椎名作品二次創作小説投稿広場


残像。

過去そのご


投稿者名:hazuki
投稿日時:03/ 5/ 6

くんっと、自由の利かなくなってきた左手で更に印を結ぶ。

そして、ほとんど囁きにしか聞こえない声で声を重ねる。

『記憶操作』

「なっ!!」


男が驚くと同時に
女性はごほっと咳き込み、血を吐く

がくがくと身体が痙攣する。

膝が、崩れ落ち…ない。

震えながらも、地に足をつきぎっと目を光らせ、血で赤く染まった唇で更に、言葉を紡ぐ

たったひとつの目的ために。

ただ一人

守りたいひとのためにことを実行するために。

(あと、ひ…と…つ)




呪にはいくつかの種類がある。

そのうちの一つは、自分の霊力と言霊にこめられた力を使う場合。

それは、掛けられたものが、術者以上の力をもっているとするならば解けるものだ。

が、それとは別に自分の一部を贄と使い、込める呪には自分の霊力だけを使うそれより圧倒的に強力であり、その場合、解呪することは極めて困難と言っていい。

ただ、この呪の掛け方は術者自身に対する負担がひどく大きいが。


と、いうことはだ。

今のこの女性がかけている『呪』まぎれもなく後者ものであり、その呪自体が記憶を操る事ならば、『なんの記憶』について操ろうとしているのか?

彼女がこんなふうになってなんのために─
その気になれば、これで相打ちにも持ち込めるはずなのに
はたと、彼女が守ろうとしているものに気付く。

顔も名前も性別すらも、確認したはずなのに、もうわからない。
消えてゆく記憶のなかの、子供。

「そうですか」

くつくつと、喉の奥で笑い男。

「たかが、子供一匹のために」

きらりと、目が光る。

「なに…いってるの?子供を…………まもるのは、あたり…まえでしょ?」

女性は、血まみれで、その姿はさながら、鬼を思わせるものなのに、そこに浮かぶ瞳の光はひどく柔らかい。

男はそれまで浮かべていた酷薄そうな光の色一瞬、翳る。
その代わりに浮かぶのは、寂しそうな、光。

「………だって、わたしが、おかあさんだもの」

「………そうですね、どっちにしろ、貴方は、このまま死ぬ。僕の役目は貴方を殺すだけですから…だから」

男は一瞬言葉を切り、そしてすこしばかりおどけた調子でいう。
「これくらいなら、受けてあげましょう」

と。

「ありがとう」

女性は、そっと、男の肩に腕を回し、言う。

殺される人間と、殺す人間にしては、ひどく滑稽な会話かもしれない。

けれど、女性は、本当にありがたいと、思ったのだ。

そうして、左手を動かし、とんっと男の額をつきその言葉に全ての霊力を込めて

『封呪!』

それを、発動させた。















ぐったりと、廃倉庫の床に身体を横たえ、女性は自分の身体から流れ落ちる血を眺めていた。
どんどん血は、流れていき小さな水溜りを作っている。

(ああ…このまま死ぬのかな)

ぼんやりと、そんなことを思う。

けど、まあなんとか雪之丞に対する記憶封鎖も、できた。

きっとこれで記憶を操られたあの男が、魔族側の雪之丞に関する記録を破ってくれる。

あの記憶封鎖が破られることなどは、ないだろう。

(よかった)

ほんとうに、そう思う。

ただ、ひとつだけ心残りがあるとすれば………………


(最後に……お別れいいたかった…なあ)



その瞬間、間違え様もない、命をかけて守ろうとした存在の声が



「ままっ!!!!!!!」


倉庫中にひびきわたった

つづく



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