椎名作品二次創作小説投稿広場


スイーパーズ&ベイビー

戦局


投稿者名:矢塚
投稿日時:02/12/11

 シロは目の前に立つヤーコブに視線を落とす。左手には円形のシールド。右手には両刃
の長剣。全身は白い軽鎧に覆われている。立ち居振る舞いからは、見事に洗練された剣士
であることが伺える。自分よりもかなり格は上だろう、引き分けるのも苦しい相手だ。し
かも、こちらを女と思って油断すらしていない。これは、死ぬかもしれない。本気でそう
思った。
 しかし、なぜか怖くない。とても透明な心持ち。視界が無限に広がり、総てが見え、聞
こえ、感じられる感覚。初めて味わう感覚に、シロは不思議と落ち着いていた。
「ねえ!シロは勝てるの?」
 隣で結界を張る令子にタマモが必死に聞く。答えられない令子、その唇は険しく結ばれ
ている。
「ああ、勝つさ。何せあいつは、師匠の俺より優秀な一番弟子だ。」
 眼は閉じたまま、代わりにやさしく言う忠夫。その言葉は果たして、シロには届いたの
か。シロ死ぬなと、タマモは祈った。

「私の名は、ヤーコブ・シュプレンガー。愛剣『アシュレイ』にて、貴殿のお相手
をさせていただく。」
 ゆっくりと剣礼をおくる。慇懃にシロが答える。
「それがしは、美神忠夫の一番弟子にして気高き人狼の一族、犬塚シロ。こ度の貴殿らの
狼藉許せぬゆえ、師匠に代わりて誅罰いたす。・・・いざ、参る!」
 シロの霊波刀が、横なぎに奔る。ヤーコブの霊剣がそれをいなしつつ首筋に切りつける。皮一枚でその一撃をかわすシロ。かわしざまに、突きをいれるがことごとくいなされる。
 彼の動きはまるで舞うようだ。シロの動きが遅いわけでも、彼が速すぎるわけでもない。シロの動きは先読みされていた。技術も、経験もヤーコブが上であった。
 しかし、それでも攻めるしかない。上段からのシロの一太刀を、シールドで受け流す。
流石に真っ向から受けたら、たたき割られるだろう。それだけシロの霊波刀は精錬されて
いた。横島のそれとは違い日本刀の形状。しかも、冑を断つような野太刀だった。だが、
いなされる。ヤーコブが突きを繰り出す。一つ二つ三つ四つ、額、足、心臓、右肩変幻自
在に切っ先が舞う。かろうじてはじき、かわすシロ。絶望的に不利であった。
 だがしかし、シロの眼はまだ死んではいない。

ダウドは愛銃を撫で、思った。俺の相手は間違いなくバンパイアの血を引いていると。
そして、相手の不幸を悲しんだ。彼は、もっとも敵にしてはいけない相手を選んだ。この、吸血鬼殺しの俺を。しかし、彼のその思いは油断ではなかった。油断ほど愚かな行為
はないことを、よく知っているから。
 ダウドの銀の銃弾は、正確であった。ピートがなかなか間合いに入る隙を、与えない。
瓦礫を利用し、見えない位置から狙撃が続く。『エビル・アイ』も人間の探知は出来ない。
 ピートは瓦礫に身を隠し、銃声の方向に霊波砲を撃つ。それを利用し突撃するがそこに
は誰もいなかった。
 しかし、置き土産はあった。拳大の黒い塊。突如、それが破裂する。

 美神美智恵は、己の迂闊さと読みの甘さを悔いていた。唐巣卿の来日が引き金になるこ
とは、十分に考えられた。今日も事務所でなく、GS本部に夫妻を召集すればよかった。
今日のうちに雪之丞らに召集をかければよかった。あと一人令子クラスがいれば志緒のガ
ードにまわし、令子と忠夫の合体技で瞬殺だったのに。聖職者の前で吐くべきでない言葉
がつい漏れる。
 しかし、すぐに頭を切り替える。そう、彼女の推論が正しければこのネクロマンサーは
かなり危険だ。美智恵の心の中には、ある一つの懸念があった。4人のうちでまず、この
ネクロマンサーを最初に仕留めなければいけないという、霊能者としての勘。それがちり
ちりと胸を焦がす。
「唐巣卿・・・そろそろいきます。」
「ええ、それがいいでしょう。」
 シロ、ピートの戦いを確認し結界から走り出した。

 おキヌはネクロマンサーの笛を吹きつつ、涙を流し続けた。この霊団は決して悪霊ばか
りではなかったからだ。霊の意思が流れ込んでくる。彼等はほとんどが悪霊、魔族、妖怪
などに殺された人々だった。無念の叫び、悲痛な叫び、救いを求める叫びそれらが無数に
おキヌの精神に流れ込み、いつ精神が崩壊してもおかしくなかった。
 しかし、おキヌは負けなかった。そう、志緒を殺させなどしない。
 横島忠夫と美神令子の子供。自分の好きだった男性の子供。その男性がかつて愛してい
た女性の面影を、少しだけ持つ子供。自分にとってはいろんな側面を持つ子供。
 でも、なぜか愛しい。自分の子供のように愛している。
 だから、この命を懸けても守りたい。おキヌは一度笛を離し、志緒をじっと見つめる。
 そしておもむろに2個の文珠を握り締めた。使う文字は『伝』『心』。この自分の言葉
に出来ない思いを霊たちに伝えるのだ、自分の関わる総ての愛しい人への思いを。発動し
た文珠の力をネクロマンサーの笛にのせ、響きわたらせる。先ほど以上の効果が現れ、霊
団が消滅していく。おキヌは消滅していく霊たちに祈る、今度生まれてきたときは天寿を
まっとうできるようにと。

「っ!来た!」
 美智恵たちが出て行った直後、美神忠夫が呟く。『超』『加』『速』の文珠が瞬時に発
動。『加』『速』『探』『知』に従い、飛び出してゆく。もう、文珠も底をついた。これ
で仕留めるしかない。
「だー、くそ!いっつもいっつも、損な役割じゃあ!ほんっと、ついてねえー。」
 加速中に陽気に悪態をつく。だが、その顔は真剣そのものだった。これは、ほんの始ま
りに過ぎない。こいつ等をシバキ倒しても、いつ同じやつが現れないとも限らない、そう
思う。だがこれは、ある意味いいチャンスだ。こいつらを徹底的にシバキ倒し、世に知ら
しめてやる。
『志緒に危害を加えようとする馬鹿はこの俺が総て、完全に粉砕し排除する。』と。
「それに、こいつ等はある意味ラッキーだな。もし、前衛が令子だったら異端審問官も青
ざめる程の、世界で最も残虐で残酷な拷問と虐殺が行われただろうし・・・」
 一人呟く忠夫の目は、シロに向かう男を捕らえる。強襲は失敗と判断し、まずは数を減
らす作戦に切り替えたらしい。そうはさせじと加速を振り絞り、ハインリヒに襲い掛かる。 

 突如、シロの左横の空間が炸裂し、すさまじい霊圧と粉塵のみが舞っていた。シロは
忠夫がフォローに回ってくれたのを本能的に理解し、感謝する。先生はいつも、家族同然
に自分を助けてくれる。だから、今日こそはその恩に報いたい。その為に目の前の、この
男を倒さなければいけない。美智恵からは引き分けでもいいとは言われたが、そんなつも
りは毛頭ない、勝ってこそ価値があるのだと思う。
 シロが狙うのはただ一点。この男が自分を仕留めるのに奥の手を使い、勝利を確信し油
断する瞬間。その時のみ。それまでは決して負けてはいけない。シロが予想するのは、こ
のヤーコブと言う男は自分と似て接近戦が得意だ。だから奥の手も恐らく・・・

 ヤーコブは内心感嘆していた。見た目の若さからは想像もつかないほどによく、鍛錬し
ていると。剣のキレ、体さばき、どれをとってもすばらしい、そのうえ実戦で勝利するの
に必要な、格上の相手との命のやり取りもこなしているようだ。これは出し惜しみしてい
る場合ではないと、気持ちを引き締める。体力は圧倒的に人狼がうえだから。
 ヤーコブの、渾身の突きがシロの喉に迫る。払い、返す刀で頭を叩き割るように霊波刀
を繰り出す。霊波刀がヤーコブの剣を払う寸前、剣の軌跡がふわりと変わりシロの右太も
もを深く切り裂く。
「っぐう・・」
 うめくシロ、機動力を奪われる。体が崩れ、がら空きになった右肩に止めの一撃が突き
下ろされる。
 しかし、シロの左手からいびつな形の霊波刀が出現し、一瞬早く突き出されヤーコブの
右わき腹をそぐ。ヤーコブはすばやく後ろに引き致命傷をまぬがれた。彼は、勝ちを確信
する。相手は切り札をさらけだし、なおかつしとめ損なったと。それにあのいびつな霊波
刀、細長い棒が変な具合に湾曲しているとしか見えない、彼女の霊力も底をついたようだ。
 しかし、手負いの獣は危険だと判断し、少し離れたこの場所から左のシールドをシロに
向ける。突如、シールドの先端から霊波砲が放たれた。一撃必殺の威力。恐らく相手は予
想していなかっただろうし、機動力を殺がれかわすのも難しい。一撃必殺の切り札がシロ
を直撃する。
「シロ!!」
 タマモの悲鳴が結界を満たす。
 爆炎と瓦礫が盛大に舞いあがり、視界が無くなる。ヤーコブは油断無く警戒を続けてい
たが、ほんの一瞬、わずかだけ気が緩んだ。その時、彼の左肺に激痛が走る。細長い霊
気の矢が自分の胸に突き刺さっていた。状況を把握する前に、ごぼりと血の塊がヤーコブ
の口から噴出す。方ひざをつき、霞み出した眼でその先を睨む。そこには、『盾』の文珠
とその奥にたつシロがいた。
 シロの左手は先ほどのいびつな霊波刀が上下対に伸び、霊波の弓になっていた。
「・・・それが、貴殿の切り札というわけか・・・」
 ヤーコブは理解した。この少女も自分と同じ事を考えていたのだと。ただし、生死のぎ
りぎりまで待っていたのだと。
「・・・そうでござる。『霊弓アルテミス』。・・・相手に近距離専門と思わせ、中距離
からの奇襲、常套手段でござろう。」
 傷に顔をしかめ、シロは答える。ヤーコブの致命傷は明らかだ。
「・・・みごと。・・・しかし、私もここで・・・ただ死ねないのだ、せめて、ひとりでも
異端者を・・・道連れに・・・」
 言うが早いか、ヤーコブが走る。シロが『霊弓アルテミス』を引き絞る。霊波の矢が現
れ狙いをしぼり、解放つ。ヤーコブはあと一撃を受けても、刺し違える覚悟で迫った。彼
に矢が刺さる寸前、霊波の矢が複数に分裂し、それら総てが突き刺さる。驚愕の表情を貼
り付け、ヤーコブは仰向けに倒れる。
 その口から『アシュレイすまん・・・』と、かつて愛した女性の名が漏れるが、その呟
きは、誰の耳にも届かなかった。
「奥の手と切り札はいっしょに使うものでござるよ・・・」
 シロは奥の手の霊弓に、最後の文珠を切り札として使った。文字は『裂』。分裂した霊
波の矢は威力は落ちるであろうから、最後の最後にしか使えない。霊弓を切り札に思わ
せ、もう他に手は無いように振舞った、だから左肺への一撃も一本しか撃たなかった。止
めを絶対命中させる為に。
 シロの傷は深かったが、致命傷ではなかった。傷よりも精神の消耗のほうが激しく、そ
の場にばたりと倒れこむ。自分のやるべきことは最低限できた。不安が残るが気を保って
いられない、シロにとっては唯一の家族と呼ぶべきものを守る、最低限の仕事はした。先
生は褒めてくれるだろうか?それとも、まだまだ修行が足りないと怒るだろうか?・・・
いや、一所懸命に頑張ったせっしゃを、先生が怒ったことなど今まで一度も無かった。だ
から、また一緒に散歩に付き合ってくれるでござる、そう思いながらシロは気を失った。

「シロッ!」
 タマモはシロが倒れたとき叫んでいた。そして、内心の人間に対する憎悪が抑えきれな
くなる。志緒に対する仕打ちと、自分の受けた仕打ちが似すぎていた。どうして、無力な
者にこの様な事を人間は容赦なく出来るのか。ただ、将来が不安というだけで。志緒の守
りさえなければ今すぐにでも飛び出していき、あの男の遺体を骨も残さず灰にしてやるも
のを。
 だが、志緒だけは守りきらないといけない。この子はかつての自分と同じだ。ただ前世
が危険であったから、その転生体だから、それだけの理由で殺されかけた。記憶など無い
にも等しいのに。訳も分らず殺される恐怖。今でさえ、あのときの夢を見る日がある。
 それほどの恐怖。
 そして、その恐怖から見返りもなく助けてくれた者とその子供だからこそ、守る。この
子を守ることは自分の存在を認めさせることでもある。何に対して?それは偏見に凝り固
まり真実が見えない馬鹿な人間に対して。そう、思う。
「私が、シロくんの回収に出よう。」
 タマモの葛藤に気づいた唐巣神父が、名乗り出る。まだ結界の外にはかなりの霊が残っ
ていたが、それでも9割以上は除霊されていた。隣のおキヌもいまだにネクロマンサーの
笛で除霊を続けているが、もう限界だった。威力ががた落ちになっていた。これだけの霊
団の除去と文珠のパワーコントロール、いつ倒れてもおかしくない状態。
「少々、狐火で援護してくれ。ピート君のほうもそろそろ終わりそうだから、回収も問題
ないだろう。」
 そう言いつつ唐巣神父は、弟子の相手になったダウドという男の不運を哀れんだ。

 ダウドは追い詰められていた。この目の前にいるバンパイアハーフは強力すぎた。通常
の相手なら、先ほどの銀の手榴弾で死んでいておかしくない。いや、実際に見たはずだ、
あの男が腹のほとんどをえぐられ死ぬ間際だったところを。
 しかし、そこから回復し戦闘前以上の霊気を持つなどありえない。これが噂に聞く文珠
の効果とも思ったが、違う。この異常さはそんなレベルではない。まるでそう、純血のバ
ンパイアそのものだと。

 ピートを襲った一撃はまさに致命傷に等しかった。意識が飛ばなかったのが不思議なく
らいだ。仰向けに倒れ、体が痙攣している。あまりの激痛に声も出ない、そんな中でピー
トの心を占めていたのは死の恐怖ではなかった。
「・・・なあピート、もし俺が死んだりしたときは、この子のことを頼めるか?お前の寿
命ははるかに長いし、お前なら守ってくれるだけの力もある。あ、いや別に養子とかじゃ
ないんだ。ただ、見守って困ったときに手を貸してくれればいいんだ。・・・いいかな?」
 忠夫の言葉が心の中で繰り返される。今まで見たことも無いほど真剣な眼差し。いつも
はちゃらんぽらんで、煩悩丸出しで、貧乏で、逃げの一手は異常に早い男。自分が島から
出てきたときの初めての親友。そして困ったときには口では嫌々いいながら、ちゃんと助
けてくれる戦友。その男が、生まれたばかりの子供の前で頼んだ約束。
 瀕死のピートの口からそのときの返事が繰り返される。
「・・・もちろんです・・・美神さん・・・この子は僕なんだ・・・ハーフであるだけで
迫害された・・・だから・・・まもります・・・たとえ悪魔になろうとも・・・」
 ピートの言葉に反応するように、ポケットの文珠が光る。『覚』『醒』
 突如、瀕死のピートから強力な霊波が噴出し、みるみる傷が修復されていく。
 しかし、その霊気は酷薄にして残虐だった。ダウドは、あまりの異変にただ止めも刺せ
ずに立ちすくんでいた。
「なっ、何者だ貴様!」
 ダウドが叫ぶ。
 立ち上がりそれに答えるピート。犬歯が異常に伸び閉じた口からはみ出していた。
「我の名はピエトロ・ド・ブラドー。太古の時代より続く、最も強力にして残虐な吸血鬼
の純血を引く、バンパイアハーフ。」
 驚愕するダウド。
「普段、理性で抑えている本能を強制的に開放した。今の我は吸血鬼の本能と力に満ちて
いる・・・」
 震える体を抑え、ダウドは叫ぶ。
「くそったれの吸血鬼が!どんなことがあろうとも、俺は貴様等を殺す!でなければ、俺
以外にも肉親の心臓に、銀の銃弾をぶち込まなきゃならん奴が増えるんだ!」
 銃弾を撃ちまくるダウド。撃ちながらダウドは死を覚悟した。弾丸が全て霊気でつくら
れた蝙蝠どもに阻まれる。
「・・・お前の言い分も分らないでもない。しかし、今の我は慈悲深く無い・・・」
 酷薄な笑いを貼り付けたピートが、ダウドに手をかざす。
『・・・戦いの角笛は吹き鳴らされて久しい。見よ、戦場は血にまみれ憎悪に満ちた。今
こそ戦の狗どもを解放ち、更なる凄惨を尽くそう。その喉笛、その心臓全てに牙をつきた
て咽喉を潤せ・・・』
 ピートの言葉に呼応し、その足元から霊気で形作られた狼のような獣が数匹踊りだす。
現れるが早いか、その獣はダウドに殺到し喰らいつく。苦痛にうめくダウド。体の自由を
獣によって抑えられる。
 ピートのかざした右手に神聖な霊気が満ちる。ピート自身の邪悪な霊気と交じり合い、
混沌とした霊気に練り上げられていく。
「・・・汝の現世の善行が来世で報われますよう。汝の現世の悪行が来世で裁かれますよ
う。・・・願わくは汝の来世は幸福に満たされますよう・・・アーメン。」
 ピートから放たれた霊気に跡形も無くダウドは消滅する。意識の消える間際、この襲撃
で一番警戒すべきはこのバンパイアハーフだったと痛感した。
 純血の吸血鬼の力に体の方がもたず、ピートはがくりと方ひざをついた。この力を使え
たのは今までに一度しかない、ハヌマンの修行場で覚醒したときのみ。
 ピートの理性は、この真に覚醒した力を嫌悪していた。GS試験で雪之丞相手に覚醒し
た時とは比較にならない程に、禍々しく強力な力だからだ。ハヌマンが言うには、純血の
吸血鬼と人間の間に奇跡的に生まれた力だそうだ。
 だから、文珠により制限をかけていた。
「・・・よくやったね、ピート君・・・」
 シロに肩を貸しつつ近づいてきた唐巣神父が声をかける。
「先生、僕は・・・」
「ああ、すごい力だ。君が恐れて使いたがらないのもわかる。でも、ちゃんとコントロー
ル出来ていたよ。・・・そして、志緒ちゃんも君と同じように悩むのだろうね。その時は
君がその力のコントロールを教えてあげればいい。それを、忠夫君も望んでいるだろう
し。」
 唐巣神父の言葉に感謝し、頷く。
「疲れてるところすまないが、シロ君を運ぶのを手伝ってくれるかな。少々骨が折れるの
でね。」
 細身の神父を見、重い体を引きずるようにシロに手を貸した。

 シロのフォローに回った後、美神忠夫はハインリヒと人間の知覚外での壮絶な戦いを繰
り広げていた。相手と自分の発する音しか聞こえない、時間から隔離された空間。静寂に
満ちた領域で繰り広げられる壮絶な、GS同士による無慈悲な殺し合い。
「貴様等は、GSの使命が判っているのかっ!」
 ハインリヒが、吐き捨てるように言う。
「だああ、うるせー。お前等の歪んだ思想なんぞ、知るかっ!」
 応戦する忠夫。霊波刀がハインリヒの右肩を切り裂くべく襲いかかるが、神通棍でがっ
しりと受け止め押し返す。よろけた忠夫に破魔札を数枚すばやく使う。破魔札は相手の霊
力にダメージを与えるので人間相手にも十分通用し、致命傷になりえる。
 サイキックソーサーを投げつけ迎撃し、爆炎にまぎれてハインリヒの斜め前方から斬り
つける。ハインリヒの胸に斜めに裂傷が走るが、お構いなしに神通棍で腹に突きをいれる。
「っげほ!げへっ!」
 後ろにぶっ飛ばされるが何とか立ち上がり、戦闘態勢を整える。ハインリヒもそれなり
にダメージをおっていたが、あまりにも意識が忠夫に向いている為かまったく傷をかまう
様子が無い。
 これといった特技は無いようだが、ハインリヒは強かった。全てが極限まで鍛えられ、
人間のレベルでは最高と言っていいだろう。
 今の忠夫の実力と経験では、少々きつい相手だ。
「貴様等のしていることは、未来の人々の生を奪うに等しい・・・何故分らん!魔族の血
を引いた人間は不安定だ、いつ狂うか分らんのだぞ!それに・・・」
 殺気が消え、悲しい光がハインリヒの目に宿る。
「・・・もし、お前の娘が狂ってしまえばどうなる?私や、私の仲間のように悲しむ人間
が増えるのだぞ?その者に対し、貴様等は、責任が取れるのか?」
 睨み付け、押し黙る忠夫。返す言葉が無く、黙っているのではない。そんなことはあり
えないという、絶対の自信に満ちた目をしている。
「俺が、いや、みんながこれほど愛してくれる志緒が、狂うはずが無いだろうが。」
「馬鹿な思考だ・・・魔族の血統には心など無い!あるのは、殺戮と破壊の欲求だけだ。
もしお前が、魔族とも理解し合えるなどと言う思い違いをしているならば言っておく。そ
れこそが、奴等の手段だ。人間に信用させておき、最後に裏切る。そういう種族なのだ。
だからこそ、私の両親は殺されたのだ!」
 大喝するハインリヒ。
「・・・俺が魔族と心を通わせられたのは、幻想とでも言いたいのか・・・」
 もう、何の感情も無く忠夫が答える。その目は、あまりにも冷徹な光を浮かべていた。
その変化に、ハインリヒは気づいているのだろうか。  
「魔族に魅入られた、哀れな男か・・・」
 ハインリヒの先程からの台詞は、忠夫の逆鱗に触れていた。それまでは、ハインリヒの
言い分も判らないでもないし、同情や憐憫といった遠慮もあったかもしれない。だが、忠
夫の心からは今、それら一切が消え去っていた。彼にしては、本当に珍しいことではあっ
たが。
 所詮は信じる者と、信じない者の戦いであり、和解などはありえなかったのが今さらな
がらに実感できた為だろうか。
 ハインリヒは、何の前触れも無く仕掛けてくる。最後のチャンスを放棄したと判断した
のだろう。神速の神通棍の切り上げが忠夫を襲う。紙一重で後ろに引いて神通棍をやり過
ごし、その後一歩踏み込みつつ『栄光の手』でハインリヒの顔面をぶん殴る。
「ごちゃごちゃうるせー!余計なお世話じゃ!ボケー!」
 渾身の罵詈雑言と右拳をもらい、飛ばされるハインリヒ。
 しかし、がくがくと膝を振るわせつつも立ち上がる。口から大量の血がこぼれる、顎が
完全に砕けたらしい。そんな状態でも何か口はつぶやいている。
 あまりにも尋常でない状態に、忠夫は危険を感じる。こいつは早く止めを刺さないとヤ
バイことになると、心が警鐘を鳴らす。
 霊波刀を繰り出し、切り込む。ハインリヒはただなすがままに、その胸を貫かれた。
「っな、なんだ?」
 あまりにも簡単に止めをさせたことに、思わず言葉が漏れる。
 しかし、胸の警鐘はいっかな鳴り止まない。刹那、ハインリヒが笑うと忠夫をがっしり
と抱え込む。顔には引きつった笑いが浮かぶ。
 最後にハインリヒの口が何か呟くのを見た時、二人は爆炎に包まれた。


 ピートがシロに肩を貸そうとしたその時に、突如空間が破裂した。いや、正確には破裂
したような感覚を霊感が味わった。
 三人の目の前に、いきなり忠夫とハインリヒが現れその場に二人ともぶっ倒れた。それ
ぞれの衣服は焼け焦げ、尋常でないダメージが見て取れる。気絶しているシロ以外が息を
呑む。二人ともピクリとすら動かない。
「あんた!!」
 令子の叫び。結界の維持さえなければ、一番に飛び出していったろう。タマモは、恐怖
と怒りの混在した令子の顔を見てなぜか安堵する。戦闘開始から、非情ともいえる意気込
みで一言も発しなかった女。でも、ああ、この人が一番、彼のことを心配しているのだと。

 美神令子は、怒りともどかしさで気が狂いそうだった。結界を張る役さえなければ、今
自分の夫が目の前で生死不明で倒れているのを、ただ見ていないものを。すぐにでもかけ
つけて、夫の安否を確かめるものを。
 でも、今はそれをしてはいけない。ともかく、志緒の安全を確保しなければいけない。
その為なら例え、目の前で夫が死のうとも歯を食いしばり耐えなければいけない。逆の立
場なら夫もそうするだろう。

 志緒が生まれる前は、やはり彼女なりに悩んだこともあったし不安ももちろんあった。
いつかこの子は、自分の夫を愛し奪うのではないか。くだらない出会いではあったが、い
までは分かつことが出来ないほどにまで、己の半身になった男。その男の初めて愛した女
性の生まれ変わり。
 一度だけ、結婚の5〜6年前に忠夫が本気で怒ったことがあった。令子が冗談半分で言
った一言。
「あんたは、自分の子供の為だけに結婚すんでしょ?」
 この言葉のあとに続いたのは、いつもの彼の言葉ではなかった。頬をひっぱたかれた鋭
い音と、赤くなった令子の左頬だった。いつもなら、100倍返しをしていた令子だが彼
の顔を見て何も言えなくなる。彼は、あまりにも情けない顔をしてその眼に涙をためてい
た。自分で人をひっぱたいたのを、信じられないような顔。彼は、自分の行動に呆然とし
つつ一言「すんません」と呟くと、のろのろと令子の方も見ずに事務所の部屋を出て行っ
た。それから1ヶ月は互いに口を開くことも出来なかった。
 令子は彼に対して一番の禁句を口にしたと後悔した。彼がそれについては一番悩んでい
たのだ。忠夫が、生まれてきた子供は普通の子供として接し育てると、いくら口にはして
もやはり事情を知っている者の間ではわだかまりが残るだろう。だから、彼を好きになっ
た人間は忠夫を含め皆悩むのだ。どうしようもない不信を己に抱えて。
 しかし、彼女しかそんな忠夫を受け止められなかったし、その逆もそうだった。それ
に、いざ生まれた子供をみればそんな悩みなど本当に些細なことだと、改めて思う。
『この子は、一番愛しい私の子供。』
 言葉にすればこれだけだが、この言葉だけが全てだった。志緒の為なら世界中を敵にし
ても後悔などしないだろう。知らず知らずのうちに、令子には母親としての顔が浮かんで
いた。

 忠夫とハインリヒの相打ちで、一同が息を飲み誰一人として動けなかったのは、ほんの
数瞬だった。一同が驚愕から立ち直る寸前、忠夫の体がピクリと動く。
「・・・あー・・・ほんっとに・・・久しぶりに・・・死ぬかと思った・・・」
 よろよろと立ち上がり、血のまじった唾をべっと吐く。
「あんた!無事だったの!?」
 安堵の混じる令子の問いかけに、痛みに体をひきつらせつつ答える。
「あだだ、スッゲー痛いけど何とか・・・にしてもこのおっさん、自爆なんてしやがって、
止めが入ってなかったらヤバかった。」
 言う忠夫だが、未だに何か得体の知れない不安が心を覆っていた。まるでその答えがそ
こにでもあるかのように、ハインリヒの遺体を眺めた。
 その時に、最後の異変は起きた。


 美智恵たちが、ヨゼフを見つけたのは事務所から1キロ程離れたビルの屋上だった。
『索』『敵』で、文珠は使い切ってしまっている。
「さあ、チェックメイトね。」
 美智恵が、屋上に座り込んでいたヨゼフに言う。その言葉に、ヨゼフが顔を上げ答える。
 悲しみをたたえた、皴深い老人の顔。
「ああ、そうだ。君たちにとってのね。」
 その台詞に、美智恵と唐巣卿が反応するより早く異変は起きた。
 事務所の方角から、今までの霊団とは比較にならない程の霊的プレッシャーの発生。そ
れに対して美智恵がやはりそうかという顔をし、唇を強くかみ締める。
「その表情!どうやら気づいていたようだね。そう、今殉教者たちは一つになりその意思
のもと、異端根絶の為戦うだろう・・・」
 そう、死んだ三人の魂はこのネクロマンサーにより統合されたのだった。
「そこまでして、人殺しがしたいの?」
 限りなく静かで、底には恐ろしい程の殺気を込めて美智恵が呟く。
「人殺し?それは君たちのほうだろう?第一、志緒とか言ったかね?その者は魔族の転生
体だろう、人間であろうはずが無い。」
「あの子は人間として育ててみせます。いえ!初めから人間に決まってます!!」
 裂帛の気迫で美智恵が叫ぶ。
「まあ、今さらいいさ。私もこれで50年以上、霊達の声を聞いて過ごしてきた、彼らは
言う。魔族が憎い、妖怪が憎い、悪霊が憎いとね。だから、私は戦わねばならんのだよ。
そんな私を殺すのは、人殺し以外の何者でもないと思うがね。」
 まるで、会話を楽しむようなヨゼフ。
「御託はもう、いいわ。あなたにアレを止める気が無いのは、分りました。今さら、あな
たを殺しても無駄でしょう。ヨゼフ・フェッラーラ、あなたを逮捕します。」
 美智恵は、腰のホルスターからハンドガンを抜き放ち宣言する。スライドを引き、初弾
を薬室に送り込み、その凶悪な武器をヨゼフに向ける。
「おやおや、有無を言わさず射殺するかと思ったが・・・まあいい、どちらにしても私は
疲れた。50年、50年だよ!その間、私は霊たちに答えてきた。いつかこの地上から魔
族を完全に排し、平穏なる日を勝ち取ろうと。」
 静かに、語り続ける。
「ああ、そうだ、君等の仲間に若きネクロマンサーのお嬢さんがいると聞く。じじいのた
わごとを伝えてくれんかね。
 現実には正義も悪も無く、あるのは事実のみ。心迷うときも、静かに己の内なる声に耳
を傾け霊たちを慰めよ。若き死霊使いの心が壊れることなく、天寿をまっとうできるよう
に。」
 慈愛に満ちた言葉の後にヨゼフは咽喉をごくりと鳴らし、その場に崩れ落ちた。
「なっ、毒か?」
 唐巣卿が叫ぶ。美智恵は、この展開はお見通しだといわんばかりにヨゼフの遺体を見や
った。
「戻りましょう。唐巣卿。最後の戦いが待っています・・・」
 冷たく言い放つ美智恵。
 唐巣卿はヨゼフに祈りをささげ、その場を後にした。
 事務所に向かう中、美智恵は胸の中に苦々しいものを感じていた。
『人殺し』
 自らの台詞ではあったが、なんと禍々しい響きだろうか。先ほどから感じている霊気の
プレッシャー、間違いなく強襲してきた者達の念だ。であれば、最低二人は殺した事に
なる。誰が、誰を殺したのか。あのメンバーの中で人を殺した者などほとんどいない。ピ
ートだけだろう、令子でさえ人殺しはしていない。ピートであればいいと密かに思う。彼
の精神は強い。よほどの事で無ければ、精神が壊れたりはしないだろう。
 人殺しなど、いかに理由があろうともそれを行った者の心を蝕む。強襲者らがいい例だ。
 せめて私がその業を肩代わりしてやりたい、その代償が地獄に落ちることであっても。
「・・・正義か悪かなどは、次の世代が勝手に決めればいいわ。ただ、今は愛するもの、
無力な者のためだけに命をかけましょう。それが、かわいい孫の為なら、来世だってくれ
てやります・・・」
 知らずに、美智恵の口から漏れてくる言葉だった。


                  つづく


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