晴れていた。
憎たらしいくらいに、その日の空はカラリと晴れていた。
灼いたのは、十歳のときだった。
今から思えば本気であったのかも分からない。クラスメートであり、常にアタシに対して嫌がらせをしていたひとりの男の子。名前は、寺田って言った。
灼いたのは、十歳のときだった。
いつもアタシにいじわるをしていた。下駄箱から上履きを隠したり、学校でみんなの前でスカートをめくられた事もあった。そしてその日も、アイツはアタシの大嫌いな毛虫を、よりによってランドセルの中に入れてくれた。
アタシは、アイツが大嫌いだった。
灼いたのは、十歳のときだった。
そのアイツはもういない。
灼いたのは、十歳のときだった。
『彼を灼いたのは』、アタシが小学五年生になってすぐのときだった――
★ ☆ ★ ☆ ★
駄菓子屋のおばちゃんの住んでるアパートの前で、アタシは寺田につかまえられた。
今思えば、『帰りの会』で今日の仕打ちを洗いざらい先生に言ってしまったのが、コイツの頭の中では『告げ口』になっているのかも知れない。
何が告げ口よ。本当の事を口に出して何が悪いの?
そう思っていた。
「美神ぃ、てめぇ、よくも先生にチクってくれたじゃんかよぉ……」
彼が拳を振り上げる。思わず、アタシは顔を腕で庇ってしまっていた。
コイツは、女の子でも容赦なく殴る。
四年生のときに、同じクラスの女の子を殴って、泣かせてしまったという『前歴』も持っている。世間一般で言う、『いじめっこ』だった。
だけど、怖かった。
アタシは女の子だった。とてもじゃないけど、単純な腕力では男の子に敵うはずがない。
それに、寺田は顔を殴るという話も聞いた事があった。――ママやお姉ちゃんには常々言われていた。――女の子は顔こそ、まず大事にしなさい――って。
そのとき既に、アタシの顔は涙の予感に歪んでいた。目の前のコイツは、そのアタシの態度に嗜虐的な悦びを感じたのか、ことさらにゆっくりと近づいてくる。
アタシは、普通の女の子だった。
『このときは』アタシは普通の女の子だった。
「何よ――何すんのよぅ!」
挙げてしまってから悔しさに震えた。これは悲鳴だった。
思ったとおりだった。コイツは、笑みを一層深くした。
「へ、だいたいテメェは前々からうざかったんだよ! 女のクセにいつもいつもでしゃばりやがって――」
事実、コイツから見ればアタシはそうかもしれない。アタシは勉強の成績は並だったが、運動神経だけはクラス――いえ、学年の誰にも負けない自身はあった。ガキ大将であるコイツには、その辺が気に食わなかったのかも知れない。事ある毎にアタシに嫌がらせをしてきた。
コイツとは四年生のときも同じクラスだった。
そのときからそうだった。アタシに対するイジメは、他の誰に対するそれよりも陰惨だった。
大抵のいじめっこというのはそうだと思うけど、コイツにも『イジメ仲間』がいた。それは主に授業での成績が良い子に向けられるもので、特に『誰に』というものはなかったと思う。
それがアタシに向けられた。アタシはスポーツ万能だったし、ママとお姉ちゃんは有名だった。――『いじめられっ子』になる素質は充分に持っていたかもしれない。
もう一回。アタシは、普通の女の子だった。
そりゃあちょっと生意気なところはあったかもしれないけど、他のどの女の子とも対して違わない。ちょっと家庭が特殊なだけの、『普通の』女の子だった。
男の子に凄まれれば、虚勢は張っても、最後は泣くだけの女の子だった。
「この野郎!」
陰惨な言葉の槍。――それと同時に、頭の横側を思い切り殴られた。
『ぶたれた』と言ったほうがいいかもしれない。それは、拳を固めてただ振り回すだけの、今から思えば笑いも起こさせる、可愛いものだった。
それでも、当時のアタシに与えた衝撃は強烈だった。
アタシはよろけて、背中から地面に倒れた。――泣く事だけは嫌だと思っていた。それが、逆にコイツの癇に障ったらしかった。
「うぜぇんだよ!」
お腹を蹴られた。『踏まれた』という方が近いかも知れない。
「うげぇっ!」
そんな事をされたのは、十年の生涯の中で初めてだった。痛くはないのに苦しくて、悔しいのに涙が後から後から溢れ出てくる。喋る事も出来ず、アタシは悶絶した。ランドセルが邪魔になって、起き上がることも出来ない。
怖かった。
怖かった。
怖かった。
「オメェ、もう俺に逆らうんじゃねぇぞ? 今度やったらこんなモンじゃすまねぇからな――」
ただ、怖かった。
そして、何かが弾けた――――
次の瞬間。目の前にいた彼は炎上した。
一瞬だけ、ポカン――とした表情が見えた気がした――そのすぐ後、彼はフラフラと歩き、口をパクパクと動かした。何か言おうとしていた。
「え……あれ――?」
アタシは――その瞬間のアタシは。彼が焔に包まれ、フラフラと辺りを彷徨うのを目の当たりにしたその瞬間のアタシは――あろう事か『安堵していた』! 更に加えられるべき虐待がなくなった事に喜んでいた!
そして次は――『困惑』だった。
彼は――こちらを向いた彼は、眼を閉じていなかった。炎に包まれ、彼の衣服が焼ける。髪の毛が焼ける。肌が見る見る内に膨れてゆき、弾けてまだら模様のオレンジの肉が見える。
口はなおも、パクパクと動いている。懸命に何か言おうとしているらしかったが、その為には空気を吸わなければならなかった。それは、彼を焼く焔を、体内にまで招き入れる事に他ならない――
「――ひっ!」
アタシは彼の顔を、間近で見てしまった。
彼はなおも目を閉じてはいなかった。そして、彼の眼球はあろう事か、『膨張』していた。眼球が普段の1.5倍ほどにも大きく膨れ、瞼から半ば飛び出している。既に口はだらりと開いたままになっており、その中で舌が炎上を開始している事すら鮮やかに見えた。みるみる黒くなってゆき……
そして――
パン!
眼球が破裂した。
「いやああああああああああああっ!?」
初めて、アタシは悲鳴を挙げた。
彼はつまずき、倒れた。前身を舐める炎が、未だに燃え残っていた靴をも焼いてゆく。彼は仰向けに倒れていた。眼球を失った、黒い空洞が良く見えた。
全身が、もう黒かった。
異変を知った――アタシの悲鳴で、だろう――近所の人が、周りに集まってくる。当たり前だけど、全員、その場で息を呑んだ。
座り込んで悲鳴を挙げつづけるアタシを、行きつけの酒屋さんのおじさんが引きずっていった。彼から遠ざけていった。
アタシはまだ、悲鳴を挙げつづけていた。泣いていた。泣いていた。
「いやっ! こんなのいやよおおおぉぉぉ!!」
ついに羽交い絞めにされて、無理矢理その場から離された。アタシは暴れる事も出来なかった。ただ、脱力していた。
後の事は、アタシは知らない。
彼は、骨すら残らなかったらしかった。
〜続〜
この話、今はまだ序章です。本編はこの次から進めてゆきます。GTYに投稿する事を憚られた程ダークな話ですが、御笑覧くだされば幸いであります。
後、某所で温かいアドバイスをくれた皆様に、この場を借りて御礼を。ありがとーございますー(笑)
(ロックンロール)
ひのめの錯乱は、それが自分の能力によるもだと悟ったからでしょうか?
それにしても、小学生ってアレですよね。好きな娘を苛める年齢ですよね。ひのめの勘違いだったら哀れだなぁと(苦笑) (NAVA)
いきなりひのめにとんでもない出来事が起こりましたが、彼女だけでなくその周囲への影響もどうなってしまうのか・・・。
若い命を失ってしまった寺田君。その周囲の人々。
ひのめのパイロキネシスに対し、対処を行っていなかったように見える美神親子。
命を奪われてしまった事、奪ってしまった事。一人の子供の死から始まってしまったこのお話が、どのように進んでいくのか・・興味が尽きません。
次回も頑張ってください。 (志狗)
そして、追い詰めたその相手もまた子供であり、骨も残さずに自分と同じ子供を灰燼にしてしまったという、なんともやるせない悲劇の物語でした。
寺田君が燃え尽きる時にあげた彼女の悲鳴は、彼を死に至らしめた自分に対する声なのか、はたまた、ただ単にその断末魔の姿に恐怖した為のものなのか、それとも……。
物語の幕開けは残酷ですが、それゆえにこそ、次回の続きが楽しみです。 (矢塚)
GSのSSでは本当の意味でのダークなSSは結構少ないと思うのですが、ここまで「キてる」のは久しぶりに見ました、SSに限らず物語物は面白さで引き付けるタイプと、何か特色で世界観に引き摺り込むタイプに分かれていると勝手に思っていますが、どちらとも付かないなあと思いました。
ダークな世界観も凄く良くて、本当にイイ感じのSSでした。 (サイアス)
私はダークは苦手なのですがついつい怖いもの見たさで見てしまいます。
これからどんな風になるのかまだわかりませんが次話を楽しみにしております。 (ヒッシー)
はずきさん江
組長にそう言ってもらえるとあたかも天下を取ったような気がするのですが?(謎) ただ暗いだけという物語にはしたくないので、その言葉、励みになります。
なばさん江
ザッツ裏設定!(挨拶) ひのめの行動などについては、『次を読んでください☆』としか言えないのですがw。『この話好きな人は病んでる』と言われないように頑張ります。
志狗さん江
このひのめの設定は、正直ギリギリまで悩みました。物語の根源を最初ッから悩んでるというのもナンですが、これで良いのか――取り敢えず、進みます。
矢塚さん江
過分なお褒めの言葉、光栄の至りです。実は表現中でも、意図的に難しい言葉(=ひのめが知らない言葉)は使わないようにしていたのですが、それでも表現というものは難しいです。子供は難しい。いろいろな意味で、本当に難しい。
サイアスさん江
はじめまして。コメントありがとうございます。このダークさは――意図的な部分もありますが――物語の展開上に必要なモノですので、そうしました。この後がどうなるのか……それもまた、必要から自ずと決まってゆくと思います。
ヒッシーさん江
はじめまして〜。コメント、どうもありがとうございます。この話を、『ダーク』そのものでなく、『物語』として完成させてゆきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します。
それでは、また次回お会いしましょう。 (ロック)