ブブブブッ
ポケットの中の通信鬼が振動し、着信があることをワルキューレに伝えた。
『此方、コードブラック、どうぞ。』
『(此方、コードブルー、ターゲットを乗せたタクシーがあと5分程でそちらに到着します。)』
『了解。ほかに誰か乗っているか?』
『(いいえ、ドライバー以外はターケット一人だけです。)』
『わかった。後はこちらで引き受ける。そちらは予定通りバックアップに回ってくれ。』
『(了解しました。)』
通信鬼が切れ、ワルキューレは自分の傍らと、すこし離れた場所に停めた車の中の部下に合図
を送ったあと小さく溜息をついた。
後10分程で1ヶ月に及んだ今回の任務が大きな節目をむかえる。これで闇の中を手探りで
進むように遅々としていた任務の進展にも一気に弾みがつくだろう。
全ての任務を完了し魔界に帰れる日もそう遠くないかも知れない。
やっと魔界に帰れると思うと無意識に顔が綻んだ。
上級魔族である彼女にとっても魔力の薄い人間界で長期にわたって活動するのはしんどいこと
であったので、
(休暇でも取って久しぶりに母上の顔でも見に帰るかな。)
と、つい今後の予定などを考えてしまったが、さすがに生来の生真面目さとプロ意識がそれ以上
の弛緩を許さなかった。
緊張感を練り直すため、作戦内容を頭の中で復唱する。
(今回の任務の目的は、魔界で発生したある事件に関係すると思われる人間を拘束し、尋問
をおこなうこと。尋問には情報部の担当者も同席する。ターゲットの名前は森村丈太郎、36
歳独身、職業はGS、ただしGSとしての評価は低い。)
気に食わないことの多い任務であった。
まず第一にターゲットの割出しに時間がかかったこと。魔界での事前調査で有効な情報が全く
得られなかったのが原因である。
また、結構用心深い男で、自分の事務所にいる以外は塒を毎日変えるため、襲撃計画の作成に
手間どってしまった。ただ、この用心深さは裏に何かあると思わせるには十分だった。ちなみに
今自分達がいるのはターゲットの女が住むマンションの前である。
最後に、これが最も気に入らなかったのだが、作戦自体に情報部が介入してきたこと。連中は
来週末に開かれる、神界、魔界、人間界の代表者会議の席で、先の大戦以降あまり物を言えなく
なっている人間界に対して圧力をかけるネタを必死で探していたので、この話に飛びついてきて
直接ターゲットを尋問させるよう軍上層部を通じて圧力をかけてきたのだ。
本来なら機密保持のため、複数のセクションが関わる事態は拒否したかったのだが、今回は
軍司令部の命令で逆らえなかった。
実際に、セイフハウスの方には尋問担当の情報部員が待機している。
汚い仕事はワルキューレ達にやらせて、美味しい所だけを取ろうという態度が見え見えだった。
彼女はこの仕事が終わったら理由をつけてぶん殴ってやると、部下達に対して密かに宣言して
いたが、今のところだれからも反対意見はでていない。
物思いにふけっている間に5分が過ぎたのか、マンションの前に1台のタクシーが止まった。
車から出てきた男を確認すると、タクシーが走り去るのを待ち、部下に一言声をかける。
『いくぞ。最後の仕事だ。』
マンションの入口に向かうターゲットを追いかけて歩きだした。
ますます読みたくなってきました。 (鷹巳)