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正伝!ハーメルンの笛吹き

序 〜来訪〜


投稿者名:斑駒
投稿日時:02/ 7/28

 時に13世紀の末頃。
 封建社会がヨーロッパで隆盛を極めた中世の時代。
 ドイツの中央部にハーメルンという小さな街があった。
 西をウェーゼル川に、東をポッペンブルク山に囲まれたその地域は外部との関係をあまり持つことなく、
 細々とした自給自足の、それでも決して薄幸とは言えない生活を送っていた。
 ――そう。1284年、その時までは………。




 ……1284年……
 ハーメルンの街は突然のネズミの異常発生に見舞われた。
 圧倒的な数で街角を埋め尽くすネズミ達は、家々、倉庫、畑を次々に蹂躙し、ありとあらゆる食物を荒らし尽くした。
 空腹で殺気立つネズミの大群は、家具や建物、果ては家畜や人間にまでかじりつき、目に付くもの全てを破壊していった。
 彼らの通り過ぎた後には、草の根一本も残ることはなかった。

 元々人通りの多くなかった街角からは完全に人気が絶え、代わりに飢えたネズミ達のみが街中を悠然と闊歩するようになった。
 街は、完全にネズミ達のものになってしまったかのようであった。
 ――事実、街の人々にはネズミの横行を止めるすべがなかった。
 猫やねずみ捕りも、ねずみ達の圧倒的な数量と破壊力の前では何の役目も果たさない。
 人々はなすすべもなく、日々を絶望のうちに明け暮れる他なかった。

 そんな状態がどれだけ続いただろうか。
 街の人々が疲弊し切って、生きる希望をも失いかけたころ。
 “それ”は唐突に街を訪れた。
 かすかな前触れと共に。




「……ここか」
 街の西側の入り口、西門の前にたたずむ人影が一つ。
 長身で銀髪、全身を黒いマントで被った……青年。
 とりわけ目を引くのは、肩から下げた、彼の身長ほどもあるのではないかと思われる荷物。
 それは普通の旅人が背負うようなものとは明らかに一線を画する大きさのものだった。
「……どうやら、間違いなさそうだな」
 青年は門の前に立ちつくしたままゆっくりとあたりを見回す。
 その目に映るものは、荒れ果てて緑の欠片も見えない畑と、もはや廃墟と見まごうばかりに破壊しつくされた石造りの家々。

「…………。!!」
 無感動に周囲を観察する青年の目が、ふと異質なものの存在を認めて、ハッと見開かれる。
 石と土の織り成す角々しく殺風景な視野の中で、そこだけふくよかに鮮やかな色彩を放つもの。
「……すまんが一つ、ものを尋ねたい。ネズミの被害に悩まされている街があると聞いてきたのだが……?」
 青年は『それ』と目が合った瞬間、迷わず言葉をかける事を選んだ。
 その街がここであることは、もはや聞くまでもない事ではあったが、
 自分のことを訝るかのような相手の油断ない目つきが、青年に訪問理由を語らせたのだ。

「ふぅん……。じゃぁ、あなたもこの街のネズミ退治をしに来たってわけね……」
 街外れの荒らされた畑の前に一人たたずんでいて、近づいてきた青年に警戒の目を向けた『もの』……青年の話し相手……15〜6歳くらいの少女――は、まぶたをぴくりとも動かすことなく、無表情のまま青年に語り返す。
「そうとも! 私が来たからにはこの街ももう大丈夫だ。全知全能たる『ヨーロッパの魔王』の異名を取ったこの私が…………ン!? いま、私“も”と言ったか!?」
 少女の表情を和らげようと、自然とおどけた調子になって語る青年。
 しかし最前の少女の言葉に、思わず素に戻って反応してしまう。

「さっきも、あなたみたいにヘンな風体の男が現れて、ネズミ退治を申し出てきたわ。ネズミが出てから今まで、この街を訪れる人なんて一人もいなかったのに、モノ好きも集まったものね」
 そう言って少女はますます訝しげな眼差しを青年に向けてくる。
 しかし青年も、自分と同じような者がいるとは予想だにしていなかったのだろう。
 射竦めるような少女の視線に、ただ額に汗してじっと無言のまま耐えるのみだった。

「………まあ、いいわ。町長に引き合わせてあげるから、ついて来て」
 少女はひとしきり青年を疲弊させた後、さっと踵を返し、
 青年のほうを振り返ることもなく、街の中へと歩き始めた。




「……ふむ。それではあなたも、この街のネズミを退治してくださるというわけなのですな?」
 所変わってここは町長の家。
 やはり壁や天井など、ところどころ痛んではいるが、詰め物を施したりして何とか人の住めるような状態にはなっている。

 ちょっとした会議室くらいの広さがある応接間の、中央に置かれた長めの卓。
 その上座には町長が、下座には黒ずくめの青年が座しており、その背後に青年を連れて来た少女が腕組みをして壁にもたれている。
 そしてそれらの周りには、街の主だった大人達が所狭しと顔を並べている。
 なにぶん狭い街のことだ。
 『ネズミ退治来訪』の報は瞬く間に街中に広がり、品定めしてやろうと考える人々が、見物も兼ねて押しかけて来たのだった。
 尤も、少女の言っていた『先客』の来訪の際に集まってから、未だに帰らずにいた者も多かったのだが……。

「……左様! いかなネズミの大群と言えど、この私の前では蟻が群れるかの如し。造作もなく退治して見せよう」
 青年は大勢の前でも臆することなく、町長の問いかけに対して大見得を切って見せた。

「!!!!!」
 人々の間にどよめきが起こる。

「………。よろしい。お任せしよう」
「町長!」「しかし――!」
 青年に何も問うことなく、あまりにも早く下された町長の決断。
 そして、それに異を唱えようとする、街の大人数名の声。
 しかし町長はそれらを手で制して、話を続ける。
「街の者ではねずみ相手にどうすることも出来んかった。もう余所から来た方におすがりする他に道はないのだ」
「クッ」「………」
 町長の言葉に、その場が静まり返る。

「………そう言えば、その余所から来た者なのだが。私の他に、つい先刻にも一人来たらしいな」
 場の雰囲気に耐えかねてか、ただ気になったからか、青年が口を開いて沈黙を破った。
「おお。そうなのです。つい先程も異国風のいでたちをした男が現れましてな。今はもう街外れの宿――と言っても持ち主の居なくなってしまった廃墟のことなのですが――そちらにご案内したところです」
「なんか気色の悪いしゃべり方をするヤツだったよな」「道化みたいに派手なカッコしやがって。ふざけた野郎だったぜ」
「コラッ!」
 またもや憎まれ口を叩こうとする大人達を、町長が一喝する。

「なんでしたらお二人でご協力なさったらいかがかな?」
「………イヤ、けっこう。私は自分より劣る者と組むつもりは無い。……しかし、一つ聞きたいのだが。その男はあなたに何と言って来たのだ?」
 青年は町長の申し出を一蹴しつつも、腕組みをして何かを考えている風であった。
「………? 『ネズミを退治してやる。その代わり報酬はキッチリいただく』という内容だったと記憶しておりますが……?」
「……ふむ。そしてあなたも、ここに居る者達もそれを容認したわけか」
 青年は目を細め、急に険しい表情になる。
「容認も何も我々にはそれしか道が無かったのです……ぁ! もちろんあなたにも、ネズミを退治していただいたあかつきには相応の報酬を約束しますぞ」
「ああ、それは良いが…………ふむ、そうだな。では私は私で好きにやらせてもらおうか」
 青年はまだ釈然としない様子ながらも、それだけ言い捨てると席を立ち、部屋を後にした。

「あっ、泊まる場所は私が案内するわ」
 後ろで一部始終を見守っていた少女が、青年の後を追って部屋を飛び出した。

「…………」
 部屋に取り残された町長以下数名は、首を傾げつつもただ呆然と部屋の入り口のほうを見つめることしかできなかった。




「この家、勝手に使っていいわ。穴だらけだけど、外で寝るよりはマシでしょ」
「……ああ、上等だ。元よりそう長居するつもりでも無いしな。……しかし、これもネズミにやられたのか?」
 青年が案内されたのは、街の西の外れにあった廃墟……つまり街に来て最初に目にしたものだった。
 それは街中で見た家々と比べても特に損傷が酷く、屋根と壁の半分近くに風穴が開いていた。

「………。最初、ネズミの大群はこの西門から入って来て、目に入るものを片っ端から食い荒らし始めたわ。裏に畑があったでしょう。あれがネズミの被害第一号よ」
「ああ、あれか……………。!! まさか、おまえは……!?」
 畑………それは、先程この少女が立ち尽くしていて、街に到着した青年を図らずも出迎えた場所……。
「………畑の主たちはネズミから作物を守ろうと、必死で抵抗したわ……でも………」
 少女は、そこで一度言葉を切り、じっと床の一点を見つめる。
 何かを睨むように据えられた目は、乾いてはいるものの、ひどく熱を持っているように感じられる。
「私は………私だけがこの家に残らされた。両親にベッドの下に押し込まれて、何も出来ずに、ただネズミ達が通り過ぎるのを待っていることしか出来なかった。あのネズミ達に、私は何も……」
 少女は、決して青年と目を合わせることなく、床に……そして自分に吐き捨てるように、怒気を含んだ言葉を投げかけた。

「…………それは気の毒だったな。だがまあ、そう自分を責めるものでもあるまい。おまえはそれで良かった――」
「なんであなたにそんなことが言えるの?」
 少女はここに来てようやく顔を上げて、青年を真正面から見つめる。
 何かに耐えるように、じっと吊り上げられたままの目尻が、逆に悲壮さを強く感じさせる。

「愛する者を失いたくないという気持ちは、誰にでもあるものだ」
 青年もまた、しっかりと少女の目を見据えて、答える。
「そのためならば、自分に出来ることは、なんでもする。喩え替わりに自分の命を失うことになってもな」
 青年はそこまで言うと、両手を伸ばして少女の両肩に「ぽんっ」と載せる。
「今おまえはこうして生きている。それだけでも、おまえの両親にとっては満足の行く結果であったということだ」

「…ぁんで……?」
 少女は両肩から力なく腕をぶら下げたまま、うつむいて何事か呟いた。

「ん?」
「だから、なんであなたにそんなことが分かるのよ!?」
 上目遣いに青年を見上げる少女の瞳は、初めて少し潤みを帯びたように見える。

「……分かるとも。なぜなら………」
 青年はそんな少女の瞳をしっかりと見据えながらも、どこか遠くを見るような目をして、言った。
「私も少し前に、最愛の者を失ったばかりだからな……」




――― to be continued ………


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