椎名作品二次創作小説投稿広場


下弦の月

別離


投稿者名:ライス
投稿日時:03/ 7/12








「キャアァァァァァァ!?」







 家中に響き渡る叫び声。





 おキヌは見た。
 屋根裏部屋で血まみれになったタマモを。


 彼女にとって、今の状況は何がなんだか訳が分からない状態であった。


 誰が、
 誰が…、
 誰がッ。


 答えは分かりきっている。
 でも。

 
 信じたくない、
 信じられない。
 
 

 しかし、タマモの無意識の呟きが、
 そんな甘い考えを打ち砕き、
 現実を見せつける。



「うぅ、シ、シロ……。」



 やはり。
 いや、当然なのか。
 とにかくタマモの元に寄る。
 彼女はタマモの頭をゆっくり持ち上げ、呼びかける。


「タマモちゃん!!ねぇ、何があったの!?シロに何があったの?」


 必死に呼びかけるが、彼女は再び意識を失う。
 危険な状態だ。


「美神さん、美神さ〜〜ん!?タ、タマモちゃんが、タマモちゃんが………!!」 


 どうしていいのか、
 それさえも戸惑う中、
 彼女はこの家の主を呼ぶ。
 その悲愴と困惑で満ちた歪んだ声で。

















 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★




















 月は雲に隠れ、
 雲は雨雲に変わり、
 雨粒がアスファルトを濡らし始める。


  

 そして、雨……。




 ビル影を飛び交う一つの人影。
 その影は、ビルとビルの間を飛び移っていく。
 まるで忍者のように。

「………!」

 雨が降り出すと、影はあるビルの上に立ち止まり、
 鼻を利かせる。
 何かのにおいを探っている。
 それは楽しげに、
 獲物を狙うかのようであった。

「!?」

 どうやら、お目当ての『獲物』を見つけたようだ。


 人影はニィッ、と笑うと、
 再び雨の降る夜影に消えていった………。
























 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★































「ありがとうございましたぁ〜〜〜!!」

 とあるコンビニ。
 今、買い物を済ませ、
 開いた傘を手に、
 帰路に着く男、横島。

 ビニール袋の中身は、
 今日の晩飯の弁当に、
 明日の朝のカップめん。
 その他、色々と……。


「ヘックシ!!うぅ〜、大分寒くなってきなぁ……。」

 雨が降るたびに、秋は深まりを見せる。
 それを改めて実感する。
 まぁ、彼も薄手のジャージを着ていたのが悪いのだが。




 ともかく、それはやって来たのだった。





「ん?」




 にわか雨だった雨は次第に勢いを増し、
 本降りへと変わっていく。
 彼が気付いたのはそんな時であった。



「オイ、シロ!!シロじゃないか?」



 街頭の光をスポットライトに、
 彼女は傘も差さず、、
 その全身雨に濡れた身体を、
 街灯の柱に寄りかからせていた……。


「びしょ濡れじゃないか。どうしたんだ?」


 彼女は一言も喋らない。
 そして黙り込んだまま、
 彼女は横島の身体にそっと寄り添った。


「おぉ!?な、なんだよいきなり……」


 うつむいている彼女。
 そして、横島の顔を見上げる彼女。
 泣いてはいないが、潤んだ瞳。
 そして、また彼女はうつむく。

 それは芝居なのか、本気なのか。

 横島は冷え切った彼女の体の感触を感じながら、
 その表情を見た瞬間、どぎまぎする。
 ぽりぽりと頭をかくと、彼は言った。

「ま、なんだ。こんな所じゃ冷えるから、オレのウチに行こう。な?」




 そして二人は歩き出した。





 雨が降り続ける中、
 二人は同じ傘の中で、
 沈黙したまま、
 ただ黙々と歩いていた。


 重たい空気。
 うつむく彼女。
 何も言い出せない横島。
 ただ時が流れていく。


 気が付くと、
 いつの間にか、アパートの前。


「さ、来いよ?」


 階段の前。
 傘を閉じ、階段を上がる横島。








 その一瞬だった。











 彼が後ろを振り向いた瞬間。
 そう、背中を見せた瞬間、




 彼女は牙を剥いた。




 
 彼女は背後から首を絞めようとした。
 その、隠していた鋭く伸びた爪を出し、
 彼の首を血みどろに握り潰す……。



 想像しただけでも身震いする。
 


 やりたい。
 今すぐやりたい。
 そして、血を見たい。
 血まみれになりたい。



 彼女に沸き起こる、
 呼び覚まされた狂った本能。




 何をしてる?
 やるんだ、
 今すぐやれ!!
 やれ!
 やれ!!
 やれ!!!
 殺れ!!!!



 
 手を伸ばし、
 その鋭い爪を伸ばし、
 静かに横島の首に手を掛ける。

 ほんの少し力を加えれば、
 血が吹き出す。
 そう、ほんの少しだ。
 










































 だが。

























































 手が動かない。

 あと一歩。
 それもほんの少し動かせば、
 首を握り潰せるというのに。

 なのに、手が動かない。


 横島はまだ気付いていない。




 何故?




 彼女の中でグルグル思考が廻る。




 殺したいのに殺せない。
 何故?
 殺したいの?本当に…。
 何故?
 殺せないわけない。でも。
 何故?
 何故?
 何故?
 何故?
 なぜ?
 なぜ?
 なぜ?
 ナゼ?ナゼ?ナゼ?


 ナゼ…………………………。

























 本当は殺したくないんじゃないの?

























「違う!!」

 手を元に戻し、首から手を引くと
 シロは突然、大声を出した。

「なんだ?」

 その声に驚き、横島は振り向いた。
 シロは彼の顔を見る。







「先生!!
 センセイ!!
 せんせぇ〜〜〜♪」


 



 頭の中でこだまする。
 先生、先生、先生……。
 せんせい、せんせい、せんせい……。
 センセイ、センセイ、センセイ……。




 頭を横に激しく振る。
 しかし、それは止もうともしない。
 むしろ、さらに響き渡る。


「どうしたんだ、シロ?」



 再び横島の顔を見る。




 助けて。
 解き放って。
 そして抱きしめて。


 いや、抱きしめて欲しい。



 でも。

 自分が何をしでかすか、怖い。
 血まみれにしてしまうかもしれない。
 殺してしまうかもしれない。



 自分に抑制が効かないのが恐ろしい。






「オイ、シロ?大丈夫か?」






 心配して、横島はシロに近付く。
 そして、顔を見ようとして、
 手を伸ばした瞬間。



「ハッ!?」  
 



 シロは我に返り、
 横島の手を振り払った。
 そして、彼女は横島から、
 二歩、三歩と徐々に離れていく。



「先生ぇ……。
 来ちゃダメでござる……。
 拙者に近付いちゃ危ないでござるよ……?」

「? 何を言ってるんだ、シロ。早くこっちに入れ。」

 横島はシロの言葉を無視して、近付こうとする。

 しかし。

「ダメでござる!!」

 シロは横島を制した。

「来ちゃダメでござる……。
 今の拙者は何をしでかすか、自分でも分からないでござる……。
 止められないんでござるよ、自分が……。
 下手すれば、先生や他の皆を傷つけかねないでござる……。」

「…………」

「その証拠に、
 先程はタマモを傷つかせてしまったでござる……。
 だから!!
 これ以上、皆を、先生を傷つけさせたくないためにも、
 自分で自分を抑えられる間に、
 姿を隠すでござる!!
 先生達に会えないのは残念でござるが、
 これが、今の時点でこれが最良の手立てでござろう……。」

「そんな馬鹿な……。それに第一、信じられない。」

「信じられないのも無理でござろう……。
 でも、事実でござる。
 うっ……。」

 頭を押さえるシロ。
 それに動揺する横島。

「シ、シロ!?」

「だ、大丈夫でござる……。
 ……限界でござる。
 拙者、もう行かねばならないでござる。」

「ま、待て!?待つんだ!?」

「先生、拙者が遠くにいても見守ってて下さいでござる……。」



 ニッコリと微笑み返すシロ。
 しかし、余裕のない笑顔。
 そして、流れ落ちた涙粒。


 彼女は空高く飛び上がると、
 雨の降る闇夜に再び消えていった。


 横島は階段の中腹にいたが、
 そこから一気に下へ駆け下り、
 空を見上げる。


「一体、何だって言うんだ!?
 お前に何があったんだって言うんだ!?




























 ………………シィィィィロォォォ〜〜〜〜!?」








 雨降る虚空に叫ぶ横島。
 その呼び声にシロが反応するわけもなく、
 だた、夜空に響くだけであった……。






 そして無情の雨は夜遅くまで降り続けた……。




 続く……。
 
 

 


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