『妹と兄』 「おかえり禄ちゃんっ・・・!あ、あの、ごめんなさい!!」 嘉禄の怒りもなんとか治まり、グラウンド整備もなんとか終わらし。とりあえず問題は解決して、日もすっかり暮れてから帰宅した白雉兄弟を出迎えたのは、兄弟の中で一番小さい妹の寛和であった。 玄関を開けたらそこにいて、大好きな嘉祥には目もくれず両の手を胸の前でかたくにぎりしめ目をつぶって必死な顔をして、あいさつのすぐあとに嘉禄に謝ってきた。 きょとんとする嘉禄。 おかえりのあいさつを向けられなかったのがちょっと寂しいが、嘉祥は妹の邪魔をしないようにだまって靴を脱ぎ玄関にあがって寛和の横を通り過ぎる。 「あ、し、祥ちゃんもおかえりっ!」 「うん。ただいま」 あせったように長兄にあいさつをする妹を嬉しく思いながら返事をし、嘉禄に一瞬だけ目をやってカバンを置きに部屋に向かった。 嘉禄はきょとんとしたまま妹を見ていた。 誰より心配をしていたのは寛和だった。 幼さゆえか、妹ゆえか、性格ゆえか。昨日、いつも明るい嘉禄が暗く強く怒る姿を、ひどく恐れながらも嫌っていた。そしてふさぎこんでいた。 その姿を見ていると寛和がいつも明るいのは嘉禄の影響なのかと思えた。それはいいことだと思う。 「・・・ふたりしておんなじように落ち込まないでよ」 寛和と同じく、話しかけても反応もしてくれない嘉禄にふさぎこんでいた兄を見て一番下の弟が呆れ気味に言った。 ・・・寛和は自分の暗くなりがちのところの影響も受けているのだろうか。 さすがにそれをいいことだとは思わなかった。 「なんでお前があやまんだよ」 嘉禄は苦笑しながら靴を脱いで玄関先で緊張してる妹のもとに寄ってその頭に手を置く。 寛和が瞬間、目をつぶって身をすくませた。 そんなことは気にもせずガッシガッシと頭をなでる。 揺らされる頭につぶっていた目が開き、困惑気に揺れる瞳が兄を見る。 「昨日は悪かったな。べつにお前に怒ってたわけじゃねんだけどよ。許してくれ」 そこには申し訳なさそうに笑って、寛和の頭に手を置いたまま顔を覗きこむいつもの明るい兄の姿があった。 それを見た途端、 涙はこぼれなかった。 だけど 寛和の顔からは、昨日の夜から見られなかった笑顔がこぼれた。 そして嘉禄に歓喜のタックルをくらわしていた。 「おうっ」 不意のそれをくらった嘉禄だが、その小さな体をしっかりと支える。 「禄ちゃんがもとにもどったー!」 抱きついて、明るく喜びをその声に宿して感激する妹の言葉に嘉禄は複雑になった。 「俺そんなにひどかったか・・・?」 翌朝には『二代目・黒龍』と呼ばれることになる男には自覚がなかった。 ****** 『禄ちゃんといっしょ』 「ねーねー、禄ちゃん」 「なんだよ」 「えへへへー、なんでもないのー」 「・・・・あのなあ」 後ろ向きにこちらを見上げる妹のニヤける笑顔を見て嘉禄はため息をついた。さっきから何度目なんだ。 胡坐をかいてる嘉禄の足を椅子にして妹が腰掛けている。いつもだったら長兄の腕とかに身を寄せてるのに今日は違うようだった。 嘉禄がいつもどおりにもどって嬉しくて甘えたくて仕方ないといった様子だ。何度も用もないのに気を引くためだけでただ名前を呼んだりしていた。 いいかげん兄貴とポジション交代してもらいてえんだけどな・・・・。慣れないポジションは疲れる上にいきなり上手くはこなせないものだ。 兄のさっきから何度か見た寂しそうな微笑がなんかかわいそうだ。 名前を呼ばれても無視すればいいのだろうが、昨日のことがあるので無下に扱うこともできない。 嘉祥は台所で食器を拭いておりこちらに背を向けている。寛和はいつも作業中の長兄にはくっつかないようにしているが、逆に言えばそれ以外だといつもいっしょだ。 しかし今日に限っては帰ってからずっと嘉禄につきっぱなしだ。物乞いをする子どものようにどこへ行ってもついてくる。 兄貴はよくもまあ当たり前のようにこなしてるよな。 家事とはちがうところで嘉禄は兄に対して感心する。 どれだけ寛和が大事とはいえ、よくも四六時中べたべたしてられるものだと思う。 嘉禄には性質的に無理なことだった。 「・・・おい寛和。お前もう下りろよ。兄貴の足はあいてんぞ。いっつもそっちにいるんだからそうしろよ」 いい加減にこの役目から開放されたくて、洗い物を拭き途中の兄を示して妹を追いやるように背を押すが逆効果。 「いやー!今日は禄ちゃんといっしょにいるの!祥ちゃんはいーのー!!」 「!」 嘉祥の手から、布巾と一緒に拭き途中の皿が滑り落ちた。 「だ、大兄!」 「嘉祥!」 「兄さん!」 三方から小学生と中学生と社会人がヘッドスライディングをかます。 その三人の両手、計六つの手にその落下を見事、停止させられた。嘉吉は嘉祥の股下から腕を突き出させていた。 すこし離れた台所の床上に布巾がふわりと舞い落ちた。 四人分の安堵がため息となって家中にもれる。 不満そうにこちらを見上げた妹の顔も見ずに、皿の行方を驚愕して見た嘉禄を含めて四人。 白雉家では貧乏ゆえに、物は魂が宿りそうなぐらい大事にされる。こういう反応はみなお手のものだ。だいたい落とすのは一番家事に従事してる嘉祥だったりするのでみんなの反応も早いというものだ。 ほっとしてるところへ嘉禄はガシッ、ガシッと両手首をつかまれロックされもう腕を使えなくなってしまった。 「おい寛和・・・お前の大好きな兄貴になんてこと言うんだ」 手を固定されたまま、皿が割れそうになったので非難をこめてひざ上の妹を見る。 「う・・・・・そ、・・・そういうつもりじゃ・・・なかったもん」 寛和は大好きな長兄につい悪口めいたことを言ってしまったことですまなそうにうつむいて、だけれど嘉禄の腕をつかむ小さな手には力を入れる。逃がす気はないようだ。 それに寛和はウソはついてなかった。とにかく今日は嘉禄といっしょにいたいのだ。 その悪いことをしたようにうつむくつむじを見ながら嘉禄は、とりあえず洗い籠の前でガクガクと痙攣してる、 「か、嘉祥?今のは言葉のアヤ?とかいうのだと思いますが・・・?」 「アル兄ってフォローの仕方は日本人らしいよね・・・」 「兄さん!気にしちゃだめですよ!寛和は兄さんのこと大好きですよ!」 ・・・・兄のフォローをしようと思う。 スライディングで皿をすくった三人は立ち上がって一家の大黒柱を言葉でなんとか支えていた。揺れやすい大黒柱なのである。 嘉祥としては『いーのー!!』と強く言われたことがショックであるので、本人にフォローしてもらわないとあまり意味がない。 しかし5歳の幼女にそれは望めまい。 ということで嘉禄はごくごく簡単に誘導尋問をしてみる。 「寛和。お前はよく言ってるよな。結婚するんなら誰としたい?って訊きゃあ『祥ちゃんと禄ちゃんと元ちゃんと吉っちゃんとアルちゃんとみんなと!』ってよ」 「・・・・?うん」 怪訝そうに次兄の顔を見上げる。確かによく言っていた。寛和はアルも含めて家族みんなのことが好きなのだ。誰もが自分に優しくしてくれるから。 「でもよ。こうも言うよな。じゃあその中で選ぶとしたら?って訊きゃあ『祥ちゃん!』・・・ってよ」 YESをうながすように嘉禄は見上げる妹の顔を見る。 寛和は信じられないくらいにお兄ちゃんっ子なのだ。特に、いっつも一緒にいる嘉祥に対しては本当に。 「う、うん・・・・・」 見上げる顔をもどしてなぜか歯切れ悪く頷く寛和に、もっと大きい声で言ってやれ!と思いながら嘉祥のほう見ると、 「・・・・・・いい、か・・・・・・・俺は『いい』のか・・・あぁ・・・・・・寛和・・・・・・・」 台所にうずくまって体育座りをして呻いていた。 ・・・・・聞いちゃいねえ。 そして末弟の嘉吉がため息一つついて早々にギブアップし、アリジゴクに落ち込むような兄から離れていった。 賢明な判断だと嘉禄は思う。 「寛和、もちっと大きい声でもっかい」 「でも」 顔を妹のほうにもどし、言ってくれ、と続けようとしたところを遮られた。 甘えるような妹の顔が首を動かしてこちらを見ている。 寛和は嘉禄にかまってほしかった。どんな言葉でもいいから自分を肯定的に言ってくれる言葉がほしかった。 普段、兄である嘉祥に肯定的なことを言えば兄は喜んでくれる。寛和はそういう言葉を欲しがっていた。嘉禄にはそういうことを言っても好感触な反応がいまいち返ってこないから。 「寛和は、禄ちゃんとけっこんしてもいいよ」 それはただかまって欲しいだけの好意の言葉。寛和はもとより長兄の嘉祥が大好きだった。だから『家族のその中で誰?』と訊かれればいつだって迷うことなく嘉祥と答えてきた。 だけど今は、嘉禄にかまってほしい。 昨日から怒ってて怖かったけど、元にもどった嘉禄。そのいつもの姿は、寛和はとても大好きだと感じていたから。そしてあんな嘉禄はとても大嫌いだと感じていたから。 今の、大好きな嘉禄に自分の好意を言って、そしてその嘉禄にかまってほしいから。 いつもどおりの嘉禄はどうしてか、困ったような顔をしていた。 あぁ、やっぱり禄ちゃんだ・・・・・。 寛和は安心しながらもがっかりする、というその歳にしてはめずらしい複雑な気持ちを抱いた。 その妹の顔を、嘉禄はもちろん見ていた。 普段の彼なら『兄弟で結婚なんかできるわけねえだろ』だの『お前が結婚したいのは兄貴なんだろ』だの正論を言って、その言葉が自分に向けられたことをうやむやにしようとしていただろう。兄が落ち込むから。 だけど、昨日泣かせたことが頭をよぎる。 こんな時ぐらいつきあってやってもいいか、と思うのだ。 だからその言葉は嘉禄としてはめずらしいものだった。 「ま、兄貴が許してくれんならな」 苦笑して、腕を動かせないので妹のつむじに軽く顎をのっける。振り向いていた寛和は兄の顎の下で驚いたように目を大きくし、そしてすぐに元気いっぱいに笑顔を形作った。 「うんっ!」 大きく頷く寛和の向こう、台所からは嘉祥の姿が消えていた。 「嘉祥、家から出てっちゃいましたね・・・・・・」 「そうですね・・・・今日は追いかけないんですかアル」 「・・・・筋肉痛が」 「・・・・そうですか」 もう慰めても意味ないな、と悟った嘉元とアルが台所に取り残されていた。お皿はちゃんとテーブルの上に置かれていた。 聞いてなくてもいいことを聞いていた、逃げるように夜の散歩に勤しむ白雉家長男であった。 ****** 『乱闘事件のその頃一派は』 ゲームセンターにて たすく「あーいたよー雪彦はっけーん!」 灰峪「ぬぁあクソッ!負けたあ!」 格闘ゲームの筐体のボタンを手際よくガチャガチャしてバンッと台を叩く灰峪をたすくと泰樹が見つけた。 灰峪「あぁ!?なんだお前ら。つーかなんで橡がいんだよ。こーいうとこ来ねーじゃねえか」 泰樹「停学中だというのに・・・・やっぱりこんなとこにいるんだなお前は・・・・・!」 たすく「わーヤスキー、目がこわーい」 灰峪「うっせーな。四六時中、家でごろごろしてられっかよ。それよりなんの用だ」 泰樹「・・・・まあいいや。今頃、嘉祥が一人でグラウンド整備してるだろうから灰峪も来い。手伝いに行こう」 たすく「祥のお手伝いー。雪彦探すのってゲーセン探せばいいから楽だったよ」 灰峪「ああ!?なんで手伝うんだよ。俺はこうして停学んなってんだぞ!」 泰樹「ゲームセンターで遊ぶことを停学とは言わないんだけどな」 たすく「そうだよー。遊ぶなら家でゲームしてればいーじゃない」 灰峪「ゲーセンのゲームとはちげーんだよ」 泰樹「不良ってのはうるさいところが好きなのか?漢字で書けば『五月蝿い所』だよ。蝿のいる所が好きなのか」 灰峪「わざわざこんなところまでケンカ売りにきてんのか!」 泰樹「だから嘉祥の手伝いの誘いに来た。って言ったじゃんか」 たすく「ゲーセンより楽しいかもよ!こう、トンボを違う押し方したりして!」 灰峪「普通に押せよ!どんなふうにトンボ押したところで楽しいわけあるか!あーもう邪魔だてめえら!騒ぐんなら帰れ!ここはお喋りして楽しむとこじゃねえんだよ!」 たすく「わかったー!よーし、じゃー僕が勝ったら雪彦トンボ押しに学校行こうね!」 向かいの台に百円玉を投入して座り込むたすく。 泰樹「・・・なんでそうなんの?」 灰峪「は、勝てると思ってんのかよ。俺が今日何時からここにいると思ってんだ」 泰樹「やる気になっちゃってるよ・・・というか何時からいたんだおい」 たすく「ふふんっ!二次元ファイトなら雪彦をギッタギタにだってできるんだからねー!」 撃沈。 灰峪「けっ」 泰樹「・・二次元ファイトでも無理じゃん」 たすく「う・・・・うぅ・・・うわーん!ヤスキー!仇とってー!」 泰樹「仇って言ってもなあ」 灰峪「てめえにできるゲームがあんのかよ?得意なゲームでも言ってみろ。それで相手してやらあ」 泰樹「あ、じゃあ『電車でGO!』で」 灰峪「ショボいなおい!なにちょっと得意げな顔してやがんだ!なんであんなんで競わねーとなんねーんだ!ほかの言え!」 泰樹「なんだよわがままだな。じゃあUFOキャッチャー」 灰峪「勝敗つくヤツ言えよ!?」 たすく「はーい!どれだけお金無駄にしたかで勝負ー!」 灰峪「却下だ!なんだその後ろ向きな勝負!あーもういい!シューティングやんぞガンシューティング!ほら金投入!おらコントローラー持て橡!」 たすく「わー、おごりー?雪彦ポンポンの太っ腹ー!」 灰峪「あとで返せよ」 たすく「やっぱりガリガリー」 泰樹「シューティングか・・・」 泰樹「ああ!」 灰峪「あーあ、一般人撃っちまった」 たすく「ヤスキの人殺しー!」 泰樹「人聞き悪いな!しょうがないじゃん前通ってくんだもん!」 灰峪「お前撃たれた後でそのセリフ自分に向けて言ってみ」 泰樹「ううううるさい!気が散るやめろ!」 泰樹「・・・結局また格ゲーやんの?」 灰峪「いーだろ人殺し。いったい何人殺ったんだお前は」 泰樹「うるさいだまれ!」 たすく「格ゲーなら一般人でてこないから死なないしー安心してできるよヤスキ!」 泰樹「・・・ヤな励まし」 灰峪「あーあ、黒川にもボロ負けか。弱ぇなホント」 たすく「ヤスキーこれじゃいつまでたってもお手伝いに行けないよー」 泰樹「く・・・・!じゃあ俺の得意のゲームで!」 灰峪「お前だけ得意ゲームってのはずるいんじゃねえ。ならせめて黒川に勝ってみろよ」 泰樹「よーし手加減希望!」 たすく「却下ー!」 泰樹「なんで!?ああ!いきなりコンボはやめろ!逃げられないー!」 灰峪「んで、『電車でGO!』かよ。結局一度も勝てなかったくせに」 泰樹「うるさいな!もういい!とにかく、そしてこのコントローラーはいい・・・!」 灰峪「気持ち悪ぃなあ。あーどうしてレバーなんか握ってんだ俺は」 たすく「握るっていうか殴るほうだよね雪彦は」 灰峪「あぁ?何言ってんだお前?」 泰樹「肝臓(レバー)ってことだろ」 灰峪「うわくだんねえ。てうおあ!駅近えよここ!」 泰樹「お前みたいなのが脱線事故を起こすんだろうな」 灰峪「うおお!ムカつく!なんだお前!悟ったような言い方がすげームカつく!」 泰樹「運転士になんか絶対なるなよ」 灰峪「なるか!さっきっから横からゴチャゴチャゴ、あー!ブレーキー!!」 たすく「レースゲームじゃないんだよ雪彦ー」 灰峪「うっせえ!」 たすく「あーすっかり日が暮れちゃったなー。ねーヤスキー」 泰樹「おいおい遅いじゃんか!それでも不良か!?峠をせめたりしないのか!」 灰峪「く、・・!てめえみてーないい子ちゃんは速度制限守ってレースゲームしやがれ!つーかなんだ速ぇんだよ!ハンドル持つと危なくなるタイプか!!」 泰樹「持ったことないからわかんないな!普通運転免許の取得年齢は18歳以上だ!」 灰峪「じゃあ今すぐそれ離しやがれ17歳!」 泰樹「おもちゃのハンドルは無免許で握れるんだよ17歳!」 たすく「うーん・・・、今日はもうお手伝いは無理かなあ」 結局この日は遊びつくして帰った一派だった。 ****** 『その頃寛和は』 登園したときからしょんぼりしたまんまの寛和。お得意のままごともせずにしょん〜ぼり。 そんな寛和に担任の先生が心配して話しかける。 担任「寛和ちゃん?どうしたの?今日は元気ないね」 寛和「・・・・・・・うん・・・・」 担任「誰かに嫌なこととか言われた?」 寛和「・・・・ううん・・・・・・・」 担任「そう?じゃあー、誰かとケンカした?」 寛和「・・・・・・・・ううん・・・・」 担任「朝ごはん・・・・・少なかったとか?」 寛和「ううん・・・・・・ちがうの、せんせい・・・・」 担任「うん?」 寛和「禄ちゃんがね・・・・・・こわいの・・・・・」 担任「禄ちゃんって・・・・二番目のお兄ちゃん?」 寛和「うん・・・・・なんだか・・・すごくおこってるの・・・・」 担任「どうして怒ってるの?」 寛和「・・・・元ちゃんは・・・・・・・おなかへってるからじゃないかってゆってた・・・・・・」 担任「・・・それが本当なら・・・・『禄ちゃん』は動物みたいなお兄ちゃんなのね」 担任の先生はまあ、『禄ちゃん』が誰かとケンカでもしたのかな、と結論付けた。 そのあとでほかの先生が、同じく寛和を心配していて担任の先生に話しかける。 先生「寛和ちゃん大丈夫なの?」 担任「え?え、ええ。大丈夫だと思いますよ。『禄ちゃんが怖い』ってだけらしいし」 先生「ろくちゃん?」 担任「ええ。『禄ちゃん』」 先生「えーと・・・・・・えー?・・・昨日、心霊特集でもやってったっけ・・・・・・?」 担任「・・・・・『6チャン』じゃないですから。なんでひとつのチャンネルだけ怖がるんですか」 先生「う?うーん・・・・24時間テレビで変なものがずっと映ってたとか」 担任「それは・・・・・確かに怖い・・・・。・・ていうかそうじゃなくて『禄ちゃん』です。寛和ちゃんのお兄ちゃんですよ」 先生「えー・・・あー、あのいつも迎えにくる子?あらなにあの子。ホラーなお兄ちゃんだったの?確かになんか暗そうだけど。妹怖がらせちゃーダメよねえ」 担任「人違いです。『禄ちゃん』は二番目のお兄ちゃんです。そしていーかげんに心霊から離れませんか」 相変わらず寛和はしょん〜ぼりしていた。 ****** 『その頃嘉吉は』 給食タイム 嘉吉「・・・・・・・」 どこか静かな嘉吉。 南「吉っちゃん今日はなんか元気ないねー。給食なのに」 衽「給食は毎日あるんだけど」 南「む、わかってるよ。私が言いたいのは給食の時間なのにってこと!」 美雪「それに今日カレーだよ」 南「そうそうカレーだよ!私はそれを言いたかった!へへーんどうよ衽!」 衽「なにがどうなんだ。美雪、南のフォローに回るとマンガみたいにトラブル背負い込むよ」 南「あんたねー!どこのマンガよそれは!だいたいそれならいつも一緒の衽はどうなのさあ!」 美雪「・・・それ、言ったらかわいそうだよ南ちゃん・・」 衽「・・・俺が止めなきゃ誰がお前を止めるんだトラブルホール(トラブル+ブラックホール)め」 南「なんだそれ!なんかわかんないけどムカつくー!」 嘉吉「・・・俺はいい表現だと思うな」 南「いきなりしゃべったと思ったらなにさ吉っちゃん!そんな吉っちゃんは小屋のにわとりでも食べてればいーのよ!なんならいますぐ持ってきてあげようかこのお!今日の吉っちゃんの給食はスペシャルメニューでチキンカレーだ!」 衽「よせよせよせ席を立つな南!いまは給食の時間だぞどこに行くやめろって落ち着け!悪かったから!」 嘉吉「ごめんごめん!持ってきてもらっても困るからほら席座ってくれ!」 美雪「衽は悪口もろくに言えないねえ」 南「ひぇ?はんはおよひっちゃん・・・ん・・・・む・・・はははんひ?」 嘉吉「いや食べながらしゃべるなって」 衽「『で?なんなのよ吉っちゃん。また乾季?』だそうだ」 嘉吉「・・・・衽ってさあ」 美雪「いいパートナーだよね〜」 嘉吉「それはキレイに言いすぎじゃない?」 衽「・・・同感だな。まあそれはともかくどうしたんだよ」 嘉吉「いや、べつに・・・。ちょっと家族間の不和というか。まあ・・・ほっといてもいいのかもしんないんだけど、・・けどなあ」 南「はに『フワ』っへ」 美雪「不和?吉っちゃんちすごく仲良いのに?・・それ本当?」 南「にぇー!『フワ』っへはにぃー!?」 嘉吉「・・・不和っていうか中兄がなんかすごく怒ってて空気が悪くなってるんだけどさ」 南「おふみー!『フワ』っへはにぉー!?」 衽「教えてやるから飲み込め!汚い!」 美雪「ふ〜ん・・・。なんか大変だねえ」 嘉吉「俺はいいんだけどさ、寛和と大兄がすごく落ち込んでるんだよ。それがなあ」 南「でもなんで怒ってんの?」 嘉吉「さあ・・・それはわかんないんだけど。でもあんな怒り方する中兄めずらしいよ。かなり怒ってるもん」 衽「怒りの大きさはともかく、理由がわからないんじゃなんともな」 南「じゃあ気にすることないじゃん。どーせそのうちカラッと笑ってるって!そんなんじゃあ吉っちゃん、衽みたいになるぞー」 衽「・・・・・・・・」 嘉吉「・・・なんでこっち見んの衽。俺の反応を気にしないでよ」 美雪「でもさ、衽がふたりになれば南ちゃん止めるのも楽になるかもよ〜」 衽「・・・・・・・・」 嘉吉「ちょっと。なんで今度は期待するような眼差しで見るのさ!」 南「ええ〜!衽ふたりもいらな〜い!やっぱり吉っちゃんはそのままでー!」 衽「・・・・・・・・」 嘉吉「ああほらほら!そんな殴りかかりそうな視線で南をにらまないの衽!」 美雪「リラックスだよ衽ー。衽も南ちゃんがふたりいたらヤでしょ〜?」 衽「み、南がふたり!?・・・・恐ろしいことを・・・・・・!」 南「・・・オーバーリアクションなんじゃないの衽」 「おい嘉吉ー!おかわりじゃんけんするぞー!やんねーならそれでいいけどよー!」 生徒が何人か集まっている。その中の一人が嘉吉を呼んだ。 嘉吉「あ、やるよやるやる!やるに決まってんじゃんちょっと待って!」 そしてすでに食べ終わっていた嘉吉はそちらへアルミの受け皿を持って向かう。 美雪「吉っちゃんもなんだかんだ言って子どもなんだよね〜」 南「そうだねー、やっぱり冷めてるみたいな衽とは違うねっ!あんたもあーいうふうに騒いでみたらどうよ」 向こうで『ジャーンケーン!』と声を張り上げて力を込めて拳を振るってる、おかわりしたい一同。 衽「・・・・・・・嘉吉もやっぱり子どもなんだよな」 南「同じ子どもがさみしそうな顔して言うことそれ」 美雪「あはは。気にすることないよ〜。南ちゃんがいないとこじゃ衽もちゃんと子どもだって」 衽「・・・転校の予定とか、ないか南」 南「本気で言ってたら殴るよー」 嘉吉は見事おかわり権を勝ち取っていた。 ****** 『その頃嘉元は』 嘉元「・・・・・ふう」 ため息つく嘉元に怪訝そうな顔を向ける楓 嘉元「あ、いや。ちょっと家で大変なことがありまして。あんまり気にしないでください」 楓 : 眉をハの字にする。 嘉元「あ・・・えーと。ちょっと中兄さんが機嫌悪くてですね。・・・ちょっとどころじゃないんですけど」 楓 : 訝しむ。 嘉元「そのせいで大兄さんと寛和が落ち込んでまして。まあ僕が悩んでもどうしようもないことなんですが。・・・・気付かずにけっこうため息ついてたんですかね」 楓 : 頷く。 嘉元「・・・そうですか。・・・はあー・・・・・」 楓 : 少し顔を翳らす。 嘉元「あ、いやこのため息は内の暗いものを吐き出すためというか。意識的に出したものですから。・・・まあ、無意味に落ち込むこともないですね」 楓 : 拳を握って力強く頷く。 嘉元「そうですね。・・・ありがとうございます」 楓 : そのまま一瞬とまって、そして何か気付いたようにカバンに両手を入れる。 嘉元「楓?」 にゃー 楓 : その手には猫。 嘉元「楓・・・・どうしたんですかこの猫」 楓 : 嘉元に手渡そうとする。しかし嫌がって暴れるのでけっきょく持ったまま。 嘉元「励ましてくれるのには感謝しますけど・・・・まさかまた拾ったんですか?」 楓 : 猫を持ったまま頷く。 嘉元「楓・・・。拾うのはまあいいとしてですね。学校に連れ込むのは問題ですよ?」 先生「こらあ!朝倉またかお前ぇえ!学校はペット禁止って何度言えばわかんだ!ひとの言うこと聞きやしねえんだから!白雉からも言ってやれよ!」 猫が大声にビックリして楓の手から落ちて、足元にうずくまる。 嘉元「ほら」 楓 : しゅんとする。 先生「そんな顔してもダメだっつうの!おら今すぐ捨ててくるか学校以外のどっかに置いてこい!ここは保健所でも動物病院でもないの!ほっとけないからってポンポン持ち込むな!ていうかどっからそんなに見つけてくんだおめーはよ!」 怒鳴り声が続くので猫はどこかへ行ってしまった。 嘉元「あ」 楓 : あとを追う。 先生「おい待てこら朝倉あ!今日こそ言うこと聞きやがれ!てめえが黙ってたって黙認なんかしねーんだからな!待てってのおい!動物のことになると急にアグレッシブになりやがって大人を走らせんじゃねーよてめー!!」 ふたりがいなくなったあと、嘉元は控えめに笑った。 ****** 『ゲスト出演』 ルチル「あの・・・紫夜さん。こんな紙切れ拾ったんですが・・・・」 紫夜「紙切れだあ?そんなもん捨てろよ。ていうか拾うなよ」 ルチル「で、でも・・・・『ルチル・ヴェリア様 月見里紫夜様 ご両名へ』って。なんかすごく丁寧に書いてあるんですよっ。拾わないと申し訳ないっていうか・・・」 紫夜「・・・なんでその紙切れ俺ら宛てなんだよ。なんだおいまさかあのローブ野郎じゃねえだろうな」 ルチル「それが・・・・『ポコロ』さん・・・だそうで」 紫夜「なんだそのふざけた名前・・・・」 ルチル「かっこして『だるまさんの友達』ってあります」 紫夜「あぁ!?あいつの知り合いかよ!?ケッ!破れ破れ!どうせろくなやつじゃねえよ!」 ルチル「でも・・・大したこと書いてなかったですよ」 紫夜「もう見たのかよ!」 ルチル「はい。えーとですね・・・『白雉嘉禄がとてつもなくお怒りです。それに対して何かコメントを頂きたいのでお願いします』・・・としか書いてません」 紫夜「なんだそれ・・・・。白雉嘉禄ってあのサッカー小僧だろ。あいつが怒ってるからってなんだってんだよ。ていうかなんで怒ってんだよ」 ルチル「さあ・・・・どうしたんでしょうね嘉禄さん。・・・というかその情報だけでこの『ポコロ』さんは私たちにどんなコメントを求めてるんでしょうか」 紫夜「わけわかんねーな・・・。どうでもいーじゃねえか。おらゴミ箱に丸めて投げ入れろそれ」 ルチル「あれ・・・?なんかちっちゃい文字が・・・・書いてありますね」 紫夜「・・・ちっちゃいってとこがすげーヤな感じ」 ルチル「えーと・・・?・・『ちなみに、いろいろコメントしてくれるとだるまさんが喜びます』」 紫夜「なんで俺らがあいつを喜ばさなきゃなんねーんだよ」 ルチル「『これは、四周年企画でどんな目に遭うのかわからないのだから、機嫌をとっておくのも手ではないかという余計なお世話です。そこのところを解して頂けると幸いです』・・・・・・・・・・・だ、・・・そうで」 紫夜「なんでそんな事情知ってやがんだそいつ!!」 ルチル「管理人さんのお友達ですし・・・」 紫夜「じゃあそれを踏まえてコメントするとしてその情報量の少なさはなんだよ!小僧が怒ってるからってなに言えってんだ!?」 ルチル「たぶん・・・そういう紫夜さんの反応が管理人さんにウケがいいのでは」 紫夜「なんだそりゃあ!あいつのご機嫌取りなんかまっぴらだ!」 ルチル「でも、去年の企画で紫夜さん・・・・」 紫夜「うおおお!思い出したくねえええ!ムカつく!あの置物ほんと今でもムカつく!置物のくせになんであんな伸びんだよゴムゴムの実でも食ったかヤロウ!プールに投げ捨ててやろうか!」 ルチル「・・・寛和ちゃんいなかったら紫夜さんどうなってたかわからないですもんね。私もあんまり思い出したくないです・・・。とりあえず嘉禄さんが何か困ってるなら、解決するお手伝いをしたいとは思いますけど」 紫夜「拳銃乱発するやつがどんな手伝いするってんだ」 ルチル「あ、ちょ!なんですかその言い方!私べつにそれだけじゃないんですからね!」 紫夜「俺にはそれが強烈でそれだけに思えるんだけど」 ルチル「そ、そんなふうに思ってたんですか!?」 紫夜「だってあの企画ん時だってお前、銃出して撃とうとしてたじゃねえか」 ルチル「あ、あれはだって!紫夜さんだってあそこに手を入れてた気持ちわかるでしょう!?」 紫夜「嫌ってぐらいわかるけどよ。俺は命かける気はなかったぞ」 ルチル「だって殺されるかと思ったんですもん!」 紫夜「だからってすぐに相手を殺そうとするのは物騒だろーが!小僧も悩みがあったってお前には言わねーだろうよ!」 ルチル「そ、・・・そん・・・・・!・・・・そんな・・・・・・・、・・・・・。そこ、まで・・・、・・・・・そこまで、言わなくたって・・・・・・」 紫夜「ぐ・・・・・!?そ、そんな顔すんな!悪かった!悪かったからあーもう!」 ルチル「・・・・いいです別に。どうせ私は拳銃乱発する物騒で悩み相談もされないアブナイ女です」 紫夜「拗ねるな!そっぽを向くな!悪かったっつってんだろくそう!」 ルチル「・・・悪いと思ってるなら管理人さんが喜ぶようなことを」 紫夜「あー!?てめえそーいうこと言う!?あいつが喜ぶことってなんだよ!?俺がわめいてんの見て笑ってるよーなヤツだぞ!?」 ルチル「・・・じゃあ。今まさに笑ってるんですかね・・・・・?」 紫夜「それはそれでムカつくなあおい!」 ルチル「やっぱり、不幸大賞を取るような行いが喜ばれるんじゃないですか?」 紫夜「あいつの企画に付き合わされるのがなにより不幸だよ!!」 ルチル「・・・・・・それもそうでした」 ****** 『その頃嘉元は』別ver. 嘉元「・・・・・ふう」 ため息つく嘉元に怪訝そうな顔を向ける楓 嘉元「あ、いや。ちょっと家で大変なことがありまして。あんまり気にしないでください」 楓 : 眉をハの字にする。 嘉元「あ・・・えーと。ちょっと中兄さんが機嫌悪くてですね。・・・ちょっとどころじゃないんですけど」 楓 : 訝しむ。 嘉元「そのせいで大兄さんと寛和が落ち込んでまして。まあ僕が悩んでもどうしようもないことなんですが。・・・・気付かずにけっこうため息ついてたんですかね」 楓 : 頷く。 嘉元「・・・そうですか。・・・はあー・・・・・」 楓 : 少し顔を翳らす。 嘉元「あ、いやこのため息は内の暗いものを吐き出すためというか。意識的に出したものですから。・・・まあ、無意味に落ち込むこともないですね」 楓 : 拳を握って力強く頷く。 嘉元「そうですね。・・・ありがとうございます」 楓 : そのまま一瞬とまって、そして何か気付いたようにカバンに両手を入れる。 嘉元「楓?」 にゃー 楓 : その手には猫。 嘉元「楓・・・・どうしたんですかこの猫」 楓 : 嘉元に手渡そうとする。しかし嫌がって暴れるのでけっきょく持ったまま。 嘉元「励ましてくれるのには感謝しますけど・・・・まさかまた拾ったんですか?」 楓 : 猫を持ったまま頷く。 嘉元「楓・・・。拾うのはまあいいとしてですね。学校に連れ込むのは問題ですよ?」 先生「・・・おい朝倉。校内はペット禁止だ。何度言えばわかるんだ」 嘉元「ほら」 楓 : しゅんとする。 先生「あんまり持ってくるとだな。白雉に食われるぞ?」 嘉元「食べませんよ」 楓 : 驚愕して嘉元を見る。 嘉元「なに信じてるんですか楓!僕が今まであなたが拾った動物食べたことがありますか!」 楓 : 慌てて首を振る。 大声に驚いて猫が楓の手から落ちて足元にうずくまる。 先生「今日からは違うんだろ?」 楓 : 一時停止。 嘉元「なんでですか!だいたい猫なんてもともと食べないじゃないですか!」 先生「だってなんか元気ないじゃないか今日のお前。ついに食材費もつきたんじゃないのか?だから手当たり次第に」 嘉元「食 べ ま せ ん!」 楓 : 弁護するように頷く。 先生「そうは言うけどなあ。知ってるか朝倉?こいつん家って保健所から野良犬ゆずってもらってんだぞ。もちろんお前みたいに拾って慈悲を与えるためじゃない」 嘉元「真面目な顔してデタラメな話をしないでください!ほら楓も信じられないような顔してこっち見ない!」 楓 : 不安げ。 嘉元「食べてないですからね!うちに犬を食べるような食文化はありません!」 先生「そういえば最近、近くの小学校の小屋から鶏がいなくなったって聞いたな〜」 楓 : 不安げなまま、嘉元の顔を見る。 嘉元「人様のものを盗ったりしません!だいたいそれ本当ですか!」 先生「いや、ウソ。じゃ先生はもういなくなる。目的は達した」 嘉元「は?」 楓 : ハッとして気付く。 楓の足元にいた猫はすでにいなくなっていた。連続する大声に逃げ出したらしい。 楓 : 探しに立ち上がって行ってしまう。 嘉元「あ、楓っ・・・・。・・・・・・これが目的だったんですか」 先生「校内はペット禁止だ。できれば校外に逃げてもらえてればいいんだけど。それとさっきの話だがな。本心を言えば、本当に朝倉ん家の動物を食料用にもらえばお前らの関係は需要と供給が成り立ってちょうどよくなるんじゃないかと思っている」 嘉元「楓は畜産してるわけじゃありません・・・」 白雉家の人間が何か悩むとみんな「食べ物」関連だと思うんだな、と妙に納得した嘉元だった。 |