音楽文化総合研究所楽器資料室 (解説追加中)

最近、考古学の精度が極めて高くなってきたのに平行して、文化交流の実態や特定文化様式の成立については、様々な新発見が相次ぎ、その中でより「真実に近い」アプローチをとろうという謙虚さが垣間見えてきた。楽器に関しても、断定的な判断を避け、常に地域多発的な可能性を排除しないことが、それぞれの地域文化および歴史に対するリスペクトであり、研究者としての良心である。
楽器の、特に文化人類学的な側面については、科学として成立するのは「現在目の前で作られ、演奏されている楽器のみ」である。その一時情報は、「製作者」と「演奏家」および彼らが属する社会・コミュニティが発信することが前提となる。歴史的存在である楽器については、製作家、演奏家、取り巻く社会環境が「既に存在しない」わけであるから、私たちはその背景解明について常に多くの可能性を示唆しなければならない。
この資料室で公開する楽器情報は、私自身が直接演奏家・製作家と会って調査したものの比率を高めたつもりだが、楽器製作者や演奏家と離れた収集もあり、その情報は次数が高いものとなっている。このようなものについては記述を簡略化した。

西アジアの楽器
西アジアから北アフリカにかけての地域は、アジアの多くの音楽に多大な影響を与えた大変重要な地域と考えられている。
特にペルシャとトルコ、アラブの楽器や音楽はシルクロード交易で日本にまで入った。その大きな遺産が正倉院の御物であり、これは記録と現物によって実証されている。
私が文献等から楽器の形態を図像学的に判断したところでは、西アジア、特にペルシャの古い楽器などは、現在のイランというよりも新疆ウイグル自治区やタジキスタン共和国などの中央アジア辺境部に残っていると感じている。とすれば中央アジアも西アジアについで極めて重要な地域である。

ペルシャ系の楽器
●ウード(生産地:トルコ)

古ペルシャ世界で「バルバト」と呼ばれた、元来 刳り抜き胴にガット弦を張った弾弦楽器。成立期は4弦前後の楽器であったと思われるが、徐々に弦が増え、現在は復弦6コースで全体で11本前後の弦が張られているものも見られる。
シルクロードを東西に渡り、様々な変形を成立させたと思われるが、その理由としては、元来弾弦楽器文化のないところに類似した形状、奏法の楽器が現れる事が挙げられる。文献によってスペイン経由でアラブからヨーロッパに移植されたことが明確なのは「リュート」で、14世紀頃から18世紀に至るまで、ヨーロッパ宮廷文化の音楽部分においてひとつの主流を占めた。東の伝播経路の実証は困難であるがおそらく一群の「曲頸琵琶」(いわゆる中国と日本の琵琶など)のシリーズを形成したと考えられる。

・・・曲頸琵琶とよばれる仲間・・・

     琵琶(ピパ)                   ガンブス(インドネシア)
・左は中国音楽で独自の発展を遂げたもので、四弦であるところと、四度を基準としたその調弦が(可能性として)ウードの形態を残しているのかも知れない。現在のピパは、西洋音階に対応するため、柱(フレット)が半音階になっており、またアクロバティックな演奏をするために、元来なかった胴部の中央に至るところまでフレットが配置されるようになった。
・右のガンブスは、やはり曲がった首部分をもつ六弦の弦楽器で、刳り抜き胴を持った、話に残っているバルバトを彷彿させ  る楽器である。インドネシアの「ガンブス・アンサンブル」と呼ばれる合奏に使われる。勿論イスラム系社会の楽器である。ガンブスという名称はおそらくトルコ系で、古トルコ語のqubuzに因む可能性がある。

トルコ系の楽器
●カラデニズケマンチェ(生産地:トルコ)

トルコ・黒海沿岸で演奏される3弦の弦楽器。民族舞踊の「ホロン」の伴奏に用いる。

●クラシック・ケメンチェ

名前はペルシャ系の「ケメンチェ」であるが、洋梨型の胴体に板を張った擦弦楽器で、トルコからギリシャ、クレタ、キプロス等に分布している。ギリシャでは「リラ」と呼んでおり、縦に支持して横弾きするのは同じだが、リラにはヴァイオリン状の指板がついているのが異なる。
この楽器が西方に移植されて変容したものと推測される中世ヨーロッパの図版に登場する「レベック」という弦楽器は、全体の形状も殆ど同じである。偶然にしては類似度が高すぎることから見て、この系列も1000年近い歴史を持つと考えられる。

●レバーブ
工事中

アフリカの楽器
●ラババ(エジプト)

ケマンチェと並び、アラブの楽器として有名な擦弦楽器。エジプトのものは、椰子殻の胴に駱駝の皮を張ったものに木製の棹が貫通している構造で、ケマンチェと似ているが、弦が二本、というのが通例で、一本のものもある。
この様式の弦楽器はアラブ人やトルコ人の交易活動を通じアジア各地、南米等にまで達したと思われ、類似の楽器が名称もそのままにインドネシアではスマトラからスラウェシまで、南米ではブラジルでも見られる。
ラババというアラブ語自体も弦楽器の総称として一般化しており、インドネシアのガムランで用いられるラバーブ、中央アジアの弾弦楽器であるレワープなど、枚挙に暇がない。

●ラバブ(モロッコ)

エジプトのものとは異なる系列の擦弦楽器で、塊状の木から刳り抜きで胴部を削りだすという手の込んだ製作法で作られており、ラババのように大衆音楽ではなく古典音楽の合奏で用いられる。直径2.5mmと3mm前後の極めて太いガット弦を張り、半円形の重たい弓で奏する。
中央部の凹んだ舟形の形状は、アフガニスタンの弾弦楽器「ラバーブ」を思わせるものがある。

中央アジアの楽器
●ケメンチェ(生産地:ウズベキスタン)

ペルシャ系の楽器で、古典音楽の演奏に用いられる。この楽器は現代型で、棹の部分が円錐形に変容しており、前面はヴァイオリンのような指板型になっている。
旧ソ連圏、現在の中国文化圏では、楽器の近代化と称した、このような西洋化が進んでおり、ソフト面でも、調弦をヴァイオリン調弦であるg−d−a−eを一般化したり、教育方法自体も伝統音楽を口承伝承で学ぶのでなく、音楽大学での体系的な「西洋音楽教育」に変容しているのが実情で、そこでは勿論西洋音階で楽器を習得する。
多くの場合、ケマンチェ系の高音弦楽器はヴァイオリンの教則本またはそれをもとにしたもの、北アジアのモリンホールのような低音弦楽器はチェロの教則本またはそれをもとにしたものを用いて‘授業’が進められるという点も共通である。

●ギジャック(中国・新疆ウイグル自治区)

ペルシャ系の楽器で、古典音楽である「12ムカーム」や、一般の歌舞音曲の演奏に用いられる。この楽器は現代型で、旧ソ連圏のケマンチェと同様、棹の部分が円錐形に変容しており、前面はヴァイオリンのような指板型になっている。
2004年のフィールドワークで、カシュガル歌舞団の演奏家にレッスンを受けたが、その時の調弦はヴァイオリンと同じ五度調弦で、f−c−g−dであった。これは標準的な現代ヴァイオリンのピッチよりも長二度低いが、音色的には非常に魅力のある音が出る。
ウイグルの現代合奏の録音を聞いても、ヴァイオリンとしては演奏しやすい調とは言えないF調で演奏しているものがあり、調弦は長二度低いと思われる。この理由については、おそらく西洋のように絶対ピッチを使うという発想がないのであろうと判断される。

●カロン(中国・新疆ウイグル自治区)

台形の箱に復弦で17コースの金属弦を張った楽器で、左手にゼフメットと呼ばれる金属製の角柱を持ち、右手に合成樹脂製のヘラ状のピックを持って演奏する。右手で弦を弾くと同時に、左手のゼフメットで弦の反対側のブリッジの近くを押したり滑らせたりすることで、日本の琴の「押し手」のようなヴィヴラート効果が得られる。
この楽器は新疆ウイグル自治区のドーラン地方の歌舞音曲でメインとして使用されているもので、私は元メケット歌舞団の奏者に奏法を教えてもらった。調弦は、GまたはAを最低音とするダイアトニックである。ムカームは中間音や半音を使用するので、それはどのように対処するのか聞いたところ、個別の調性については全体の調弦を変え、中間音はゼフメットで出す、
ということであった。
縦琴であるチャングから派生したと類推される名称、楽器自体のシステムから見てこの楽器もペルシャ系と思われ、サファーヴィー朝の宮廷音楽の図版に、形状・奏法ともにほとんど同一の楽器が見られることから見ても、400年以上前に中央アジアに移植されたものが、現在も存続しているという可能性は高い。

●レワープ(中国・新疆ウイグル自治区)
工事中

●ドタール(中国・新疆ウイグル自治区)

●タンブール(中国・新疆ウイグル自治区)
工事中

●サタール(中国・新疆ウイグル自治区)
工事中

●ドンブラ(カザフスタン共和国)

カザフスタンの国民的弦楽器で、古くは桑などの刳り抜き胴にガットの弦を二本張り、非常に細い棹にガット製のフレットを数箇所巻いたものてあったという。現在は、ソ連の影響で、胴部が張り合わせ、弦はナイロンで、フレットは十二音音階に対応するため半音間隔で巻かれている。この楽器は当研究所中央アジア研究部の高橋がカザフの演奏家に入門した時に使用していた楽器で、非常に軽く作られている。
大衆音楽の伴奏としてだけでなく、独奏楽器として多くのレパートリーを持っており、近世に入りダウレトケリーをはじめとする優れた作曲家が現れ、オリジナルの作品を書いた事も、発展に寄与した。
名称は、ペルシャ語起源である可能性が高い。

●コブズ(カザフスタン共和国)

コブズはカザフスタンの古い文化に属するシャーマニズムに使用される楽器で、実際にこの楽器を製作したのは現役のシャーマンである。つまり厳密に言うと、楽器というよりは祭具である。
全体は、楓の塊から彫り出した一木作りで、下半分を胴部とし、さらに胴部の下が皮の張られた発音部になり、上が横にふくらんだ開口部となっている。皮はラクダの生皮で、二本の弦と弓の毛は馬の尻毛である。
この楽器のシステムは極めて複雑で、開口部がちょうどラッパのような役割を果たしており、皮の裏側で発生した音波を位相反転して放出する目的があると思われる。ただ、開口部が大きいのでそれがハイパスフィルターとなって低音が出ない。
奏法も特徴的で、弦を横から指で軽くストップして基音と倍音を使い分ける。これはモンゴル系の弦楽器と通じる点が感じられる。代表的な楽曲として、二頭の狼が対峙する様を活写した「狼」等がある。
名称は、トルコ語‘qubuz’起源である可能性が高い。

●コムズ(キルギス共和国)


●テミルコムズ(キルギス共和国)


●ドンブラキ(タジキスタン共和国)


篳篥系のリード楽器
●バラバン(トルコ)


●バラマン(アゼルバイジャン)



東アジアの楽器
●二胡(中国)

竹または木製の円筒に蛇または羊等の皮を張り、絹または金属製の弦を張った擦弦楽器。遊牧民系の発想だが、起源は不明。中国南部から東南アジアにかけて、デザイン・奏法的に類縁の種が大量に存在し、エジプトのレババ系と推定できるものと混在している。
現在の中国で「二胡」といえば、全体の形状はこのようなデザインで、全長がほぼ一定しており、独奏楽器として専用の楽曲(「二泉映月」など)を持つものを指す。類縁種は「高胡」「椰胡」「板胡」などと呼ばれ、別のレパートリーを持ちデザイン、材質は多様である。
雲南省などの地方へ行くと、一弦しかないものをほとんど第一ポジションだけで演奏するようなものや、イ族の三弦の楽器などがあり、モンゴルのように四本弦の張られた四胡を主に用いるところもあるなど、弦の数、奏法についても分化・発展が著しい。
現代二胡の奏法は、伝統的な運弓法の上にヴァイオリン的な奏法と発想を受容したもので、北京・上海の音楽院で教える二胡のソフトウェアは西洋音楽の要素がかなり導入されている。最も特徴的なのは音階で、十二平均律をコントロールすることが共産党の認める国家芸術家の使命と言える。

●京胡(中国)

京劇で用いる事に特化した高音の弦楽器。奏法も二胡とは異なり、かなり攻撃的な勢いの運弓法で、けたたましい響きを出す。

●揚琴(中国)


●三線(沖縄)


●大正琴(日本)


篳篥系のリード楽器
●管子(中国)

竹製の管に芦のダブルリードを装着した篳篥の祖形と目される楽器。中国トルファンのベゼクリクの壁画に描かれているものは、管径、管長から言ってこれに近いものがあるように思われる。
日本の篳篥は、唐代の生き残りとして存在しているが、管子をはじめとして中央アジアのバラバン系のダブルリード楽器に比べると、著しく非線形要素の高い刺激的な音色を出すので、私は篳篥は日本人がどこかで手を加えた可能性が高いと感じている。

●ピリ(韓国)


●篳篥(日本)


笙系の楽器
●芦笙(雲南省)


●笙(北京)


東南アジアの楽器
●ルバーブ(インドネシア)

名称はアラブ語由来で、アラブ人の招来を思わせるものがある擦弦楽器。紫檀材などを刳り抜いた胴に、ろくろで高精度(20μm精度)に成形した棹を通し、水牛の内臓膜などを張って金属弦を二本張る。私が調査した範囲では、弦の材質は真鍮が伝統的であるようである。真鍮の転延技術は、ペルシャ世界において中世に確立していた事から、ジャワのルバーブについても、招来期には既に金属線であった可能性がある。
複雑な加工、高級な材質、金属線の使用など、どこから見ても宮廷楽器であり、現在のガムラン合奏音楽においても、前列に位置し、全体の統率を図るクンダンと別に、メロディーの転換点等をリードする、指揮者的役割の一部を担う。

●ガンブス(インドネシア)

ジャワ島のイスラム人の間で演奏される弾弦楽器で、先のウード型のものと異なり、こちらはトルコ系の楽器である中央アジアのレワープにそっくりである。棹の一部が膨らんで張り出しているのもトルコのラバーブと共通性を感じさせる。
胴部はひょうたん製で、軽い木材の削りだしの棹を接着してあるが、貫通はしていない。スパイクのような長い緒止めがついているのが不思議で、同じラインナップで弓奏版があったように思わせる。
弦は、東南アジアに特徴的な、鋼鉄の細線を針金に巻き付けた後、撚りをもどした「ねじれ弦」で、4弦である。

●カチャッピー(インドネシア)

インドネシアからオセアニアにかけて見られる、二本弦の弾弦楽器のひとつ。
このスマトラの例では、軽い木材の塊から胴部と棹を一体で削りだし、別に薄い表板を張っている。奏法はメロディーを演奏しながらのかき鳴らしや、単音で鳴らすといったシンプルなものが多い。名称自体は総称的なもので、個別の特徴に由来するものではない。

●ササンドー(インドネシア)

ヌサ・トゥンガラ地域では、数百年のレベルで竹の皮を切り出して弾奏するという「竹筒琴」の伝統があったことを現地で調査したが、このササンドーは竹筒琴の一種の変形で、多数の針金を張った竹筒の背後に半球形の覆いが設置されていて、これが集音・反射の役割を担う点で、形状、システムともに独自である。
ロトゥ島の伝統楽器といわれ、古来のササンドーは弦も10本以下で、演奏する音楽も独自なモードで旋律を主体に弾くものであったが、最近は現代化しており、画像の楽器のように「ベース弦」を含む旋律+伴奏弦のスタイルを持つ平均律的な弦楽器となっている。覆い部分も、持ち運びに便利なように「折りたたみ式」になった。この楽器は、さらにPA対応で、ピックアップまで内蔵している。
私が製作家であるジェレマイア氏のお宅をうかがった時は、製作工程の実演に加えて、旧来のかたちのササンドーによるロトゥ民謡演奏と、現在型ササンドーによるポピュラー音楽演奏の両方を聞かせていただいた。どちらも印象的な内容だった。
奏法のアーカイヴは当研究所の三木理恵が担当したが、右手でメロディー、左手で伴奏という現代奏法はなかなか難しいものであった。

●スン(タイ)

ランナー・タイ(北タイ)の弾弦楽器。全長約71cm。
チーク材の一木から胴体と棹を一体で切り出し、胴部を刳り抜いた後、表板として2−3mm厚の薄板を張った楽器。高さ5mm前後の高いフレットがモード配置で8〜9個ついている。フレットによる音階は七全音音階に近いが、やや短調がかっている。
弦は東南アジアで一般的な撚り鋼線。2コース4弦の復弦で、ピックは使わずに弾き、北タイの民俗芸能「ソー」などの伴奏用に使われる。本資料はタイ北部のパヤオという町から更に車で一時間ほどの田舎町の店舗で売られていたもの。個体としての品質的はあまり高くなく、村の若者が手遊びで弾く程度のものと推定される。

●スン(タイ)

この資料も上と同じだが、一回り大きい上、非常に凝った彫刻が施されており、演奏家を前提とした楽器と思われる。

●ソウ(タイ)

タイ北部で見られる、大衆的な二弦胡弓で、椰子殻の胴にろくろで挽いた丸棒の棹が貫通しており、アラブのラババを髣髴させるデザインである。歌曲の伴奏等に用いられている。宮廷楽器のソウ・オーが絹糸弦に皮張りなのに対し、こちらは撚り鋼線弦で板張りである。

●ソウ(タイ)

このソウはタイ北部、ラオスとの国境の町ノーンカーイで売られていたもので、椰子殻胴に角柱型の貫通棹が付き、前面にニシキ蛇の皮を張っている。棹の頂部には、ナーガ(竜)を形象化した彫刻が施されている。鋼線弦で、弓毛に特徴があり、植物の繊維を用いている。ナーガは、タイ、ラオス共に様々な物に頻繁に用いられる意匠である。
おります。

●トーン(タイ)

フレームドラムのラマナーとセットで古典音楽合奏に用いられる、壷型太鼓。チーク材の刳り抜きで、紐締めの皮張りである。
ラマナーとセットにするという点から見ても、アラブのダラブッカ系の太鼓が移植された可能性が多いにあるが、膜面の張力が弱いため、音色ははっきりしないものである。

●トロ・ウー(カンボジア)


●ダン・ニー(ベトナム)


●ク・ニー(現代型/ベトナム)

ベトナム中部高原の少数民族バナ族、ジャライ族の伝統楽器で、本来は竹の筒に一本の金属弦を渡したシンプルな楽器。
奏法に大きな特徴があり、弦が途中から二股に分かれていて、一方の端に竹片をくくりつけ、口に含んで「共鳴させると同時にホーミーのように変調をかける」のである。これは、伝統的に胡弓系の文化と口琴系の高度な倍音奏法を持つ東南アジア少数民族のノウハウがある時点で融合して生まれた、ハイブリッドな楽器であるといえる。
この資料は、キン族の伝統楽器を専門に製作している水上人形劇の演奏家の工房で譲られたもので、ハノイ音楽院の演奏家達で構成される芸術音楽団等で使用されるための「現代版」に変容している。木製で弦の数も二弦になり、全体におおぶりである。

●ダン・グェッ(ベトナム)


●ダン・チャイン(ベトナム)


●ダン・バウ(ベトナム)

木製張り合わせの横長胴に、金属弦を一弦張り、水牛製のレバーに先端をくくりつけて引っ張ることで「張力をかえながら」音階を得るという、ベトナムの主要民族であるキン族独特の楽器。左手でレバーを操作し、右手に水牛製または竹製のピックを持ってはじいて演奏するが、実音を用いず、倍音のみを用いる、という点でも特徴的である。バウは瓢箪の意で、ダン・バウとはひょうたん楽器、というような意味である。本来、レバーの基部に拡声目的でひょうたんがつけられていたことに由来する。
倍音を用い、ひょうたんがつけられた一弦琴は東南アジアではタイ、カンボジアの「ピン・ナム・タオ」などがあり、ダンバウが孤立した存在というわけではないが、弦の張力をリアルタイムで変化させる、という技は世界的に見てもほとんどない。
発達史的には、もともと村落部で個人的に楽しみのために製作された大衆楽器で、音も小さく、プライベートな性格のものである。現代に入って、おそらくキン族のアイデンティティーを称揚するという政治的目的もあってか漢民族系の伝統楽器、月琴やダン・グエッで構成されていた伝統音楽アンサンブルに仲間入りし、芸術音楽の担い手をとなった。

●ピー・チャワー(タイ)

チーク材をろくろで挽いたリード楽器で、名称は「ジャワの笛」という意味である。リードは棕櫚の葉を複数重ねたもので、古典音楽の合奏に用いられる。

南アジアの楽器
●タンプーラ(インド)

半球形の木製刳り抜き胴に、中空の太い棹を接合した四弦または五弦の弾弦楽器。これは五弦。
アジア音楽の特徴として、単一音を切れることなく鳴らし続ける、という「ドローン」の発想があるが、このタンプーラはインドの古典音楽等の現場で、旋律楽器の横または後方に位置して主要音を鳴らし続けるという役割を果たす。主要音は曲種を表す「ラーガ」によって変化し、例えばこの五弦の楽器で「バイラヴィ」の伴奏を行う時は、楽器を奏者側から見て左の弦からg.a♭.c.c.C(相対音高)のようになる。

●ピワン(ネパール)

塊状の軽い木材から刳りだした、涙滴状の胴体の下部に山羊皮の張られた、弾弦楽器。僧侶が演奏する。

●バーンスリー(インド)

バンブー(株立ちして成長する竹の仲間)の管に指孔をうがった、シンプルな竹笛。
北インドでは6孔が主で、南インドでは6〜8の指孔を持つ。基本的にはダイアトニック的な音階になっているが、古典音楽でも使用され、指孔を部分的に開放するといった高度な技法を駆使する。また、インド音楽の特性として、一つの音から他の高さの音に不連続に移動しない、という価値観があるので、バーンスリーにおいても鍵盤楽器的に音階を移動するのでなく、音階演奏時に指孔をずらすようにして開閉するため、音色面でも非常に特徴的なものを持っている。
このバーンスリーは、日本では最高のバーンスリー奏者であり、私がレッスンを受けた寺原太郎がカルカッタで入手したものを譲り受けたものである。

●バーンスリー(インド)


●バーンスリー(インド)


●バーンスリー(インド)


●バーンスリ(ネパール)


●ムカ・ヴィーナ(インド)


北東アジアの楽器
●モリンホール(モンゴル)

モンゴルの擦奏弦楽器。元来は皮張りの楽器で、現在のものは方形の木製胴に板張りで、二本の馬毛弦を張り馬毛の弓で弾く。二本の弦は多くは四度に調弦し、左手で横からストップして倍音奏法を用いる。この奏法はトゥバのイギルと通底するところがある。
数十年前まで、遊牧民が馬や駱駝とのコミュニケーションとして用いた歴史を持っている。大阪大学に留学していたモンゴル人シンバヤル氏の情報では、彼の父親は、モリンホールを用いて「馬に聞かせる音楽」を演奏し実際にコミュニケートできた最後の世代という。

西欧・北欧の楽器
●カンテレ【カンネル】(フィンランド)

木製のまな板型刳り抜き胴に表板を紐で固定し、五弦の金属弦を張った弾弦楽器。この楽器は現代製作メーカーであるLovikka製のもので、伝統タイプと銘打っているが、胴部が張り合わせになっている・伝統的なものは裏板がないが、この楽器は箱になっている、など商業生産による構造・製法の変容が見られる。
カレリヤ生まれのフィンランド人の情報では、本来は同地方で村人が個別に自作した。従ってこのように整然としたスタイルではなく、大きさも個体差があるという話であった。ただし、台形のスタイル、弦の数など基本的な構造は変わらない。
奏者は基本的に男性で、膝の上に楽器を置いて村のニュースや伝承などを弾き語った、という。この奏者の社会的役割は、同じく弦楽器を奏でつつアナウンスメントを行うネパールのガンダルヴァに類似している点がある。

●セリェフレーテ(ノルウェー)

ノルウェーの伝統楽器。
本来は、北欧の管楽器製法によく見られる、白樺の樹皮を巻いて本体を製作するのが伝統的で、最後に管端にリコーダー型の木製吹き口をつける。奏法に特色があり、指孔がなく吹き口側の反対の管端を手のひらで微妙に開閉し、高次倍音列からメロディーを得るのに十分な音階を作り出すという高度なものである。同様な奏法は、中国雲南省ジンポー族の「吐良」等に見られるが数少ない。
これはノルウェーの楽器メーカーが伝統楽器を模して樹脂管で製作した現代型で、樹皮を突板状にまきつけて、耐久性を向上している。

東欧の楽器
●グスレ(クロアチア)


●カヴァル(ルーマニア)


●フルラ(ルーマニア)


●ドヴォイニーチェ(チェコ)


●フルヤ(ハンガリー)


●フルヤ(ハンガリー)


北アメリカの楽器

中央アメリカの楽器

南アメリカの楽器
●アンサルド(ボリビア)

高原地帯で見られる複弦5コースの弾弦楽器で、木製船形の刳り抜き胴に幅広の棹を接着し、オクターブ12個のフレットを打ち込んである。奏法はかき鳴らしが主で、コード的な使い方もする。ただしフレットの精度が非常に低いため、いわゆる機能和声からはかなりずれて響く。
中世以前に同地方に存在したタワンティンス―ジュに同型の楽器が存在しないことから、スペインやポルトガルの持ち込んだルネサンス時代のアラブ系弦楽器の係累である事は間違いない。ボリビアやペルーの郡部における弦楽器は大抵村人の手作りで、西洋音楽の流れであるフォルクローレ音楽とセットで商業化した有名な楽器「チャランゴ」のプロフェッショナルな仕上がりと異なり、このようなシンプルなデザインである。現地調達。

●アンサルド(ボリビア)

この楽器も上と同様、村人の手作りによる日常で使用されている大衆楽器である。コース構成、音域もさほど大きな差はないが、上の資料の刳り抜き胴部に対し、ビウエラ型の張り合わせを採用しており、フレットの精度も高い。

●カーハ(ボリビア)



●アンタラ(ペルー)


●ケナ(ペルー)

高原地方で用いられる伝統型の縦笛で、尺八のように演奏する。素材が水道管なので、一見おもちゃかと見紛うが、19mm以下の細い内径、四角い歌口の形状、平均律でない指孔の配置等、れっきとした伝統楽器で、いわゆるフォルクローレ音楽で用いられる現代縦笛とは異なる。


●ロンダドール(エクアドル)

芦の茎を利用した横置きパンパイプで、管の配置に特徴があり、ペンタトニック的な音階のメロディー管の間に、3度の音程間隔を持つ予備管が挟まれており、メロディー管を横に移動しつつ吹奏すると自動的に3度管が発音し、和音伴奏でも複管吹奏でもない不思議な音楽が演奏できる。

●チリミーア(グァテマラ)

これも、スペイン、ポルトガルの南米侵略に伴って移入された楽器の可能性がかなり高いチャルメラ系のリード楽器で、ろくろで繰り抜かれた円筒木管に、大きなプラスティック製ダブルリードを装着し、ピルエット(口当ての台)までくわえ込んで吹奏する。本体の直径は25−30mmとかなり太いが、内径は8−9mmの円筒で、持ち込まれたであろう西洋のダブルリード楽器「シャルマイ」や「バロックオーボエ」とはかなり変容している。というよりも、ダブルリード、というシステムだけを生かしているのであろう。チリミーア、という名称は、シャルマイから転訛した可能性が考えられるが、もともとの語カラムスは「芦」の意である。
音階はかなり自由なもので、平均律はおろかダイアトニックですらない場合が多い。同様な楽器はペルー等にも見られ、村の土木工事など儀礼的な場でも演奏されている。