椎名作品二次創作小説投稿広場


私だけを――

キノコの呪い(前編)


投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:03/ 7/21

 絶句すること、しばし。横島と雪之丞は固まったまま、キヌを見守る。
 あのごうつく商人である、厄珍でさえ投棄した(!)といういわく付きのキノコ。
 横島の脳裏に浮かぶ。あの極端に小柄で、伸ばしっぱなしのぼさぼさの髪に、胡散臭い
ヒゲ、欺瞞の輝きに満ちた眼を隠そうとする大きなサングラスで不敵に笑う中年の顔が。
 まともな食べ物であるはずがない。
 よしんばかつてまともであっても、彼が捨てた物に、既に値打ちがあるわけがない。
 それどころかトラブルの種であることは、ほとんどお馴染みのパターンである。
 そんなものを食べようと思うのは、飢餓ヒエラルキーの頂点に君臨する
横島達二人ぐらいのものなのである。が。
 気の毒なことに。
 その二人と友人だったばかりに、なんの不自由もないキヌが食べてしまったのだ。
 毒――何らかの形で、不利益という意味で――であることが確定済みのキノコを。
 ごくりと唾を呑む音が、隣りから聞こえる。逆に彼の音も隣りで聞こえたに違いない。
「なんとも」
 そこまで言ってから、自分の口がえらく乾いていることを思い出したようだ。
 雪之丞は唾液が溜まって口が潤うのを待ち、もう一度言い直した。
「なんとも、ねぇか?」
 言われたキヌも、彼らと同じ心境だったのだろう。
 なにか変化がないか、自分の両手を交互に見てはおろおろしていた。
 終いには小刻みにジャンプしながらくるくる回って、横島達に360度観察させた。
「一応、なんともないみたい……」
 見た印象を、横島は疑心暗鬼の口調で言う。
『ふぅー……』
 三人が声を揃えて溜息をついた。
「脅かしやがって。んじゃ、惚れ薬みたいに以前と感覚が違うこともないんだな?」
 念を押して訊く、雪之丞に、キヌはこっくり頷いた。
「はい。そうゆう自覚症状は、ないです」
「脅かしたのはどっちだよ。放射性廃棄物より危ないもの持ち込みやがって」
 雪之丞に険悪な眼差しと言葉をぶつけたのは、無論、横島。
「そこまで言うか。俺はせーぜーダイナマイトぐれぇ物騒だとは思ってたが」
「どっちにしろ、ヒトの家で火にかけるなよ」
「ま、喉もと過ぎればなんとやらだ。食えるものなら食っちまおうぜ」
 緊張から解放されると、急に空腹を思い出してしまう。二人は座り込んだ。
「じゃあ、とりあえずご飯炊けるのを待ってくださいね」
 言うとキヌは、先程までの病人のような青い顔はどこへやら。
 持参した米を流しで洗い始める。

 一時間強ほど過ぎた。

「だぁーっチキショオ!!」
 カードが四枚、雪之丞の手から天井へと舞い上がる。
「へっへっへ。だからお前は儲からねぇんだよ。フツー引くか?」
 勝ち誇った横島は、手元の札三枚を見せてにやにや笑い。
「クッソ。余裕あるツラしてっからどんな手かと思えば、18ぽっちかよ」
「まあ、相手に自滅させるように振舞うのも戦略ってことだよな」
「お前ってやたらゲーム強いよなぁ……」
 ブラックジャックに使ったトランプカードを片付けつつ、雪之丞は感心していた。
 暗黙の内に、もうそろそろ食事が出来る頃合だと、二人とも気づいたのである。
「お待ちどうさまでしたぁ」
「ホントだぜ。飢え死にさせるつもりかよ」
「雪之丞、文句があるならでてけよな。ここは俺の家で、料理はおキヌちゃんのだぞ」
「あー、ったく、キノコ以外の食い物があると思って強気に出やがって」
 などと三人で、談笑しながら皿を小さなちゃぶ台に並べる。
 しかしふと、並んだ料理を見下ろして。横島は幽かな違和感に気づく。
「……あれ? そういえば雪之丞のキノコが無いな」
「ウソだろ? 焼いた匂いが旨そうだったからニンニク醤油作って待ってたのに!?」
 憤慨する雪之丞に、キヌは事情を説明した。
「私が食べちゃいました。冷めたらもったいないですから」
「全部? ウソだろ!」
 雪之丞は繰り返して叫ぶ。
(……あれ?)
 ふと過る、疑問。この瞬間に、今、不自然を感じる横島。
 やはりキヌの様子が、微妙におかしいと思った。
「食うなら食うで、俺達にも分配しろよなぁ。待てって言うから、待ったのによ」
「そうだ、それ! 俺も思った!」
 雪之丞の抗議に、横島も便乗する。
 普段のキヌなら、キノコを独り占めしたりするはずがない。
 冷める前に食べるというなら、必ずきちんと三人で分けるだろう。
「おう、それに冷めるって言ったって、俺が焼いたのは四個、五個って数だぜ。
全部で二十個近くあったもんを全部食う理由にゃならねぇ。
わざと抜け駆けして全部食いやがったんだろ!!」
「ああ、たぶん、そうだ。おキヌちゃんさ、さっきなんともないって言ったけど――」
 実は、習慣性というか、一種の麻薬みたいなモノに近いキノコではないだろうか。
 横島が、言おうとして、遮られた言葉は、おおむねそういう内容だった。
 遮られた、というと、少し事実と食い違うかもしれない。横島は自ら言葉を呑んだ。
 じわ、と、キヌの下瞼に溜まり、つぅっと線になって流れるモノを見てしまった。
「あ、いや、俺はだな、別に……その、つまり……」
 必死に言いつくろっているのは、雪之丞である。
 超傍若無人な彼でも、キヌを泣かせるのは気まずいらしい。
 なにしろそれほどに、キヌという女性は邪念がなく、純朴で、誰からも好かれていた。
「ごめんなさい。許してください。すみません。すみません」
 何度も何度も頭を下げるキヌ。
「いや、俺は別にキノコのことで責めてるんじゃないよ」
 横島が慌てて慰め、それよりもやはりキノコが危ないモノであることを言おうとした。
 そこでまた、邪魔が入るのである。
「てめぇ、俺『は』っつったかこの野郎ッ! そーかいそーかい俺だけ悪党かよ」
「雪之丞がキノコでいじましく苦情申し立ててたのはフォローしようがねぇだろがッ!?」
「だから、お前だって非難ブーブーだったじゃねぇか!
一人だけ責任逃れしようったって、そうはいかねぇ!!」
 俺は最初からそんなつもりじゃない! となおも食い下がろうとした横島だったが。
「うううううううぅ、本当に申し訳ありません……」
 キヌが本格的に泣き出してしまう。
 二人で言い争ってる場合では無くなってしまった。
 いや、横島からすれば初めから雪之丞に構ってやっている場合ではなくて。
 一刻も早く厄珍のところに行って、キヌの病状を正確に把握したいところであった。


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