椎名作品二次創作小説投稿広場


天使と戯れ悪魔と踊れ

第六話「『ごっこ』の夜会が終わるとき」


投稿者名:矢塚
投稿日時:03/ 4/26

 
 薄暗く狭い階段を降りていくと、目の前に巨大な門扉が現れる。その表面には、ありとあらゆるオカルト文献に記載されている、最強にして最高額の複雑怪奇な封印結界が幾重にも描かれており、そしてその扉自体もまた異常なほどに堅牢である。
 創られてから軽々しくは開かれたことの無いであろう扉の奥には、細い通路を挟んで独房がずらりと並ぶ。これもまた人類最強の封印結界を施してある鉄格子の隙間から、その部屋の住人やら物体やらを見ることが出来る。
 有史以来、人間には除霊も破壊も不可能と判断された魔物、魔具などだ。この中の一つがもし世界に解放たれれば、再びこの牢獄に押し込めるのにどれほどの犠牲が必要か想像もつかない。
 その身の毛もよだつ地下結界収容所の奥の奥。つまり一番危険な場所に、5部屋ほどのさらに特別な造りの独房が並び、その内の一つの前に唐巣は立っていた。傍らには一人、マリオ司教がいるのみ。二つ隣に収監されているのが、あの前知魔『ラプラス』であれば、唐巣が今眼にしている存在の危険性が良くわかる。そのラプラスの独房を通り過ぎる時、「よう、私の退屈しのぎに話を聞かないか? 遠くない未来のGSの物語。数多くの魔族、妖怪、悪霊を滅する辣腕女性スイーパーの物語さ」などと唐巣に話しかけてきたが、それはまた別のお話。
 そしてこの場所こそが、GS達の間にも噂でしか伝わっていない、バチカンの地下に広がる永久結界収容所の中心部だった。
「……ひどい有様だ、哀れとしか言いようが無い……」
 ここに来るまでの道すがら、大体の説明を受けていた唐巣から思わず漏れた言葉に、マリオ司教は答える。
「そうですね。そしてこれこそが、我々がハーディーを追う理由の全てなのですよ」
 鉄格子を挟んだ二人の向かいには『ソレ』がいた。
 白い人間らしきもの。
 他の全ての色素を取り除き、全体がケロイド状になった純白のレア状態の焼死体とでもいうべきもの。かろうじて四肢と頭部と分かるものがついている。
 頭部と思しき部位には頭髪や耳朶などは無く、怨念を凝縮したような断末魔の表情のみがそこに張り付いていた。
 『ソレ』は、目の前に立つ二人の存在など無視して、ゆっくりと床を掻き毟るような仕草を延々と繰り返している。
「『ソレ』が、ハーディーによって作り出された人工霊魂の一つです。あなたが、Drカオスと逃亡をはかった屋敷の、もと住人でもありますが」
 苦い表情を浮かべるマリオ司教。
「どういうことです? あの屋敷の住人は全員殺されたと、資料にはありましたが」
 『ソレ』から目を離す事無く、唐巣は静かに聞き返した。目を離す事が出来なかったというほうが正しいかもしれない。
「あの屋敷の主人は、ハーディーの研究のスポンサーだったのです。――もちろん、公にできる類の研究ではありませんがね――4年前に恋人が死んでからのハーディーは、もっぱら人工霊魂と不死の秘術の研究に力を注ぎだした。それを良しとしなかった生前の『ソレ』は、資金援助を打ち切った。今の『ソレ』はその報復と、ハーディー自身の研究の実験にされた結果です。恐らく、あなたが滅した人工霊魂で作られた悪霊も、『ソレ』の関係者かもしれません。ただし、『ソレ』よりもさらに不完全な代物でしょうけどね。恐らく、生前の記憶に引きずられてあの屋敷に迷い込んだのでしょう」
 さも嫌そうに、その白い焼死体をマリオ司教は『ソレ』と呼んだ。名をつけて呼ぶことなど、もってのほかだといわんばかりの視線を注いで。
「まさか、全て承知の上で、私にあの仕事がまわってきたのではないでしょうね?」
 胸中に沸き起こる苛立ちを押さえ、ほぼ確信しつつ、唐巣が聞いた。
「その若さで悪魔チューブラーベルを駆逐した実力。破門されたとはいえ熱心な修道者。まさに、我々が求めていた人物でしたよ。もちろん、あなたが人工霊魂の断片を協会に持ち込まなければ、このようなめぐり合わせにはならなかったでしょうがね。逆をいえば、あなたが人工霊魂片に気づいたからこそ、今、ここに立ち合わせているとも言える」
 その言葉にゆっくりと、何か想うところがあるように唐巣が返す。
「……全ては神の導くままに……か。しかし、気に入らんな、あなた方のやり口は」
 気を使って敬語を使用しているつもりではあっても、つい心に反応して地の口調に戻ってしまう。
 その唐巣の台詞を気にする事無く、マリオ司教は続けた。
「『ソレ』を滅するのはさほど難しくはありません。VVS級の精霊石なら6個程、FL級なら2個も使えば消滅するでしょう。しかし、放っておけば半永久的にこのまま存在しつづけます。人工霊魂と生きている人間の魂の融合による、不死の術の新たな方法の可能性。Drカオスですら思いつかなかった、忌まわしい禁呪。恐らく、人造人間創造の研究において偶然発見された方法でしょうがね。まあ、そのようなことは今はよろしい。問題なのは、『死せる魂と人工霊魂を融合させ、人を超越した存在を人工的に生み出そうとしている事』です。わかりますか? 事の重大性が。このようなモノを人が生み出し、なおかつ、さらに完成をさせることすら不可能ではないというこの事実。人はもしかすれば、簡単に不死を手に入れることが出来るかもしれないという、可能性。このようなものが世界に知れ渡れば、どうなるか……人造人間の創造よりも、はるかに危険な思想です」
 マリオ司教は先ほどまでの態度とはうって変わり、熱を込めて語った。
 その熱弁に対し、さして感動もしなかった唐巣だが、事の重大性は良くわかる。
 そして、ここに立つまでに受けた今回の一件の説明を胸の中で反芻した。
「……あれやこれやと、なかなかに忙しい男だな、ハーディーというのは……」
 唐巣はこの事態を全く理解していないかのように言い、マリオ司教がその言葉に、面会してから初めてといえる、不審と困惑をその顔に浮かべた。その表情に気づいた唐巣が先ほどの自らの台詞に補足を入れる。
「いや、失礼。もちろん、事の重大性は認知してますよ。ただ、他に言葉が出なかったものですから」
 自分でも、先ほどの言葉がどれほど間抜けであったかはわかっているが、他に言いようが無かったのも事実だ。
 死んだ恋人を人造人間として復活をさせ、自らは不死を手に入れる。そして、ここからは唐巣の推測に過ぎないが、ハーディーは不死の術を完成させた後に、人造人間のほうも完全な人間とするべく研究を重ねていくかもしれない。その永遠の生を使って。
 まさに途方もないとしか言いようが無かった。だからこそ、先ほどの台詞なのだった。
 そして、それはあながち不可能なことではないだろう。何故なら、そのハーディーの目的をすでに体現している者がいるのだから。
 ぼんやりと己の考えに沈む唐巣を呼び戻すように、マリオ司教は言う。
「さて、これで私からあなたに対しての説明は全て終わりました。あとは、あなたが判断を下すだけです」
 その言葉に唐巣は確認するように返した。
「なるほど、私にハーディーの邪魔をしろという訳ですね。しかし、各国には教会があるでしょうし、その方たちに手伝ってもらえば事をそう荒立てずに済みそうですがね」
 その言い方に、マリオ司教の目が細められる。
「邪魔、というのはあまり正確ではありませんね。出来うれば、今後二度とこのような実験が出来なくなるように、諭し、導いていただきたいのですよ。それに先ほども言いましたが、問題なのは人々の間にこのような思想が流布することです。残念ながら、人の口に戸を建てることに成功したという話は、なかなか聞き及びませんね」
 こちらもまた、したたかだ。絶対に禁句を口にする事無く唐巣に言う。
「……なるほど」
「それに加えて、出来ればDrカオスとその人造人間も諭し、導いていただきたい。まったく、人造人間に聖母の名をつけて呼ばわるなど冒涜以外の何ものでもない」
「……なるほど」
 もう一度頷く唐巣。マリオ司教は恐らく、マリアの実物を眼にしたことはないのだろうと思う。一度でもその鋼鉄の乙女を見てしまえば天才の所業に畏怖を覚え、またその動く姿に感動にも似た感情を抱くだろうにと。まあ、名前に関しては少々いきすぎではあるかもしれないが、鋼鉄の処女につけるにしては洒落がきいているとも思う。もちろん、どのような意味合いを込められてそのように命名されたかを知るわけもない唐巣ではあったが。
 沈黙している彼の態度に、マリオ司教も何も言わない。
 唐巣は目の前の醜悪な『白いソレ』を見つめつつ、さらに考え込む。
 自分に回ってきたのは、ハーディーと彼の作り上げた人造人間の処分に他ならない。バチカンには、その特殊性も相まって、軍隊はおろかGSという職業も存在しない。司祭以上の立場の人間が、GSを兼ねているのだ。無論、その能力を持たない者も多くおり、現法王はGSの能力は持ってはいない。
 つまり、バチカン直属のGSとは司祭であり司教である為、そのような立場の人間をいかにその親密性を皆が理解しているとはいえ、一応は他国であるイタリアに派遣し、彼らがその目的を遂げれば、諸外国との外交上どうなるかは想像に難くない。
 しかも、ジゼル等が向かった先がイギリスであってみれば、ハーディーがイタリアにはすでに居ない可能性のほうが高い。もし、本当にそれらヨーロッパ諸国に彼が居た場合には、バチカンや、イタリアの人間には手の出しようが無かった。
 ならば、ハーディーを放っておけばいいという考えは唐巣には無い。目の前に居る『ソレ』を見れば、これからも研究が完成するまでそのような犠牲者がでることなど言語道断であり、ハーディーはこの魂の冒涜という行為のつぐないを断じて受けなければいけない。
 そして、そのような性格の唐巣だからこそ、今、彼らに見入られ利用されようとしているのだ。
 唐巣はまさしく、生贄の子羊に選ばれたのだ。
 全てが気に喰わない。
 ハーディーはもちろん、バチカンも。そして、翻弄され続け、何ひとつままならない自分さえもが下らない。
 それが今の唐巣の胸中であった。彼の長い沈黙を逡巡と取り違えたマリオ司教が、静かに、切り札のごとくに言う。
「もちろん、これだけのお願いに対しての報酬が拘束からの自由というのでは、なかなか気乗りもしないでしょう。――まあ、自由ほど得難いものも無いのですが――支払い能力があるものが等価を払うのは当然のことですから、今回の一件を引き受けてくだされば、あなたの望む報酬をお支払いいたしましょう。もし、教会への復帰がお望みであれば、このバチカンに助祭司としてお迎えしますよ」
 その言葉に、唐巣の怒りが頂点に達する。これは理屈などではなく、感情だ。
 思わず目の前の司教に対して、罵詈雑言を叩きつけてやろうとするが、何を思ったか、奥歯まで出かかったその教職者に向けるべきではない言葉を、彼が今持ちうる最高にして最大の精神力を駆使して無理やり飲み込んだ。
 そして、さすがに声は怒りに震えながらも切り出す。
「……では、お言葉に甘えて一つ。いや、二つかな? お願いしよう」
「我々の出来うることなら、なんなりと」
 どこかしら、やはり欲は捨てきれないか、というような光を眼に浮かべたマリオ司教。
 その視線に再度、怒りに胸を焼きつつも、今は自分の感情を押し殺してゆっくりと言う。
「まず一つは、Drカオスに同道しているジゼルの身の安全を、バチカンの名において保障していただきたい。これは、私の仕事が成功するしないにかかわらずだ」
 その言葉に、本日何度目かの困惑を見せるマリオ司教を無視して、唐巣は続ける。
「そして二つ目は、私の仕事が成功した場合、彼女に取り憑いているベリアルの駆逐を総力を挙げて行うこと。例えマスターが、ジゼルと別人に入れ替わったとしてもだ。以上、この2点だ。Drカオスとマリアについては、余力とめぐり合わせがよければ遂行する、ということにしていただく。彼らはすでにいくつかの国でも追われる身、私が改めて追う必要はそれほどない。これが、今回の等価として私が求めるものだが、いかがか?」
 断固とした意志を込めて言い切った唐巣を凝視し、マリオ司教は驚きを隠せないでいる。
「それで、あなたはよろしいのですか? あの女性にそれほどの価値があるのですか?」
「私には、拘束からの自由を与えて下さるのでしょう? それで十分です。それに、彼女に価値があるかどうかなど、人の身で決められようはずもない。我々は、神の前では皆、平等なのですから」
 慇懃無礼に唐巣は言った。
「すばらしい。慈愛に満ちた報酬です。『神は愛である。愛にとどまる者は、神にとどまり、神は彼らにとどまる』まさに我々が支払うに値するような等価です。すばらしい」
 こちらは、なにやら感動もひとしおであるらしく、何度も何度も頷いている。
「では、この面会において私は、あなた方を満足させることが出来たということですね」
 唐巣はすでに、目の前の司教に対して何の関心も興味も失っている。
 マリオ司教はその言葉に、鷹揚に頷いたのだった。呪術師一人程度なら、さほど問題ではないと判断したのだろう。それに、強力な悪魔に取憑かれ苦難を強いられている者を救うのは彼らの神聖な務めでもあり、それを盾に沈黙を強いる事もできる。――ジゼルの立場や思惑などは、それこそバチカンの知ったことではない。要は、彼女に憑いた悪魔を少々の報酬で祓ったという事実が大切なのだ――唐巣の提案はバチカンにとって文句のつけようもないものであった。Drカオスとマリアについては、すでに名が売れており、唐巣の言い分に沿ったほうが無難そうでもある。
 唐巣に対して、この男は信用できる、といった表情を浮かべたマリオ司教は最初の面会場所である応接室に戻るように促した。
 その言葉の半分以上を聞き流しながら、唐巣の胸中は揺れていた。
 本当に、この提案はジゼルにとって良い事なのかと。
『彼女の兄を追うバチカンの尖兵となり、その報酬として彼女を救う手段をバチカンに講じさせる』
 やはり、どこか歪んでいるとしか思えない。汚らわしく感じる。
 彼女は私になんと言うだろう? 偽善と受け取り拒否するだろうか? いや、彼女なら感謝の言葉を述べるかもしれないが、しかし、内心はどう感じるかはわからない。
 不安とも迷いとも言えない感情をなだめるように、もう一度目の前の『ソレ』を見やる。やはり会話を始めてからずっと、同じ仕草を繰り返していた。
 その哀れな姿をみれば、己がハーディーを止めることが正しいように思えてくる。
 そして、目の前の『ソレ』と自分に向けて「アーメン」と呟き、十字を切り、背を向けて歩き出す。
 今まで数え切れないほどに唱えた言葉ではあったが、今の一言は生まれて初めて唱えた時のように鮮烈に唐巣の心に染み渡る。
 面接室に戻る為、二つ隣に位置するラプラスの独房を通り過ぎようとした唐巣が不意に足を止め、何を思ったかその前知魔をじっと見つめた。
 突如、彼は大きく息を吸い込み、まるで自分に言い聞かせるように、ラプラスに向かって宣言する。
「もし、未来の全てが決まりきった調和の中にあるとしても、私はその中で苦悶し足掻いてやる。その苦悶すらも、結末に至るまでの予定調和であったとしてもだ。私は全てをあるがままに受け入れて、悩みながら、迷いながら、精一杯に生きてやる」
 唐巣のその突然の宣言にもラプラスは驚くこともなく、「全てわかっているさ」という皮肉っぽい表情を浮かべて肩をすくめた。
 その言葉を吐いた唐巣の表情は、今までよりはすっきりとし、揺るぎ無い意志が徐々に浮かんでくるようであった。


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