「紫夜さん。今日は学校という所には行かないんですか?」 不遇なターゲットとなった月見里紫夜、その守護者であるルチル・ヴェリア。 「今日は休日だ」 血なまぐさいゲームの参加者(片方は獲物役)である二人は 「はぁ、そうなんですか」 参加者でありながらすでに被害者ともいえる彼の自宅にて 「そうなんです」 暇をもてあましていた。 「あの、お出掛けしたかったらしても構いませんよ?」 紫夜の部屋にて、椅子に腰掛けてる紫夜に背後より床に正座しているルチルがおずおずと申し出る。 「そしたらお前ついてくんだろ」 顔だけ振り向いてつっけんどんに紫夜は返す。 「だって私、守護者ですから」 片手を握りむんっ、と意気込む。 ハァ、と紫夜はため息をついて顔を前に戻す。窓の外はなんとも良い天気である。本来なら外に出たくなるような陽気だが、先日の学校での一件もあるしあまり外出する気にもなれない。それにいつだか、こいつにアイス買ってやったことがあるが、あーいう行動とか発言されんのも困るしな。 紫夜は窓から青空を見上げてすこし憮然とした顔をした。彼はけっこうシャイなのである。 「あの、私のことが気になるんならわからないようについて行きますから」 「そのほうが気になるわ」 うしろからルチルは、紫夜にまだ気をつかって言う。彼女なりに彼の不遇には思うところがあるようだ。気のつかい方がいささか間違っているようだが。 そしてその気づかいを最後に部屋はしばらく沈黙に満たされる。 ただルチルは無言ながらも手を動かし、頭を動かし、何かを言おうとしては思いとどまりサイレントコメディのように慌ただしくしていた。 気の利いたことを言おうとして、考えあぐねている様子だ。 ちなみに紫夜は背後の事とはいえ、その気配が背中にバシバシ伝わってきて落ち着かないったらない。 「お前さぁ、テレビ見るなり本読むなりしてろよ。本棚かってにあさっていいからよ。家の中なら何か起きてもすぐに来れんだろ。四六時中、俺のそばにいることねぇじゃねーか」 気配にたまりかねて椅子ごと振り向いた紫夜はルチルを部屋から追い出そうとする。こいつは真面目なのはいいんだが、どうも間が抜けているところがある。 ゲームに巻き込まれて暇を余儀なくしている俺に気をつかってるんだろうが。自分の部屋なのに居心地悪くてしかたがないことに気付いてもらいたいものだ。 ルチルは手を顎にあてて考えこんでいるポーズでいて、言われて俯いていた顔を上げた。 「あ、いや、でもですねっ。なにかあったらやっぱりなるべく近くにいたほうが」 再び手を動かし慌てるように反論するルチル。 「落ち着かないから出てけと言ってるんだ」 「う、あぅ・・」 バッサリ切り落とす紫夜。機先をそらされ固まるルチル。 「俺に気つかわんでいいから。ほら出てけ」 犬を追いはらうようにシッシッと手を振る。 「いやでもその。紫夜さんお暇そうだからなにか、気の利いた話題でもと思いまして」 「あいにく俺にアフリカの知識はねぇぞ」 「わかってますよ!」 ムキになって返す。ルチルはなぜかアフリカ贔屓であった。 「おまえなぁ、うちに居候してるとはいえ俺はおまえに命を護ってもらってんだ。すこしぐらい傲慢にふるまってもかまわねーんだぞ」 紫夜は腕を組んで足も組む。ルチルが出て行く気はないと見て彼も話す体制になったようである。 「・・・紫夜さんは巻き込まれただけです。いくらなんでもそういう態度はできません。居候までさせてもらっていてはなおさらです」 ルチルは俯きひざの上で両手を握る。 こいつのこーいう所は嫌いじゃねぇんだけどなぁ。紫夜は頭をガシガシと掻いた。 「そういえば。紫夜さん願い事はどうするんですか?」 思いついたようにパッと顔を上げルチルは訊いてくる。 「どうするって。前に言ったじゃねぇか。『あの変人ローブをぼこぼこに殴った後」 「あ、いや、そうじゃなくて」 ゴォッと炎のオーラが燃え上がり、鬼らしき影が出だしたところでルチルはストップをかけた。 あれ、いったいなんなんだろう・・・。 恐怖をまじえ疑問に思いながらもルチルは質問を開始する。 「たとえば社長になりたいとか」 「俺は学生だ」 「じゃ、じゃあ大金持ちになりたい、とか」 「金には困ってねぇよ」 「え、えーと・・、なら男性らしく女性に囲まれて生活したいとか」 「社長とか金とか女とか、お前は俺がそんなベタな強欲オヤジみたいに見えんのか?」 紫夜は呆れながらもルチルに間断なく答えを返した。こいつの常識はどこでつくられてるんだ。 「・・・おかしいですね。人間の男の方は大体そういうものを望むのだと知人から聞いたのですが」 ルチルは考え込むように俯いて呟く。 「その知人の言を信じるのはやめろ」 こいつに『主人公は一人暮らし』だなんていうのを吹き込んだヤツだな。それを信じるこいつもこいつだが。 「じゃあ、なにか無いんですか?」 顔を上げさらに訊いてくる。 「そう言われてもな。現代日本人はたいてい恵まれてるんだよ」 紫夜は考えてみる。あの坊主とかサッカー小僧の家族んとこならポンポンと出てくるんだろうが。大体、俺はムリヤリこのゲームに巻き込まれたんだ。 ・・・思い出すと腹が立ってしかたない。見つけたらあのヤロウ即座にぶん殴ってやる。 「あの、ほんとになにも無いんですか?」 怒りが再燃したところで、ルチルが紫夜の顔をうかがうように尋ねた。 「ずいぶんしつこいな。あったほうがいいのかよ?」 重ねて訊いてくるので紫夜はすこし気にかかった。 「だって、そのほうが前向きにゲームに取り組めるじゃないですか」 「そりゃまあそうかもしんねーけど」 でもあのローブの変人を殴れりゃそれでいいしなぁ。 「それに、紫夜さんの願いごと叶えてあげたいですしっ」 ルチルは紫夜の顔を見上げながら健気に言った。 そのセリフを聞いた途端、紫夜は体を前にもどし頬杖をついてため息をつく。 「あれっ?!なんでそっち向くんですか?ため息つくんですか?!」 紫夜のその行動にルチルはあせった。 私、なんかため息つかすようなこと言った? 紫夜さんには感謝している。だから、なにかお返しでもしたい。そういう気持ちから言ったんだけど。・・なにかまずかったかなぁ。 紫夜は怒るかもしれないが、ルチルは紫夜がターゲットでよかったと思っていた。 怯えるだけの情けない人や、かよわい女の子。傲慢に自己を護衛することを指示するような人とか、そういう人なんかより。紫夜さんはよっぽど護り甲斐があった。 巻き込まれたにもかかわらず、彼は攻め気を持っていた。 こういう人を護れる役目は誇らしかった。同時に、こういう人がこのゲームに巻き込まれたことが胸に痛くもあった。 でも、だからこそ護りたい。護らなければならない、と強く思えた。 彼になにか願い事があれば、またそういう気持ちも強まると思うのだ。 「あの〜・・、紫夜さん?」 ルチルはあっちを向いたままの紫夜にそろそろと話しかけた。・・しつこく訊きすぎたのかな。 話しかけられたとうの紫夜はというと、じつは頬がすこし染まっていたのを隠すためにルチルに背を向けていた。 憮然としながらも照れていたのである。 どうしてこいつは、あーいうセリフを臆面なく言うんだ。このはずかしいヤツはなんなんだ。 紫夜は照れ隠しでおし黙っていたのだった。 「紫夜さ〜ん」 「そんなに願い事がほしいか」 「えっ、あ、いや、ないなら別にそんな」 二度目の呼びかけに、紫夜は即座に反応してきたのでルチルはちょっとあせった。 相変わらずむこうを向いたままだからどういう顔をしてるのか、ルチルにはわからない。 「俺の願い事は、お前が死なずに俺を護ること。これでいいだろ」 「え、・・いやそれおかしいですよ。紫夜さんを護りきれてたら私たちは勝ったって事じゃないですか」 「じゃあお前を生き返らすことで」 「わ、私は死ぬのが前提なんですか!?」 わめくルチルに振り向いた紫夜の視線は、冷めていた。 「なんですかその『メンドクセーなぁ』っていう目は!」 「いや・・だってな」 と再び前を向いて、紫夜は思う。 じつは紫夜もルチル同様、ルチルが守護者でよかったと思っていた。 これが『アンタの命は私が護ってんのよ!居候ぐらい当然でしょ!ホーッホッホ!』とかいうヤツだったら耐えられない。少々、抜けてるところは構わないとして。 こういうヤツに死なれたらそりゃもう気分が悪いだろう。 「あんな変人に叶えてもらいたい願い事なんかねーよ。とりあえず前みたいな日常がもどってくればそれでいい」 そう言ってから、体ごと振り向き紫夜はつづけた。 「あいつが人を生き返らすなんてことができるかどーかは知らねぇし。けど、お前に死なれちゃ俺は最悪な気分になる。そんなもん引きずってたら『前みたいな日常』に戻れねーだろ。だけどお前の役目は俺を護ること。だから願い事は『お前が死なずに俺を護ること』になるわけだ。そーいうことでわかったか!」 ビシぃっ!とルチルを指差し、早口でまくしたてた説明を紫夜はしめくくった。 「え?、えーとぉ、・・はぁ、なんとか・・・」 ルチルは困惑気味ながらも頷いた。 「わかったんならほらもう出てけ。会話しゅーりょー。店じまいです」 シッシッと手をはらい、椅子に座りなおし紫夜はむこうを向いた。 言われたルチルはぽけっ、としながら紫夜の言葉を反芻していた。 ―――――『お前に死なれちゃ俺は最悪な気分になる』『だけどお前の役目は俺を護ること』『だから願い事は「お前が死なずに俺を護ること」になるわけだ』 私の役目は護ることで。死なずに紫夜さんを護ること・・・?それが、紫夜さんの願い・・で。 お前に死なれちゃ俺は最悪な気分になる、って・・・。 あれ、なんか、すごく嬉しいこと言われてない私。 回転が遅れてるようなルチルの思考は、言われたことをやっと実感してきていた。 心の深奥からあったかくて強い気持ちがせりあがってくる。 使命感とは違う、とても人間的な感情。ふわふわしながらもどんどん溢れてくる、とんでもないほどの強大な気持ち。その感情に身を任せれば『護りたい』でも『護らなければ』でもなく。 『護れる』と断言できる気がした。 ルチルは喜んでいた。心底思っていた。あのローブの人に感謝をしてもいいかもしれない。紫夜さんに怒られたっていいかもしれない。 この人が、ターゲットでよかった。 今なら私、誰にだって負けはしない。 「紫夜さんっ!」 バッと立ち上がり紫夜のもとへ一直線。 「ぅおっ!?な、なんだよ!?」 突然の接近と掛け声に紫夜、おどろく。 「紫夜さん外行きましょう。外!こんなに天気良いんですから!暇なんですよね!」 満面の笑顔で畳み掛けるようなルチルに紫夜は怪訝となる。 「暇はしてるけどよ。外に出ると危険なんだろ」 「大丈夫です!今の私は無敵です!魔族が出たってバンバン撃っちゃいますよ!」 「どうしたおまえ。なにそのテンション。街中でバンバン撃たれるのは勘弁ねがいたいぞ」 紫夜はこんなルチルは初めてで気圧された。 「いーですからっ。ね?ほら行きましょう!」 と紫夜の腕をつかんでルチルは引っ張る。 「あぁわかったわかった!わかったから腕をつかむな引っ張るな!」 ルチルの手を振りほどいて紫夜は椅子から立ち上がった。なんなんだいったい。 しかし戸惑いながらも紫夜は従った。まぁ、確かにこうやって家の中にいるより外にでたほうが気分は良いしな。こいつがここまで言うなら何かあってもなんとかなるだろう。 そしてふたりして部屋を出る。紫夜はいつもと変わらぬ足取りで、ルチルはうきうきといった足取りで。 「あれ、どこか行くのかい?」 玄関に向かう途中で兄の進に話しかけられた。 「あぁ、ちょっと散歩でもしてくる」 「いってきますお兄さん!」 いつもと変わらぬ紫夜。いつもより元気なルチル。そんなふたりに進は常であるほやっ、とした笑顔を返す。 「そっか。いってらっしゃい」 並んで靴を履き、さきにルチルが戸に手をかけ引き開ける。 ふたりは真っ青な快晴とのんびりした陽気に迎えられて外へ出た。 fin |