縁側お茶会。開設五周年おめでとう企画! 「た…ただいま〜…………」 がちゃ…とやたらと慎重に静かに白雉家長男、嘉祥は自宅のドアをゆっくりと開けた。 「おーう兄貴おかえり。遅かったじゃねえか、つか何コソコソ……またかよ」 ちょうど廊下にでていて出迎えたのは次男、嘉禄。 開きかけのドアから顔を覗かせている兄の様子を訝しげに見たら、そのわけをすぐに悟った。理解するとすぐに呆れた顔つきになる。 覗かしてる片頬には、殴り傷。いつもきっちり閉められている学ランは引っ張られたように乱暴に開けられている。 つまり、お決まりのケンカ帰りである。 「おーい、寛和ー!兄貴が帰ってきたぞー!」 「あ!?お、おい嘉禄っ!!」 顔を奥の部屋に向けて呼びかける弟に、嘉祥が慌てて呼び止めるがとうぜん遅い。大体呼ばれた妹は、呼ばれる前にすでに廊下に出てきていた。 大好きな兄を出迎えるためである。 「わーい!祥ちゃーん!おかえりなさーい!」 どたたたたたー!と狭い家の中を全力疾走してやってくる嘉祥大好きで純粋無垢なツインテールの五歳児が嘉禄の横に並んで長兄へと挨拶をした。 したのだが、ぴたり、と気まずそうに顔を伏せる兄の姿を見て止まった。 頬を見る。 怪我をしていた。痛そうに赤黒く腫れている。 開かれた学ランを見る。下のシャツはところどころ擦り付けられた様に汚れていた。 今までに何度も見てきた姿。すぐにわかった。 満面の笑顔が、次第に無表情になっていき、どうにもできない感情が胸からのど元に押し寄せられて、あふれ出る。 「う………………」 我慢できたのは、一瞬。下唇を噛んだだけ。それだけでもう、無理だった。 「うああああああ〜ん…!うああああああああああん!!」 のどをさらけ出し、上を向いて泣き出した。 ちなみに向かいでおろおろと立ち尽くす嘉祥も泣きはしていないものの、いますぐにでも泣きそうな表情をしていた。 「か…嘉禄……っ!」 おろおろとどうしたらいいかわからぬままに弟に助けを求めるが、反応はにべもない。 呆れた顔つきで手を伸ばして妹の頭をなでながら兄には言い捨てる。 「いっつも言ってんだろ…泣かせたくねえんならケンカやめろってよー。こいつは人一倍そういうの苦手なんだからよ。身内が関わってたらなおさらだっつの。…いーかげんわかれよなあ。ったく…おーい吉ーちょっと来ーい!」 「んー」 嘉禄は弟を呼び寄せる。何度も繰り返されてきた展開なので、音声のみで状況把握をしていた一番下の弟はすぐに出てきた。 「あー、ほら、寛和泣かないの。大兄だってさーしたくてやってるわけじゃないんだからさ」 「ひっく、……ひっ…!…でもぉ………」 と、近付きながら嘉吉がなぐさめて、頬を擦りながら泣きじゃくる妹の頭をなでる。 「ほら、こっちきな」 と言って手を引いて嘉元のいる部屋まで引っ張っていく。寛和も文句を言わずに片手で頬を擦りながらそれに従って廊下から姿を消した。 首だけひねってふたりを見送る嘉禄。 口を歪ませて目尻も眉尻も下げた情けなさでいっぱいにした顔つきで見送る嘉祥。 首をもどして嘉禄は兄の情けのない顔を見る。 ケンカの理由は知らないが、嘉祥の性格上自分から仕掛けることは稀である。おそらくいつものように向こうから身に憶えのない恨み言を並べられた挙句にケンカをふっかけられたのだろう。黒龍の名は存外にでかいのだ。 とはいえ嘉禄だってそんなことはやめてもらうに越したことはないと思っている。大体、口下手だからってろくに弁解もしないで、殴りかかってきた相手に律儀に拳で対応するこいつだって名前を大きくするのに拍車をかけているわけだし。 と、そう思っているので意地悪くぼそっと言ってやった。 「…こんなこと繰り返してて、そのうち『祥ちゃんなんかもう知らないっ!』つって見限られても知らねーぞ」 「………ッ…!!?」 つぶやきに嘉祥が大きく目を見開いてブラインドを下ろすみたいに怪我した顔をすばやく真っ青に塗りかえた。 「……………」 嘉禄は呆然として兄の様子を半目でとらえる。 ………寛和に一度叱ってもらえばすぐにケンカなんかしなくなるんじゃねーのこいつ? あまりの急激の変化に驚くどころか嘉禄は呆れていた。 おまけ? 黒龍がほんとうに黒龍だった場合の四人組。 「やめなさい!摂子!他のにしなさい!他のに!ほーかーのーに!」 「……で、でもちーちゃん…」 月澄高校からの下校途中での寄り道、四人の女子高生がファミレスの端っこの席を陣取っていた。 「…ちーちゃん、口調がお母さんっぽいよ?」 後頭部に大きなリボンをした女の子がおずおずと言う。 「いやあ気持ちはわかるなあ。じゃあ私がせっちんのお父さんということで」 「いろいろおかしいよそれ」 メガネをかけたポニーテールの女の子がうんうんと頷いてリボンの子につっこまれていた。 「は…白雉くんは悪いひとじゃないよっ」 肩までの短いおさげを耳の後ろに下げた黒髪の女の子が、目の前の綺麗に顔の整った女の子にやんわりと反論する。 「良い悪いじゃないでしょ!?不良よ!?本物の!まじりっけなしで高純度で日本産の社会的に烙印を押されたフリョーよ!?ていうかあいつマジで累計100人ぐらいヨユーで殴り倒してるよーなヤツなのよ!?多少顔がいいのは認めてもだからってあれはないでしょ!?」 「で、…うぅ……で、でもぉ…」 ちょっと抵抗しただけで怒涛のように押し寄せてきた友人におさげの子は早くも涙目になっていた。 「ないでしょ!?」 シャー!といった勢いでテーブルにばんっ!と両手をつきたて、息荒く強引に押し潰そうというように容貌の整った女の子は友人の好みを無理矢理に変更させようとする。 「あ、あぅう……!」 おさげの子はついに両腕で顔をかばってしまった。 「ま、まあまあちーちゃん、一度落ち着いてよ。せっちん泣かすのが目的じゃないでしょ?」 リボンの子がふーっ、ふーっ、と息を荒くしてるキレイな子の肩に手を置いてなだめる。 「そーそー落ち着きなって母さん。そういうのは本来父さんの役割なんだから」 「なんの話よ!?」 メガネの子もひらひらと手を振って茶化し場をおさめようとしてキレられた。しかし一向に気にしたふうはなし。そしてすぐにおさげの子の加勢に入った。 「真面目な話、追いかけるぐらいはいーじゃない。せっちんだってそれだけならケガすることもないって。ねえことこ?」 「そうだよー。大体白雉くんって授業はちゃんと受けてるし特にさぼったりもしてないし、根が良いか悪いかはともかくしっかりしてる人なのは確かなんじゃないかなあ」 反対する友人とは違い、味方してくれるふたりの言葉におさげの子は顔をかばっていた腕を解いて頬を赤くしてうつむいて、 「う………うん」 はにかみながら小さな声で同意した。 それら三人の動向をキレイな顔をした子が不満そうに腕を組んで睥睨をして、 「………あんたらさあ」 手をぱんっとひざに置き、メガネとリボンの子のふたりのほうを向いて重く言う。 「そーいうこと言うのはさあ、摂子がどうせ成功しないだろうって思ってるから言ってんのよね?」 「え、ええ!?」 がばっとおさげの子が顔をあげて傷ついたようにふたりのほうを見た。 「…え、ええと……まあ、あんまり」 リボンの子があさってのほうを見る。 「人聞き悪いなあ母さん。父さんは娘のことをちゃんと思ってるんだよ」 「それもういいから」 手首を返して言う、メガネの子の相変らずの言いようはすっぱりと切られた。 もし万が一にでもつきあうところまでこぎつけたとしたら、黒龍の彼女、などという名目を持つことになる。そうなればどういう目に遭うだろうか。 予想してないわけではないのだ。予想してなお彼女を応援するのは、その可能性がとっても低いと判断するからこそ、ふたりはその姿勢を変えないのだ。 キレイな顔をした子は言っている。それなら初めから諦めてしまえと。 しかしメガネの子は、ふー、と細く息を吐くとメガネの下を少々真面目な顔に切り替えて、目を伏せ気味にしながら言った。 「私はさー、せっちんが黒龍みたいなのを好きになったってとこに意味あると思うからさ。…応援したいんだよねー…」 おさげの子は、え、と意外そうにつぶやいた。 キレイな容貌の子が 「………ッ…」 その、友達だからこそ抱く思いと、同じものを持っているからこそ口を閉じてつまった。 「お父さんいま良いこと言った!」 リボンの子が目をキラキラさせて賞賛した。 「あ、ほんと?それならもっと褒めて褒めてっ」 ふたりはキャッキャッと互いの両手と両手を合わせてのほほんとした空間を作り出した。 その二人をちょっと冷めた目で見納めて、容貌のキレイな子が頬杖をつく。 おさげの子が戸惑ったようにふたりを見たら、頬杖つく友人に視線を移した。 「あ……あの、ちーちゃん……」 「認めないわよ」 おずおずと友達に話しかけると、唇を尖らせて不満そうな目つきを向けられてしまった。 「認めないし、応援もしないし手伝わない」 頬杖ついていた手をテーブルに下ろして、真剣な目をされて言われてしまい、 「う…うん………」 しゅん、とおさげの子は寂しくなって膝の上の手に視線を落とした。 「でも、なんか危なくなりそうだったら言って。言葉にしたくなかったらなんかサインとかでも残して。なんでもいいから。わかるようなの。…その時はがんばって助けるから」 小さく不満げなその声に、落とした視線をすぐに上げた。 また頬杖をついていて、顔も背けられていたけれど。 だけどその姿に嬉しくなって、瞳を緩めて、口元を緩めて微笑んでいた。 「……だいじょうぶだよ」 それはきっと、目の前のちーちゃんのために出た言葉だった。 そんなことにはならないよ、と。 ちーちゃんに危ない目に遭ってほしくなんかないよ、と。 そういう気持ちがのっかっていた。 でも 「あまい!恋は盲目ってのはほんとにそのとおりよ!まさにそのとおりじゃない!ちゃんと見えてんの!?今すぐ眼科行って診てもらったら!?視力下がってんじゃないの!?」 がばあ!と勢いよく振り向かれて怒られてしまった。 「だ……だいじょうぶだよ…」 同じ言葉で、おさげの子は今度は困ったように言っていた。 |