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天使と戯れ悪魔と踊れ

第四話「道化のごとく孤独に踊る」


投稿者名:矢塚
投稿日時:03/ 3/29

 
 横たわる彼の全身はじりじりと熱く、粘り気のある脂汗が絶え間なく流れている。
 特に左のわき腹が鈍痛に苛まれ、動こうとするたびに激痛に変わる。
 しかし、体はその感覚をしっかりと味わっていながらも彼の意識自体は朦朧としており、いま自分がどこで何をし、何故このような状況にいるのかを整理して考えることが出来ない。
 唯一いえることは、自分はどうやら安全なベッドの上にいるらしいということだけだ。
 発熱を伴った鈍痛によって、眠りは浅く、何度も何度も夢と現を往復する。
 そのすぐ覚める浅い眠りの中では、同じ夢が何度も何度も繰り返される。
 夢の中に一人の女性が出てくる。顔はぼんやりとして、誰かはわからない。
 その女性がやさしく言う。
「あなたは何故、GSになったの」
 どこかで聞いたような、若い女性の声。本当に若く、しかし、その口調は絶対の自信に満ちている。
 自分はかつてこの声を、実際にどこかで聞いていただろうか? それとも、自分の生み出した幻聴だろうか?
「あなたはGSになって、何を成し得たかったの?」
 君の声は、確か日本で聞いた事があるはずだが、わからない。
「あなたにとって真に大切なのは、GSであること? それとも主の御心に副うこと?」
 そうだ、確か美神と言う姓で、実在の女性に間違いないはずだ……
「GSとは一体何なの?」
 何故、君の声はこんなにも私の心を揺さぶるのだろう……
「本当は答えがわかっているのに、どうして何も言わないの? 答えるのが怖いの?」
 いつもはここで更に意識が拡散していき、最初の質問が繰り返されていくのだが、今回は少しだけ様子が違った。
 もう一度だけ、最後の質問が繰り返される。
「どうして何も言わないの? 答えるのが怖いの? ねえ、どうして答えてくれないの? ねえ、唐巣神父」
 夢の中で最後に自分の名を呼ばれ、ベッドの上の唐巣は目を覚ました。
 今おかれた状況に意識が向くより先に、彼の口から呟きが漏れる。
「……質問の答えなど、本当はわかっているよ、美智恵君。……ただ、それを認めたくないもう一人の私が、心の中にいるんだよ……」
 それは、自分自身に言い聞かせるような、静かな独白だった。
 そして、その独白に反応したように声がかかる。
「あら、気がついた? 気分はどう? 唐巣さん」
 先ほどまでの美智恵の声ではなく、つい最近知り合った女性の声。だんだんと、唐巣の頭がわき腹の痛みと共に冴えてくる。
「……ああ、ジゼル君。私は一体どうなったんだい……」
 からからに渇いている口を開き、唐巣はむせるように聞いた。

 屋敷からの脱出の際に、軍警察の銃弾を左わき腹に受けた唐巣が気を失った後、一同はヴェネツィアまで文字通り高飛びし、ジゼルがコネのある民家に強引に匿ってもらっていた。
 出血はひどかったが致命傷ではなかった唐巣に、Drカオスが外科手術を施して二日経つ。
 今、唐巣が横たわっている部屋はこの家の屋根裏部屋のようで、狭く古ぼけているが清潔ではあった。
「……そうか、せっかくの決断もこの有様か。まったく、ついてないね……」
 簡単に状況説明を受けた唐巣が言った。
「ええ、そうね。生死にかかわるほど重症じゃあないけれど、二、三日は動かない方がいいわよ。痛み止めは打ってあるけど、けっこう痛むんでしょ?」
 ジゼルは唐巣が寝ているベッドのすぐ横に小さな丸椅子を引き寄せて座り、彼の顔を覗き込みながら言った。
「いや、さほど痛むわけではないが、それにしてもDrカオスには感謝だな。さすがヨーロッパの魔王だけあって、手術などお手のものなんだな」
「ええ、そうね」
 感謝する唐巣に、少しばつが悪そうに答える。実際にはDrカオスの指示のもとでマリアが正確無比にメスを振るっていたのだが、器具の名前やら手順やらを忘れてしまったDrカオスにより度々手術が中断するという、はたから見ていても危なっかしいものであった。だが、そのようなことがあったのをジゼルは一言も口にしない。知らないほうがいいという事も、世の中にはあるのだ。
「それで、Drカオスは? お礼ぐらいは、言っておきたいんだが」
 話題がそれたので少々ほっとしつつ、ジゼルが言う。
「次に私達が向かう目的地が決まったから、今はその下調べと準備にでている。ちなみに、あなたの怪我に最初に気づいたベリアルは、そこで寝てるわ」
 彼女の最後の台詞に、無理して唐巣は笑い「ありがとよ」と、その悪魔に小さく声をかけた。
「もう少し寝ていた方が、よくなくて?」
 痛みに耐える唐巣の表情を汲み取ってジゼルは言った。
「いや、少し話をしようじゃないか。聞きたいことが山のようにあるんだ、今聞いておかないといつ聞けるかわからないからね……」
「いいわよ。でも、その前に、――お腹は減ってない?」
 真剣に聞く彼女に対し、わき腹が痛むのを承知で、唐巣はもう一度笑って言った。
「ああ、消化にいいものを頼めるかな?」
「ええ、腕によりをかけてあげるわ」
 にこりと笑ったジゼルが、台所を借りに出て行った。
 しばらくしていい香りと共に運ばれてきたどろどろのおかゆ風のものは、彼女が腕によりをかけたと言うだけあってか、唐巣が想像する以上に美味く、痛みが和らぐような気さえした。
 唐巣は背中に当たる部分にクッションをおいてもらい、それにもたれて上半身だけ起こし、匙でおかゆをすくっている。
「キキ、本当に色々と入っていて、栄養だけなら最高キィ」
 いつの間にやら目を覚ましたベリアルが、同じように匙を使いそれを貪っている。
 何が入っているのかは、彼女に聞けば喜んで答えてくれるだろうが、唐巣と同じように匙を口にしている彼女の目の光を見ると、どうやら聞いた時点で食欲をなくしそうだ。
 食事が終わると、ベリアルは再び床に転がっていびきをたて始めた。
 それを見た唐巣が、寝た悪魔を起こすことの無いように、静かに話す。
「さて、まずは何故、Drカオスも君のお兄さんを探しているんだい?」
「つい二ヶ月前に、兄がかねてから面識のあったDrカオスを訪ねたらしいの。そして、その時に兄はDrカオス秘蔵の研究品を勝手に持ち出した。それを取り返す為みたい」
「ふむ、本当につい最近だね。それで、その研究品とはなんだい?」
「さあ? そこまでは教えてくれなかったわ」
 この国の軍警察を敵に回しても回収したいと願う研究品に興味を持ちつつ、唐巣は続けた。
「じゃあ、君はベリアルを押し付けて逃げたお兄さんに利子付きであいつを返却する為と、Drカオス氏は奪われた研究品を取り返すために手を組んだんだね」
「ええ、そういうこと。今までに比べたら、格段の前進と言えるわね」 
「それで、先ほど言っていた次の目的地は?」
「イギリスの、ストーンヘンジに向かうわ」
 何故か少しだけ、複雑な表情を浮かべたジゼルが答えた。唐巣はその表情に違和感を覚えたが、結局何も言わなかった。
「また、突拍子な場所のうえに、意味ありげな場所でもあるね。」
「ええ。ヨーロッパ諸国の地脈が交わる場所に、太古に建立された謎の遺跡。学者の間では、地脈の力を操ることが出来た装置ではないかとも言われているわね。それを証明した人は、いないけれど」
「とても気になるな。人工霊魂を研究していた君のお兄さんと、その先駆者であるDrカオス。さらに、そのDrカオスが危険を冒してまでも取り返そうとする研究品と、それを欲した彼の目的。そして、次の目的地……この繋がりが、てんで分らないね」
「私もそう思うけど、マリアが出した行き先なの。確か、プロ……プロファクティングって言ってたかしら。彼女の人間以上の演算能力を使えば、対象とする人物の、未来における行動をある程度予測することが出来るらしいわ。つまり、今回は兄がそれを手に入れた後向かったであろう場所ね。ただし、その行動を予測するには詳細なデーターが必要なようね」
「へえ! そんなこともできるのかい? 凄いな、マリア君は!」
 痛みも忘れて、唐巣が感嘆する。
「その予測精度を上げる為に、私は兄の事についてみっちり質問されたわよ、それは本当に色々と。なかには赤と青どちらを兄が好むかなんて質問もあったわ」
 マリアの性能の一端に対し、子供のように感動する唐巣を見て、ジゼルがくすりと笑った。
 ひとしきり感心した唐巣がふいに、それもごく自然にジゼルに問う。
「ところで君は、お兄さんを憎んでいるのかい?」
「唐突に、何を言い出すの?」
 突然の、意図の見えない質問に対し、殺気すら感じるような目つきでジゼルが問い返した。
「そのままの意味だよ。君がお兄さんを憎んでいるのか、私は知りたい」
 言葉のどこにも気負うところが無く、唐巣は繰り返した。
 その落ち着いた彼の態度に、ジゼルは少し冷静になり、もう一度聞く。
「何故?」
「深遠な意味は無いよ。ただ、初めて会った時からの君のお兄さんに対する反応は、憎悪だけではないような気がしたのでね。もし、ベリアルを押し付けて逃げた、腰抜けに対する制裁の為だけに今の君が行動しているのではなく、他人には言えない特別な理由があって行動しているのであれば、私が怪我を負ってまで君についてきたことに、少しは意味があったかもしれないと思ってね」
「私が兄を探すのに何か他の特別な理由さえあれば、怪我をしたことも納得できるとでも言うの? それに、あなたは自分の行為全てに何かしらの意味があり、そうでなければならないとでも思っているの? そんなのは、ただ自分を満足させたいだけじゃない」
 切り捨てるような台詞だったが、ジゼルからは感情の高ぶりなどは感じられない。
「そう、君の言うとおりなんだ。……私は今まで、いや今もかな? 自分の行動に何かしらの見返りや理由や意味を求めていたんだと、今さらながらに痛感したんだよ。主の祝福を得たい為、人から感謝されたい為、自分の満足感を満たす為、他人から良く見られたい為……この国に修行に来たのも、自分の自尊心を満たす為だったのかな。教会の建設資金なんて、日本で五年もがめつくやれば、すぐに貯まるものな……無償の愛こそが、私がGSとして生きることを決意した一番肝心な理由だったにもかかわらず、いつの間にか忘れてしまっていたんだ。力なき弱者の為に誰よりも優秀でありたいという理由も今は、他のGSに負けたくない為に優秀でありたいという理由にすりかわっていたよ。今の私のGSとしての存在理由は、私自身の為だけにあるんだ。私が私を必要としているだけの、世界を拒絶した独りよがりなハナタレ小僧なんだ」
 自嘲気味な言葉ではあったが、唐巣本人は今の自分をより高所から、まるで第三者のような気持ちで語り続けた。
「だから、君の口から聞いてみたかったんだ。君がただ憎しみからお兄さんを探していると聞いたとき、今の私が失望を感じるのか。それとも、ありのままに失望も落胆も感じずに、無償の気持ちで受け止めることが出来るのかをね」
 その言葉をうけ、彼の目をしっかりと見据えてジゼルが言う。
「最初に会ったときにも言ったけど、私の目的は、この腐れ悪魔をあのろくでなしに突っ返すだけよ。私は、こんな理不尽な運命を仕方が無いの一言で済まして、何もせずに死を受け入れるほどお人好しではないわ。私はまだ死にたくなど無い。だから、最後の最後まであがいてやるわ。あなたやDrカオスを巻き込み、利用し利用されたとしてもよ。兄にどのような思惑があろうとも、知ったことではないわ。今の私は、自分の為だけに行動しているの」
 激する事無く語るその彼女の言葉を、静かに受け止める唐巣。
 聞こえるか聞こえないかのような呟きをジゼルがこぼす。
「……だけど……」
「だけど?」
 問い返す唐巣に、一拍置いて、噛んで含めるようにゆっくりと彼女は言う。
「……だけど。その私が、今兄に対して抱いている感情が、あなたが言うような、憎悪や嫌悪だけとは、限らない……」
「……そうか……」
 その言葉をうけて、何か思いに沈むように、唐巣は俯いた。今の彼の内心は、表情からは読み取れなかった。
「どう? 満足した? それとも、今の私が兄に対してどういう気持ちかを、さらに詳しく知りたい?」
 言葉は容赦ないが、いつからか、唐巣に向けられている彼女の口調は、とてもやさしいものになっていた。
 それに応じるように、静かに唐巣は言う。
「いや、今はそれだけで十分だ」 
「そう」
 ジゼルはやさしく頷き、言葉を付け加える。
「でもね、あなたが思い悩んでいる事などは、他の人間にとっては本当にどうでもいいことなのよ。私も含めて、GSを必要とする弱者にとって一番大切なのは、自分を霊障から救ってくれることだけ。そこに気高き理想など無くても構わない。強く、ただ強く。悪霊にも悪魔にも屈しない力で救ってくれさえすれば、それでいいの。もちろん、あなたのように慈愛に満ちていれば、なお更良いでしょうけどね」
 ジゼルのその言葉に苦笑して、唐巣は言う。
「結果良ければ事もなし、かい?」
「そうよ。頭が禿るほど悩んで何もしない秀才よりは、少しでも多くの者の為に戦うバカのほうが、GSとしてはまだマシね」
「だからっ! 私は禿げなっ……いだだだ……」
 彼女の最後の台詞に唐巣が異常に反応し反論しようとするが、わき腹に激痛が走りベッドにうずくまる。
 その唐巣の様子に呆れるジゼル。
「なにも唐巣さんの事を言ったわけじゃないのに、自意識過剰なんじゃないの? それこそ、そのストレスで……」
 この状況では流石に止めを刺してしまうかも知れないと思い、最後の言葉をジゼルは飲み込んだ。
 痛みがようやく静まった唐巣は、もぞもぞと薄い毛布を手繰り寄せてベッドに横たわり、ふてくされたように一言いった。
「……寝る……」
「はい、おやすみなさい」
 小さい子供に接するように、ジゼルが答えた。
 そして、ほんの少しだけ間を置いて、誰にとも無く彼女が話し始める。
「明日早朝に、私とDrカオスはストーンヘンジに向けて出発するわ。彼も腹の中に何か秘めているようだけど、しばらくは行動を共にするつもり。今の私にはそれがベストと思われるから……傷が完治するまでは、この家に匿ってもらってちょうだい。そうすれば、私から連絡がつけやすいし。もし、万事うまくいってベリアルの件が片付いたらその報告もしたいから」
「わかった」
 頭から毛布を被っている唐巣が、ぼそりと返事をした。その感情の起伏が無い返事に対し、ジゼルは少しだけ顔をしかめる。
 そして、彼女もまた感情の起伏を極力抑えて、静かに唐巣に声を掛けた。
「……もし、あなたが自分自身を拒絶したとしても、私はあなたを拒絶しない……」
 それだけ言うときびすを返し、眠りこけるベリアルの襟首を引っつかみ、部屋を出ようとドアノブに手をかけた。
「……ありがとう……」
 小さな、いくぶん声の震えた言葉を背にうけて、ジゼルは部屋を出て行った。
 狭く薄汚れた部屋に一人残された唐巣は、静かにゆっくりと息を吐いた。
 彼の心は、重く深く沈んでいく。もちろん、わき腹の鈍痛や、先ほどの性質の悪い冗談のせいばかりではない。
 巻き込まれたとはいえ、この混乱極まる宴には主賓として自分は招かれたはずだ。だが、誰とも踊る事無く、気がつけば観客の位置に立たされていた。そして最後には、途中退場を宣言されてしまった。
 疎外感という感情が今の唐巣の心を満たし、どうにもやるせない。ようは、仲間はずれにされてしまった気がするのだ。
 望まぬことは必要以上に与えられ、心から望むことは十分に与えられない。本当に、世の中は自分の思いどうりに動かすことなど出来ないのだと、情けなくも、今さらながらに実感する。
 それに加えて、ジゼルのGSに対する認識に、多少打ちひしがれてしまってもいた。彼女の言を全て肯定する気持ちなど毛頭無いし、反論したい点も多々ある。
 もし、GSとして強ければそこに明確な信念など無くても良いという彼女の言葉を受け入れてしまえば、自分がヨーロッパに修行に来た意味の大半を失ってしまう。
 だが、それに対して面と向かって堂々と反論できない自分がいたのだ。それはきっと、GSですらない彼女の言い分が一部であれ的を得ていたからに違いないし、一度は決着がついたかに見えた、主への信仰と自分の信念の合致が再びぐらついているのを、彼女に見透かされているような気がしたからなのかもしれない。 
「……くそったれ」
 己の心の弱さと無力感に、改めて愛想をつかした唐巣から漏れた言葉だった。

 その日の夜遅くに階下が少々騒がしくなり、眠っていた唐巣は目を覚ました。どうやらDrカオスが戻ってきたらしい。
 何やら話す声が聞こえてくるが、内容までは流石に聞き分けられない。
 おそらくジゼルとDrカオスであろう話し声に、何故かまた疎外感を感じてしまったのと、今の気持ちが陰鬱としすぎていたこともあってか、そのまま唐巣は寝てしまった。
 翌日、唐巣が目を覚ました時には二人と一体と一匹はすでにおらず、この家の主人と思しき五十がらみの男性から、ジゼルの「それじゃあ、留守番よろしく」という託を聞いたのだった。
 考えてみれば、この家の住人とは初対面であり、ぎこちなくも挨拶を交わす。不審極まりないであろう自分に対して、主人は意外に好意的であり、その態度に彼は心から感謝し、安心して療養に望むことにした。
 一晩寝たためか昨日より気分も体調もよく、この分なら二、三日で動けそうであった。
 今頃、彼女等はどの辺りにいるのだろうかとぼんやりとしていると、階下が昨夜のように騒がしい。
 皆が戻ってきたのかと一瞬思うが、苦笑と共にその考えを破棄する。まだお昼前だ。
 そうこうするうちに荒れた声が遠慮なく屋内に響き、なにやら激しく言い合う様相を呈してきつつあった。 
 怒鳴り声が止むと、数人がやかましい足音を立てて唐巣のいる屋根裏部屋の前に向かってくるのがわかった。
 近づく足音に反応するように、唐巣の鼓動が早くなる。
 しかしそれは、不安やおののきといった感情ばかりからくるのではなく、若干の希望や歓喜といったものも入り混じっていた。
 部屋の前で足音が止まり、ゆっくりとドアが開く。
 開いたドアから、一般人の恰好に抜き身の拳銃を構えた数人の男性がなだれ込んでくる。服装はありふれたものだが、その身のこなしや服の上からでもわかる鍛えられた肉体からは、明らかにこの連中が効率よく暴力を行使する訓練を相当積んでいる事がわかった。
 その連中を見た唐巣の心臓が更に高鳴り、全身が熱くなってくる。
「唐巣和宏だな?」
 リーダー格と思しき男から、感情のこもらない質問が発せられた。質問というよりは、確認に近い。
「ああ、そうだ」
 表面上は全く冷静に、かついくぶん挑発的に唐巣が答えた。
「我々は、イタリア軍警察だ。君の身柄を拘束する。拘束理由は、聞かなくてもわかるな」
 たとえ理由を問われても、答えるつもりなどさらさら無い口調で男は言った。
「ああ」
 少し震えの混じった返事と共に唐巣の口が笑うようにゆがみ、全く抵抗するそぶり一つ見せずに、彼は男達に従順に従う。
 しかし、従順な態度の唐巣のその目には、かすかな歓喜の光が浮かんでいた。
 もしかしたら、運命は私を必要としているのかもしれない。私はまだ、この宴に何かしらの形で関わっていくことが出来るのかもしれない。ここまできたのなら、最後の最後まで見届けたい。もう一度、いや、何度でも参加を望んでやる。
 例えそれが、最悪の結末を迎えたとしてもだ。
 この絶望的状況の中であるにもかかわらず、唐巣の目は、かつてGSになる為にがむしゃらでひたむきに修行していた頃のような輝きを湛えていた。
 だが、その目の輝きに気づいた者は唐巣本人を含めて誰一人としていなかった。
 


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