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天使と戯れ悪魔と踊れ

第八話「羊たちのカプリチオ」


投稿者名:矢塚
投稿日時:03/ 5/30

 唐巣は石柱の一本に悪霊の進入を阻む結界を張ると、それを背にしてひたすらに戦い続けていた。全方位に気を配らなくて良い分、少しだけ楽になる。
 しかし、一瞬でも気を抜けば、たちまち取り殺されてしまう数の霊どもがまだ、うようよとその機を狙い襲い掛かってきていた。
 正面から襲いかかる悪霊を神通棍でひと薙ぎし、返す刀で右から迫る霊を消滅させる。それと同時に左手で破魔札を数枚投げつけて、離れた場所で様子を窺っている悪霊を撃退する。
 きりがないとはこんな状況をさすのだろうなと思いつつ、それでもまったく諦める事無く神通棍を振るい続けた。
 勝てるかどうか、生き残れるかどうかという精神の不安を煽るような考えは一切、頭の中から消え去っている。
 ただひたすらに戦う。
 目の前の未だ現世に未練を残したまま、成仏も出来ずにさまよう亡者達を天国へ導く為に。
「――アーメン!」
 破魔札の残数が心もとなくなってきた為、霊力の消耗が大きいが霊波砲に切り替える。携えた神通棍もだいぶガタついてきた。
 残すところ20数体ほどであろうか? 
 しかも、どうやら雑霊よりは知恵がまわる強力な固体が残っているらしく、その駆逐には今まで以上の集中力と破壊力を必要とした。
 切り札の精霊石の連発を考えないでもないが、三つしか所持していない上、それはまだ早いと唐巣の勘が警告する。
 それは一つの疑問。
 開戦以来、胸の中で引っ掛かっている小さなとげのようなもの。何かが物足りない感覚。
 除霊に極限の集中力を要する為、思うように考えがまとまらない。
 その思考を遮るようにジゼルが叫ぶ。
「唐巣さん! 今から2分だけ持ちこたえて頂戴。そして、Drカオスの合図でこの結界内まで走って! いいわね!!」
 有無を言わせない彼女の形相に、問い返す事無く了解の返事だけを返し、目の前の除霊だけに集中する。
「さあ、2分だそうだ。優しく成仏させてもらいたい奴から、かかってきな! 彼女はきっと、私よりは荒っぽいぞ!」
 肩で息をしながらも唐巣が叫び、それに刺激されたように、悪霊たちが再度、唐巣に猛攻をかけ始めた。

「演算終了・白兵戦用特殊プログラム『ハイランダー』起動。起動完了。オールグリーン。いつでもどうぞ・Drカオス」
 ただでさえ豊富とはいえない感情を、ほとんど全てそぎ落としたようなマリア。
「うむ、あまり無茶苦茶にロベルタを壊すでないぞ。中古になっても、使えんことはないからの」
 Drカオスが鷹揚に頷き、周囲の悪霊の状況を再確認する。 
「よし、この程度の数なら差し支えあるまい。先手必勝。いてこませ! マリア!」
 言うなり、Drカオスの胸に刻んだ不可思議な魔方陣から怪光線がロベルタに放たれた。
「イエス・Drカオス。――チャージ!」
 怪光線を眼くらましに、マリアがロベルタめがけて突撃をかける。
 右腕を大きく振り込みロケットアーム発射。
 ロベルタはまるで予測の範囲内だといわんばかりに、紙一重でそれをかわすと腕に仕込まれた銃で応戦する。
 マリアは足からのジェットをふかして急旋回。その一斉射を避け、左のロケットアーム。
 空中での一撃とは思えない威力を込めた拳が、ロベルタの立つ石柱を足元から砕く。
 即座に上空に回避したロベルタを、マリアのハイキックが襲う。
「っち!」
 両手で交差し防ぐが、その細身の体からは想像もつかないほどの重量を伴った一撃に、ロベルタが地上に吹き飛ばされる。
 激突寸前に体勢を整え、地面に両足をめり込ませて無事着地。追撃に備える。
 しかし、マリアからの追撃は無く、彼女も同じように地上に降り立った。
「……やっぱり、私を大破させるのが怖いの?」
 探るようなロベルタに、マリアはやはり答えない。
 機体スペックは同等でも、その豊富すぎる実戦経験とそれに裏打ちされた戦闘技術は、マリアに圧倒的な勝利を約束していたにもかかわらず、戦闘目的が『目標の完全破壊』ではなく『出来うるだけ損傷の少ないように機体を奪取する』為に、どの程度の攻撃までを実行するかの判断に迷う。
 その迷いが今、マリアとロベルタの実力差を埋めていた。
 無論、その迷いを持つことこそがマリアをただの機械とは一線を画したものにしてはいるのだが、この状況ではそれこそがロベルタが突くべきウィークポイントになっていた。
 一瞬の沈黙が、鋼鉄の乙女達の間に流れる。
「さあ、勝負はこれから。どちらが華麗に踊れるかしら」
 沈黙するマリアに対し、ロベルタが、傲慢に笑った。

 すさまじい疲労からくる吐き気をおさえる事ができず、唐巣は咳き込みながらその場に嘔吐する。
 食事を口にしていなかった為、胃液ぐらいしか出てこないのがかなり苦しい。
 酸味のする口をぬぐうと、すぐ目の前まで悪霊が迫っている。破魔札の爆圧に巻き込まれる距離だと即座に判断し、吸魔護符をかざし吸引。吸引済みの護符をその場に放り出し、次の獲物に狙いをつける。
 ざっと見れば、あと15、6体。
 しかし、どれも強力な固体であり、その駆除にかなり手こずっている。
 ジゼルの結界を挟んだ向こう側では、マリアとロベルタの空中での銃撃戦が開始されていた。
「……美智恵君に出来て、私に出来ないはずが無い。でなければ、何のための修行か!」
 己に喝を入れる唐巣に、歌が聞こえた。幻聴かと思ったが、そうではない。
 それは、とても美しく澄んだ歌声。
 世界を構成する精霊と魂の賛美歌。
 唐巣がその聞き覚えのする歌声のほうを見やれば、ジゼルが一人、結界内で軽やかに舞っていた。
 普段の彼女からは想像のつかない、粛然たる祝詞がその口から紡ぎだされる。
 謡いながら流れるように手足が躍動する。
 指先が空中に記号を描くようにはしり、体がバネのようにしなる。
 それは、この場にとても似つかわしくない流麗な舞であり、とても美しい歌声だった。
 そして、彼女が謡い踊るたびに、周囲から膨大な量の霊力が集まっていく。
 ここが地脈の集まる地であることも起因しているのかも知れないが、唐巣の想像を絶する霊力が、彼女の体に貯えられていく。
「な、何をやらかす気だ」
 戦いの最中であることも忘れて呟いた唐巣に答えるように、唐突にジゼルの舞は終わり、Drカオスが叫ぶ。
「戻れ若造!」
 その声に唐巣の肉体が反応し、手持ちの精霊石の一つを炸裂させ、結界までの血路を開き、一直線に走り出す。
 精霊石の炸裂に数体の悪霊が巻き込まれ、他の固体が一瞬だけひるむ。
 肩で息をしながら、もつれる足を強引に動かして唐巣が走る。
 すぐ後ろには悪霊達が追いすがってきている。
「だはぁっ! はぁ――ひぃ――ふぅ――おぇっ!」
 変な息を切らしつつ、胃がひっくり返りそうになるほどに消耗している唐巣が挑む地獄の短距離走のゴールには、先ほどの美麗な舞とはうって変わり、禍々しい呪文らしきものを唱えるジゼルが見えた。
「――エコエコ・アザラク・エコエコ・ゾメラク・エコエコ・ディアナ・エコエコ・ヘカテ!!」
 そして、唐巣が結界内に倒れこんだのを確認すると、再度Drカオスが叫ぶ。
「マリア!」
「イエス・Drカオス」
 その二人のやり取りに危険を察したロベルタが、一瞬だけジゼルを見る。
 先ほどからの霊力の集約を感知し、危険だと判断していたが、マリアが邪魔をし狙撃出来ないでいた。
「何を――」
 ロベルタが言えたのはそこまでだった。
『霊体撃滅波ーーっ!!』
 絶叫と共に、ジゼルの体から強力な破壊力を帯びた霊波が溢れ出し、それが光の奔流となり周囲の悪霊全てを飲み込んだ。
 光の直撃を受けた悪霊どもが次々と、はじけるように消滅していく。
 それはストーンヘンジ周辺を全て包みこむほどの強力な霊波攻撃であり、残り全ての悪霊たちを、彼女は一掃してしまった。
 巨大な石柱に、悪霊の影が焼きこまれたように、いくつか残っている。
「……ふふん、ざまあ見なさい……」
 ジゼルは唇をひん曲げて無理やり笑うと、その場に倒れこんだ。
「ジゼル君!」
 唐巣が慌てて彼女を抱きかかえ、そっと地面に横たえた。
「あーあ、だから言ったキィ。人間の脆弱な肉体に、特殊魔方陣使ってあんだけの霊力を集めて解き放ちゃあ、霊力中枢がイカれて当然だキィ」
 バカを見るような口調でベリアルが嘲るのを、ジゼルが最後の力を振り絞り躾を行う。
「まったく、無茶をする」
 久しぶりの躾によって黒焦げになったベリアルに、少々同情しつつ、ジゼルの命に別状は無い事を確認した唐巣が胸をなでおろす。
「……ちょろいものよね。……ただちょっと……しばらくは、……動けそうも……無いけど」
 全身に激痛がはしっているのだろうが、涙と鼻水を少々流しながらもジゼルは強がった。
「ああ、ご苦労様。あとは……」
 ジゼルの強がりに疲労困憊の唐巣が答え、マリアとロベルタのほうを見やった。

「もう! 機動力が4.37%も落ちてる」
 ロベルタは霊体撃滅波へのガードがコンマ数秒遅れてしまい、光の奔流に一瞬だけ飲み込まれていた。
 Drカオスから、防御の指示を受けていたマリアは無傷。
 機体スペックが同等であれば、数%の機動力差は命取りになるがしかし、ロベルタはその絶対的不利をものともせずに攻撃に出る。
 まるで、自分の勝利を確信しているかのように。
「レディ・ガン。ファイア」
 マリアの両腕に仕込まれた機銃が火を噴く。
 かろうじて空中でそれをかわしたロベルタは、銃口をDrカオス等に向けた。それはまさしく、人間の戦術。
 迷う事無く人質に斉射を浴びせるのに、身を挺してマリアがガードに入る。
 甲高い音を上げて銃弾が跳ね、マリアの装甲にダメージを与えたのに対しロベルタが薄く笑う。
 しかし、マリアはそれをものともせずに右のロケットアームを繰り出した。
 予想外の反撃がロベルタの顔面に入り、ヒビの入った顔を押えて石柱の影に回り込む。
「いったーい。もう、いやんなっちゃう。――それにしても、まだなの……」
 マリアが石柱を挟んだまま移動していないのをセンサーで確認し、ぶつぶつとロベルタはぼやいたのだった。
 マリアは思考する。
 頭部のスペアは必要が無い。何故なら、自分が頭部を必要とする時には、その戦闘ですでに完全破壊されているだろうから。
 であれば、代えの必要な体こそを無事残すべきだ。体を必要とするという事は、自分がまだ生きているという事なのだから。
 演算装置とデータバックアップ用装置、各種センサー類の詰まった頭部だけを破壊する。 
 それが、マリアの出した結論だった。
 判断を下したマリアに迷いは無い。
「レディ・エルボーバズーカ。ファイア」
 轟音と共に石柱が打ち砕かれ、その大量の破片が飛び交う中、思うように機動できないロベルタを、左のロケットアームが捉える。
 殴るでなく、その首をがっしりと掴み、レディ・ガン。そのまま、頭部だけを撃ち抜こうとする。
 Drカオスが勝利を確信した瞬間、唐巣は男性の声を聴いたような気がし、マリアはほんの一瞬だけ、何かに気をとられたように視線が泳ぐ。
「シット!」
 マリアにしては珍しく、痛恨ともいえる感情がこもった呟きが漏れ、それと同時にロベルタを含めた全員の体に激痛が走り、身動きが取れなくなる。
 盛大な音と共に、マリアとロベルタが大地に倒れこむ。離れた場所には、ワイヤーの伸びきったマリアの左腕が転がった。
「マリア!」
「……プリーズ・Wait・しすてむ・修復中……」
 Drカオスの叫びにマリアが答えるが、しばらくは起き上がれそうも無い。
 ロベルタ以外の一同が、自分の身に何が起きたのかを理解する前に、心から安堵したような男性の声がかけられた。
「いやはや、タイミングを見計らっていたら危ないところだった。まさか『精霊の集約』から霊体撃滅波につなげるとは、思いもしなかった。さすがに焦ったよ。しかし、結果的にうまくいって何より」
 唐巣が声のするほうに目をやれば、一人の女性が入場ゲート付近に立っていた。
 その声に聞き覚えのあるジゼルが、彼女を殺さんばかりに睨みつける。
 その視線に答えるように、女性は呆れて言った。
「久しぶりだね、ジゼル。まったく、相変わらず偏屈な性格だ。私がいきなり現れたらDrカオスが激情すると思って、わざわざ手の込んだ方法で提案したのに、ぶち壊してくれて、まったく」
 その女性は、まるで服でも脱ぐようにその顔に手をかけて皮膚を剥いだ。
 衣擦れの音とともに全身が服ごと剥がれていき、中からは一人の男性が現れる。
 それを見たDrカオスが顔を歪め、その表情を察した男が言う。
「まあ、マリアのスキャンを騙すのは、さほど難しいことではないのでね。エクトプラズムスーツに少々の細工で、ね」
 暑苦しそうに、男はエクトプラズムスーツを脱ぎ捨てた。 
 唐巣は先ほどテープレコーダーで聞いた声と、先日バチカンで見た写真の顔が目の前の男と同じであることを確認する。
「ハーディー・クラッセ」
 唸る唐巣に、ハーディーは答えた。
「はじめまして、テロルの尖兵さん。私が調べたところでは、妹がずいぶんご迷惑をおかけしてるようで、すまんね。でもまあ、それもこれまでだから、安心して極楽に行って」
 真ん中で分けた白に近い金髪が風になびき、ジゼルによく似た声質で笑う。
「この、ぶっとばしてやる」
 歯軋りしながらジゼルが睨みつけるが、体が全く言う事を聞かない。
「無理しない、無理しない。体はガタガタだろうし。それにお前もわかってるだろう? この私が最強の束縛結界をかけたからね、私以外は誰も動けないよ。おかげでロベルタもあの通りだけど、仕方ない。――ごめんロベルタ! すぐに直してあげるから!」
 ハーディが本当にすまなそうに言うのに、ロベルタは答えた。
「……もう! もう少しスマートにやってよね。……システム修復にあと、20分よ」
「本当にごめん。あとの始末は私がやるから、さ」
 気楽そうにハーディーは続けた。
「さて、それじゃあ、さよならだ。だから言ったでしょう? 提案を呑んだほうがいいって、ね。――あ、ジゼルは別だ。いくら何でも、この世でたった一人の肉親を抹殺するほど、わたしも鬼じゃない」
「うるさい! 黙れ! 馬鹿野郎! 私を騙して押し付けて失踪したくせに! この自己中男が!」
 ジゼルの罵倒は慣れっこだとばかりに、その口汚いたった一人の肉親を見下ろし、ハーディーは肩をすくめた。
「やれやれだな、親の顔が見てみたい。と、いっても私達は孤児なんだが。――まあそんな話はいいや。さて、それでは……」
 言いつつ、一同におもむろに近づくハーディの足が止まり、その顔に驚嘆の表情が浮かぶ。
 心底驚嘆し、かつ感心したハーディーの目の前には、唐巣がゆらりと立ちはだかっていた。
 しかし、今にも倒れそうなほどに息遣いが荒い。
「驚いた。動けるなんて思いもしなかった。一体どうやって?」
「神のご加護さ」
 唐巣は強く握られた右手を突き出し、そっと広げた。
 その手のひらには、小さな白い灰で出来たような塊が一つ。
 それを見たハーディーが頷く。
「なるほど、精霊石の力かい? それにしても余程高級な石を使ったとみえる。でなければ、そう簡単には防げないからね。さすがは、バチカン直下の犬だ、装備にお金がかかってる。しかし、それにしてもよく私が仕掛けることに気がついたね」
 そのハーディーに反発するように、灰と化した希石は最後にもう一度だけ、にぶく煌めくと、唐巣の手の中でもろくも崩れ去ってしまった。
「除霊中おかしいとは思っていたさ。これほど愛するロベルタを、たった一人でこの場に向かわせるなんて事があるだろうかとな。しかも、状況によっては戦闘になることも辞さない覚悟であるにもかかわらずだ。必ず我々が勝利を掴みかけたときに、伏兵が現れるとは思っていたよ。――それにしても、そこまで愛する彼女を束縛結界に巻き込むなんて、頭がどうかしてるんじゃないのか?」
 挑発しながら唐巣は呼吸を整える。少しでも相手が乗ってくれば、その分休めるからだ。
「さすがさすが、息を切らしながらもの大演説。大変な感銘を受けました。――ところで、少しは休めた?」
 ハーディーは皮肉と、大げさな拍手を送る。
「厭味な男だな」
「よく言われるね、同性からは特に。さて、あまりお休みをあげたくはないのだけど、反論を一つ。――ロベルタを結界に巻き込んだのは、仕方がない。この結界は強力である分、敵味方の区別がつけられないんでね。はじめから、ロベルタに対結界処理でもしておけばよかったんだけど、下手にそんなものを装備すると、私の存在にマリアが気づいていただろうし。まあ、束縛結界であればシステムに一時障害は出るが死ぬことはない。ロベルタを生かす為には、あの手しかなかったわけ。それに、ここに向かう前に戦闘になる覚悟はロベルタもしている。私達二人は、勝つ為ならば多少の損害が出るのも辞さない覚悟があるんだ。であれば、彼女を生かし、なおかつ勝利の為に結界を張るのは当たり前だし、それをためらう必要など何もない。『救命の為の傷害に罪悪感を感じる意味などない』その程度で罪悪感を感じる関係などは、真の愛ではない。私達の愛は、極限の信頼と信用を相手に寄せているんだよ」
 余裕をのぞかせてハーディーが言いきり、それに応じるように、ロベルタが満足げに頷く。
 その二人を見た唐巣が何を思ったのか、心が沈むように、言葉をこぼした。
「……その愛は無限にして永遠か……」
「そろそろいい? 神との対話の続きは、あなたの大好きな天国でゆっくりと、さ」
 会話を打ち切ったハーディに、唐巣が戦闘体勢をとる。
 唐巣に残された武器は、破魔札数枚と精霊石が一個に神通棍。後は己の霊力のみ。右手に構えなおした神通棍の出力が少々弱い。精霊石振動子に不調が出ているのかもしれない。
 相対するハーディーが精神を集中させる。
「唐巣さん! あいつの切り札は――」
 ジゼルが慌てて叫ぶのを唐巣が遮った。
「知ってるさ。バチカンで聞いている」
 そのやり取りの間に、ハーディーも戦闘準備が終了した。
 唐巣の目の前に居るのは、ハーディーであって先ほどまでの彼とは姿が違うもの。
『魔装術』
 唐巣とDrカオスの声が重なる。
 悪魔と契約した者のみが使えるという禁断の装甲術。
 己の肉体を魔物に変化させ、霊力を極限まで引き出す禁忌の術。
 しかし、唐巣が生まれて初めて見たハーディーの魔装術は、彼が想像していたものとはかなりイメージが違っていた。
 それは、全身を大理石から削りだしたような光沢を持つ、純白の姿だった。
 体の筋肉を浮き彫りにしたような装甲は白。背中に流れる髪のような飾りも白。顔を覆う、唇のついたフェイスガードも白。
 全てが純白で統一された、神々しいとさえいえる外見だった。
 これで羽根でもついていれば、天使が降臨したのではないかと思う人間もいるだろう。
 その姿に、かなり面白くないものを感じた唐巣が言った。
「……最後の最後まで、本当に嫌な男だ」
 ハーディーから、これが返事だとばかりに強力な霊気のプレッシャーが放たれた。
 その宣戦布告を、唐巣は真っ向から受け止める。
 そして、今までの疲労を振り払うかのように、静かに宣言したのだった。
「さあ、舞踏会を締め括ろうか」


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