………古来より月は魔力を秘めていると言われる。
それはある日、『突然』起こった。
「アオオォォオオォォォ〜〜〜〜〜〜ン♪」
晩秋。
紅葉も深まりを見せる中、次第に次の季節へと傾きを見せてゆく。
そんな秋の深まりを感じさせるそんなある日の夜のこと。
シロが月につられて、屋根の上で嬉しそうに遠吠えをする。
月は半月。
斜め下に弓の様に欠けている月。
これを下弦の月と言う。
『彼女』は何も知らなかった。
いや、知らされていなかった。
しかし。
その日、その夜、『彼女』は見てしまった。
…………ドクンッ。
「………!?」
眩暈がする。
動悸が起こる。
胸が苦しい。
身体が熱い。
そしてなによりも、内から、外から増幅されてくる『何か』。
それは燃えつくすような炎であり、凍て付くような氷でもあった。
それが全身に巻き付く様に襲う。
咆哮。
それは断末魔のように聞こえる。
それはまた、歓喜の喜びにも聞こえた。
そして、確実に彼女には『何か』が芽生えていく……。
月は半月。
その光は妖しく、そして不気味に朧げに輝いていた……。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「ったく、なんで私が………。シロのヤツったら、まったくハタ迷惑ったら、ありゃしないわ……!」
ぶつくさ言いながら、階段を上る少女。
タマモ。
先程の遠吠えが五月蝿いおかげで、美神に止めてくるように言いつけられたのだ。
くつろごうとした矢先に。
いい迷惑だ。
なんで、私が……。
となど、色々言いたかったが、なにしろ居候の身である。
あの人に逆らったら、後が怖いのもあって、文句も言わず、
自分達の部屋である、屋根裏部屋へと向かった。
そこには天窓があり、屋根に出られるようになっている。
多分、シロもそこからに屋根に出たのだろう。
彼女はその鬱憤をシロに対する小言で処理しよう、
そう考えていた。
だが、その望みは叶わなかった。
いや、叶うはずもなかった。
「シロ〜〜〜っ、いるんでしょ?」
彼女は部屋のドアを開ける。
明かりがついていないから、部屋は闇に包まれている。
本来なら、天窓から月の光が差し込むはずであるが、
今は雲に隠れているのか、その光も差し込んでいない。
一寸先は闇。
その部屋の状況は正にその如しであった。
そして、それはタマモの運命をも暗示していたのだった……。
―――――ゾクッ。
身の毛がよだつ。
先刻の何事もない、いつもの部屋の空気が豹変する。
急に張り詰める緊張。
タマモ自身、それをつぶさに感じ取る。
「な、なに………?この感じは一体……!?」
彼女の本能が堰を切ったかのように叫び出す。
『危険だ、今すぐココから逃げろ!!』、と。
しかし、足が動かない、動き出してくれない。
その間も、全身を駆け抜ける悪寒。
高まり行く緊張した空気感。
外では雲に囲まれていた月がようやく姿を現し始めていた。
同時に天窓に月光が少しづつ、ゆっくり溢れていく……。
『彼女』が姿を現せたのはそんな時であった。
いや、現れたというのは正しくない。
『彼女』は既にそこに居たからだ。
気配を隠していただけで、ずっとそこに居たのだ。
とにかく、『彼女』はそこへ佇んでいた。
月は完全にその姿を現して、光を照らす。
その光に当たるように『彼女』は頭を下にうつむけ、静かに立っている。
さすがに表情は分からないが、それは確かに『彼女』だった。
タマモはいつもの様に声を掛ける。
それが運命の分かれ目だとも気付かずに。
「シロ!!」
タマモの声に反応して、顔を向ける彼女。
普通の表情である。
しかし。
何かいつもと雰囲気が違うように見える。
いつもの騒がしい彼女とは違い、物静かだ。
落ち着きさえあるようにも思える。
だが、束の間であった。
彼女はタマモの顔を見ると、ニッコリと微笑む。
それは悪女の様な、酷く冷ややかな狂った笑い。
そして、タマモは感じたのだった。
彼女から湧き出でる大量の殺気を。
『危険キケンきけん…………!!…………にげろニゲロ逃げろ!!』
サイレンの様に危険信号がタマモの内に鳴り響くが、動き出せない。
蛇に睨まれた蛙。
まさにその通りだった。
逃げ道がない。というより失った。
タマモは自らその希望を握り潰してしまった。
現在の状況が信じられないばかりに。
「………何かの冗談でしょ?シロ……?」
それでも彼女は本能がそうさせるのか、ゆっくりと後ずさりを始めていた。
シロはおもむろに手を顔に近づける。
その手には獣のように鋭く伸びた爪。
そして、彼女もゆっくりタマモの方へ近付いていく。
「一体、あんたに何があったって言うの!?ねぇ、答えてよ!!」
タマモの問いかけにも黙ったままのシロ。
そしてまたじりじりと近付いてくる。
『攻撃しかない。自分を守るためにはそれしかない……。攻撃、イヤ、攻撃す、イヤ、でないと自分が……、イヤ、イヤイヤイヤイヤイイヤ!!』
本能と気持ちの葛藤。
タマモはその刹那に迷う。
確かに時にはケンカしたり、仲が悪かったりした。
でも、それでも、
やっぱりシロは仲間だ。
仲間を傷つけたくはない。
だが、今はヤらないとヤられるのだ。
……………
そして、彼女は苦渋の選択を強いられた。
「シロ!!さっきから殺気を放ってくれてるけど、私はそんな簡単には死なないわよ!!私は九尾の妖狐と言われてる狐よ?そうおいそれと殺されないわよ!!それに、あんたに私を殺せるのかしら?無理に決まってるわ!!」
決して本心でない言葉。
しかし、彼女はシロの感情に賭けたのである。
人狼たちの重んじる義理堅い、その武士道精神に。
それは水泡と化した。
「そんなの、簡単………。」
シロはそんなことを呟くと、彼女の目の前から忽然と姿を消してしまった。
「え?」
タマモは彼女が消えた瞬間、気配も消えたので戸惑い、辺りを見回す。
そして次にその気配に気付いた時は既に遅し。
彼女はいつの間にやらタマモの背後に居た。
そして、その鋭い爪を鎌の様に素早く振り下ろした。
「ナッ………!?」
それを間一髪、身体を翻し、宙を一回転しなかがら、ベッド側の方へと舞い降りる。
タマモの衣服の一辺がはらりと落ちた。
触れるだけでこの威力。
まともに直撃を受けていたら……、
そんな想像はすぐに完了した。
遂に賭けていた唯一の希望も消え失せてしまった。
残された道は唯一つ。
「そう、無駄なのね……。こうなったら、やりたくはなかったけど、力づくよ!?」
「(お願い、元に戻ってよ、シロ……)」
彼女はそう言うと指を口にあて息を吐き出す。
するとそれは瞬く間に燃え盛る炎となる。
狐火であった。
しかし、シロは難なく、その狐火を避けていく。
彼女の動きはまるで光のようである。
いくらタマモが狐火を吐き出しても、
姿を消し、別の場所に移動する。
結局のところ、彼女の抵抗は蟷螂の斧にすぎなかったのだ。
そして、再び、彼女がタマモの背後に姿を見せた時、
全てが終わった。
「!!しまっ…………!?」
気付いた時には爪は振り下ろされた後であった。
その鋭い爪は、
空気を切り裂き、
空間を切り裂き、
タマモの目の前で振り下ろされた。
そして………
――――ブシュゥッ。
「え?なんで……!?」
何が起きたのか、彼女には分からない。
それは一瞬のことだった。
服が切り裂かれ、
その傷口は、肉体にまで達した。
そして吹き出す鮮血。
膝を突く。
そして、間も無く、彼女は床に倒れこんだ。
血は床に池を作る勢いで、流れ出してゆく。
「ゴフッ、ガハッ、ガハッ……!!」
血液が気管に侵入し、咽り出すタマモ。
意識が朦朧としてきた。
その混濁する意識の中、最後の力を振り絞り、
シロの足をつかむ。
「……シ、シロ……。」
上を見上げ、彼女の表情を伺う。
信じたくなかった。
自分を傷つけた相手がシロだということを。
夢であって欲しい。
彼女は今、何度もそう思うだろう。
しかし、現実はいとも簡単に彼女を裏切る。
そして、彼女の口から出た、絶望的な言葉。
「バイバイ♪タマモ♪」
言い放った時の顔はなんとも言えぬ満面の笑みであった。
彼女は鋭い牙を見せ付けて、不敵な笑み。
そしてその嬉しそうな笑み。
その笑顔はまさに悪魔の笑みに相違なかった。
「…………………!!」
それを聴いた瞬間、タマモは果てしのない絶望に襲われた。
足をつかむ力が抜けていく。
もう限界である。
意識が段々薄れゆく。
彼女の見たシロのあの笑顔。
そして、あの一言で彼女は奈落の底へと突き落とされた。
彼女は顔を血にまみれた床に突っ伏す。
間も無く、彼女は意識を失った。
頬には一筋の涙。
それは絶えるなく流れていたのだった。
タマモが気絶するのを確認すると、
シロは足を振り払う。
それはあまりにも無慈悲で、
あまりに冷たい始末であった……。
そして再び、天窓から屋根に登ると、
空高く舞い、
闇夜の都会へと消えていく……。
月は再び雲に包まれ、
そのまま、雲は雨雲へと姿を変え、雨を降らす。
それは静かに振り続け、
アスファルトの大地を濡らしていったのだった
続く……。
どうしよ、怖いよ〜〜!?
とにかく投稿したからには終わらせますよ?うん。
のっけからダークですがね、終わりは無難ですよ、うんw。
まぁ、その手の人からは顰蹙買いそうだなぁw。 (ライス)
私はダーク自体は嫌いではないですよ。要は話の持って行き方ですね。
取りあえず、タマモが死ぬ前に美神さんたちに気づいてもらえることを祈ります。 (U. Woodfield)
暗い話になりそうだけどこんな話もキライじゃない。
今後の話の流れが自分の好む方向に進むのか、がポイントかも。 (みずいろ)