僕が戦争に行ったのは16歳のときだった 国のために戦うのは英雄にふさわしい行為 僕の手には銃が握られていた
僕は志願した 歴史のページに加わる覚悟はできていた
僕は進軍し 戦い 血を流し そして死んだ
時がたち もう誰も僕の名前を覚えてはいない そう それが兵士というものなんだ
〜UNKNOWN SOLDIER〜
うっそうと茂る森の中。気がつくと、僕はそこにいた。いつからいたのだろう。記憶がおぼろげで、はっきりしない。
ふと手元を見ると、銃を握っている。三十八式歩兵銃・・・大日本帝国陸軍の正式銃。
そうだ、俺は戦いに来たんだ。国を、大切な人を守るために。
僕の前に二人、男がいる。見た目は同じ国の仲間のように見える。
「おい、だからやめようって言っただろ!」
「はじめに『この石持ち上げよう。力比べだ』って言ったのはおめえじゃねえか!
・・・どうしよう、きっと封印かなんかが解けたんだ」
なにを言ってるんだろう?よく見ると、肌の色や言葉は僕と似てるけど髪の色が違う。
一人は明るい茶色で、もう一人は白に近い金色。・・・金色!?敵の髪の色じゃないか!
「動くなっ!」
僕は銃を構えた。殺さないと、こっちが殺される。
「うわあああ、逃げろ!」
「お、置いてかないでくれ〜!」
・・・拍子抜けだ。連中は腰抜けなんだな。少佐殿が見たらなんとおっしゃられるか。
あ、少佐殿!?そうだ、僕は少佐殿たちとはぐれたんだ!
それで一人になって、それから、それから・・・
駄目だ、思い出せない。
「美神さ〜ん、どこですか〜?」
女の声?おかしいな、民間人はみんな北の岬に避難したはずなのに。・・・敵か!
「あれ〜、おかしいなあ」
女の声が近づいてくる。
「こっちへくるな!撃つぞ!」
「えっ?」
二十メートルほど先の木の陰に女がいた。まだ少女といっていいほどの年齢で、きれいな黒髪が腰まで伸びている。
しかし、だからといって信用はできない。戦場で信じられるのは、己だけ。
「・・・あなた・・・そうなのね」
さっきの二人組といい、この女といい何を言ってるんだ?
「おい、民間人は北のマッピ岬に避難せよという命令が出ているはずだ。
なぜこんなところをうろついている?」
返答次第では撃つ。肩が大きく開いた妙な服を着ているし、スパイの可能性も考えられる。
そして、女の返答は予想だにしないものだった。
「あ、あのですね、落ち着いて聞いて欲しいんです」
「なんだ、早く言え」
「戦争は、・・・終わったんです」
「・・・なんだと?」
「戦争は、終わったんです。日本が無条件降伏して」
僕の体で、怒りが燃え上がった。
「馬鹿を言うな!神州日本が鬼畜米英などに膝を屈するわけがない!貴様、やはり敵の回し者だな!」
僕は銃の引き金を引いた。弾丸は女の肩をかすめ、女はその場に倒れた。
「はずしたか!?くそっ、とどめだ!」
「待ちなさい!!」
女に駆け寄り銃を突きつけようとすると、僕の右後ろのほうから別の女の声が聞こえた。
「浮遊霊の分際でよくもやってくれたわね!極楽へ行かせてあげるわ!」
その女は、亜麻色の髪をしていて、大きな宝石を耳につけている。この異様な出で立ちからして、味方ではないのは間違いない。
「くそ、新手か!」
すかさず銃を構えた。しかし、女はひるまない。
「はん、上等よ!横島、文珠で攻撃しなさい!」
「あのう、横島さんはビーチでナンパを・・・」
「はあ!?あのバカ、やっぱり連れてくるんじゃなかったわ!見つけたらただじゃ置かないからね!」
「あうあう、横島さんが半殺しにされちゃう・・・」
「うるさい、黙れ!」
僕は銃を乱射した。完全に無視されているようで腹が立つ。
「くっそ〜、シロタマは留守番に置いてきちゃったし、ここはとりあえず精霊石で・・・」
「待って下さい、美神さん。この人は私に除霊させてください!」
「別にいいけど・・・どうしたの、おキヌちゃん?」
「あたし、わかるんです。この人、心の奥底で凄く悲しい思いが渦巻いてるんです。表面上では兵士らしく振舞っていても」
言葉が胸に突き刺さる。何かが、甦って来る。激しい苦痛を伴って。
「お前に・・・お前に何がわかる!!」
「わかります。私は、ネクロマンサーだから」
黒髪の女が奇妙な形をした笛を口に当てた。
「う・・・うああああ!?」
笛の音色が、僕から力を奪う。
「もう、お休みなさい」
女の声が直接頭の中でする。いや、心の中というべきか。
もう、立つこともままならない。僕は膝をついた。
「あなたは・・・もう、この世の人ではないの」
それは、僕が最後に見た光景。
僕は森林の中を走っていた。
敵の艦砲射撃が僕の部隊のすぐそばに着弾し、部隊長の有山少佐や同じ隊の戦友たちとはぐれてしまったのだ。
『今米軍ニ一撃ヲ加へ太平洋ノ防波堤トシテサイパン島ニ骨ヲ埋メントス』
司令長官の訓示を少佐から聞かされたときには「これぞ帝国軍人の本懐」と覚悟を決めたつもりだったが、こうして一人になってみると「死の恐怖」が頭をもたげ、生に執着してしまう。
僕は木にもたれて座り込んだ。もう走れない。
遠くで砲撃らしき轟音が聞こえる。頭上を敵の爆撃機が通る。地獄のようだ。
何とか気力を振り絞って立とうとしたその時、急激な痛みが脇腹を襲った。
僕はがっくりとひざまずき、何か自分でもわからない言葉を叫びながら血を吐いた。
そして泥とはらわたと血の中に横たわり、すすり泣いた。
薄れていく意識の中、M3マシンガンを構えた敵兵が歩み寄ってくるのが見えた。
彼は、僕に向かって引き金を引いた。
僕は・・・僕は死んだのか?
「・・・思い出したみたいね」
いやだ・・・いやだ、死にたくない!
「でも、成仏しないと他の人を苦しめることになるわ。もちろん、あなた自身も」
なぜ、どうして僕が死ななくちゃいけなかったんだ!
「あなたがしくじったわけでもなければ、あなたのせいでもないわ」
だったら、なぜ!?
「ごめんなさい、私にもわからないわ。戦争で死ななくちゃいけない理由なんて、私にはわからない。
でもこれだけはわかって欲しいの。私たちはもともと命なんて持ってなかった。
だから、消えてなくなるのは生まれる前に戻るだけなの。
生きているってことは、短い間だけ天の神様にもらった贈り物なのよ。
一呼吸するだけでも、ほんの少し何かを感じることができただけでも、何もないよりずっとよかったでしょ?思い出して・・・!!
いいことがいっぱいあったはずよ!?気持ちいいことや楽しいこと・・・あれがあなたの人生だったのよ」
僕の、人生・・・。
「あなたの人生は短かったけど、決して無駄なんかじゃなかったわ。だから、もう苦しまなくていいのよ」
心の中に染み込んでくる温かさ。胸がいっぱいになり、とても満ち足りた気持ち。
そう、僕は守りたくて銃を取ったんだ。・・・この温もりを。優しさを。
今、感じているのは紛れもなく。
「おかあ・・・さん・・・」
「ほらおキヌちゃん、もう泣かなくていいのよ」
「あのひと・・・お母さんを守るために、戦場へ行ったんです。大事な人を守るために。
・・・人なんて殺したくなかったのに」
美神が、しゃくりあげるおキヌの肩を抱いている。
「でも、おキヌちゃんのおかげで彼はきっと救われたわ。きっと幸せだったでしょうね」
「はい・・・」
「ほら、いつまでもここにいても仕方ないでしょ?もう行きましょ。あのバカを海に沈めないといけないし。
まったく、実入りのいい仕事が続けて入ったもんだから奮発してこんな南の島まできたのに、とんだバカンスになっちゃったわね」
「そうですね。行きましょうか」
おキヌは気を取り直し、この場を離れることにした。
(いつか私がそっちに行ったら、沢山お話しましょうね)
一度振り返ると、おキヌは駆け出した。
おキヌは気付いただろうか。苔むした石の横に名もない野花が咲いているのを。優しく、手を振るように揺れていたことを。
−昭和19年7月7日、サイパン島守備隊の日本軍約3,000名は、最後の「万歳突撃」を敢行して玉砕−
ほたりぃさん、このような場を作ってくださって本当にありがとうございます。 (ヨハン・リーヴァ)
なんかもう……るーるーるー(駄目だちゃんとしたコメントがかけない←駄目)
とにかくすっごくよかったし (hazuki)
それで特に変なところは…すんません見つからないです。
役に立たないコメントでスイマセン。 (YOSI)
hazukiさんへ
大先輩のhazukiさんにコメントが頂けて光栄です!いつも作品読ませていただいています。なんか恐縮です。
YOSIさんへ
>役に立たないコメントでスイマセン。
そんなことないです。コメントしていただけただけでもありがたいですし、思ったことをそのまま書いていただけた感じで凄く嬉しいです。 (ヨハン・リーヴァ)
GSの仕事にはこういう仕事も多いのでしょうね。
おキヌちゃんのやさしさと命を失った名も無き兵がこころをかよわした?ところがよかったです。 (NGK)
内容的な評価になってしまいましたが…そういうことです。一応、一つの意見として。文章的には開業や空間の空け方は読みやすく工夫されていると思います。 (桂木マサヤ)
>GSの仕事にはこういう仕事も多いのでしょうね。
僕もそう思います。人の死と直面する仕事ですので、辛い思いをすることもよくあるのでしょうね。
桂木マサヤさんへ
ご意見ありがとうございます。Dという評価は誠意を持って受け止めさせていただきます。
さて、マサさんのご意見に関して、もう少し詳しくお話したい点がございますので
よろしければ「マリアのあんてな」のチャットにいらしてください。時間は待合室のほうに書いておきますので、よろしくお願いします(平伏) (ヨハン・リーヴァ)
ただ、惜しむらくは書き急いでいる感が私には見えてきてしまいました。
登場人物が今立っている光景。 そして亡者の目に映る50余年の時を越えた風景が
あるはずなのではないでしょうか。
それは彼らや、銃口を向ける人間の装備などだけで語られるものなのか、
少し物足りなく思えました。(個人的に)
そのせいか、なんとなく滲み出てくるはずのメッセージが私には、
伝わってきますが、感じてきません。
私のヨハンさんとおそらく異なった戦争観も手伝っているのでしょう。
やはりこの評価になってしまいました。
最後に、兵士と書けなかったのは、あの頃の日本の兵隊は
「悲しい観念を持って(植えられてじゃなく)しまった、民間人」に
見えてしかたないからです。 別に実際に見たり会ったりしたわけじゃないのにね。(爆) (みみかき)
夏と言う季節もあいまって、心に突き刺さりました。
ちょっとだけ、文章についてなのですが、もう少し長く書かれてみても良かったのでは、と思います。発想は本当にグッとくるのですが、ちょっとあっさり気味かなと思ってしまいました。私も偉そうに言える程の者ではないのですが……(^^;)
胸にしみて来るお話を、ありがとうございました。次回作も、楽しみにしておりますね♪ (馬酔木)
書き急いでいるというご指摘は、書いている時点では気づきませんでしたが今見直してみると確かにその通りです。
森林での出来事なので、光景の描写を怠ったのは否めませんね。
当時の日本兵が「悲しい観念を持って(植えられてじゃなく)しまった、民間人」というご意見に関しましては、僕の書き込み不足だった感がありますね。しかし、極限状態に追い込まれるとやはり「生きよう」という感情が強く出たのではないでしょうか?
馬酔木さんへ
お褒めのコメント恐縮です。馬酔木さんのような大先輩にコメントしていただいて恐縮です(平伏)
みみかきさんにもご指摘いただいた文章の淡白さですが、ただただ僕の修行不足からくるものですね(汗)
改善していきますので、今後ともよろしくお願いします! (ヨハン・リーヴァ)
自分が死んだこともわからずに彷徨っている浮遊霊の視点なのですから、説明不足なところがあって当然だと思います。むしろその方が自然な印象を強めていると感じられました。
細かいことを言えば、仕事を完全に忘れてナンパに走るようなことは横島クンはしないと思います。ナンパしている横島クンを美神さんが置いてきたってのはアリかもしれませんが、その場合は血みどろで海に浮かんでる可能性が高いですし。単に今回は登場する必要がなかったってだけなんでしょうけどね。 (U. Woodfield)
たんたんと書かれた文章が切ない内容をより深くしているような…物悲しい雨音のような悲しさや寂しさ切なさ(なんと言ったらいいのか ^^;)に似た感じを抱きました。
>「待って下さい、美神さん。この人は私に除霊させてください!」
>あたし、わかるんです。この人、心の奥底で凄く悲しい思いが渦巻いてるんです。
おキヌちゃんの強さ、優しさが表れてて良かったです。が、このセリフの順番は逆の方が良かったんじゃないかと思いました。
***
「わかるんです…この人―――」
「どうしたの、おキヌちゃん?」
「心の奥底で…凄く…凄く悲しい思いが……」
〜
僕は銃を乱射した。
〜
「ここはとりあえず精霊石で・・・」
「待って下さい美神さん
私に……この人は私に除霊させてください!」
***
↑ちょっと銃乱射の前後を端折りましたが…先におキヌちゃんが兵士の霊の悲しみを感じたシーン、それから銃を乱射する霊に美神が精霊石で対処しようとしたのを止て自ずから除霊を。と
おキヌちゃんが先して除霊を行おうとするよりも、まず霊の悲しみに囚われそれから「助けたい」と想い除霊を志願(?)する という順のほうがいいような気がしました
おキヌちゃんを慰める美神…GSとして死を受け止める覚悟の差なんでしょう……
「〜彼はきっと救われたわ。きっと幸せだったでしょうね」
美神なら「救われたわ」で言葉を終わらせるような気がします。慰める為とはいえ、想いを残して浮遊霊となってしまった者に「幸せだったでしょうね」という言葉を送るのは違う気がしました。
浮遊霊の(生きている時の)人生に対してではなく、美神が除霊するよりはおキヌちゃんが除霊してあげたほうが霊にとっては幸せ、という意味での「きっと幸せだったでしょうね」なら納得ですが(^^;
グッと来る作品で良かったです。次の作品も楽しみにして待ってますm(__)m (ぴろしき)
戦争を題材にしていて、なんかこうぐっとくるものがありました。 (トマト)
ギャグやアクションが表面に出ますが、本来、GS美神はこういう深みの有る物語なんですよね。 (もと)