椎名作品二次創作小説投稿広場


恋の行方

二人と一人


投稿者名:Mysin
投稿日時:02/12/25


一人の少年が乳白色の霧の中にいた。少年から程近いところには一人の女性がいた。二人の距離は丁度5メートルぐらいは離れているだろうか?
霧は厚く、1メートル先でさえ見通すことができそうにない。しかし、少年には女性が誰であるか分かった。見えたわけではない、分かったのだ。
「ルシオラ?」
彼はその女性の名前を呼んだ。
「ルシオラ・・・そこにいたんだな?」
横島はその女性へ向けて手を伸ばす。
「・・・」
ルシオラは答えない。それどころか少し横島から離れる。
「なんで、離れるんだ?一緒に夕日を見るって言っただろう?」

さらに手を伸ばす。

しかし、その分だけルシオラは離れる。

もう一度手を伸ばす。
離れる。

手を伸ばす。
離れる。

それらの行為を繰り返すうち、ルシオラの体は霧に溶け込むように薄くなっていく。

消え行くルシオラをつかまえるために必死になって横島は自らの体が千切れんばかりに手を伸ばす。

だが、その手は届かない。

もう一度名前を呼ぶ。
彼女は答えない。

そばにいる。
だが、触れることは叶わない。

これは夢。

生きてゆく限り続く悪夢。
現実という名の悪夢。


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「・・・・また夢か・・・。」

 雑誌、カップメン、コンビニの袋、牛丼屋のどんぶりなどなどさまざまなゴミが無秩序に散乱した部屋の中、よくぞ引く場所を見つけ出したと言っても過言ではないようなところにある布団の上で横島は目覚めた。

 アシュタロス事変で最愛の人を失った後遺症として彼は毎日の様に同じ夢を見るようになっていた。毎朝、汗びっしょりになり、息を乱れさせながら目覚める。その、繰り返しだった。横島は心の乱れを収めようといつものようにゆっくりと深呼吸をすると美神除霊事務所へ行く準備を始めた。


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 美神除霊事務所内にある来客を迎えるための部屋としてもリビングとしても使われる部屋のソファーに美神とおキヌは前屈みに座り、中央のテーブルに置かれた書類を挟んで今日の除霊の予定について話をしていた。

「すんません、遅れました」

 そこに、遅刻した横島が入ってきた。

「こんにちは、横島さん」
「遅いわね〜〜〜。んなこと繰り返してると、時給下げるわよ。」
「んな、殺生な・・・。栄養失調で死にますよ」
「まーまー、美神さん、アシュタロス事件からこっちまともな除霊とかなかったじゃないですか。ちょっとぐらい気が緩んでも仕方ないですよ。」

 そう、アシュタロス事件後。神魔族を揺るがす大戦だったためか霊的なバランスの崩れが著しく、いまだロクな依頼はなかった。それこそおキヌちゃんでもできるモノが1、2件あるだけだった。だが、今回の事件はそうでもないようだ。美神の表情が引き締まる

「うーん、まあ、そうだったんだけどね。そろそろ私たちのターゲットも活発化してきたみたいなの。それで、久々の本格的な除霊だし、ここらでどーんと稼いどきたいしで気を引き締めていかなきゃいけないのよ。」
「「分かりました。」」
「特に横島クンは気をつけなさい。ヘマしたら時給からさっぴくわよ。」
「な、なんで俺ばっかり・・・」
 本来、今の横島の実力で難しい除霊というものはない。爆発的に上がった霊力と万能のアイテム、文珠さえあればどんな除霊でもあっさりとこなせる。しかし、美神が恐れているのは横島の精神状態だ。除霊は霊力のバランスが要求される。そして、霊力のバランスを司るのは心である。美神は横島の精神は表面上こそ平静を保ってるもののまだ、完全には立ち直っていないと見ている。本格的な除霊ともなればルシオラのことを思い出し、そのことが原因で失敗する可能性がある。ある意味、美神は横島がどの程度立ち直っているのかの試金石としてこの依頼は丁度いいと考えていた。そして、その結果いかんでは自分が決断を下さなければならない、とも。

「さて、横島クンがその依頼書を見たら出発するわよ。時間がたてばたつほど被害が多くなって金払いが悪くなるからね。」


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 数時間後、ビルの除霊に出かけていた美神・横島・おキヌの面々は事務所に戻ってきた。除霊そのものはなんとか上手くはいったのだが、美神は予想通りの結果とはいえ少々ショックを受けていた。横島が見事に失敗してくれたからである。美神の予想外だったことは、相手は人の心を読み、最愛の人の姿を模し、相手を油断させたところを攻撃してくる妖怪だったことだ。結果、横島はルシオラに化けられた相手に攻撃することはできなかった。それどころか、手を差し伸べてしまったのである。当然、妖怪から横島は攻撃を食らったのだが、成長した横島の霊力によって彼はほとんど傷つくことはなかった。除霊そのものは最終的にはおキヌの心眼で見極め、美神がとどめをさして終了したのだが、横島は全く役に立つことはなかった。

「すんません・・・。」

事務所につき、めいめいソファーに腰掛けると横島が本当にすまなそうに謝った。

「横島クン。私、前にも言ったわよね! 油断するんじゃないって・・・。ちょっと所長室に来なさい。たっぷり絞ってやるわ!」

「み・美神さん、そんなに怒らなくても・・・。今日はしょうがないですよ。あんなことされたら私だって・・・。」
「おキヌちゃん、それじゃダメなの。私たちは命がけで戦ってるの。今は横島クンの戦力だってアテにして戦ってるんだから!分かってるでしょ、横島クンも。」
「すんません・・・。っていででででで!!!」

横島はもう一度謝罪の言葉を口にした。が、その言葉を言い終わるかどうかという時に美神は横島の耳をつかむと容赦なく所長室へ引きずっていった。おキヌは一瞬止めようとしたものの美神の真剣そうな表情を見て実行することはできなかった。彼女にできることは横島があまり酷いことをされないように祈ることだけだった。


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所長室に入ると美神は鍵を閉め、横島を荒々しく部屋の中に放り込むと自分は一脚しかない椅子に座る。横島は再び怒鳴られるのかと身構えたが美神の口から出たのは彼にとって意外な言葉だった。

「横島クン、呼んだのは本当はあんたに怒ってたからじゃないの。」

二人の間にしばし沈黙が流れる。

「?じゃあ、いったいなんで・・・。」

先に口を開いたのは横島だった。そして、またちょっとの間が空いた。美神はうつむいていた顔を上げ、すこし躊躇いながらもまっすぐ横島をの目を見すえて答えた。

「・・・謝るためと、もうひとつ・・・重要なことのためよ」

この答えはますます横島を混乱させた。今日、除霊で失敗したのは自分のはずだ。だから謝るのならば俺の方で、美神さんじゃない。それに重要なことってなんだ?そんな思考が横島を支配する。

「???いったい、美神さんが俺に謝らなきゃいけないことってなんですか?」

もう一度、質問する。まずは最初の疑問から。

「決まってるじゃない。ルシオラのことよ。」

今度は美神も即答した。視線は横島の瞳から離さない。

「ルシオラのこと??でも、あれは俺に力がなかったせいで・・・」

横島は何故、美神が突然そんなことを言い出したか分からなかった。あまり触れられたくない話題だ。最近の横島はルシオラの話題の時にはあいまいに笑ってごまかしていたのだが今日は美神がまっすぐ自分を見ていることで笑うこともできない。仕方がないので答えると同時にちょっと視線をズラした。しかし、その美神の目を避けるような仕草は彼女を動かした。

「違うわ!!あんたは自分のできる限りの・・・いいえ、自分の実力以上のことをしてたわ。ルシオラが死んだのは私のせい。」

彼女は椅子から立ち、叫んだ。堰を切ったように言葉があふれる。

「私、アシュタロスの件の前までは強くなったつもりだった。ママに負けないくらいに。でも、全然まだまだだったわ・・・。だからあの時アシュタロスの罠にはまっちゃったし、あの娘も死なせてしまった・・・。」

「そのことをあんたに謝りたくて、でも、できなくて・・・。なんとかしなきゃって思って、踏ん切りをつけたくて今日の除霊を受けたの。だって、ここ何ヶ月かのあんたって今にも壊れそうなんだもの。ゴメンナサイ、横島クン・・・。」

美神の目に少し涙が光った。

(美神さんも、悩んでいたんだ・・・・)

横島は美神の告白を聞いて、自分が担いでいた荷物がちょっと減った様な感覚を覚えた。そして、美神が【謝りたい】と言ったことの意味を理解した。

(けど、もうひとつ重要なことってなんだ?)

「謝ってもどうしようもないことだって分かってる。どうやったってあの娘は戻ってこないもの。けど、私は私なりのやり方であの娘に償わないといけないと思うの。」

 美神はしゃべりながら横島に一歩ずつ近づいていく。そして、横島のすぐ目の前まで来て、さらに続けた。

「それは・・・・強くなること、今度こそ芯から強く。」

美神の言葉を聞いて横島は救われた気がした。自分だけがルシオラのことを思っていると考えていたが、美神もルシオラのことを思っていたのだ。そのことが横島には嬉しかった。美神が告白したことは横島の予想外のことばかりだったが、彼は久しぶりに自分が美神の弟子で幸せだ、と思った。

(ありがとう、美神さん)

横島は心の中で彼女に御礼を言った。しかし、まだ美神は最大の、そして最後の告白を残していた。

「それからね・・・横島クン、あんたが私しか見えないようにしてあげるコト。」

「えっ??それはどーいう意味・・・??」

横島には意味を図りかねている様子だ。美神はそれにかまわずゆっくりと自分の右手を横島の首のあたりりへ左手を腰のあたりへ近づけながら言葉を続けた。

「ルシオラのこと私が忘れさせてあげるっていってんの。ルシオラがいてもあんたが私に惚れたってことを証明するためにもね」

(それが宿敵に対する最大の礼儀だと思うから)

そういうと、美神は横島の唇に自らの唇を重ねた。


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その後、横島は悪夢を見る頻度が減って行き、半年もたつころにはついに見ることはなくなった。


そして、それからさらに3ヶ月が過ぎたころ、






































美神蛍子が誕生した。



                              了


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