
「アンタ、『おキヌちゃん』と・・・何するつもり!!!!!」
「・・・へ?」
突然の静寂。
横島は予想していなかった美神の言葉に完全に虚を突かれた。ポカンと口をあけて美神の表情を窺う。
「・・・?・・・あっ!(し、しまった?!)」
そして沈黙。
美神の頬は見る間に桜色に染まる。さらに横島にまじまじと見つめられ、まるで火がついたように顔が熱くなっていくのを感じる。
先にその沈黙を破ったのは横島だった。耳まで真っ赤にしてうろたえる美神に向かって、恐る恐る質問した。
「あ・・・あの・・・それって・・・?」
(ど、どうしよう・・・!そ、そーだ!)
横島が言葉を言い切る直前に、追い詰められた美神は凄まじい速さで行動を起こした。美神は咄嗟にポケットから文珠を取り出し、握り締める。浮かび上がる文字は『忘』。
最近美神は仕事中にこっそり横島から文珠を頂いて、それをヘソクリとして蓄えていたのだ。
いつも美神は横島に、文珠は軽々しく使わず『最後の切り札』としてとっておくように、と口がすっぱくなるほど言ってきた。そして今こそ、その『最後の切り札』を使う時だと美神は確信した。
「記憶を・・・失えーーーーー!!!」
「おわぁ!」
バシッという音と共に横島は後方に転がり、大の字に寝転がったまま起き上がってこない。静かに時間が流れる。
だ、大丈夫かしら・・・?さっきの事どころか、今迄の事全部忘れちゃったりして・・・。そんな不安が美神の脳裏に浮かぶ。
美神はゆっくりと近づき、そっと横島の様子を覗き見た。
「よ、横島クン?」
呼びかけられて意識が戻ったのか、横島はぱっと目を開き、美神の顔をじっと見つめるとやおら立ち上がった。何度か軽く頭を振る。
「あ・・・あれ?俺、気を失ってたんすか?なんか鳩尾がひどく痛いけど・・・。そーだ!蛇はどうなりました?」
「・・・何とか距離を取れたわ。アンタが目を覚ましたから、これから作戦会議よ。」
横島の質問に、何事も無かったかのように美神は振舞う。
(うまくいったみたいね・・・。よかった・・・。)
美神は、一つ大きな安堵のため息を吐いて石碑に腰を下ろし、やがて追いついてくるだろう大蛇への対策を練る事にした。
ひっそりと静まる森の奥深く、まるで何かを飲み込もうと大きく口を開けているような巨大な洞穴が有る。その洞穴の入り口に、金色に光る二つの眸が見える。横島の文珠をまともに受けた大蛇は、二人を追いかけることはせず、自らの巣に戻っていた。
大蛇は待っていたのだ。己の両眼に再び視力が戻るのを。
至近距離で信じられないほど強い光を、まともに見てしまった。流石に暫くは物を見ることが出来ないだろう。視力を奪われたままでは、たとえひ弱な人間相手でも不覚を取るかもしれない。かつて自分を封印した忌々しい『クソ坊主』の時の例もある。
あの時の坊主も妙な術を使って自分を苦しめた。怒りで冷静さを欠いたままその僧侶に飛び掛り、ヤツが綿密に仕掛けた罠に掛かった。その時と同じ轍は踏まない。もっとも、封印される直前にあのクソ生意気な坊主はかみ殺してやったが。
誤算だったのは、三百年もの間封印される羽目になるとは思っていなかった事だ。あの時、あの坊主の罠に掛かりさえしなければ、今頃、自分の目指す『崇高な使命』は達成できていたかもしれない。なんとも忌々しい。
蛇が妖【あやかし】となったのは、確か人間どもが鎌倉の地に幕府とやらを開いた頃だったか。当時此処を塒【ねぐら】としていた鬼達が、武士に倒された時の返り血を飲んだとき、蛇は自らを『妖』と認識した。
同時に蛇の頭の中に聞こえてくる声。蛇はその声に従うことに決めた。その声が蛇に伝えたものこそ、蛇の言う『崇高な使命』なのだ。
『ソロソロカ・・・』
ゆっくりと洞穴から頭を出し、辺りを見回す。視界の方はまだ完全とは言えなかったが、戦闘に支障が有ると言う程ではない。
だが、視力回復のためのインターバルに相当の時間を費やした。もしかすると、すでに彼の獲物は狩場から逃げ出してしまったかもしれない。しかし、蛇は決して慌てる素振りを見せずに悠然と構えていた。
おもむろに鎌首を上げると、その金色の両眼に力を込める。すると蛇の脳裏に、森の隅々、あらゆる所の映像が飛び込んできた。
美神との戦闘で蛇がなかなか仕掛けなかったのは、美神を侮っていた訳ではない。攻防の最中に森全体に弱い結界を張りめぐらしていたのだ。
この結界の効果は二つ。
一つは、先ほど蛇がやった『森全体の情報を自ら動く事無く手に入れることが出来る』という効果。そしてもう一つは、この森を『入ることは出来ても、出ることは出来ない迷宮にする』効果だ。
この結界は、横島が文珠を使う前に完成していた為、二人が逃げても全く問題はなかった。この森から出ることはもう出来ないからだ。また、この結界は非常に霊波を押さえて張り巡らされている。そのことは流石の美神でさえ、感知することが出来なかったことでも解って頂けるだろう。
やがて森中を検索していた蛇の脳裏に二人の姿が浮かび上がる。二人はあのクソ忌々しい石碑の傍に腰掛けていた。
『ミツケタゾ・・・』
蛇は喜んでいるのか、口角を上げて笑みをこぼす。その笑いは寒ささえ感じるほどの凄みが有る。
すぐに追跡するのかと思いきや、どうしたことか蛇はじっと固まったまま動かなくなった。一見すると突然眠ってしまったようにも見えるが、多少霊能力の修行を積んだ者が見れば何をしているのかはすぐに判っただろう。
その妖はチャクラを使って霊波を練っていた。それもとてつもない霊力と霊圧で。そして腹の辺りで練り上げられたその霊波は、少しづつ体の中を昇り始め、やがて喉を通り、ついにはその巨大な鍔に達した。
大蛇はその体を弓のように引き絞り、天に向かって大きな鍔を開く。
『グゥオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォン』
咆哮。同時に大蛇の鍔から凄まじい霊波の塊が、光線となり天空に向けて放たれた。その色はまるで鮮血の如く赤く、禍々しい輝きを放っている。
やがてその赤い光は天に達し、激しい爆音と共に不気味に煌き、空を赤く染めた。
まるで悪い夢を見ているかのように、『それ』は爆発した辺りから少しずつ青い空を赤黒く汚していき、あたかも透明な水に赤い絵の具を落としたかのように、ゆっくりと広がり、森全体を包み込んだ。
『フゥム。』
期待通りの結果に満足した大蛇は満足げに鼻を鳴らす。
体を締め付ける戒めが解けてから、蛇は「ゴーストスイーパー」を名乗る人間を三人喰った。彼らはそこら辺の人間とは比べ物にならないほど霊力に満ちていて、蛇の空腹を満たすのに充分だった。もう暫く人間を喰う気はない。
それでも、その恐ろしい妖は、美神と横島、この二人を狩るために動き始めた。
なせなら、この蛇は人間をいたぶるのが堪らなく好きなのだ。威勢のいい生意気な人間を結界に閉じ込め、嬲り殺す。その時の苦痛と恐怖に満ちた顔が、心地よく彼の心を震わせるから。
さあ、狩りの時間だ。
第四話目です。一〜三話までで、皆さんからもらったご意見を出来るだけ反映させることが出来ていると思います。
ちなみに僕のパソコンの原稿は、一・二・三話を合わせて、文章を推敲しなおし、更に書き足して修正をしてあります。皆さんにお見せできないのが残念です(笑)。もし機会があったらお見せできると良いんですけど・・・、読みたいですか?
あ、あと全然関係ないんですけど、「古内東子」の“キッスの手前”って曲、まるでルシオラのこと歌ってるみたいで痺れます。誰か「私もそう思う!」っていう方いませんかね・・・いないか。 (ヨコシマン)
きちんとコピーされてないのか? (ヨコシマン)
相変わらず面白いです。それに美神と横島の漫才?がかなりしっくりしてて笑えました。
蛇が、蛇が怖いです。いや、本当に。
では次も期待してます。 (誠)
さて、ついにヘビゴン(?)との本格的な戦闘態勢に入りましたか〜
ヘビゴンって、勝手に命名・・・いや、こいつの名前はすでにヘビゴンです!!
次回、どうやってGSレギュラーたち(でも2人)はいかにして反撃を行うのか!!ヘビゴンに弱点はあるのか!!
期待してますよ〜であであ〜 (ヒロ)
相も変わらず面白いですね。
さあ、次回からはヒロさん命名のヘビゴンとのバトルだ!
激しいバトルとなることを期待しつつ・・・ではっ!! (BOM)
真剣な戦闘の最中にああいうボケの応酬をしてくれるところこそがGSの醍醐味。
私も見習わないかんですねえ。
ヘビゴン(定着)との戦いに期待しています。 (U. Woodfield)
お恥ずかしい・・・(汗)。 (ヨコシマン)