■結波さんよりいただきもの



本当に、偶然だった。
本屋に行くと言ったら当然の如くついてきたルチルと共に街中を歩いているときのこと。
他愛のないもない話をしていると、ふと、ルチルが足を止めた。何事かと思って視線を下げると、目の前には小さな少女。
あのサッカー少年のいる家族の一番下の少年と同じくらいだろう。少女はおろおろと俺とルチルを交互に見つめている。
「ルチルの知り合いか?」
「い、いえ・・・」
「はぁ・・・オイちびっ子、俺等に何か用か?」
困惑気味なルチルに軽く溜息をつき少女に尋ねると、少女はおずおずと答えた。
「あ、ぇえっと、た、大変そうですね・・・!」
・・・・・意味がわからなかった。
今は片手に本を持っているが、そんなに重い荷物じゃないから別に疲れていない。ルチルもほぼ手ぶらに近いので見た目ではまったく大変そうではない。
・・・・けど、確かに俺は今普通の生活に浸ってるわけではないし、他と比べたら『大変』なのだろう。もちろん、俺の隣で呆然としてるこのルチルもそうだ。俺なんかよりもずっと非現実に身を投じているわけだし。
だが、そんなことが顔を見ただけでわかるはずがない。
「あー・・・・何のことを言ってるんだ?」
「えっ!?あ、えっとその・・・・へ、変な意味ではなくてですねっ、命を狙われてるなんて大変そうだなーと思ったわけでして・・・!」
「・・・・・なんでそのことを知っているんです?」
「やめろ!いきなり乗車モードになるなっ!」
「え?は、はい・・・?」
わたわたと慌てる少女と纏う空気が変わったルチル。目つきがいつものそれとまるで変わっているのが横からでもわかる。
この街中で騒ぎを起こしかねない問題児と少女を引っ張って近くの公園へと入った。


「あ、あの・・・改めまして、ララバイと申します。ララとお呼び下さいです」
ぺこり、と頭を下げると少女の栗色の長い髪が小さく揺れる。腰まである長い髪はした毛先に近い方で軽く結われていた。その髪を束ねている布には見覚えがあった。どこで見たかは思い出せないが。
頭を上げた少女は今度は俺等におどおどと名前を尋ねてきた。今までの敵意むき出しの奴らとは雰囲気があまりにも違いすぎている。ルチルもそれを察したのか、警戒態勢を緩めた。
「俺は月見里紫夜。こいつは・・・」
「ルチル・ヴェリアです」
「紫夜くんとルチルちゃんですね!覚えました!よろしくお願いしますです」
変な敬語を使ってはいるが、にこにこと笑うその姿はまさに小学生。
だが、さっきの発言はあきらかに関係者でないとできない発言。
どのように関わっているのかはわからないが、油断は禁物。つい最近のうちで不意打ちを何度食らったことか。
「貴方は・・・このゲームの関係者ですか?」
「そうでなければよかったんですけどねぇ・・・・・」
「!!」
「ぁ、ああ安心してくださいです!私は決して紫夜くんを殺したりしませんから!」
ララの発言に目を見開き、再び拳銃を構えようとするルチルを見て、ララは慌てて手をバタバタ動かしている。
慌てていることを示しているのだろうが、敬語と行動がミスマッチ過ぎて笑えてくる。こらえきれず小さく笑うと、隣にいたルチルに変な眼で見られた。
「えーっとですね・・・ルチルちゃんの想像通り、私は地勢側の使い魔です。お二人がご存じのプラムとは多少違いはあるですけどね」
「では何故、紫夜さんを殺さないと断言できるのですか?彼は貴方達がお探しの・・・”ターゲット”ですよ?」
「確かに私はマスターから、『ターゲットを見つけたら殺せ』と言われました。もし、貴方以外の人がターゲットだったならば・・・・・迷わずそうしてたです」
そう言ったときの微笑みは、小学生くらいの少女がするものとは思えないほど儚げだった。儚げというよりかは、悲しそうな笑み。何がそうさせているのかは、出会ったばかりの俺には想像つかない。
「なんで俺だと殺せないんだ?」
「それはっ、その、えっと・・・・私の好きな人の大切な人が紫夜くんだからなのです」
「三角関係・・・?」
「んな訳あるかっ!!」
「あははっ!そんな訳で、私も好きな人の悲しむ顔を見たくないので殺しません」
「そっか・・・」
彼女の話には信憑性があった。話が、というか彼女の眼が。
雨上がりの空のような澄んだ碧の瞳は、濁ることなくまっすぐに真実を訴えかけていた。
信頼するに値する、そうルチルも感じたのだろう。ルチルが警戒を解き、彼女が纏う雰囲気もいつものおだやかなものに変わる。


「まぁ、貴方は別ですけどね?」


警戒を解いたその直後、ララはルチルの頭に手を翳した。さっきとは違う、貼り付けたような笑顔で。至近距離。避ける場所もなければそんな隙もない。
ここでララがプラムのような術を使えば確実にルチルは軽傷じゃ済まない。
「っ!」
「動かないで下さい。お願いを2つ聞いて下されば何もしないです」
「その保障は?」
「聞いてくださるのであれば両手をガムテープで拘束したっていいですよ?」
「マゾですか!?」
「どこでそんな言葉覚えた!?つか俺はそこまで鬼畜じゃない!」
「は、はぁ・・・。うーん・・・どうしたら信用してくれるですか?」
「とりあえず、その手を組んで頭の上に乗せてから、どんなお願いだか言ってみろ」
そう言うと、ララは素直に手を組んで頭に乗せる。その内にルチルはララから離れ俺の前に立つ。そういやコイツに俺は守られてるんだった。最近はあまりに普通に暮らせていたから忘れていた。
女に守られるってのもどうかと思うが、凡人の俺が前に出るよりかルチルが前にいた方が二つの命が守られる可能性が高い気がする。ルチルがララに向けて拳銃を構えると、ララは困ったように笑った。
「ルチル、まだ撃つなよ」
「でも、」
「あいつはお前の命を見逃してくれたのに用件すら聞かないってのはおかしいだろ?」
「そうですけど・・・・」
ララはさっきすんなりと手を頭に乗せた。そうすればルチルが逃げることだってわかっていたはずだ。それでもその行動を取ったのは本当に信じてほしいからなのだろう。なのにそれを無視するのはフェアじゃない。
話を聞くということを示すと、ララは先ほどのような貼り付けた笑顔ではなく花のような朗らかな笑顔になった。例えるならそう、あの大家族の末っ子のような。
「一つめのお願いはですね・・・・紫夜くんのお家で遊びたいのです!」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「和菓子作ったりとかしてみたいです!ルチルちゃんと紫夜くんと三人で♪」
「な、え・・・・そんなんでいいのか?」
「作れないですか!?」
「いや、簡単なのなら作れるけど・・・」
「じゃぁ、お願いです!・・・ダメですか・・・?」
神に祈るように手を組み合わせて子供独特の大きな目で上目づかいでお願いされる。
ちらり、とルチルを見る。・・・あいつもおろおろしていた。母性本能なんだろうか。乗車モードじゃないときのルチルは子供に弱い気がする。
「はぁ・・・んじゃ、さっさと行くか」
「!いいんですか!?いいんですよねっ!ありがとうございますですっ」
「変なことしたら撃ちますからね?」
「はいっ」
母親が子を諭すような笑顔で言ったルチルの言葉に素直に頷くララ。だが言ってる内容が一般とあまりにも違いすぎて一瞬こけそうになる。現実離れした日常に身をおいているのだから、それくらい普通なのかもしれない。
そう自分に言い聞かせて我が家へと向かった。


「はにゃー・・・・・・・・・純和風なお家なんですねー・・・」
「?早く入れよ、和菓子作るんだろ?ルチルも」
「あ、はい」
「楽しみなのですっ」
そんなこんなで玄関をくぐる。最近うちに来る女の人数が増えた気がしないでもない。
今日は兄さん達が帰ってくるのは何時頃だっただろうか。それまでにできれば厄介事を済ませてしまいたい。
「じゃ、早速・・・・・ってララはどこ行った?」
「二階に上がって行きましたけど・・・・」
どどどどどたどたどた
二階から走り回る音が聞こえる。ああそうだ、忘れていた。あいつはいくら敬語を使ってても小学生くらいの歳なんだった・・・!
「・・・・・ったく・・・・!」
急いで二階に上る。早くしないと部屋すべてが荒らされる気がしてならない。
二階に上がるともう兄さんの部屋以外の引き戸が開けられていた。俺の部屋からララが出てきたところをひょいっと持ち上げる。足を走っているかのようにじたばたさせていたが、しばらくしてやっと状況が読めたのか大人しくなった。
「で?お前何やってんだ?」
「す、すみません・・・!和風な家が初めてなもので珍しくてつい・・・・」
「まぁ、荒らしてねぇみたいだからいいけどさ・・・・」
そう言って床に下ろすと、ララは何度もぺこぺこと謝った。
別に怒っているわけじゃない。呆れているだけで。
歳の離れた妹なんかがいるとこんな感じなのだろうか。想像してみようとして、どっと疲れた。
「ほら、早く行くぞ」
「あっ、あの紫夜くん、あの部屋はどなたの部屋なのですか?」
「ん?あぁ、俺の兄の部屋」
「あそこが・・・・お兄さんの・・・・」
ララが指さした先には唯一開けられていない扉。進兄さんの部屋だ。その部屋をぼーっと見つめているララ。目の前で手を上下に動かしてみても反応しない。
「・・・・あーあ、今日は苺大福作るつもりだったんだけどなー」
「苺大福ですかっ!?」
「あぁ、今は苺が旬だしな」
「作りますっ!早く行きますですよ紫夜くんっ」
「っておい引っ張るな!」
女は大体が苺が好きというのは本当だったようだ。見事に苺に反応し、俺の服の袖を引っ張って台所へ向かっていく。
ララは小走りでもコンパスの違いで俺はゆっくりと歩く。てけてけと走る後姿を見ていると、家族のような優しい感覚にとらわれていた。


「おーもちもちもち♪あーんこーはこーろこーろ♪いーちーごーはーちっちきちぃー!」
((ち、ちっちきちぃ・・・・?))
只今苺大福制作中。材料は買わなくても家にあった物で作れたあたり流石和菓子屋。
西洋菓子の作り方はさっぱりだが、和菓子の作り方ならお手の物だ。
ルチルは大福というものを初めて知ったらしく、失敗しないようにかなり慎重に作っている。訂正、作らせている。好き勝手に作らせると大惨事が起こりそうな気がしてならないからな。
一方ララはハイテンションではあるが、なんとか形になっている。
「そういえば、ララちゃんの好きな人ってどんな方なんですか?」
いきなりのルチルの質問にハイテンションだったララの動きが止まる。
ついでに顔も耳まで赤くなっていて、ルチルはそれをくすくすと笑っている。これはいわゆる恋バナってやつか・・・・?なんかすごく居辛い感じがするのは俺だけなんだろうか。
女二人に男一人。それでも平然としてられるのは中華料理屋のポニーテールだけで十分だ。・・・・いや、あれは例外か?
そんな思考を張り巡らせている俺をよそに、女たちの話は進んでいく。
「え、えっとですね、公園で会った男性なのです。大人の男性でとても優しいですっ」
「大人・・・・大体10歳差くらいでしょうか・・・。大丈夫、いけます!」
「何がだッ!」
「頑張ってくださいねっ」
「えへへ、ありがとうございますです」
「つか、地勢側の奴応援していいのかお前・・・・」
ルチルにつっこむと、はっとした表情でこちらを見る。
その瞳は「しまったどうしましょう!?」と訴えかけているが、あえて無視した。
ララの方は、少しまだ顔が赤いが、とても優しく微笑んでいる。
「初めて此処に来たとき、おつかいで来たのにお財布をなくしてしまって途方にくれていたです。お二人と会ったあの公園あたりでみっともなく泣いてました。そしたら、ある男性が声をかけてくれたんです」
「不審者か?」
「紫夜さん!!」
「ち、違うですよ?泣いてた私の頭をなでてご自分のハンカチで涙を拭いてくれたです。そしてお腹の空いていた私にお饅頭を下さったのです」
「紳士的な方なのですね・・・!」
「なんで饅頭なんだ?」
「きっと紫夜さん並みに和菓子が好きなんですよ」
ハンカチで涙を拭く・・・確かにそこまでは紳士的だ。犬のお巡りさん並みに良い人だ。だが・・・なんで饅頭?持ち歩いてるのか?
そこまでつっこんでおいてなんだが、俺の鞄からも和菓子が出てきそうで怖い。
「あはは、そうかもしれないです♪その後毎日あの公園で会ってましたけど、いつも違う和菓子を持っていましたから」
「珍しいやつもいるもんだな」
「では紫夜さんも珍しい人ってことですね」
「・・・・余計なお世話だ」
「くすくす。あ、これで苺大福完成ですねっ」
「だな。そこの皿に盛ってくれ」
「はい。じゃぁ居間で食べましょう」
用意した材料がつき、十数個の苺大福が完成する。とても売り物にはできそうにないが、そこそこ美味しそうには見える。
二人とも最初は無言でひたすら頬張っていたが、しばらくして会話も増えるようになる。ルチルとも最初は食卓で談笑なんてできなかったが、今はそこそこできるようになった。
「・・・て感じで巻き込まれたんだ」
「ゲームに”巻き込まれる”っていうのはやっぱり災難ですね」
「コイツは風呂場普通に覗いたしな。つか大公開?」
「きゃぁぁぁあ!?忘れてたのにぃーーっ!!」
「ヒロインが覗いちゃったですかー」
「ララちゃんも何言ってるんですかッ!?」
ゲームに巻き込まれた初日を思い出す。
波乱万丈過ぎてあのときは本当に夢か現実かすらよくわかってなかった。
ましてや、こうやって話のネタにできるとも思っていなかった。
こうしてまた非現実に浸っていく。それが不思議と嫌ではない気もした。
ルチルとララの表情は本当に楽しそうで、姉妹にも見える。
このおだやかな時間がもっと続けばいいいと、いつの間にか思うようになっていた。
「やっぱりターゲットさんは大変なんですねっ」
「守る方も大変ですよ!」
「お前のお守をする俺も十分大変だ!」
「お守とは何ですか!大体紫夜さんは巻き込まれたにしても自覚と覚悟が足らないんです!」
「んな自覚持ちたかねぇよ!!つかあんな覚悟簡単に持てるか!」
「いえいえ、覚悟は大切ですよっ紫夜くん」
「ララもそっちの味方かよ・・・・っと、そろそろ兄さん達が帰ってくるな。夕飯食べてくか?」
外を見るともうすっかり暗くなっていた。そろそろ母さんや兄さんが帰ってくる。
食事の準備はさっきしたし、ララのことを考えて少し多めに作ったのだが、返ってきた答えは予想とは違った。
「そんな、いいです。そろそろ私も時間ないですから。・・・あの、もう一つのお願い、聞いてもらえますか?」
「ああ、そういやそんな話だったな。なんだ?」





「私を、殺してほしいのです」






「・・・・・・・・・はぁ!?」
「ななな何言ってるんですか!?」
「やだなぁルチルちゃん、最初は殺すつもりだったでしょう?」
「ッ!!」
困ったような笑顔でそう言われてルチルは目を見開く。
確かに、最初はそうするつもりだった。たかが使い魔でも敵なことには違いない。
けれど、一緒に過ごすにつれてそんな気は失せていた。
一緒にいた時間は短くても、本当に妹のような存在になっていて、楽しかった。
なのに、いきなり告げられたその言葉。
使い魔自ら殺してくれと頼むなんて、誰が想像しただろうか。

「・・・一旦ここを出ましょう。紫夜くんのお兄様とお母様に会ってしまうのは都合が悪いです・・・」
「・・・・・わかった」
さきほどの雰囲気とは一転して俺の嫌いな雰囲気が俺等を包む。玄関先から空を見上げると、黒い雲がここ一帯の空に集まっていた。雨でも降るのだろうか。
その重々しい雲は、今の俺等に似ているような気がした。


しばらく歩いてたどり着いたのは三人が名前を交わした公園。
ここがララとララの想い人が会った場所でもあるし、俺が小さい頃よく来た場所でもある。そんな場所で、命がどうたらという会話はあまりしたくなかったが、望みが叶うことはないらしい。
「できればここで殺っていただけると嬉しいんですが・・・ダメですか?」
「駄目に決まってんだろ!?」
「そ、そうですよ!」
「私は貴方の敵である、地勢側の使い魔ですよ?」
「それでも・・・、だって貴方は紫夜さんを殺そうとしないし、それに・・・っ」
願いに命を賭ける覚悟を持ってるルチルはいつも敵には残酷だった。
それはこのゲームでは当たり前なんだろう。
でも、今は彼女は拳銃を握っていない。ララと過ごした短い時間を思い出しているのだろうか。
ルチルにとってもララはただの敵という存在ではなくなっているのだろう。
「貴方がたを選んだのにはちゃんと理由があるです。死を選ぶ理由もまた」
「じゃぁ聞かせろ。なんで死ぬ必要があるんだ?」
「・・・・私、マスターに絶対服従じゃないのです。使い魔であっても式神じゃないですから」
「どういう意味です?」
「私、天勢側と地勢側のハーフなのです。 なのでルチルちゃんはすぐに私が敵と気付けなかったのですよ。そして、・・・そういう血筋は珍しくて、地位も低い。よって核があっても使い魔としてでしか生きられないです」
「・・・・!」
優しく微笑み説明しているが、その笑顔は何か寂しい。
魔族の住む場所がどんな場所でどんな規則があるのかなんて一般人の俺にはわからない。
でも、ハーフというのは普通の扱いをされないのだろう。それは人間の中でもあることだからなんとなくわかる。
・・・もしハーフだとしても、天勢側にいたとしたら何か変わっただろうか。
「でもですね、私、マスターよりも大切な人を見つけてしまいました。自分の命よりもだいすきな人です! ・・・だからもう命令を守れない。マスターのもとには帰れないのです」
「だったら俺の家に置いてやる!一人も二人も同じようなもんだからな」
言って手を差し伸べた。取ってほしいと切に願った。
けれど、ララは首を横に振った。
「ダメです。いくら腐っても私は地勢側の者なのですから。ここで平穏に暮らすなんてできません・・・。それなら、使い魔・・・いえ、”魔族”としてのけじめと、大好きなあの人と関われる来世を願って、私は死にたい」
「そんな・・・っ」
「なら!なんで俺等に頼むんだよ!」
「紫夜くんはとても運がいいですから。貴方の運を分けてもらえそうな気がして」
「ハッ。俺は不幸大賞とか言われてるけど?」
「そんなことないです。だって貴方はルチルちゃんと出会えた。あの人とも繋がった運命にいる・・・・。私からしてみれば、とってもうらやましい」
そう微笑む姿はとても痛々しくて目を逸らした。
ぽつりぽつりと、雨が周りの音をかき消し俺等だけの世界を創る。
耳を、目を、思考を、時を、全て覆って止めてしまいたかった。
「目を・・・・・」
「え・・・?」
「目を、逸らさないでくださいです」
優しく語りかけるような声。
心配そうに俺を見るルチルの視線。
ゆっくりと、ララを見据える。いつの間にかララの髪は解かれていた。
「私は、願いに命を賭ける覚悟を持ってるです。ルチルちゃん、貴女ならわかるでしょう?」
ルチルは眉を悲しそうに八の字の曲げて小さく頷く。
彼女もまた、願いのために俺を守護する者。
俺はまだ・・・・願いがなければそれにかける覚悟もない。
俺の考えに気づいたのか、ララは俺を見てまた微笑んだ。子供らしくない笑みだ。
「願いに命をかける覚悟がまだないのなら・・・生きぬく覚悟をお持ち下さい。
これから命を落とす者が言えたことじゃないですけどねっ!でも、紫夜くんには持っていてほしいです」
生きぬく覚悟。
簡単なことだと思うだろう。だって生き物は皆生きるために動いている。
でも、簡単なようで、人間にとってはとても難しいことだ。
辛いことから逃げるために死ぬ人はこの世に多くなった。
俺のような運命に置かれた人がもし心が弱いやつなら、真っ先に死を選ぶだろう。
でも、ララの場合は逃げるのとは違う。自らの”願い”のために死を望んでいる。
尊厳死とはまた違った、願いを込めた死。
「もう時間がない・・・お願い、ルチルちゃん・・・・」
「───っ」
切なく、懇願するようにその大きな瞳でこちらを見つめるララ。
その手は祈るように胸元で組まれている。
ルチルが、ゆっくりと拳銃をララへと向ける・・・・───


『長居をしすぎたようだな、ララバイ』

パァンッ────


「───!!ッララ!!」
左胸から鮮血を噴き出して前のめりに倒れるララ。
撃ったのはルチルじゃない。ララの背後に突如現れた男だ。
ララは何故か蔓使いのようにすぐには消えず、ララの元へ走りこんだ俺の腕の中に小さな体温を感じる。
まだ、生きてる。
『一発では消えなかったか・・・・。マスターの命により消えてもら・・・──』
「消えるのは貴方です」
ルチルのよりも大きい銃をララに向ける男。
だが、それよりはるかに上回った速さでルチルが男の背後に回り込む。
そして、至近距離でその力を揮った───


「ララちゃんっ!大丈夫ですか!?」
「あは・・・、ふつ、なら・・・・私もあの男と、同じ扱いでいい、のに・・・・・」
「するつもりでしたよ・・・!でも!何故かできない・・・・っ」
ルチルがララのの小さな手を両手で包みこむ。その手にはもう拳銃は握られていない。
徐々に冷たくなる手、身体。
涙ぐむルチルに対し、ララは霞む瞳を細めて優しく微笑んでいる。
「し、や・・・・・くん・・・・ルチルちゃ・・・・」
「っ、どうした?」
視線を感じ、腕の中の小さな存在を見つめ返す。
ルチルに握られている手と反対の手を俺の頬に伸ばす。
雨よりも冷たい、けれど優しい手がそっと触れた。
「そろそろ、ばいばい・・・・です・・」
「何言ってるんですか!!好きな人にも会うんでしょう!?」
「ルチルの言った通りだ!・・・それに、また和菓子一緒に作るだろ・・・?」
頬に触れる手に手を重ねる。人間と変わらない形なのに、彼女は使い魔。
人間と同じなのに、ララは普通の人間の子供よりも重い運命を受け入れていた。
死を目の前にして、微笑んでいるこの少女は。
人間と恋ができないこと
命令を無視すれば抹殺されること
全て理解して、全て受け入れた。
「ありが、と・・・ありがとう・・・・ありがと、って、何回言えば・・・伝わるかな、ぁ・・・」
「十分伝わってるから!だからも喋るな!」
「紫夜さん・・・・っ」
言葉が多くなるララに焦りを感じる。
自分の死までの時間は自分が一番よくわかっている。
それを感じて、伝えたいことを伝えきろうとしているのかもしれない。
助かってほしい。
その思いでララの言葉を制そうとするが、ルチルに止められる。
ルチルは目にいっぱいの涙を溜めて、ゆっくりと頭を横に振った。
「えへへ・・・・・おふたりとも・・・・だい、すき・・・・・ですよ・・・・っ」
「っ私も!私もです!たとえあなたが地勢側の者であろうとも!」
ルチルは必死に言葉を紡ぐが、、俺は何も言えなかった。
どう言葉にしていいのかわからなかった。
ただ、全神経を集中させてララに向かって微笑んでやった。
ララは満足したように笑顔の瞳を閉じた。
「今度生まれるときは・・・・・・・・あの方の子に、なりた・・・い、なぁ・・・・・」
閉じた瞳から一筋の雫がこぼれ落ちた。
それが合図となったように、ララの姿は雨に紛れて消えた。
紫夜の手の中に残ったのは、ララの髪を結っていた布とそれに包まれているモノだけ。
微笑み眠る彼女と彼らを包みこむように、
頬を伝う雫を隠すように、
優しい雨がララへの子守歌のように降り注いだ・・・・───







「・・・・ただいま」
「今帰りました」
「おかえりなさい。・・・思ってた以上にびしょ濡れだね。傘も差さないで外にいたのかい?」
「進兄さん・・・」
家に戻ると、タオルを持った兄が迎えてくれた。
いつものようにほにゃっと微笑む兄に安堵感と切なさを覚える。
家族の温かさすら、彼女は知らないまま消えたのだろうか。
血は黒地の服だったため目立たないが一応のためタオルで隠しながら片手で頭を拭く。
ルチルもそれに倣うようにして服の水分を取っていく。
「どこに行ってたんだい?」
「ちょっとそこの公園まで・・・」
「公園?・・・そこに、栗色の長い髪で碧い瞳の女の子はいなかった?」
「!?」
「小学生くらいの子なんだけど・・・」
言いにくそうに質問する兄の言葉に目を瞠る。
兄の言った特徴は、全てあの少女に当てはまる。
ルチルを見ると同じような反応をし、うろたえて俺の方を見る。
「・・・その女の子が、どうかしたんですか?」
「うーん・・・その公園で知り合った女の子なんだけど、僕が公園の前を通るときにはいつも居るんだ。でも今日は見なかったからどうかしたのかなと思ってね」
「───!!」
「あの、紫夜さんのお兄様、その子は、わ、和菓子とか好きでしたか・・・?」
「?よくわかったね。初めて会ったときにあげた饅頭なんかはとても美味しそうに食べていたよ」
ルチルの突拍子もない質問にいつもの笑顔で答える兄。
思わず、唇を噛む。一つ、確信が持てた。ララの想い人はこんなにもそばにいた。
「・・・・兄さん、これ」
「ん?なんだい、これは・・・」
「その女の子から、お礼だって。今日故郷に帰ったらしいから」
「そっか・・・・なんだか残念だなぁ」
眉を八の字に曲げて苦笑しながら両手で受け取る。
その様子を、ルチルが悲しそうに見つめていた。
「これ・・・初めて会った日に渡したハンカチだ。そっか、持っててくれてたんだね。包んであるのは・・・苺大福かい?」
「少し、濡れちゃったけど」
雨ではなく、涙で。
家族や友達、親しい周りの者を亡くしたことがない俺には抱えきれない大きさの悲しみだった。
たった数時間の出会いでも、あんな不思議な関係でも。
できることなら失いたくはなかった。
きっと、ルチルがいなかったらこうして喋れてはいなかったかもしれない。
「ありがとう。大事に食べるよ」
「そうしてやって。喜ぶだろうから」
兄は、包容力のある温かな人だ。この笑みにララは惹かれたのかもしれない。
「・・・・・また、会えるかな?」
兄のつぶやきに、ルチルは静かに瞳を閉じた。
その時俺が思い出していたのは、ララの最後の言葉。
窓の外の雨が降りしきる空を見上げる。
「会えるさ、いつか・・・・」






雨の子守歌



雨はまだ降りやまない。
全てを包むように優しくただただ流れ続ける。
降りしきる雨音は何故か彼女のうたう不思議な歌詞の歌を思い出させた。
今日の雨はいつか大気となってまた空へ還る。
そしてまた、6月の24日くらいに雨が降ったりするんだ。兄を祝うために。
そうしていつか、兄や俺等の元に舞い戻るんだろう。

あの、碧い瞳を細めた花のような笑顔で。



紫夜くん誕生祝いで、初TARGET!小説でした。だるま様の世界観を丸潰しな上に紫夜くんがあまり目立たなくて本当にすみません;;でも一応一人称は紫夜くんなんですよ・・・?こんなでも紫夜くん大好きですよ!
ルチルちゃんが一番書きにくかったです。普段はともかく、ゲームに関するときの思考がよくわからなくて・・・。もっと彼女らしさを出せるようになりたいです・・・。
お兄さんは紫夜くんを何て呼ぶかすらわからなかったので会話シーン難しかったです。お兄さんが和菓子嫌いとかだったら本当にすみません・・・!
ララはLullaby・・・つまり子守歌です。ひねりも何もなくて申し訳ないです。。。設定がむちゃくちゃすぎてどうしようって感じでしたがやり通してしまいました
またいつかリベンジさせてください((やめとけ
それでは、お粗末様でした。
                結波


結波さんより紫夜の誕生祝小説頂きましたv

ちょ、待、ああああああああああああ!!
感動の涙で前が見えませんよ…!
ララちゃん可愛いです、いい子すぎです、せつな過ぎます・・・!
あんなはちゃめちゃな話がこんなにシリアスで切ない話になるなんて・・・結波さんは素晴らしい方です。
要所要所のギャグもほのぼのした空気も大好きです。
確かに恋話はじめた女の子のそばにはいづらいですよね(笑
うちの子たちもしっかり特徴掴んで描いてくださってありがとうございます・・・!

結波さんありがとうございました!