縁側お茶会。開設五周年おめでとう企画! 春宴。 中華料理店の入り口ドアに張られた、アルバイト募集のチラシを日下部桜は視線を落として見ていた。 「貼られている位置が低い…」 勤務時間はともかく募集人員の要項の突飛さ(逆境に強く多少のことに動じずどんな事があっても前向きでいられる人!?)に驚いていると奥のほう、ドアの向こうの店のほうから走るような足音が迫ってきた。 「――――――ん?」 顔を上げた。 透明なガラスを挟んだ向こうに身長の低い女の子が笑顔でこちらに走ってきていた。 ずべっ、 「え」 そしてすべった。 ガラスの開き戸の、桜の目前で。 ガンっ!!! 「………………………………………え」 桜の目の前で小さな額がドア越しにスタンプされていた。 …………………ずる、…ず…、ずる〜ぅりぃ………。 ばた。 ドアへと頭突きを食らわした少女は頭をこすらせてそのままうつぶせに倒れた。 唖然。 桜の半開きの口が塞がらない。 ここの店員さんだろうか、袖口の広い中国服のような格好をして後頭部両側面に髪の毛をまとめておだんごにしていた。 「………………………だ、だいじょうぶ、…ですか……?」 カラカラカラ、と乾いた音をさせてドアを開き桜は倒れた女の子のそばでしゃがみこむ。 「おねーさん!」 「うわあ!」 がばあ!っと驚かすつもりだったのかいきなり顔を上げた女の子に桜は尻餅をつく。 「いまこのチラシ見てたよね?見てたよねおねーさん?働く?うちで働くっ?」 どん!っと無駄に元気に飛び跳ねるように立ち上がり、道路に腰を下ろしてしまった桜に猛烈に話しかける。 「あ、あの……」 畳み掛ける勢いに桜は困惑。 「とにもかくにもまず立とーおねーさん!」 中腰になって手を差し伸べようとした少女、が ドアの桟のわずかな起伏に器用にも足をとられた。 「あ」 少女が、あら、またやった?というふうに表情を強張らせた。 「え」 桜が手を出しかけて、え、まさかまた?といったふうに次に来る未来を半疑ながらも予想した。 ドゴーン!! と桜の太腿の間にお団子頭がダイブを決めていた。 道路に腰を落ち着けている桜が自分の足の間を見る。少女が頭をぶつけたのはガラスより硬いアスファルトである。 じわ…、と倒れた少女の額らへんから赤い液体が広がり始めていた。 「だ、え!?あ、ええ!?…えええ!?だ、大丈夫ですか!?……ええー!?」 少女の狙いがどこだったのかわからない連続頭突きと見知らぬ相手の勝手な出血に、桜は軽くパニックに陥って意味もなく首を振って左右を見渡していた。 立ち去りたい気分だったけどまずはこの状況から、誰でもいいから助け出してほしかった。 「どうもお世話おかけしました…。ほら、お前も謝れ」 店内で椅子に腰掛けて、さきほど転んだ少女とよく似た顔でポニーテールの男の子が向かいに座る桜に対して丁寧に頭を下げた。 「えー?なんでー?私悪くないヨー?」 その隣には額に包帯の巻かれたさきほどの少女があどけない顔で少年に言う。介抱したのはその少年である。…驚くぐらい手際がよかった。 「そんなわけあるか。あんな何もないところで勝手に転んだ人間をほっとかずにわざわざ店の奥にいた俺を呼んでくれたんだぞ。謝ってそして感謝するべきだろ」 「あ、おお!それもそうだネ!ごめんネサクラ!ありがとー!」 少女が思い直したようにはっとして納得すると、言われたとおりに桜に謝罪して礼を言ってきた。 「いや…血まで出されたらなかなか放っておけないですし………」 少女のほうを向きながらも、少年の言葉にちょっと賛成しかねた桜がおずおずと口を出す。 手当てはしてたし仲は良いんだろうけど、彼の、この子に対する扱いがなんかぞんざいだなあ…。と桜は双児だというふたりのやりとりを聞きながら思った。 「ね、サクラ!ついでだからうちに入ろーヨ!ミニスカートが余ってるから着てくれる人ほしーの!ネ!?入ろー!」 「え、ミ、ミニスカート?」 「やめんか!迷惑かけたばかりなのにさらに上乗せするつもりか!?こんなか細い人をお前と同じ職場で働かせるなんてことは労働基準法に違反したっていいようなことだと思え!」 そ、そこまで…?と少年のほうを窺って、その気の入った制止にちょっと桜は恐ろしくなったが、さきほどの奇行を見てたのでなんとなくその言いよう自体はわからなくはなかった。 「えー?何よ桃のケチー!じゃー私がミニスカート履いていー?」 少女が冗談なのか本気なのかわからない口調で脈絡なく訊いた。 「いいわけない。そんなことしたら毎日がパンチラ祭りだ。チラどころかモロだ。パンモロ祭りだ。仮にもうちは飲食店なんだぞ。お前が仕事でミニスカートを履きたかったらそういうお店に行ってこい」 腕を組んですげなく少年が切って捨てる。 「あ、あの…」 会話の内容にちょっとついていけなくなった桜。というか私がここで働くとしたらミニスカートで働くことになるんだろうか。と無駄な心配をする。 「じゃーやっぱりサクラ入ろーよっ!――――あ」 ガタッ、と跳ねるように元気よく両腕を上げて体を伸ばした少女は体重を後ろに預けてしまい、前足の浮いた椅子に座ったまま後ろに傾いていく。 「へ?」 横目でその様子に気づいた桜。 彼女の視線から遠ざかるように少女はゆっくりと倒れてく。 え、あ、と桜が固まった。 あっ、と少年が気づいて顔をしかめた。 ドン!! 「………………………………………………ッッッ……!!!」 バウンドすることもなく床へと背中で全体重を余すところなく体当たりをした少女は。肺にダメージを負ったのでろくに喋れずに体を反転させて耐えるようにして床に這いつくばった。 「だ、…大丈夫!?」 すかさず桜は椅子から立ち上がり女の子のそばにしゃがみこむ。痙攣するみたいに震えながら痛そうに背を抑える小さな手に、加勢するように倣ってその背をさすった。 「…あー、大丈夫ですよ放っといても。すいません手をわずらわせて。いつもの事ですから気にしないでください」 少年も立ち上がっていて、少女が倒した椅子を立たせながら桜に苦笑混じりに言った。 「い…いつものことなんですか」 少女の背をさすりながら彼を見上げて聞き返していた。 「ええ、まあ。…注文品をぶちまける事もよくしますしね……酷いときはお客さんにぶちまけますし……。今の世の中メイド喫茶があるんだし……ドジっ子チャイナ娘飯店とかあればそこに行かせるけど………………マニアックすぎるか…」 ちょっと横を見て疲れたように暗く沈んだ目をする少年と、お、おお……!さ、さすがにこれはいたいネ………!と丸まってぷるぷる震える少女を交互に見て桜は。 「……………う、うーん」 なんか放っておけなくなったのでここのアルバイトをすることにした。 もちろんミニスカートは履かなかったのだけれど。 |