椎名作品二次創作小説投稿広場


天使と戯れ悪魔と踊れ

第七話「石の見守る舞踏会」


投稿者名:矢塚
投稿日時:03/ 5/13

 
 イタリアという国を正規の手順を踏まずに出国するには、少々骨が折れるかもしれない。
 地中海に長靴のように飛び出した国土は大半を海に囲まれており、地続きの隣国であるフランス、スイス、オーストリアの国境線にはアルプス山脈がそびえている。
 さすがにジェット機を略奪してアルプス越えを敢行するほどの蛮勇は持ち合わせておらず、とりあえずはイタリアの港街ジェノバに向かい、そこから海岸線沿いにモナコ公国に、そしてフランスにと非合法に出入国を繰り返し、あとは追手の追跡をまきつつ、イギリスはロンドンの南西およそ90キロにあるソールズベリ平野に位置しているストーンヘンジを目指す二人と一体と一匹だった。
 この道程は順調すぎるほど順調であり、唯一の悩み事は道中の移動手段をどのように確保するか? ぐらいでしかなかった。
 予想されたイタリアの追手はもちろん、すでに連絡が入っているであろう各国の警察機構等に出くわすこともなく、ただ通常の旅行者同然にすんなりとイギリス入りを果たしてしまう。
 無論、イギリス入りするまでは、彼女と、老人と、人造人間と、悪魔の一行は絶えず神経を張詰め、ときには卑屈に、ときには大胆に逃亡を続けていたのは言うまでもなく、唐巣と別れてからすでに8日ほど経っていた。
 もしかすると、追手がかかるほどに悪行を重ねてはいないのだろうかとほんの少しだけ思ったが、その考えはすぐに破棄された。そこまで楽観的にはなれなかったし、逆に最大最後の陥穽がこの先に隠されているような感覚に囚われ、何事もなく目的地に近づくにつれ、その不安に押しつぶされそうになっていく。
 とはいえ、そのような不安に駆られているのはこのメンバー中では唯一、人がましいといえるジゼルのみであり、Drカオスは今の状況を楽観していたし、マリアはあの通りの存在であり、ベリアルにいたっては問題外の反応しかしなかった。
 一同はストーンヘンジまであと10キロほどを残すところとなった地点でマリアを斥候に出し、目的地の状況報告を待っていた。
 ソールズベリ平野を走る幹線道路以外には本当に何もない場所であり、見渡しも良い。雲ひとつない快晴であり、さわさわと心地よい風が、道路わきに停車し、ウィンドウを開け放った自動車内を吹き抜けていく。
 これで追われる身でなければ、絶好のドライブ日和といえただろう。実際、マリアから報告を待つDrカオスはぼんやりと、平原がどこまでも続く車外に眼を遊ばせてリラックスし、ベリアルは気持ちよく夢の中であった。
 一人、これからの成り行きに精神を研ぎ澄ましているジゼルは、その老人と悪魔の態度に自分の緊張が場違いであるかのような錯覚にとらわれ、苦笑した。
 マリアが先発してからおよそ7、8分後、無線機の通信音が、少々眠気をさそう空気の充満した車内に鳴り響く。その音にジゼルはつい身を硬くしてしまうが、Drカオスは先ほどからのリラックスした態度を崩す事無く、まるで友人からの電話でもとるように通信に出る。
 しばらくDrカオスとマリアとの間で通信が続くが、その表情からは現場の状況がどうなっているのかを窺う事が出来なかった。
「ふむ。マリアからの報告だと、ストーンヘンジにはヤードの連中はおろか、それらしい追手の姿もないようじゃな」
 3分ほどの通信であったが、その内容をDrカオスが特にいぶかしむ事無くジゼルに伝えた。
「本当に? 別にあなたを疑うわけではないけれど、絶対におかしいわ。何かの罠ね、きっと」
 自分達がお尋ね者であり、なおかつ、向かう目的地が完全にばれているという自覚が十分にあるジゼルのもっともな意見だった。
「いや、マリアのスキャンでは武装した人間は一人もおらんし、周囲5キロにもそれらしい影もない。いま、ストーンヘンジ周辺にいるのは観光客と売店の従業員の78名と、一人のGSのみじゃな。……こいつが罠だとすると、イマイチな罠じゃな」
「GS?」
 Drカオスの呆れたような最後の呟きに、ジゼルが聞き返した。
「うむ、神通棍に霊体ボウガン、大量の破魔札、吸魔護符、精霊石の重装備じゃ。悪霊の軍隊と戦争でもおっぱじめる気かの」
 さもおかしそうにDrカオスは笑う。 
「ちょっと、何を笑っているの? それにそのGSがいることが罠って、どういうことなの?」
「おお、すまんな。いや、そのGSというのがな。ほれ、嬢ちゃんのアジトにおいてきた、あの若造なんじゃよ。罠にしては、あからさま過ぎる人選じゃな。どうする? 罠だとすればイタリアかバチカンの追手になっていようし、そうなるに十分の仕打ちをした心当たりもわしにはある。」
 他人事のように言うDrカオスをちらりと一瞥する。
「とにかく、私達も向かいましょう。彼に直接聞けば良いことだわ」
 突然出たその名前に動揺する事無く、ジゼルは答えた。唐巣の名を聞いたとたん、彼女には、彼がその場所にいるということ自体は妙に納得できるように感じられ、さほど不思議なことに思われなかった。

 平原の真ん中に、その石で作られた遺跡は突如として存在している。
 研究者間ではヨーロッパの地脈エネルギーを利用する堰であるとか、太古の天文台であり天体観測に利用されていたとか、一種の集会所としての役割を持っていた等の諸説があるが、大人の身の丈をはるかに越える巨石を、いったい何の目的で積み上げ、円状に配置したのかは未だに正確なところは解明されていない。
 しかし、存在理由はどうであれ、その圧倒的な質量をもって存在する石のオブジェは人々に太古へのロマンを提供するには十分であり、現代では立派な一大観光地となっている。
 この巨石郡に自分の名を刻んだり、別名ブルーストーンとも呼ばれる石を削って持ちかえる不届き者が多い為、サークルの周囲にはロープが張られており、見学者は入場料を払い離れた場所からそれらを眺めるだけである。
 ストーンヘンジの入場ゲートの外側には観光客用に売店があり、その据付のベンチに唐巣は腰をおろし、周囲をそれとなく警戒しつつミネラルウォーターを口にしていた。彼がここに到着してから、すでに2日経つ。
 そして彼は、ベリアルを従え周囲の好奇の目にさらされながら、ジゼル等が自分に向かって近づいてくるのを見つけた。どうやら、彼女も腹をくくったらしく、堂々と臆する事無く闊歩してくる。
「よう。久しぶりだね」
 まったく、ごく自然に、まるで友人とあらかじめ会う事を約束していたように唐巣が声をかけた。
「ええ、本当にね」
 こちらも特に感激したでもなく、挨拶を返す。
 その変わらぬジゼルの態度に、唐巣からやさしい笑みがこぼれる。
「――? 唐巣さん、どこか変わった?」
 その唐巣の笑顔と漂う雰囲気に、ジゼルはまるで初めて会ったときとは逆の立場になったように、彼に対して聞きたいこと、知りたいことが山ほどあったにもかかわらず、口をついて出たのはなんとも漠然とした言葉であった。
「そうかな? まあ、確かにいろいろと、変わらざるをえないほどの体験はさせてもらったがね」
 皮肉な笑みを口元に浮かべ、唐巣はDrカオスを横目で見た。どうやら、Drカオスが自分をイタリアに売った事も承知しているらしい。
「ふん。若いうちは何事も経験じゃ。得がたい体験ほど、得がたいものはないからの」
 悪びれる事のないDrカオスのいい加減な台詞に、唐巣がつい苦笑してしまう。
 その二人のやり取りを見ていたジゼルは、やはり唐巣は何かしら変わったのだと確信する。
 特に外見や、性格が豹変したというのではない。気がつくかつかないか程度に、ささやかに、しかし確実に何かが違っていた。
 ジゼルがそのような感慨に耽っていたのは、ほんの僅かの間であり、一同は時間が惜しいこともあり、話しながらストーンヘンジの入場ゲートに向かった。
「実物ははじめて見たが、それにしてもすごいなぁ」
 積まれた石の大きさに感嘆した唐巣が、思わず呟く。
「キキ! 俺にはただの石にしか見えんキ」
「何処から見ても、石は石ね」
 古代のロマンとは無縁の一人と一匹に少々気勢をそがれつつも、唐巣はそれをじっくりと眺める。
 Drカオスとマリアは何処から持ち出したのか、一抱えもある得体の知れない機械をストーンヘンジにむけて、時折唸るように調査をしている。あまりにも熱中しているのか、今にも張り巡らされたロープの内側に入り込んでしまいそうだ。
「じーさん気をつけてくれよ」
「――いわれんでも、わかっとるわい――やつめ、やはりここを使用したようじゃな。とすると――」
 どこか上の空のDrカオスに、肩をすくめる唐巣。
 その彼に、ジゼルがどこか不満げに話しかけた。
「ねえ、先ほどのバチカンとの話だけど……本当なのかしら?」
 唐巣はバチカンと交わした誓約について、彼女にありのままを伝えていた。
「ああ、本当だ。契約の神エンゲージに誓ってもいい」
 ジゼルはその言葉に、どこか負い目を感じるように唐巣を見つめる。
「そう。唐巣さんには苦労をかけっ放しね」
「そうでもないさ。無償の愛こそ、我が信念でね」
「そう……」
 さらにジゼルが何か言おうとするが、マリアの鋭い警告に遮られた。
「警告! こちらに向かって・南西より高速の未確認物体が・接近中。接触まで・190秒。データー収集・開始・します」
 落ち着き払ったマリアの警告に、Drカオスがあわてた。
「こりゃいかん。あやつも、こちらの動きを読んでおったか? おい、マリア! 第三種戦闘準備じゃ」
「イエス・Drカオス」
「なんだ?」 
 突然のことに唐巣が声を上げるが、二人のやり取りに尋常でない空気を察知し、戦闘態勢を整える。隣のジゼルとベリアルもぬかりがない。
「接触まで・30秒・25秒・20秒……」
 マリアのカウントが、観光客で賑わう観光地に流れていく。
「5秒・4秒・3秒・2秒・1秒・コンタクト」
 カウントに合わせて、上空から轟音と共に一人の女性が一つの巨大な石柱の上に舞い降りた。
『――ロベルタ!!』
 その姿を見上げたジゼルは驚愕し、Drカオスはしてやられたという表情を浮かべて同時に叫ぶ。
 一同を見下ろす彼女の顔は、美しく整っており、流れるようなライトブラウンの髪が腰まで伸び、風になびく。
 純白のドレスを纏った姿は、絶世の美女と呼ぶに値したが、どことなく冷たい印象を受けた。
 その異様な光景に、まわりの観光客がざわつきだすが、それらの人々がまるで眼に入っていないように、彼女は口を開いた。
「――お久しぶりですね。Drカオス、ジゼルさん。ごきげんいかが?」
 その声は、唐巣がぞっとするほどに艶かしく、感情に溢れた響きを持っていた。
 とてもではないが、空から舞い降りてこなければ、誰が彼女を人造人間だと信じただろう。
「きょうは私の最愛の人から、Drカオスに伝言を頼まれてきました」
「ほう、あやつからの伝言とな? まさか謝罪の言葉ではあるまいな、マリアのスペアボディーを中古品にしてくれおって」
 静かで落ち着いた表情のDrカオスだったが、その眼が冷たく光ったのを唐巣は見逃さなかった。
 Drカオスの皮肉などにかまう事無く、ロベルタは言葉を続ける。
「マリアさんもごきげんいかが? あなたのボディーはこの通り大切に使わせていただいてます。只ちょっと、『生前の私』より胸が大きいのが、少しくやしいけれど。ふふ」
 マリアはそれに答えない。
「やはりあやつは、おぬしの生前の魂を保管しておったか。そうでなければ、いくらなんでもそこまで『人間らしく』は振舞えまい」
 唸るようにDrカオスが呟いた。
「そうよ、ご名答! あの人には私、感謝しているの。そのおかげでこうして懐かしい方とも、お話が出来るんですもの。それに、彼がそのうちにきっと生身の私に戻れるようにしてくれるって言ってたわ。だからそれまでは少し鉄臭いけれど、この体を使わせてもらうわね。――さて、本題。これが彼からの伝言よ」
 言うとロベルタは、手にしていたハンドバックからテープレコーダーを取り出し放り投げた。
 小さなそれをマリアが受け取り再生をかけると、三十代前後の少し神経質そうな男性の声が流れ出す。
 その声に、ジゼルの体がすこし強ばる。
「――親愛なるDrカオスに、私の心からのお願いをこのような形でせざるを得ない非礼を、まずはお許しいただきたい。……さて、今貴方が間違いなく居るであろうストーンヘンジにおいて、私は地脈堰としての機能を復活させ、そのエネルギーを利用しロベルタを再生させることに成功しました。目の前に居るロベルタが何よりの証拠です。そして、その復活の過程において、マリアのボディーを拝借したことについては深く謝罪いたします。本来なら、私の手で彼女の体を作るべきではありましたが、ロベルタの魂を長期間保管することが危険と判断したうえだったのです。この非礼に対しては、私が不死を手に入れ次第すぐにでも今と同等、ないしはそれ以上のボディーを提供させていただくことで納得していただきたいのです。ですから、今回のお願いというのは、これ以上私を追うことをやめていただきたいという一点です。貴方と事を構えたいとは思いませんし、今回の提案が互いにとって一番よいと思われます。新しい不死の術を生み出すまでにあと、1,2年ほどなのです。その間、どうか待っていただけないでしょうか? ……この提案を快諾していただけることを願って――」
 そこでテープは切れてしまった。
 Drカオスをはじめ、皆押し黙っている。唐巣が隣のジゼルを見ると、その体がわなわなと震えている。
 最初から最後まで彼女のことは何一つ、ハーディーは触れなかった。一同がここに向かっているのを察知した彼であれば、ジゼルの同行も知っていて当然ではある。
 しかし、悪魔を押し付けた妹に対して兄は何も語らなかった。まるで、存在そのものを忘れているかのように。
「……バカね……」
 隣にいる唐巣にすら聞こえるかどうかわからないくらいに小さな声で、彼女は吐き捨てた。
 そして、ジゼルはゆっくりと顔を上げ、兄の想いが形を成してこの世に誕生した人造人間に宣言する。
「交渉は決裂だわ! 私があのバカにこの悪魔を突っ返すまで、地獄の底まで追い掛けてやるわ!!」
「えっ!?」
 Drカオスが、驚く。
「『えっ!?』って、どういうことよ!!」
 その驚きに、ジゼルが睨む。どうやらDrカオスは、ハーディーの提案に心がかなり動いていたらしい。
「いや、その、まあ……わはははははは」
 鬼女もかくやという怒りをうけたDrカオスが笑ってごまかす。
 不意に、唐巣がずいと一歩前に出たため、二人はそちらに気をとられた。
 唐巣は、ロベルタに静かに言い放つ。
「君に対するハーディー氏の愛情は、なかなかに深いことがよくわかったよ。しかし、そのために他の人間を用いて実験を繰り返した罪は償わなければならないし、これ以上実験の犠牲者を出す事を見過ごすわけにはいかない。これが私の返答だ」
「まあ、それなりに礼を尽くしておるとは言えなくも無いが、コケにしてくれた借りは、きっちりせんといかん。このわしを誰と心得る? ヨーロッパの魔王、Drカオスじゃぞ」
 先ほどまでは冗談だと言わんばかりに、Drカオスが冷笑を浴びせる。
 ロベルタは三人の態度に動揺する事無く、やさしく笑った。
 それはぞっとするほど美しい、人形のような微笑。
「そう。それならば、今ここで死んでくださいな」
 そして、楽しそうにハンドバックから束になった札らしきものを取り出す。
「警告! 大量の吸魔護符を・確認」
 マリアが告げると同時に、ロベルタが手にした護符を引き裂き、ばら撒いた。
 一同がその行動の意味するところを理解したときには、護符に吸引され封じられていた悪霊がいっせいに解放される。
 その数およそ60から70体。しかも、強力な悪霊もかなりの数が混じっている。
 大量の悪霊が突如わいて出たことに、観光客がパニックを起し、周囲は逃げ惑う人々で大混乱に陥った。
「くそったれの大馬鹿野郎が! 一般人を巻き込みやがって! じーさんとジゼルは自分の身を守ることに専念しろ! いいか? 君達は退魔の専門家じゃないんだ、ほかの事に決して気をとられるなよ! 何があってもだ!」
 言うが早いか、唐巣は神通棍と霊体ボウガンを構え、猛然とストーンサークルの中心に向かい駆け出していく。
「どこに行くの!? かたまらないと不利よ! それに、わき腹の怪我は!?」
 その行動を見咎めたジゼルが叫び、その声に一瞬だけ振り返った唐巣が絶対の覚悟を感じさせるように、力強く言った。
「バチカンでヒーリングをかけてもらったから問題ない。それに私は――私は、GS唐巣だっ!!」
 そして、行く手を阻む悪霊を霊体ボウガンで狙撃しつつ、サークルの中心にたどり着く。
「聞けっ!! 黄泉の者どもよ! 我が名は唐巣。今より我に触れたるものに、この体をくれてやるっ!!」
 唐巣がありったけの声と霊力を全開にして叫ぶのに、一般人に襲い掛かっていた悪霊どもが反応し、一斉に群がってくる。
『痛い……痛いよ……誰か、この苦しみを知ってくれ……』
『ああああ、憎い。あいつのせいで、このオレが何故……』
『体、体が欲しい! もう一度、生きたいんだ!』
『……まだ私は……生きて……いるんだ……』
 悪霊たちが口々に叫びながら、生に執着し苦痛にうめく表情で唐巣に襲い掛かってくる。
 それを見た唐巣は不敵に笑う。その顔は、生き生きと激しく燃える様に輝いていた。
「さあ! このGS唐巣が、極楽にいかせてやるぞ!!」 
 
「――すごい――」
 緊急に張った結界の中でジゼルは呟き、ほとんどの悪霊をたった一人で引き受けて戦う唐巣の力量に感嘆する。
 若手ではトップクラスの実力があるのは資料として知ってはいたが、実際の除霊能力は想像以上だった。世界トップクラスのGS達と見比べてもまったく遜色がない。
 取り巻く悪霊を神通棍で右に左にとなぎ払い、ボウガンで次々に撃墜していく姿はまるで鬼神のごとき戦いぶりであり、それは今までの溜りにたまった鬱積を爆発させているようでもあった。
「っと、ベリアル! しっかり働き!」
 あぶれた悪霊が彼女やDrカオスの霊力に引かれ、結界にぶち当たってくる。
「キー! ムチャ言うな! それにこいつ等、あんまり美味くないぜ! 人工何とかってのも混じってるな、こりゃ!」
 結界の外に放り出しているベリアルも頑張っているが、もとの数が圧倒的に違う。
 ボウガンの矢が切れた唐巣は破魔札と吸魔護符に切り替えて孤軍奮闘しているが、さすがに疲労の色が見て取れる。
 あれほどの戦いでも、半分を今やっと片付けたかどうかぐらいだ。徐々にではあるが、やはり押されぎみになりつつあった。
「カオスさんも、手伝いなさいよ!」
 戦闘が始まってから沈黙しているDrカオスに、ジゼルが怒鳴る。
「わーっとるわい。しかしじゃな、ロベルタがまだ控えておって、そう簡単には動けん。どうやら本気で、わしらを始末する気じゃな。いかにマリアといえども、あれだけの悪霊とロベルタを同時には相手に出来ん。なにしろロベルタは間違いなく、マリアと同格じゃからな。ともかく、この雑霊どもを、あの若造がもう少し片付けてからじゃ」
 マリアもロベルタも微動だにする事無く、互いを警戒している。
 武装、装甲強度、機動力など機体スペックは、ほぼ同等。まったく同じといってもよい。
 今は相手の自分と異なるデータを少しでも多く収集し、戦闘の予測演算を猛烈な速さで繰り返すという、結界外の激戦とは別の静かな戦いを、鋼鉄の乙女達はすでに開始していた。
 その来るべき戦闘に備えたマリアを見て、ジゼルは大きく息を吐いた。
「わかったわよ。……ベリアル、結界内に一時退避なさい。退避後、結界の維持と特殊魔法陣『精霊の集約』準備……」
「キイッ! 正気か? 下手すりゃぶっ倒れて、二、三ヶ月は動けなくなるキ!」
「いいから、言うとおりにおし。私も覚悟を決めたわ」
 そして、ジゼルはゆっくりと唇をなめた。


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