椎名作品二次創作小説投稿広場


残像。

過去そのさん


投稿者名:hazuki
投稿日時:02/10/23

がしゃん─
何か、─おそらく窓のガラスが割れた音であろう─で雪之丞の意識が引き上げられた。

次いで知覚されるのは、かすかに、聞こえる風の音と鼻をつく独特の匂い。

瞬間─がばっと雪之丞はタオルケットを跳ね除け立ち上がった。

空はまだ、闇色の帳が落ちており、月も高い位置にある。

太陽は未だ、遠い東の空の向こうにあるだろう。

すなわち、今は朝というには未だ遠い─真夜中なのである。


幸い月明かりのせいか明るい、部屋のなかを雪之丞は見回す。

部屋には、人の気配も人以外の気配も、感じない。

ぐるりと視線を動かすと、割れたグラスに、零れたウイスキーの雫、そして、空の瓶。

そして、赤い染み─血痕。

(まさか…)

それを見た瞬間、かくかくと、身体が震えた。

意識しないままに、最悪の事態が脳裏をよぎったのだ。

それは【あり得ない】ことではないのだから。

じわじわと背筋に、得たいのしれないもの─恐怖がはいあがってくる。

(確かめないと、絶対、ママは無事に決まってるけど、─確かめないと)

点々と、血痕は外へと続いている。

雪之丞は、恐怖を振り払うかのようにぱしんっと自分の頬をたたき、裸足のまま、その血痕に向かっていった。


月明かりのした、アスファルトの地面を雪之丞は、走っていた。

息をきらし、むきだしの足は小石や小さな破片に傷つけられ血をながしている。

痛みに、顔をしかめながら、それでも、雪之丞は速度をゆるめることなく走っていた。

雪之丞を、今突き動かしているのは、たったひとりの【生きている大切なママ】のことである。

ダイジョウブ、ダイジョウブだと自分に言い聞かせて。

いままで、何度も、何度も、数を数えるのが億劫になるほど、襲われた。

だけど、ちゃんと自分達は生き延びてきたのだ。

─母親に守られながら。

意地悪で、子憎たらしくて、口やかましいのに、命のかかった場面ではいつも、自分自身よりも雪之丞を優先させてきたのだ。

「大丈夫だから」

と口癖のようにいい。守ってくれる。

それが嫌で、守られているだけの、自分が嫌でもっと強くなりたくて。

だから、嬉しかったのだ。自分にちからがあると知って。

それは、まだ小さいもので、護れるほど、おおきなものではないけれど、いつか守ってあげたくて。

そして、笑って欲しかったのだ。



そうして、何分たっただろうか?

もう使われなくなったであろう、倉庫に、雪之丞がたどりついた時、目の前に広がっていたのは、最悪の光景だった。


つづく


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