吉野への道 2 壺阪峠 その2

さて、明日香村のいつものやさしい風景と、旧知の方との再会、高取町の古い街並みと行く手を阻むいろいろな要素に時間が押してきました。
いよいよ壷阪峠へ入って行きます。

3.壺阪峠への道
高取町の古い街並みを見ながら南下していくと、r199<明日香清水谷線>へ出ます。古い街並み=旧街道ですので、ここへつながってないと意味がないですな。はじめは、勾配というほどでもありませんが、植林が現れる頃から、勾配がつき始めます。旧道との合流点から150mほど登るカタチになります。
壺阪寺へ上っていく道。
ちゃんとした2車線道路である。
写真にも写っているが、道の進行方向に細かい縦溝が、
道を横断するように横溝がつけられている。
下ってくるクルマを減速させるためと思われるが、自転車では走りにくいことこのうえない。
横溝は排水も兼ねているのか、路側帯を越えているところもある。
緩やかな勾配とはいえ、リズムが崩れて、嫌な感じであった。
何回か、ツヅレ折を繰り返し、
最後のヘアピンカーブを曲がると、「お里茶屋」の看板があり、
壺阪寺の建物が見える。

広い駐車場もあり、自販機などもあるが、寺まではもうひとこぎする必要がある。
お寺の駐車場。
けっこう多くのクルマが停まっていた。
ここには、自販機らしきものはない。
ここで一休みとする。
ゆっくりのぼっても、下からここまで、15分くらいあれば、十分である。

ここで、道は細くなる。
お寺をこえて、まだ向こうへ行くのは、高取城址が目的の人と、この道を吉野へたどる人ぐらいである。
入り口の雰囲気は、ひとやま越えた、芋峠にそっくりである。

登っている最中はカラダが熱く、汗ばむほどであったが、日が翳り、暗くなってきたうえ、森の中に入るとさらに暗く、寒くなってきた。
道が細くなると、勾配もややキツくなってくる。
途中、バス停があり、「これ以上上に駐車場はありません」という看板を過ぎるると、左側がコンクリートで固められた法面に沿って走る。
お寺の中でなにかの工事をしているらしく、建築資材がたくさん置かれている。

右側には、壺阪寺がすぐそこに見えている。
ちょうど夕日に映える、建物群がきれいだった。
壺阪峠の少し手前に、「五百羅漢」と書いた看板がある。
峠は、この先の乗っ越しのところである。
この道から少し入ったところに、岩に掘られた五百羅漢があるらしい。
先を覗いてみると、細い山道がついている。
よく踏まれているので、走れないことはないと思うが、丸太階段のようなものが見え、先を急ぐこともあり、今回はパスする。
植栽が切り開かれて、西の葛城山系の山々が見える。
峠から、登ってきた方向を振り返ったところ。
高取城址の方向から、女性二人のハイカーが下りて来た。
峠から、行く道を見る。
左はr119で、高取城址へ通じていて、そこで終わっている。右はこれから下りようとしている道で、先が見えないほど、急勾配で下っている。
地図上では、r119の方が太い。
実際は、吉野へ下る道のほうが太くて、2車線の立派な道となっている。


この急勾配を下り始める。
4.一気に大淀町へ
2車線で下っていると、車に減速させるためのカラー帯の盛り上げ舗装がしつこくある。フロントサスつきのMTBならともかく、ロードでまともに乗り上げながら下っていくと、激しい振動テストを受けているようなもので、あまりに長く続くと、脳がシェイクされてホワイトアウトしそうな感じである。大嫌いだ。

途中でやはりというか、とにかく細い山道となる。

芋峠と同じように全体に湿っぽく、路面も濡れていて、慎重に下る。
下るうちに、徐々に勾配が緩くなり、ちいさな橋を渡ると、植生が広葉樹となり、森の雰囲気が変わる。
このあたりは、舗装したアスファルトがはがれていて、ダートと変わらない。

でも、この方が落ち着く感じがする。

ここには、「安産の滝」という滝がある。
そう大きな滝ではない。
夕べからの雨のせいか、水がほとばしっている。

今はもうないが、昔、この滝の上に「安佐寺」(地元の看板では安産寺」)と言う寺があって、そこからこの滝の名前が来ているらしい。

昔は、その名前から、安産の祈願として滝に打たれたとか。そんなときにカラダを冷やしたら却って悪いような気もするが。
また大峰詣への修験者が打たれたとか、その姿を見たとかの話を記載された本を見るが、滝つぼの大きさから見ても、どうも伝説クサイ。
上の「安産の滝」の写真を撮ったりしていても、約10分で、大淀町側の最初の集落 田口 へ到着する。
集落と言っても数軒程度の集落で、ちょうど地元のおばあさん達が井戸端会議で超まったりモード(推測)で話中のところへ、ワタシが自転車で森から飛び出してきたものだから、おばあさん達は腰をぬかして驚いていた。
ついでに、飼い犬たちもクモの子を散らすように走り去っていった。

で、おまけ。
この集落でみつけた、田口林道。
地図には一応載ってます。短距離、ピストン、植林と面白くない3要素が揃っていますが、ダートですヨ。
田口の集落から、越部へ向かう田舎道。
山間の道は、日が暮れるのが早く、寒くなってきたので、アームウォーマーを身に着ける。
持ってきてよかった。

これからのシーズン、ウェアには悩むけれども、寒い思いをするのはかなわん。
5.旧芦原峠を探す
芦原峠は、古代は「下ツ道」の延長上にあって、紀伊の要所として、また、もちろん吉野への入り口にあったのであるが、いまや、R169が峠の下をトンネルでパスしている。
また、巨大な採石場があり、荒廃した山肌ともあいまって、実にすさんだ感じのする峠と成り果てている。

いろいろな本やサイトで、芦原峠旧道は越えられないとの記載を見るので、この眼で確かめるべく立ち寄ってみた。

トンネルは上下線に別れていて、奈良行の左手に、ゴルフ練習場の入り口へ分岐する交差点がある。
ここを左折して、それらしい道へ入っていく。
旧道らしき道は、途中の分岐を経て、ゴルフ練習場を取り巻くように登っていく(左側のアスファルト道)。
このまま登り続けると、道に沿って何軒かの家があり、最後の家のところで、道はその家の庭のような状態になり、そこで終わっている。
さらに進もうとしたのだが、猟犬系の犬がよだれをたらしながら、突然の闖入者に狂ったようにほえ続け、ついには紐もちぎらんばかりの勢いでいきり立っていたので、それ以上進むことは断念。
また、ここまで戻ってきた。
今度は、上に続くコンクリート舗装の道へと進む。

結果的に、このコンクリートの道は、最後には階段となって丘の上のお墓へと続いていた。
お墓から、下る道は、再度猟犬のところへ下っていたので、別の道を見つけ、そちらへ降りる。

シングルトラックである。

ここをロードバイクをひきずってとぼとぼと進む。
あたりは薄暗く、寒いことともあいまって心細い。
こんな感じ。
このまま下りていくと、畑の畦道となり、一軒の家の庭先をかすめるように通って、結局先ほどの旧道へ戻った。

高取町側から登り返して確かめる方法もあったが、日没ゲームセットとなった。

泣きながら、新芦原トンネルを走って下ったのはナイショだ。
吉野への道 パート2はこれでオシマイです。
芋峠、芦原峠、大宇陀からの道と、3ルートを通ったことになります。
次は、冬野峠、細峠、宮奥越といずれも自転車にとってはきついルートが残ってしまいました。
また、忘れた頃に行ってみようと思っています。ネタ的にはまだ続きそうです。
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