椎名作品二次創作小説投稿広場


天使と戯れ悪魔と踊れ

第五話「旋律は不可視の想いが紡ぎだす」


投稿者名:矢塚
投稿日時:03/ 4/16

 目隠しを施され、長時間車で引きずり回された唐巣は今、椅子に腰掛けさせられていた。まだ目隠しは外されてはおらず、数人が自分を取り囲んでいるのを気配から感じること意外は、ここがどこであるのかなどは彼に一切分りようがなかった。
 しかし、そのような精神的に不安な状況下でありながらも、安いパイプ椅子に腰掛ける彼の姿は全く怯える様子一つなく、堂々としてさえいた。だが、いかに若く鍛えた肉体とはいえ、わき腹に受けた銃創がまだ癒えぬうえに、長時間後ろ手に拘束された姿勢での移動は、表面上はどう取り繕うとも、かなりこたえてはいたが。
 自分のすぐ背後に人が近づくのを感じ、その身が少しだけ緊張する。
 次の瞬間、彼の目隠しと拘束が解かれる。長時間眼球が圧迫されていた為か、ぼんやりとして焦点が合わないうえに、まぶしさに涙がにじむ。それでも徐々に視力が戻り、自分の置かれた状況が見えてくる。
 彼が居るのはその予想に反して、取調室などではなく、小さいが調度のよく整った瀟洒な応接室とでもいうべき部屋だった。
 精緻な細工のテーブルをはさみ、すばらしい刺繍の施された布張りのソファーが一脚置かれているが、そこに座るものは居ない。
 その部屋に、唐巣一人が場にそぐわないパイプ椅子に座らされ、彼の周りを銃器で武装した数人の男達が取り囲み威圧している。
「なんだい? これから拷問でも始まるのかと思ったんだがね」
 痛むわき腹をおして、何事も無いような口調で唐巣が口を開く。
 予想通り、取り囲む誰からも返事は無い。冷静さを装った唐巣の頭はしかし、猛回転で現状の把握を始める。
 確か、イタリア軍警察に拘束されたはずの私が、どこからどう見てもバチカンのスイス衛兵にしか見えない輩に取り囲まれているのだろうか。こんな派手な衣装の衛兵を見間違うはずも無い。
 では、イタリア軍警察と名乗ったのがバチカンの手の者であったのか? それとも、スイス衛兵の衣装を纏って私を欺こうというのだろうか? 何の為に? 一介のGSを、これほどの手間をかけて騙すことに意味などあるのか? だとすれば、私を釈放するつもりがあるというのか?
 疑問が疑惑を生み出し、更なる疑心暗鬼へと唐巣を誘うが、彼は大きく息を吸い込み静かに吐いた。乱れつつあった心が若干冷静さを取り戻す。
 考えていても仕方ない、なるようにしかならないと胸の内で呟くが、もちろん、そう思ったからといって実行出来るかどうかは別の話だが。
 そうこうしていると、ドアが開き一人の聖職者が入室してきた。
 60がらみの慈愛と厳格にみちた彫深い顔に、聖職者のまとう緑色のカズラがこの上もなく似合っており、どこからみても司教であるとしか言えない男であった。
 その厳格さを崩すことなく静かに、その司教は唐巣の向かいのソファーに腰掛けた。
「はじめまして。私の名はマリオ・ジロッティと申します。今回の一件の担当をしております。どうも歳をとると、足腰が弱くなりましてね。このような恰好でお話しさせていただく非礼をお許し下さい」
 ソファーにゆったりと構えたマリオ司教は、まるで世間話をでもするかのように、親しみすら覚えるような口調で挨拶をする。彼は自己紹介を終えると静かに唐巣の目を覗き込む。
 その静かな沈黙を受けて、唐巣が口を開く。
「私は唐巣和宏。日本のGSだ。思うところがあり、イタリアに修行に来ている。いや『来ていた』が正しいかな? 今こうしている経緯については、あなたの方が詳しいのだろう?」
 いくぶん挑発的に、唐巣は目の前のマリオ司教に挨拶を返した。
 その唐巣の粗暴ともとれる態度を、毛筋ほども気にかけてない素振でマリオ司教は頷いた。実際のところ、唐巣の態度に不快感など微塵も感じてはいないだろう。
「ええ、あなたのことはよく存じておりますよ。若くして教会を破門された信徒。しかし、その心は未だに神への信仰を失ってはおらず、GSとして日々弱きものの為にその力を揮う、修道者。」
 言葉のどこにも揶揄などといったものを感じさせず、それどころか日ごろの労をねぎらう様にやさしくマリオ司教は言った。
「今回、貴方とお会いするのにこのような手荒な手段しかとれず、不快な思いをさせてしまったことを、改めてお詫びいたします」
 唐巣は、マリオ司教の真摯な態度と謝罪に面食らう。自分がパイプ椅子に座らせられていることなど、すでに消し飛んでいる。彼にしては丁寧すぎるほどに口調を改めて、話し出す。
「いや、色々と込み入った事情の結果ですから。私のような一修道者に、そのようにかしこまらないで下さい。それに、私の思い込みでなければ、ここはバチカンですね? ということは、今回の良くわからない一件についての、大切なお話をしていただけるのではないかと思うのですが?」
 唐巣の改まった姿勢にマリオ司教は微笑した。
「そうです。本来ならばイタリア軍警察に拘束されて、その法のもとにあなたの処遇が決定されるのですが、今回は無理を言って一時的にであれ、こうしてあなたと面会をさせていただきました。もし、この面会において十分な結果を我々が得ることが出来れば、あなたをイタリアに引き渡す事無く、無事に解放させていただきます。もちろん、イタリアのほうにも話は通してあります」
 そのマリオ司教の言葉に、唐巣がゆっくりと答えた。
「つまり、あなた方に協力すれば、お咎め無しで解放していただけるということですか」
 幾分だけ、不快な気持ちが沸き起こるが、唐巣はそれを表情に出すことなく言った。
「そういう事です」
「なるほど。何事も無く解放されるのはすばらしいが、私に何を求めているかにもよりますね。それに、貴方の口ぶりからすると、協力する以外に選択の余地などありえないように思われますが?」
 その唐巣の言葉にマリオ司教はまた、微笑した。
「いいえ。このままもう一度イタリアに引き渡されて、GS免許剥奪のうえ、最悪禁固刑という選択もあります――何しろDrカオスと協力して、軍警察の静止を振り切って逃走されたのですからね――まあ、それもまた運命ですが、選択する権利はまだ、あなたにあります。しかし、我々の話を聞けば間違いなく、協力したくなりますよ」
 やんわりと、しかし、したたかにマリオ司教は言い、その瞳が鋭い光を帯びて唐巣を見据える。心弱いものならば、立ちすくんでしまいそうなほどの眼光。であれば、見た目は好々爺であってもやはり、バチカンの司教を務めあげているだけの男なのだ。
「もちろん、あなたが知りたがっていること全てを、先にお話いたしましょう。そのうえで、今後の運命を選択されればよろしい」 
 その目の光に臆する事無く、唐巣はしっかとその目を受け止めつつ、マリオ司教から出された提案について考える。
 目の前のマリオ司教が、全ての真実を語るとは限らない。もし、この後にある彼からの話に自分が頷くことが出来なければ間違いなく、イタリアに引き渡されるどころか、事の解決を見るまでこのままバチカンに幽閉されてしまうだろう。
 といって、今、何も聞かずに突っぱねてもイタリア行きである。
 どうにもこうにも追い込まれた立場であり、どちらを向いても棘の道しか唐巣には残されていなかった。
 そして、わき腹が痛むのを承知で大きく息を吸い込み、精一杯の皮肉を込めてため息をつく。
「……わかったよ、好きにしてくれ……」
 その言葉を受けたマリオ司教はゆっくりと頷き、立ち上がると唐巣を奥の扉へと来るように促した。

「あやつの目的は間違いなく、第2のヨーロッパの魔王となることじゃよ」
 唐巣と分かれてからおよそ数時間後。彼がちょうど拘束されるあたりまで、物語りはさかのぼる。
 ジゼルとDrカオスは一般人から力技で徴収した車に乗り、イタリア国境を目指していた。
 ジゼルが運転するその車中で、Drカオスが言ったのだった。
「……兄は、何を考えているの? 魔王とでも呼ばれたいの?」
「そうではないな、嬢ちゃん。あやつが欲しておるものがその手中に収まったとき、結果として魔王と呼ばれるということじゃよ。あやつは二つのものを欲しておる。かつてのわしと同じように、人と呼ばれることを捨ててまでも、な」
「いったい、何を欲しがっているっていうの?」
「……4年前、あやつが失った半身じゃよ。本当は嬢ちゃんも、薄々は気づいていたじゃろう?」
 Drカオスは、少々の憐憫を込めて言った。その言葉は果たして、ハーディーのみに向けられていたのだろうか。
 ジゼルの顔から感情というものが消えうせる。そして、小さく呟いた。
「……ロベルタ……ロベルタ・バルディーニ」
 彼女の呟きをうけて、Drカオスが淡々と語る。
「そう、あやつは実験中の事故で失った恋人、ロベルタの復活を求めている。あやつとわしは錬金術の研究において、ちょっとした知り合いでな、その事故を起した実験の内容までは知らんが、聞くところによればロベルタの遺体はひどい有様だったようじゃ」
 それなりに親交もあったのだろう、Drカオスは苦い顔を浮かばせた。
「でも、一体どうやって蘇らすというの? 人工霊魂は生前の記憶など持ち合わせていないはずよ。第一、肉体そのものが無いのではどうしようもないじゃない」
 そこまで言ったジゼルが突如として黙り込み、一拍置いてから確認するように問う。
「……まさか、それじゃあ、あなたのところから兄が持ち出した研究品というのは……」
 言葉を切り、ルームミラーで後部座席に座るDrカオスと、その横に静かに座るマリアを見た。
 そのジゼルの態度に、満足したようにDrカオスが続けた。
「そう、マリアのスペアボディーじゃよ。あれ一体にいくらかかってるか忘れてしもうたが、ともかく金がかかっておる。何としても無傷で取り返したい。とてもではないが、工事現場のアルバイト収入だけで……」
 話の方向が少々ずれていきそうなので、それとなくジゼルが修正する。
「兄はマリアのスペアボディーを使って、ロベルタを復活させるつもりなのね?」
「おお、そのとおり。人工霊魂をボディーに移植し、その後、ロベルタがするであろう行動やら事象に対しての反応やらをじっくり教え込めば、30年とかからずにロベルタの心を持った人造人間が出来上がるというわけじゃな。――いや、下手をすればロベルタの魂の一部を保存しておる可能性もある。であれば、事はもっと容易じゃな。無垢の人工霊魂を使い、保存した魂を補い、強化すれば良いからな。――そして、永遠の従者と共に歩む為にあやつも不死を手に入れようとするじゃろう。不死の研究の方もやっておったようじゃし。まあ、わしの場合はマリアには、その手の教育を何も施しておらんのでな、いまだに少々感情面が弱いのだが、まあ、それも一興よな」
 言うと豪快に笑い出すDrカオス。横に座るマリアは、その老人を無表情に見つめていた。
「マリアのスペアボディーを使った人造人間制作を、今まで黙っていたことについては、すまんかったな。何しろ、下手をすれば国家クラスの弾圧を受けかねん一件じゃ。あやつの情報を得るまでは、嬢ちゃんに協力してもらいたかったのでな。ほんとうにすまん」
 これが偉大な錬金術師の態度であろうかいう素直な謝罪に、ジゼルはくすりと笑った。どことなく憎めない老人であった。
「いいわ、ゆるしてあげる。そのかわりといっては何だけど、兄は殺さないでくださるかしら? 何しろこの腐れ悪魔を突っ返さないといけないから」
「腐れ、腐れとヒドイ言い草だキィ。お前の性格には、悪魔も白旗をあげるだろうよ。キキキ」
 さもおかしそうに、助手席に座るベリアルが奇声をあげた。
 ベリアルの存在を毛ほども気にしてないDrカオスが言う。 
「構わんよ。あやつが恋人の模造品を作ろうが不死になろうが、わしの知ったことではない。先にも言ったが、わしの目的はマリアのスペアボディーを無事に取り返すことだけじゃ。……ただし、成り行きによっては手足の一、二本はもらうかもしれんがな。まあ、わしには遠く及ばずともあやつの頭脳はそれなりに優秀じゃて、そうなっても食い扶持には困らんじゃろ」
 最後の台詞を言うDrカオスの表情は、まさに魔王の称号にふさわしく凄惨な笑い顔であり、それをルームミラーで見てしまったジゼルの背筋すら薄ら寒くなるものであった。
「それにしても、人造人間と永遠に生きる為に不死をも目指すなんて、本当にバカね」
 先ほどの寒気を振り払うように、幾分強い調子で言う。
「まあ、そう言ってやるな。あやつにはあやつの想いがあるのだろうし。第一、それを言ったらわしは、さらにその上をいく大バカじゃ。わしは錬金術を極めん為に永遠の生を手に入れ、その従者としてマリアを生み出した。あやつは愛した者の復活を望み、その永遠のパートナーと歩む為に不死をも望む。過程の違いはどうあれ、結果は同じじゃ。不死人と人造人間の組み合わせには違いあるまいよ」
 その言葉に、ジゼルは何か納得がいかない気持ちで言った。
「確かに、結果だけ見ればそうかもしれない。でも、兄とあなたでは決定的に何かが違う気がする。うまく言葉には出来ない何か、そう、結果を求めるまでの志とでも言うべき……」
 そこまで言ったジゼルがふいに微笑した。
「あら、私も結構、唐巣さんに感化されているみたいね」
 その言葉の意味するところなど知りはしないが、Drカオスは言った。
「ふむ、結果に至るまでの過程を大事にするのは良い兆候じゃ。特に若いうちはの。歳をとったり、あまりにも結果のみを追求することに盲進すると、ロクなことにならん。このわしや、あやつのようにな」
「……でも、兄の想いはやはり、あなたと違ってどこか邪だわ……」
 ジゼルが納得のいかない表情を浮かべるが、後部座席のDrカオスにはその表情を伺う事も出来ないし、その口調も特に変わったところが無かった。
「しかし、嬢ちゃんにとって、それはどうでもいい事じゃろう。ともかくも、ベリアルの返却だけが目的と言っておったではないか? やはり肉親の情というものは、そうそう簡単に断ち切れるものではないか?」
「バカなことを言わないで! 何度も言ってるけど、私にとっての兄の存在は、ただのベリアルの引き取り手でしかないわ!」
 心のうちを見透かされたような台詞に、ジゼルがつい声を荒げる。
「年寄りにそう怒るな。まあいい、万が一にも、ベリアルの件が片付かなければわしが手を貸してやるわい。今回協力してもらった礼としてな。あんな若造のGSよりは、役に立つぞ?」
 思いもよらぬDrカオスからの援助に、先ほどの事も忘れてジゼルが問い返した。
「本当に、手を貸してくれるの?」
「もちろんじゃて、このヨーロッパの魔王の名と誇りにかけてな」
 彼女の機嫌がある程度良くなったのを喜んだのか、胸をなでおろす。 
「なに、あやつが最終的には目指すであろう不死の秘術に比べたら、容易いものじゃ」
「さーて、そうそう上手くいくかな? 俺をそう簡単に祓う事が出来ると思うなよ、キキキ!!」
 何故か自信満々のベリアル。
「確かに。契約期間中にお前を殺すことは、術者の死をも意味するがしかし、いくらでも他の手はあると思うぞ? 例えば、嬢ちゃんとお前を切り離し、お前だけ結界に封じるとかな。まあ見ておれ、不可能を可能にすることとそが錬金術の醍醐味であり、その追求の為にこそ不死にまでなったわしじゃ。のう、マリア」
「イエス・Drカオス」 
 不敵に笑う偉大な錬金術師の問いかけに、鋼鉄で創られた永遠の従者は無感動に答えた。
 彼らのその短いやり取りの中には、他人には窺い知れない強い絆のようなものがあるのを、ジゼルは確かに感じた。
「ありがとう。でも、唐巣さんのことをあまり軽く扱わないでちょうだい」
 Drカオスのその申し出に、ジゼルが心から礼を言い、そして思い出したように呟いた。
「そういえば唐巣さんは、おとなしくしているかしら。昨夜はだいぶ落ち込んでいたけれど」
「あやつなら今頃、イタリアの警察に身柄を拘束されとるじゃろうな」
 Drカオスが事も無げに言い放つ。
「!? どういうこと!!」
 その台詞にジゼルが驚愕する。
「いやなに、わしが今朝警察に情報を流した」
「な、なんて事をしてくれるのよ! このくそじじい! どういうつもりよ、返答次第じゃ呪い殺すわよっ!!」
 急ブレーキをかけ路肩に停車し、夜叉の形相でDrカオスを問い詰める。
「だから、年寄りを労わらんか。昨夜、嬢ちゃんが言ってたじゃろう? 『出来ればこれ以上、彼を巻き込むのは避けたい。だから今回は彼をここに置いて行動する』と」
「それとこれとは話が違うでしょうが! だから何故、彼を売るような真似をしたのよ!」
 いつに無く我を忘れて激昂するジゼルを、Drカオスが冷静な眼で見据える。
 先ほどまでの気楽な口調から、鋭く静かな言葉に変わり、諭すように語る。
「わからんか? これが本当に最後のチャンスなんだと。今、拘束されればまだ何とか言い訳は立つ。本当にあの若造は何も知らんからな。わしらと逃亡したことについても、無理やり拉致されたとでも言っておけば良い。今なら優秀な弁護士がつけば、まず間違いなくもとの生活に戻れるじゃろう。時間はかかるがな。それに、マリアの調査では、若造の後見人には日本のGS協会の常任理事の一つ『六道家』がついておるようだしの。いよいよとなれば、圧力をかけてくれるだろうし」
 その言葉に納得せざるを得ないジゼル。少しも間をおき、冷静さを取り戻すとDrカオスに尋ねた。
「それじゃあ、彼に告げた目的地のストーンヘンジも嘘なの?」
 その言葉にDrカオスは、呆然とした表情を浮かべた。
「へ? 嬢ちゃん、まさかあの若造にしゃべったのか?」
 その台詞に、こちらもまた呆然として言い返す。
「そりゃ言うわよ。当たり前じゃない」
 二人に間に沈黙がおちる。唐巣が拷問でも受けて行き先を吐いてしまえば、完全に先回りされてしまう。
「……まあいいわい、いざとなったら力押しじゃ。それにあの若造は、そう簡単にわしらの行き先を吐いたりせんじゃろう」
 まるで自分自身に言い聞かせるDrカオス。
「……あなたが、彼を売った事を誰かから聞かなければね。さすがに自分が売られたと知れば、寛大で敬虔な元信者でも怒るわよ」
 彼女は本当に呆れた。この老人は、やはりどこか抜けているのだと。
 恐らく、これから各国の国境を力技で突破し、ストーンヘンジで待ち受けるであろう者達を排除しなければいけないかと思うと、さすがの彼女も気が滅入った。一体、私が兄に追いつく頃には、どれだけの罪状持ちになっているのだろうか。悪魔からは解放されても、法律は解放してくれないかもしれない。いや、絶対に解放などしてくれない。
 もしかしたら、今頃拘束されているだろう彼のほうが、幸運であったのかもしれない。
 そのようなことを考えつつも、今さら後には引けない彼女は、これでもかというくらいに自動車のアクセルを踏み、目的地に向けて走り出したのだった。


今までの評価: コメント:

この作品へのコメントに対するレスがあればどうぞ:

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp