椎名作品二次創作小説投稿広場


スイーパーズ&ベイビー

開戦


投稿者名:矢塚
投稿日時:02/12/ 8

 今の季節には珍しく、都内は大雨にみまわれていた。時間からすれば、日が落ちてずい
ぶんたつ。そんな中を、一台の軽ワゴンが走っていた。見るからに中古で手に入れ、走行
距離も9万キロはいっているであろうボロイ車だ。
 しかし、運転している者はその車のオーナーにしては、ひどく似つかわしくなかった。
 透き通るような耳まで隠れる金髪に白い肌、歳をとることを忘れたような美しい顔、時
折のぞく鋭い犬歯、世界でもっとも古い一族の血をひくバンパイアハーフの男。
 助手席には、もうすぐ30にもなろうかという男が退屈そうにウィンドウに寄りかかっ
ている。特に人目を引く顔ではないが、そこらの同年代の男とは明らかに雰囲気が違う。
修羅場をかいくぐり、生き抜いてきた者特有の凄みが、感じられる。
 しかし、相手に対して威圧するようなものではない。むしろ、頼るべき相手としての安
心感を与えさせる。
「・・・なあ、ピート。もうちょい、スピードが出んのか?」
 助手席の男が退屈そうに、バンパイアハーフの男に語りかける。
「この雨じゃ、これでいっぱい、いっぱいですよ。それに今日中に終わったんですから良
しとしてくださいよ、美神さん。」
 横は見ず、答えるピート。それにむっとして、退屈そうだった美神が答える。
「だいたい、あんな雑魚霊の駆除に俺を引っ張り出すなよ。まったく、最近のICPOは
たるんどるよ。」
「・・・まあ、仕方ないですね。彼らなりに頑張ってはいるんでしょうが。」
 美神の台詞に、部下をそれなりにフォローする。

 民間のGSに依頼できない低所得者の除霊依頼を、ICPOは請け負っている。ピート
も今ではICPOの一員として公務に励んでいた。
 無論、支払能力の低い依頼者の除霊内容が簡単である、などということは無く、とんで
もなくハイレベルな除霊も多くあった。そのたびにピートは、昔馴染みである悪友らに低
賃金で協力を求めていたのだった。
 アシュタロスの一件からすでに11年。それなりに修行もこなし、トップレベルの実力
を持っていたピートにとって、今日の除霊内容は精神的にこたえたようだ。ICPOの事
前調査室によれば、六階だてのマンションを占領した悪霊はかなり強力で、3重の結界を
はり、3日3晩呪縛し霊力を殺ぎ、その後突入し除霊するのが一番妥当であると判断され
た。
 その際の突撃隊長兼現場責任者にピートが任命され、助っ人に美神が引っ張り出された。
 しかし、現場に着いた二人は驚愕する。感じられる敵の霊波があまりにも弱いのだ。こ
れから結界の展開に入りますという部下を押しのけ、二人で乗り込み突入から帰還まで2
0分ちょいで除霊を終えたのだった。20分程度の除霊のために、往復で8時間近くこの
ポンコツに乗っている美神の口から不満が出るのも当然だった。
 ピートは内心調査室の判断レベルと、他の隊員の日ごろからの実力に情けないものを感
じていたし、これ以上美神に部下のフォローしても疲れるだけなので会話を変える。
「・・・それにしても、よく降りますねぇ。」
 突然の、不自然な台詞に苦笑しつつ美神も答える。ピートも機嫌の悪いときがあるらし
い。
「まあなあ。しかし、この車は何とかならんのか?雨漏りしそうだぞ。給料はちゃんと出
てんだろう?西条みたいにとは言わんが、もうちょっといい車にしたらどうだ。」
「いやー、給料は教会と故郷に寄付してますし、国産車で荷物もたくさんのるし、第一に
維持費が安いですし。特に、不都合はないですよ。」
 しかも、事故車でいわくつきの物件を安く手にいれたのだった。この辺は師匠の唐巣ゆ
ずりである。
「美神さんこそ、自分の車を買ったらいいんですよ、なんだったら自家用ヘリでも手に入
れて。そうすれば、僕も迎えにいかなくてすみますし。」
「いやー、そうなんだけどさ。今、子育てでいろいろ金はいるし。なんだかんだで、忙し
いし。・・・しかも俺の小遣い月に一万だぞ・・・あのごうつく女がぁ!」
 その台詞に、ピートがちらりと助手席のドリンクホルダーを見る。自販機の前で苦悶し
ている美神におごってやったのだ。涙を流して感謝した美神は、そのコーヒーを未だに飲
み干していなかった。ピートは密かに思う、実力と財布の中身がこれほどかけ離れたGS
は他にいないだろう。哀れむピートに気づかず美神は続ける。
「まあ、志緒が大きくなったらワゴンでも買うさ。」
「志緒ちゃんも、もうすぐ1歳ですね、今日はまだ起きてるかな。」
 やさしい笑顔で答えるピート。事務所まではあと少し。

 2年前に美神令子と横島忠夫は結婚し、横島は美神に姓を改めた。別姓も考えないでも
なかったが、両親の苗字がそれぞれにあるのは、これから生まれてくるであろう子供にと
ってはあまり宜しくない様な気がしたので、横島が美神の籍に入る格好となった。
 横島曰く。
『まあ、美神って苗字カッコいいから、いいんじゃねーか?』
 1年後には、子供が生まれた。皆が何かと気にかけていた子供は、女の子であった。
 両親譲り以上の潜在的な霊能力を秘めてはいたが、その子にルシオラの記憶は無かった。ヒャクメによる診断の結果だ。美神忠夫は子供の誕生には大いに喜んだが、ルシオラの記憶のことについては一切反応を示さなかった。つまり、悲しみも喜びもしなかった。
自分の子供にどのようないわれがあろうとも、普通の子供と同じに接し、育てる。これ
が、11年という月日が導き出した今の美神忠夫の親としての決意だった。
 ただ名前だけは、ルシオラを意識してしまった。記憶は無くても生まれ変わりには違い
なかったし、来世で幸せにするという大切な約束があったから。

 美神 志緒(しお)

 その名に、母親である美神令子曰く。
「あのやどろくが、そう言うんならそれでいいんじゃない?なにはともあれ、この子は私
が産んだ私の宝なんだから。名前なんて、二の次よ。」
 二人とも、それぞれの思いに従い志緒を大切にした。令子のほうが、機能不全な家庭で
育った為か愛情もひとしおにみえた。


 美神除霊事務所は、まったくと言っていいほど建物そのものは古びておらず、11年の
歳月を感じさせなかった。最近はこの事務所に来るたびに、自分と同じだなあと少々感傷
に浸るピートはそのガレージに愛車を入れる。忠夫の、まあ茶ぐらい出すから、の言葉
にあまえたのだ。ガレージには令子のコブラと、おキヌの乗るミニクーパーが並んでいる。   
 一刻も早く、愛娘の顔が見たい忠夫が事務所のドアを開ける。
 しかし、出迎えたのはまったく予想もしなかった人物2人だった。一人は忠夫の義理の
母、美神美智恵。現ICPO日本支部、最高現場責任者。
 もう一人は少々白髪交じりの薄い頭、丸い遠近両用メガネをかけ全身を黒で統一した男
性。現日本GS協会会長であり、ピートの師匠でもある唐巣。
「?唐巣神父にお義母さん。どうしたんです?」
 本来なら会長と呼ぶべきであったが、神父のほうがしっくりしていて皆そう呼んでいた
し、呼ばれる本人もそれを望んでいた。
 忠夫の問いに、いつものやさしい口調で答える。
「ん?ああちょっとね、忠夫君に用事があったものだから・・・」
 いつもの口調だが、歯切れが悪い。それに続けて、美智恵がピートに顔を向けて言う。
「よかったピート君もいたのね、運転中で携帯が留守電になってたから・・・二人とも少
し、時間をもらえるかしら?」
 4人が応接室に入ると、令子とその腕に抱かれている志緒、おキヌ、シロ、タマモ
が腰掛けていた。忠夫は開口一番、
「志緒―、ただいまー!うう、かーいーなー、やーらかいなー、パパはパパはもう!」
志緒をそっと抱きかかえる。あーうーと笑う志緒。
「・・・あんた、毎日毎日あきないわねー。」
 令子が、苦笑交じりに志緒を取り上げる。
「志緒は、こーんなかいしょう無しよりママがすきだもんねー」
 志緒が生まれてからすっかり、志緒に対してだけ人の丸くなった令子が笑って言う。
 そんな二人を見ていたピートに、おキヌが声をかける。
「お疲れ様です、ピートさん。お茶を入れましたからどうぞ。」
「ああ、ありがとう、おキヌちゃん。・・・それにしても、子煩悩ですねー。」
「ええ、もうなれましたけど!」
 おキヌも、もう心の整理はついているらしい。屈託無くピートに笑いかける。
「ああっ、はやく志緒が大きくなんないかなー。いつまで私達手伝わされんだろ・・・」
「まったく、めんどくさがりな狐でござる。」
「・・・あんただって、はやく事務所を持ちたい、って言ってたじゃん。」
「っな!」
 育児休暇中の令子に引っ張り出されていたシロとタマモが、いつもの口論を始める。
 令子の妊娠までは、資金を援助してもらい二人で事務所を開く予定だったのだ。だから
今は、事務所の経営というものを給料付で学んでいるようなものだ。
 そんな、幸福そうなそれぞれの光景を見ていた唐巣は胸を痛めた。今から自分の伝える
べき事を、憂いて。


「・・・さて、今日私がここに来た用件をできうる限りすまそうか・・・」
 唐巣の一言にただならぬ気配を感じ、一同が押し黙る。
「・・・何から話したらいいか、・・・そう、今日は、志緒ちゃんのことで、来たんだ・・・」
 その言葉に、美神夫妻の眼がふいとほそまる。殺気こそないものの、その視線に居合わ
せた全員の背筋が冷たくなる。
 振り絞るように唐巣は続ける。
「10年前から世界各地で起きている、GSによる連続殺人事件は知ってるね?」
「ええ、被害者は今までに23人。全員が、除霊道具とおぼしきもので殺されている。さ
らに被害者は皆、妖怪、魔族の血を引く者。GSの犯行では無いかと疑われている。志緒
が生まれた時に、一応の注意を受けた一件。」
 抑揚の消えた声で言う令子。
「そうだ。その犯人が次に狙うのは・・・恐らく・・・」
 唐巣の沈黙と、志緒への視線。
「何故?この子のことは日本GS協会の最高機密だし、神族、魔族とも調停は済んでいる。第一、神魔のハーフそのものは珍しいわけでもない。志緒が生まれたときには、まず大丈夫と言ってたでしょう?」
 気色ばむ忠夫。それを受け、とつとつと唐巣が語りだす。
「・・・私が、かつて教会からは破門されているのは知っているね?その、総本山はバチ
カンなんだ。世界一小さな国家。しかし、GSの最高峰。犯人は、そのバチカンの出身な
んだ。」
「つまり、なんです?」
 口調はやさしく促してはいるが、忠夫の顔はもう何の感情も浮かべていなかった。
「カトリック系のGSは、異郷の徒や魔物に対して徹底的に対処し排除してきた、その顕
著な例が異端審問官と、彼らによる魔女狩りだ。無論、今は異端審問官も魔女狩りも廃止
されて久しい。しかし、その意思を受け継ぐものがいないわけではない。その者達の影響
力はそんなに強くはなかった、あの、アシュタロスの件までは。あの事件の中で、過去に
排してきた魔族、妖怪が復活するという現象以後、徐々に彼らはその主張と意思を高めて
きていた。彼らの主張は、悪魔、悪魔と契約したもの、交わったもの、その末裔ら異端の
徒の地上からの完全な排斥。」
「バチカンからの報告では主犯格の一人はつい最近まで、枢機卿であった男。つまり、機
密文章を閲覧できる立場にあったそうよ。さらに、志緒が生まれていたことをも知ってい
た。」
 唐巣の補足をする美智恵。
「・・・ようは、志緒が魔族の血統だといいたいわけね、その馬鹿は。」
 令子が、怒りをこらえた表情で、志緒を優しく撫でる。
「ああ、そうだ。しかし、これらはバチカンの意思ではない。今回犯人グループが特定さ
れ、そのほとんどは取り押さえられた。しかし、主犯格の4人をバチカンは取り逃がして
しまった。4人の逃亡先の候補には日本も含まれているようだ。もし本当に日本に向かっ
ていたら・・・間違いなく・・・来るだろうね・・・」
「4人とは、少ないでござるな。」
「そうね、たかだか4人でこの面子に勝てるとでも思ってんのかしら?」
 口々にしゃべるシロ、タマモ。
「・・・そうだ、その点においては私もそれほど心配はしていない・・・が、しかし・・・」
 言葉の端々に、苦悩が浮かぶ唐巣。
「でも、いくらなんでも、こんな小さい子の・・・」
 言葉が途切れるおキヌ。そう、たかが4人とはいえ、自分の思想のために赤子の命を奪
うなどという人間が居る事実。それが正義であろうとなかろうと、とてもおキヌではない
が、口に出すのも反吐が出そうだった。
 そして、その両親にも耐え難い屈辱であるには違いない。唐巣は続ける。
「本当に、君たちにはすまない、最低の仕打ちだ。許しを請うのもおこがましい。もっと
私に力があれば何とかできたかもしれないのに、この情報を伝えることしかできない。私
は、なんと言ってわびればいいか、ほんとうにすまない・・・」
 自分の無力さに、ひざの上の拳を白くなるほど強く握っている唐巣。
 そんな唐巣に、忠夫はやさしく言った。
「頭を上げてください、神父。そもそも神父のせいではないですし、今もこうしてこの子
の為に一生懸命になってくれてるじゃあないですか!」
 忠夫の言葉に、少しだけ心の重石がとける唐巣。
「・・・すまない・・・」
「それに先生、神も悪魔も恐れる私たちじゃあないんだから!」
「そう、俺の力はこういう為にあるんです。志緒の敵は総て、粉砕しますよ。」
 美神夫妻のその言葉は、絶対の自信と力に溢れていた。絶対、命をかけて守り抜くとい
う決意がその眼に宿っていた。令子の腕の中の志緒はすやすやと、いつの間にか寝入って
いた。その顔は、ここにいれば安心というかわいらしい寝顔だった。


「さて、それじゃあ作戦会議といきますか!で、敵の特徴は?」
 令子が口を開く。その顔には生気が満ち満ちていた。やはり、血がたぎるのだろう。一
同は、やっぱりずいぶん欲求不満がたまってるんだなーと、密かに思う。
「ああ、それについてはバチカンの使者から直接聞いたほうがいいだろう。私も事の概要
しか知らされていない。あと、30分程でこちらに着く予定だから。」
 唐巣の台詞に、いぶかしむ令子。
「・・・ずいぶん、段取りがはやいわね?」
「そうでもない。バチカンもよほどあせっているんだろう、犯人グループが向かったと思
われる国家総てに使者を派遣したそうだ。その使者が本日、協会を訪ねてきてね、君たち
への事前説明を頼まれた訳なんだ。その後彼らは、日本政府との折衝に入った。それが終
わり次第、使者の一人がここにくるように段どったんだ。」
「電話じゃ盗聴の心配があると。出来うるだけもみ消したいわけね?」
「・・・まあそうだ。いつの時代も人命より、国家の面子が大事なんだ。」
 会話も途切れ、今は使者を待つだけになり皆でお茶にする。
 それぞれが、それぞれの思いに耽る静かなお茶会になった。
 雨もいつの間にか止んでいた。

 しばらくして、1人の人物が事務所を訪ねてきた。きちんとした黒のスーツに身を包ん
だ50代半ばの男性。その男の顔を見て、一同はあっけにとられる。まるで、唐巣神父に
瓜二つなのだ。いや、よく見れば口もとや眼もとは唐巣より厳しい印象を受ける。唐巣の
中の厳しさを濃縮した男性。しかし、眼の光は慈愛に満ちている。
「・・・なんとも、よく似た方でござるな。まるで、兄弟みたいでござる。」
 シロの台詞に、一同が突っ伏す。
「ああ、彼は私の弟でね。名は唐巣信宏。今回の件で私に連絡をくれた本人であり、バチ
カンからの使者なんだ。」
 気を取り直し、紹介する唐巣神父。
「はじめまして、みなさん。私の事は今、兄から話されたとおりです。今回の・・・」
 唐巣信宏の自己紹介はしかし、誰の耳にも届いていなかった。美知恵と唐巣神父以外は
皆、兄弟の眉毛から上をまじまじと見比べていた。神父の前頭部はその、かなり砂漠化が
進んでおり国際協力による緑地化計画を早々に進めなければいけなかった。それに比べれ
ば信宏も少々進んでいるものの、眉毛から上はロマンスグレーの英国紳士を移住させたよ
うであった。それぞれが神父に哀悼の視線を送り、令子と美智恵に親子二代で苦労をかけ
させて、という視線を投げかけた。
「・・・何か、言いたいことでもあるかしら?」
 ドスのきいた、美智恵の言葉に忠夫以外がぶんぶんと首を横に振る。彼は、将来の己の
行く末に一人呆然としていた。
「みなさん、そろそろよろしいですか?」
 信宏は、予想もしなかった迎え入れられ方に戸惑いつつも切り出す。全員が腰掛、耳を
傾ける。
「さて、大まかには兄から伺っているとは思いますから簡単に説明させていただきます。
まず、逃げた犯人グループのメンバーですが、ダウド・ジロッティ、ヨゼフ・フェッラー
ラ、ヤーコブ・シュプレンガー、そしてハインリヒ・インスライトリスの4名。」
 最後の者の名に、どよめきが起きる。
「そう、ハインリヒ元枢機卿。今は剥奪されましたが最強クラスのGSです。他の4人も
実力は折り紙付きです。」
「まさか!最近その名を聞かないとは思ってたけど、そんなことになってたの?」
 令子の驚愕と疑問に、唐巣卿は答える。
「ええ、私も信じられませんでした。」
「ねえ、シロ。そのハイン何とかって人、有名なの?」
「・・・さあ。せっしゃはぞんぜぬ。」
シロ、タマモに聞かせるピート。
「美神、いや令子さんの台頭前に名を馳せた最強のスイーパー。バチカンの守護者、法王
の信任厚い若き枢機卿。スイーパーといえば彼のことを指したくらいだ。確か、今は40
代後半ですから、まだまだ力はあるでしょう。」
「そうです、だからこそ今回の事件は起きたともいえる。」
 苦々しい口調で続ける唐巣卿。
「11年前の一件は、日本のGS協会から最高機密文章で事細かな報告が来ています。彼
はその時それを閲覧できる立場にあった。私も今回に限り、任務特権で閲覧はしましたが。その中の一文にこうありました。」
『・・・以上の理由により横島忠夫の第一子は魔族の転生体である可能性が極めて高い。
しかし、彼の人格や、交友関係等を考慮し当協会の保護下にある場合においては、その転
生体の危険度はかなり低いと思われる。』
 抑揚の無い唐巣卿の口調。その文脈に美智恵の配慮を感じ取り軽く目配せする忠夫。
「まあ、ハインリヒ氏も嫌悪感はあったでしょうが、そんなにあわててはいなかったと思
います。美神忠夫さんは当時、子供も実力もありませんでしたし。」
「でも、10年近く犯行がばれなかったほどの人達が、何故今になって犯人と分ったんで
す?」
 おキヌの、もっともな問いに唐巣卿は答える。
「彼の両親はGSでした。そして、行き場の無い魔族とのハーフや妖怪の庇護も行ってい
た。しかし、庇護していた魔族のハーフがある日、両親を殺してしまったそうです。それ
からの彼は人が変わったように修行に励み、今の強さを手に入れたそうです。最強のスイ
ーパーとは、最も多くの魔族を殺し、最も多くの力無き弱者を救う者だといっていました。
 そして、美神夫妻の結婚から彼は変わった。絶えずいらつき、何か思いつめていた。志
緒ちゃんの誕生からは、より顕著に異常な言動が続いた。不審に思ったバチカンは密かに
内偵を続け証拠をつかんだ。しかしその矢先に、この失態です。」
「なるほど、彼の言う所のスイーパー同士が結婚し、生まれてきた子供は魔族の転生体、
その上両親は馬鹿のようにその子を大切にしている。・・・彼にとっては背神行為にとれた。」
 ピートの何気ない一言に、特に馬鹿のくだりに殺気の視線を送る美神夫妻。その殺気に
ピートもたじろぐ。
「でも、そんなのは、只の思い込みの激しいおっさんの世迷言でしょう。それに、志緒を
どうこうするまえに、そこのバンパイアハーフの半人前を殺るのが順番てもんでしょう
が!」
 令子の皮肉に引きつるピート。おキヌがまあまあとピートをなぐさめる。
「確かに、世迷言ならいいでしょう。しかし、彼らにはそれを実現するだけの意思と力が
あるわ。」
 美智恵が令子を抑える。
「そうです、それに他の三人もそれぞれが魔族の被害者です。まず、躊躇いなどは無いで
しょうね。それと、これは私の考えですが、彼らはこの一件がばれた以上は何も恐れるも
のはありません。これを利用し、魔族に対して宣戦布告をするのかもしれません。
『最強のGSを堕落させ、その庇護の下呪われた血で人間を犯し、人間を堕落させ続けた
悪魔よ。その苦難に涙を流し、GSに絶望しかけた人々よ。
今、我等はその苦難の一つに勝利した!見よ!この足元に横たわる、かつて最強のGS
と呼ばれた骸を!そして、その呪われた異端の悪魔を!さあ、皆も勇気を示し異端と戦
うのだ。』
 そして、総てのGSを異端との戦いに、魔族との戦いに引きずり出す。そのためのデモ
ンストレーションなのかもしれません。」
 淡々と語る唐巣卿。
「・・・うう、あんまり関わりたくない種類の人たちやなぁ・・・実はあきらめていて他
国に亡命していてくれんかなぁ・・・」
 怯えたように呟く忠夫。しかし、その言葉の中にはかすかではあったが、相手に対する
嘲りも含まれていた。令子にはうっすらとその意味するところがわかった。
『その程度の意思か?あんたらの意思なんぞ俺に比べたら、ごみみたいなもんだな。そん
な程度で俺を殺し、令子を殺し、志緒も殺せるとでも?御笑い種もいいとこだ。』
 もちろん令子も、そう思っていた。
「さて、そろそろ相手の霊的特徴をご教授くださるかしら、唐巣卿。」
 令子に促される。
「まず。ハインリヒ氏。彼は逃亡のさいにバチカンの神具である『スレイプニルの蹄鉄』
を持出した。それを使い、超加速戦を行える。」
「なるほど。その神具の回収こそが、来日の真の目的ってわけね。」
「そうです。破門された人間がその後どうしようが、バチカンにはかかわりが無い。」
 令子の皮肉に、たじろぐことなくしれっと答える唐巣卿。
「しかし、私個人の気持ちはバチカンとは別にあります。でなければ、今日も他の者に任
せていましたよ。」
 やさしく、嘘のかけらも感じられない唐巣卿の言葉に令子の警戒心も少しほぐれ、会話
を戻す。
「じゃあ、3人は囮で、戦線を乱し隙をついて志緒を強襲するかもね。霊力同期の合体な
ら瞬殺だけど、合体のタイムロスを突かれるとまずいわね。ならハインリヒはうちの亭主
が相手をするしかないか。」
「まあ、それはいいけど。他は?」
美神夫妻のあとに、唐巣卿は続ける。
「ヤーコブは、霊剣を使います。技術、経験共に超一流です。ああ、これが彼らの顔写真
です。」
 写真を広げ、おのおのが顔を確認する。
「ダウドに関しては、銀の銃、ボウガン等ミドルレンジに寄った、戦い巧者です。ヨゼフ
は、ネクロマンサーにしてそれらの霊を媒介に憑依、操ります。かなり、厄介ですね。考
えうる敵の戦略と・・・」
 唐巣卿の言えたのはそこまでだった。突然、とんでもない霊気のプレッシャーが事務所
をきしませた。すばやく全員が臨戦態勢をとり、ピートが外を伺う。そこには、無数の霊
団が事務所に取り付ききしませていた。ざっと見たところその数、数千以上。
「ちっ!思ったよりか全然速い。完璧に先手を取られた!というかほんとに来た?」
 令子が舌打ちする。
「みんなごめん!居合わせた以上、一蓮托生っつーことで、みんなの命この子に頂戴!」
 調子のいい令子の台詞だったが、その眼は真剣だった。
 この面子の中で、誰が反論などするだろう。かえって恐れていたのだ、力不足を理由に
この戦いからおろされ、無力な自分を知らされることを。だから、喜んで戦う。無力で小
さな命を守る為の戦い、GSにこれ以上の理由はいらない。そう皆が、こくりと頷く。
「令子オーナー、敵霊圧が強すぎます。結界崩壊まで45秒。」
 人工幽霊一号が警告を出す。
「もしかして、せっしゃ等瓦礫の下敷きでござるか!」
「人工幽霊一号!この部屋のみに最大出力で対神魔・物理結界!他が全損しても構わな
い!」
「それならばこの部屋は霊圧と瓦礫には耐えられますが、結界構造の9割以上を失いその
後の結界維持が不可能です。よろしいですか?」
「いいわ、その後は私が結界を張るから。人工幽霊一号は自己保存に必要な霊力を残し余
剰霊力を私にまわして。」
「了解しました令子オーナー。限定結界作動システム準備。準備完了。実行。実行完了。」
 とたんに、応接室以外が轟音と共に崩壊する。
「令子は結界維持に全力を。神父、タマモちゃんは志緒のガード。霊団の完全除去後、な
いし最悪はタマモちゃんが志緒と神父を連れて、妙神山へ飛んで!その後は神父と相談し
魔界に逃げてもいいわ!」
「忠夫クンはハインリヒの強襲に備え、しばらくこのまま待機。」
「おキヌちゃんはこの霊団の押さえと完全な除霊、その間に私と唐巣卿でヨゼフをしとめ
ます。いいですね唐巣卿。」
「シロちゃんとピート君は残りの二人、相手は出たとこ勝負で。いいわね?勝つ必要はな
いわ。しかし、絶対に負けてはいけません。私か忠夫クンが応援に入れるまでは持ちこた
えなさい。一人も逃してはいけません。ここで、全員しとめます。」
 すばやく指示を出す美智恵。反論は無い。その間に忠夫が文珠を生成し渡す。令子、お
キヌ、シロ、タマモ、ピートに2個づつ、美智恵、唐巣兄弟に1個づつ一人一人に感謝の
言葉と共に。最後に、志緒にそっと『護』の文珠を握らせる。
「そんなに作って持つのかね?」
 唐巣神父が周囲を警戒しつつ早口に尋ねる。忠夫は、眼を瞑り『加』『速』『探』『知』の文珠で周囲を警戒しつつ答える。
「ええ、生成だけなら20数個はいけます。同時使用は14個までが今の限界ですが。」
 これ以上は集中の妨げになると思い、唐巣神父は口をつぐむ。おキヌのネクロマンサー
の笛で霊団も統率が弱くなり、徐々にではあるが減りつつあった。
 そして、2人の人影が上階の瓦礫が大量に降り積もった部屋を挟むようにして現れた。
二人とも抜き身の剣と銃を携えている。
「配置を見るとタイマンがお望みのようね。」
 美智恵の言葉に、ピートとシロがすっと動く。
「唐巣卿、二人が始めたら私たちも動きます。」
「わかりました。」
 結界の一部がとかれ、ピートとシロは外に出る。
 GS同士がそれぞれの思惑をかけた、無情な戦いの幕は今、きって落とされようとして
いた。


                  続く


今までの評価: コメント:

この作品へのコメントに対するレスがあればどうぞ:

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp