■結波さんよりいただきもの



「これ、祥ちゃんにわたさなきゃ!」
「ん、どれ?・・・これはダメ」
「え、でもここにふけいって書いてあるよ?おとーさんとおにーさんにわたすんだよね?」
「この父兄っていうのは違う意味なんだよ」
「よくわかんないよ吉ちゃん・・・」
「とにかく、これは兄貴達に見つかっちゃダメだからね!」
「ふぇ・・・・・うん・・・」

まだ高校生の兄二人は学校で勉強している時間。
太陽は南の空に燦々と輝き、外で野良猫はのんびりと昼寝をしている。
寛和を幼稚園から連れ帰ってきた嘉元は家事の手伝いとして風呂掃除の真っ最中。
そんな中、二人の間でこんな会話が交わされていた。

それが、今回のお話の始まり。




風呂掃除を済ませて弟妹の元へ戻ると、なんだか先ほどと雰囲気が変わっていた。
風呂掃除に行く前はたしか二人で仲良くじゃれ合っていたはずだ。
それが今では、寛和は紙を握りしめて今にも泣きそうな表情でちらちらと嘉吉を見、嘉吉は嘉吉で意地を張ってるかのように沈黙を押し通している。
・・・・二人らしくない。
一体数分の間に何があったのか。
とりあえず、泣きそうな寛和を抱き上げて嘉吉に話しかける。

「どうしたんですか、嘉吉。寛和が泣きそうですよ?」

というかもう泣いている。
僕の服を小さな手でぎゅっと握って泣いている。
いつもより声をあげないのは、きっとこの場に嘉吉がいるからで、怒られるとでも思っているのだろうか。
嘉吉はその様子を罰の悪いような顔して見ている。

「・・・俺、悪いこと言ってないよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
「では寛和、なんで泣いているんですか?」
「うぅ・・・っひっく・・・あのね、吉ちゃんがね、これ・・・っ」
「ダメだってば寛和!」

びくっ

自分の一つ上の兄よりも大人びている嘉吉が怒鳴るなんてことは滅多にない。
寛和もそれを知っている。
だからこそいつもとの違いに吃驚したのだろう。
もう涙を堪えることはできず声をあげて泣き始める。
困った。大兄さんがいたらこの状況は変わっていただろうか。

「・・・・・ごめん寛和」

寛和の泣き声を聞いて冷静さを取り戻した嘉吉が、小さな声で言葉を紡ぐ。
どんなに小さな声でも寛和には聞こえたようで、少しずつ泣き止んでいく。
まだ小学生と言っても、嘉吉は立派な寛和の兄だということ。

「・・・小兄になら見せてもいいよ。でも大兄と中兄には絶対見せちゃダメだから!特に大兄には!」

そう言って、嘉吉は家を出て行く。多分近くの友達の家にでも行ったのだろう。
僕は寛和が握りしめていた紙を開いてみる。
それを見た瞬間、嘉吉が頑なに兄に見せようとしなかった理由がわかる。

「ははぁ・・そういうことでしたか」
「元ちゃん・・・?」
「大丈夫ですよ寛和。僕がなんとかしてあげますから」
「ホントっ!?」

寛和に笑顔が戻って一安心。
寛和を降ろすと、嘉吉が落としていった32折りされた紙を開いてみる。
内容を見て、小さく笑ってしまった。

「嘉吉にも可愛いところありますねぇ」
「?」

日はいつの間にか傾きかけている。
もうすぐ兄が帰ってくるだろう。
大切な弟妹のために一肌脱いであげようじゃないですか。




その日の夜。
寛和と嘉吉がアルとともにお風呂に入っている間、僕を入れて三人になる。
話を切り出したのは、僕ではなく大兄さんだった。

「なぁ嘉元?今日の寛和と嘉吉の様子なんか変じゃなかったか?」
「流石兄さん。気付いてたんですか」

天然でぼうっとしていて、学校では黒龍と呼ばれていても、家に帰ればやはり一家の主。
誰よりも早く異変に気づき、誰よりも心配していた。
ただ、その優しさ故に堅く口を結ぶ嘉吉やその話に触れると泣きそうになる寛和には話を聞けなかったらしい。

「なんかあったのか?」
「兄妹ケンカ・・・するような子じゃないはずだけど・・・」
「いえ、兄さん、家族を想って故の兄妹喧嘩ですよ」

僕の話にきょとんとする大兄さんと中兄さん。
その顔に、例の紙をそれぞれ突き出した。
二人ともそれを手に取って、素早く読み始める。

「「父兄参観・・・・?」」

そう、嘉吉と寛和が持っていた紙の内容はどちらも父兄参観の案内。
嘉吉は小学生ながらにこの家庭環境と一般家庭の違いをわかっている。
それを悲観するのでも激怒するのでもなく、普通に受け入れていた。
幸せに暮らせればそれでいい、と考えている、とても良い子だ。
中兄さんのように悩んだりもしなければ、寛和のように何も知らないわけでもない。
ただ、迷惑にならないようにする。それが嘉吉のやり方。
だから今回も、兄に迷惑をかけないように学校からの手紙を見せるのを嫌がったのだろう。

「どうですか?」
「どうですか?って言われても・・・学校あるし・・・」
「第一、俺等高校生だし」
「父兄と書いてあるでしょう?保護者という意味があると同時に、父と兄という意味もあるんですよ」
「それくらい知ってるっつーの」

やってられっか、と中兄さんは紙を投げ出す。
兄は二人とも勤勉な人だ。大兄さんの英語はボロボロだけれども。
根がしっかりしているから、サボるということは脳にないらしい。
もちろんそれは好ましいことだけど、今回は特別に。

「この手紙、実は嘉吉が必死に隠してたんです」
「は?」「え・・・・」
「兄が来てくれることになったら兄が学校を休むことになりますからね。迷惑をかけるのが嫌だったんでしょう」
「嘉吉・・・」
「でも、手紙を捨てないで持っていたのは心の中で何か期待があったのかもしれませんね?」
「・・・・・」

「いくら大人びていても、まだほんの九歳の子供ですから」

そう言うと、中兄さんまでもが投げ出した手紙に再び目を通し始めた。
手紙から目を離したのは、嘉吉達が風呂から上がった音が聞こえたときだった。





───父兄参観in保育園───

「寛和ちゃんのおとーさんこないのー?」
「うん、寛和のおとーさん、遠くにいるから」

寛和の隣に座った仲良しな友達が寛和に話しかける。
今日の幼稚園は家族の話で持ちきりだ。
教室の中には園児たちの父親や母親が大勢集まっており、子供たちと絵を描いている。

「変なの!家族っていつも一緒の家に住んでるもんだろー?」

向かい側に座っていた男の子が会話に割り込んでくる。
子供たちはみんな仲良しでいじめなどないのだが、純粋な心ゆえに喧嘩になることもある。
喧嘩なんか好まない、誰とでも仲良しな寛和もこの言葉は気に入らなかったようだ。

「変じゃないもん!」
「そーだよ、ゆーすけくん!そんなこと言っちゃダメなんだから!」
「だってさ、お父さんがいない家って考えられねぇもん」

必死に反論する寛和に友達も参加する。
親に関しては子供の喧嘩を穏やかに見守っている。
口喧嘩にとことん弱い(というかほとんどやったことない)寛和は目を潤ませる。

「そんなこと、ないもん・・・っ」

今にも泣きだしそうな寛和、さすがのゆうすけくんも動揺し始める。
同時に、後ろからどす黒いオーラが流れてきた。

「?・・・・ひっ!?」
「ふぇ・・・祥ちゃん・・・?」

どす黒いオーラを放っていたのは嘉祥だった。
床がへこむのではないかというぐらいの殺気に似たオーラを無言で放っていたのだが、寛和がその姿を見つけた瞬間にそのオーラは消える。

「遅れてごめんな、寛和」
「ううん!でも、なんで?がっこうは・・・?」
「お昼休みに抜けてきたんだ」

先生に見つかったときの言い訳は橡や黒川、灰峪に任せて。
・・・・・・橡はともかく、黒川や灰峪はどんな言い訳を作るのだろう・・・。
それはおいといて、嘉祥は寛和を抱き上げる。

「そいつ、お前の父親なのか?」
「ちがうよ、祥ちゃんは寛和のお兄ちゃんだよ」
「なんで兄がくるんだよ」
「うにゅ・・・・」

「家族だから、かな」

片手で寛和の頭をなで、男の子の問いに答える。
確かに父親でも母親でもないけれど、寛和の兄だから。家族だから。
外ではぼーっとしているためにあまり表情を変えない嘉祥が、優しく微笑んだ。
寛和と兄妹というのがわかるほどに、何かが似ていた。

「ふーん・・・。・・・寛和泣かしてごめんなさい」
「ぜんぜん平気だよ!」
「うん、今度やったら容赦しないというか絶対シメるなんてそんなこと全然思ってないから大丈夫」

寛和は気付いてないようだが、確実に一瞬何か空気が変わった。
男の子はそれに運悪く気付いてしまい、慌てて話を変える。

「そ、それよりさ、今日は家族の絵をかくんだぜ!」
「そうなの!今祥ちゃんかいてたんだよ」
「へぇ・・・・これって俺も描くの?」

そうして嘉祥も父兄参観に溶け込んでいく。
単位が少し心配にもなったが、寛和が喜んでいるのならいいやと思うところ流石シスコン。
男の子の小さな恋心が失われる中、和やかな雰囲気に包まれ、すべての家族が幸せそうだった。





───父兄参観in小学校───

父兄参観、というか授業参観。
元々窮屈な教室の中に、わが子を見に来た父親や母親が押し込まれている。
親が来ている子はみんな緊張しつつも嬉しそうだ。
ふざけてばっかの南もこのときばかりは真面目に、かつ元気よく授業を受けている。
授業参観に親がくるというのはどんな気持ちなのかよく知らない。
ほぼ毎日親は海外にいるのだから。
別にそれが嫌だというわけじゃないし、そんなことで我儘を言えるわけがない。
でも、小さく期待していたのは事実だった。

「(せめて寛和の父兄参観には小兄が行ってくれてるといいんだけど・・・)」

寛和は俺にとってただ一人の年下だ。
俺よりも甘えん坊で優しくて泣き虫な唯一の妹。
大兄みたいにシスコンなわけじゃないけど、やっぱり家族だし、笑ってくれてたら嬉しい。
昨日きつく言って泣かせてしまったから、余計寛和に良いことがあればいいと願ってしまう。

そんなことを思いながら、ただのんびりとみんなの作文の発表を聞いていた


その時。


「・・・くそっ、なんで開かねえんだよ!だぁもう!!」


どばしゃーん!!!


教室の後ろの扉が、未だかつてないほどの勢いで開いた。
扉を開ける妨げとなっていた誰かの父親が頭を抱えている。・・・頭を打ったのか、ヅラだったのか。
そんなことより、入ってきた人に問題があった。

「なんで来たんだよ中兄!」
「来てやったのにいきなりそれかよ!」

大声出してみるといつも通り返事が返ってきた。
やっぱり本当に中兄なんだ・・・。
走ってきたのか、汗を掻いて、制服も乱れている。でも疲れてなさそうなところ、流石サッカー部。

「つか、今何の授業やってんだ・・・?あぁ、作文か」

父親と母親の中でかなり目立つほどに若い兄。
大人の正装の中にぽつんと一人、制服姿の兄がいる。
その珍しさはさきほどから注目を集めていて、みんなもちらちらと振り返っている。
俺にまで注目が集まってる感じがして、結構恥ずかしい。
小兄の仕業か・・・と思いつつ、あきらめて席に着く。いつの間にか立っていたみたいだ。

「嘉吉」
「・・・・やだよ」

名前しか呼んでないけど、意味は伝わる。
せっかくきてやったんだから作文発表しろ、って視線が背中に刺さってる。
後ろを振り向くと、無言で親指立ててウィンクしてきやがりましたが。

「はぁ・・・・」

しかたなく、手を上げる。

「はい、白雉くん。発表してください」

いつもの授業参観だったら、絶対手はあげない。
背中に刺さる視線がなんとなく嫌だったから。
でも今は、いつもとは違う。
ひとつ、ほかとは違う視線があることに安心する。
家族がきてくれている時のみんなの気持ちがなんだかわかるような気がした。




僕の家族。 白雉嘉吉


僕の家族は大家族です。

父と母、姉が二人に兄が三人、妹が一人います。

今は兄三人と妹と外国人と一緒に暮らしています。

みんな個性的で、たまにはケンカもしたりするけど、みんな仲良しです。




そんな人達と暮らせて、毎日が楽しいです。





僕は家族が大好きです。






最後のは嘉吉の作文ですよ。なんか嘉吉らしくない文章ですけど、小学生って大体そんな文章書く気がして・・・。多分最後の一行はすごく小声だったと思います。
嘉禄は誇らしげに後ろの壁にもたれかかってるんですよきっと!
勝手な想像の塊で本当にごめんなさい・・・。
いらなかったら電子の闇に葬り去ってくれてかまわないので!
それでは、駄文失礼しました。


          結波




結波さんより大家族の小説頂きましたv
参観日話・・・!一度は取り扱っておきたいネタ・・・!!
嘉吉の健気な様子がたまらなく愛しいですv
作文は後ろで聞いてる次男と同じように何となく私も誇らしげに聴いてしまいました。
頭打ったお父さんのその後が気になるところですが
上手く切り抜けてくれる事を祈りましょう。
あとお兄さん、園児に殺気ぶつけるのは大人気ないです(笑


結波さんありがとうございました!