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下弦の月

下弦の月


投稿者名:ライス
投稿日時:03/ 7/12











 ………古来より月は魔力を秘めていると言われる。















 それはある日、『突然』起こった。












「アオオォォオオォォォ〜〜〜〜〜〜ン♪」



 晩秋。
 紅葉も深まりを見せる中、次第に次の季節へと傾きを見せてゆく。
 そんな秋の深まりを感じさせるそんなある日の夜のこと。
 シロが月につられて、屋根の上で嬉しそうに遠吠えをする。


 月は半月。
 斜め下に弓の様に欠けている月。
 

 これを下弦の月と言う。


 『彼女』は何も知らなかった。
 いや、知らされていなかった。
 
 しかし。

 その日、その夜、『彼女』は見てしまった。



 …………ドクンッ。



「………!?」



 眩暈がする。
 動悸が起こる。
 胸が苦しい。
 身体が熱い。
 


 そしてなによりも、内から、外から増幅されてくる『何か』。



 それは燃えつくすような炎であり、凍て付くような氷でもあった。



 それが全身に巻き付く様に襲う。





 咆哮。
 それは断末魔のように聞こえる。
 それはまた、歓喜の喜びにも聞こえた。



 そして、確実に彼女には『何か』が芽生えていく……。



 月は半月。
 その光は妖しく、そして不気味に朧げに輝いていた……。






































 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★




















「ったく、なんで私が………。シロのヤツったら、まったくハタ迷惑ったら、ありゃしないわ……!」


 ぶつくさ言いながら、階段を上る少女。
 タマモ。


 先程の遠吠えが五月蝿いおかげで、美神に止めてくるように言いつけられたのだ。


 くつろごうとした矢先に。


 いい迷惑だ。
 なんで、私が……。
 となど、色々言いたかったが、なにしろ居候の身である。

 あの人に逆らったら、後が怖いのもあって、文句も言わず、
 自分達の部屋である、屋根裏部屋へと向かった。
 そこには天窓があり、屋根に出られるようになっている。
 多分、シロもそこからに屋根に出たのだろう。


 彼女はその鬱憤をシロに対する小言で処理しよう、
 そう考えていた。


 だが、その望みは叶わなかった。
 いや、叶うはずもなかった。


「シロ〜〜〜っ、いるんでしょ?」


 彼女は部屋のドアを開ける。
 明かりがついていないから、部屋は闇に包まれている。
 本来なら、天窓から月の光が差し込むはずであるが、
 今は雲に隠れているのか、その光も差し込んでいない。


 一寸先は闇。


 その部屋の状況は正にその如しであった。
 そして、それはタマモの運命をも暗示していたのだった……。

























 ―――――ゾクッ。




























 身の毛がよだつ。
 先刻の何事もない、いつもの部屋の空気が豹変する。
 急に張り詰める緊張。
 タマモ自身、それをつぶさに感じ取る。




「な、なに………?この感じは一体……!?」




 彼女の本能が堰を切ったかのように叫び出す。

 『危険だ、今すぐココから逃げろ!!』、と。

 しかし、足が動かない、動き出してくれない。


 その間も、全身を駆け抜ける悪寒。
 高まり行く緊張した空気感。
 








 外では雲に囲まれていた月がようやく姿を現し始めていた。
 同時に天窓に月光が少しづつ、ゆっくり溢れていく……。




 『彼女』が姿を現せたのはそんな時であった。





 いや、現れたというのは正しくない。
 『彼女』は既にそこに居たからだ。
 気配を隠していただけで、ずっとそこに居たのだ。




 とにかく、『彼女』はそこへ佇んでいた。




 月は完全にその姿を現して、光を照らす。
 その光に当たるように『彼女』は頭を下にうつむけ、静かに立っている。
 さすがに表情は分からないが、それは確かに『彼女』だった。
 タマモはいつもの様に声を掛ける。




 それが運命の分かれ目だとも気付かずに。













「シロ!!」

 タマモの声に反応して、顔を向ける彼女。
 普通の表情である。
 しかし。
 何かいつもと雰囲気が違うように見える。
 いつもの騒がしい彼女とは違い、物静かだ。
 落ち着きさえあるようにも思える。




 だが、束の間であった。



 彼女はタマモの顔を見ると、ニッコリと微笑む。
 それは悪女の様な、酷く冷ややかな狂った笑い。
 そして、タマモは感じたのだった。










 彼女から湧き出でる大量の殺気を。








 『危険キケンきけん…………!!…………にげろニゲロ逃げろ!!』


 サイレンの様に危険信号がタマモの内に鳴り響くが、動き出せない。
 蛇に睨まれた蛙。
 まさにその通りだった。


 逃げ道がない。というより失った。
 タマモは自らその希望を握り潰してしまった。
 現在の状況が信じられないばかりに。


「………何かの冗談でしょ?シロ……?」


 それでも彼女は本能がそうさせるのか、ゆっくりと後ずさりを始めていた。
 シロはおもむろに手を顔に近づける。
 その手には獣のように鋭く伸びた爪。
 そして、彼女もゆっくりタマモの方へ近付いていく。



「一体、あんたに何があったって言うの!?ねぇ、答えてよ!!」

 タマモの問いかけにも黙ったままのシロ。
 そしてまたじりじりと近付いてくる。


 『攻撃しかない。自分を守るためにはそれしかない……。攻撃、イヤ、攻撃す、イヤ、でないと自分が……、イヤ、イヤイヤイヤイヤイイヤ!!』


 本能と気持ちの葛藤。
 タマモはその刹那に迷う。
 確かに時にはケンカしたり、仲が悪かったりした。


 でも、それでも、
 やっぱりシロは仲間だ。
 仲間を傷つけたくはない。
 だが、今はヤらないとヤられるのだ。



 ……………





 そして、彼女は苦渋の選択を強いられた。




「シロ!!さっきから殺気を放ってくれてるけど、私はそんな簡単には死なないわよ!!私は九尾の妖狐と言われてる狐よ?そうおいそれと殺されないわよ!!それに、あんたに私を殺せるのかしら?無理に決まってるわ!!」




 決して本心でない言葉。
 しかし、彼女はシロの感情に賭けたのである。
 人狼たちの重んじる義理堅い、その武士道精神に。










































 それは水泡と化した。

































「そんなの、簡単………。」




 シロはそんなことを呟くと、彼女の目の前から忽然と姿を消してしまった。


「え?」


 タマモは彼女が消えた瞬間、気配も消えたので戸惑い、辺りを見回す。
 

 そして次にその気配に気付いた時は既に遅し。


 彼女はいつの間にやらタマモの背後に居た。
 そして、その鋭い爪を鎌の様に素早く振り下ろした。


「ナッ………!?」


 それを間一髪、身体を翻し、宙を一回転しなかがら、ベッド側の方へと舞い降りる。
 タマモの衣服の一辺がはらりと落ちた。
 触れるだけでこの威力。
 まともに直撃を受けていたら……、
 そんな想像はすぐに完了した。




 遂に賭けていた唯一の希望も消え失せてしまった。
 残された道は唯一つ。





「そう、無駄なのね……。こうなったら、やりたくはなかったけど、力づくよ!?」
「(お願い、元に戻ってよ、シロ……)」


 彼女はそう言うと指を口にあて息を吐き出す。
 するとそれは瞬く間に燃え盛る炎となる。
 狐火であった。

























 しかし、シロは難なく、その狐火を避けていく。
 彼女の動きはまるで光のようである。
 いくらタマモが狐火を吐き出しても、
 姿を消し、別の場所に移動する。






 結局のところ、彼女の抵抗は蟷螂の斧にすぎなかったのだ。


























 そして、再び、彼女がタマモの背後に姿を見せた時、


 全てが終わった。





「!!しまっ…………!?」



 気付いた時には爪は振り下ろされた後であった。




 その鋭い爪は、
 空気を切り裂き、
 空間を切り裂き、
 タマモの目の前で振り下ろされた。

 そして………



































 ――――ブシュゥッ。
































「え?なんで……!?」





 何が起きたのか、彼女には分からない。
 それは一瞬のことだった。
 服が切り裂かれ、
 その傷口は、肉体にまで達した。
 そして吹き出す鮮血。

 膝を突く。
 そして、間も無く、彼女は床に倒れこんだ。
 血は床に池を作る勢いで、流れ出してゆく。


「ゴフッ、ガハッ、ガハッ……!!」


 血液が気管に侵入し、咽り出すタマモ。
 意識が朦朧としてきた。
 その混濁する意識の中、最後の力を振り絞り、
 シロの足をつかむ。

「……シ、シロ……。」

 上を見上げ、彼女の表情を伺う。

 信じたくなかった。
 自分を傷つけた相手がシロだということを。
 夢であって欲しい。
 彼女は今、何度もそう思うだろう。



 しかし、現実はいとも簡単に彼女を裏切る。

























 そして、彼女の口から出た、絶望的な言葉。











「バイバイ♪タマモ♪」












 言い放った時の顔はなんとも言えぬ満面の笑みであった。
 彼女は鋭い牙を見せ付けて、不敵な笑み。
 そしてその嬉しそうな笑み。
 その笑顔はまさに悪魔の笑みに相違なかった。







「…………………!!」

 それを聴いた瞬間、タマモは果てしのない絶望に襲われた。
 足をつかむ力が抜けていく。
 もう限界である。
 意識が段々薄れゆく。
 彼女の見たシロのあの笑顔。
 そして、あの一言で彼女は奈落の底へと突き落とされた。
 彼女は顔を血にまみれた床に突っ伏す。
 間も無く、彼女は意識を失った。
 頬には一筋の涙。
 それは絶えるなく流れていたのだった。















































 タマモが気絶するのを確認すると、
 シロは足を振り払う。
 それはあまりにも無慈悲で、
 あまりに冷たい始末であった……。




 そして再び、天窓から屋根に登ると、
 空高く舞い、
 闇夜の都会へと消えていく……。


 月は再び雲に包まれ、
 そのまま、雲は雨雲へと姿を変え、雨を降らす。
 それは静かに振り続け、
 アスファルトの大地を濡らしていったのだった



 続く……。


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