石焼き芋 |
なんてことのない秋の夕暮れ。 俺はその日もパソコンに向かって仕事をしていた。 隣ではなんとかキャットという鈴が、つまらなそうにディスプレイを眺めている。 テーブルに頭を乗せ、尻尾で床をぺちぺちと叩いて、暇だとアピールしていた。 窓からは淡いオレンジ色の夕日が入り込んでいる。 そういえば昼頃からずっとパソコンに向かいっぱなしだった。体が硬くなっているのが分かる。 データを保存して電源を落とす。 鈴がやっと終わったの、と目で語る。 肩を解したり、腰を回したりみる。思っていたよりも体は鈍っているようだ。 鈴を見ると次に俺が何をするのかを観察しているようだった。 「……外にでも行くか。鈴、一緒に行くか?」 散歩がてら外を歩くのもいいだろう。 あんたと一緒に? 何で私が……。 というオーラを出しているのにも関わらず、尻尾は忙しなく動いている。 今日も今日とて彼女は無自覚だった。 「じゃあ俺一人で行くかな……」 ポツリと呟いてみる。 鈴の耳はピクリと動き、尻尾は力なくうな垂れた。 実に分かりやすかった。 そんな仕草が可愛らしいと思うが、あまりからかっても可哀想だ。 「ほら、行くぞ」 立ち上がり手を差し伸べる。 ペッと手をはたかれたが、やれやれしょうがないわね、と言いたげだがついてくるようだった。 人通りの少ない道を歩く。 世間になんたらキャットの存在が定着し始めたとはいえ、その存在はまだまだ物珍しい物でしかない。 中には俺のことを金持ちの息子と勘違いする人もいるかもしれない。 それは良いとしてもこの娘っこ、気丈に振舞っててもあまり人に見られるのは好きではないらしい。 無理矢理に手を繋ぐと、何勝手に手繋いでんのよ、としながらも震える手で握り返してくる。 しばらく歩くとベンチを発見。 ここまで来ると人も少ないし、用事があって来ている人がほとんどで、何かしらそれぞれの仕事をしていた。 「そこに座るか。なかなかどうして、意外に疲れるもんだな」 ベンチに体重を預ける。 鈴はというと、俺の隣で猫よろしく丸くなっていた。一つのベンチをたった二人で占領である。 ふぅとため息一つ。鈴は平気なのか何食わぬ顔で人のふとももに頭を預けていた。どこまでも自由だった。 秋風が俺たちを撫で、紅葉や黄葉した葉っぱを躍らせた。 すると遠くの方でピーという甲高い笛のような音色が聞こえてきた。 聞くにあれは石焼き芋を売る車のではないだろうか。 鈴は耳を立て、音に集中していた。聞くのは初めてだったようだ。 俺の予想通り、俺たちの前を軽トラがゆっくりとしたスピードで通っていく。 「……ふむ、鈴ちょっと待ってろ」 言って立ち上がる。鈴はえっ、という顔をさせていた。 駆け足で軽トラに追いつくと、軽トラからおっさんが降りてきた。 「芋一つ」 「あいよ」 おっさんはさすが慣れた手付きで石の中から芋を一本取り出す。 見た目中ぐらいの大きさ。それを秤に載せて重さを量る。 「ん〜、百円って所だね」 おっさんは芋を新聞紙に包んで俺に手渡し、俺は百円を支払う。 客は俺以外にいなかったため、軽トラはすぐさま出発した。 俺は鈴の元へ戻った。 鈴は俺の手にある物にとても興味を抱いているようで、匂いを嗅いでいた。 それが甘くて美味しい香りだったからか、見せろとせがむ。 ガサガサと開ける新聞紙の中からは見るからに美味しそうな石焼き芋が現れる。 芋を半分にして、片方を新聞紙で包んで渡す。 黄金色の中身に鈴は驚いていた。 「熱いから気をつけろよ」 受け取った鈴は興味津々といった感じ。口を小さく開けてかぷりと食べた。 が、正に猫舌といった所か、ビックリした表情で芋を遠ざけた。毛が逆立って尻尾が一回りほど太くなり、耳もピンと立っている。 「だから言っただろが。ほら、舌出してみろ」 ベッと出された舌の先が少し赤い。 「ま、これくらいなら大丈夫だろうな。次はちゃんと覚まして食えよ」 そして自分の分を食べる。うん、実に美味い。やはりこの季節は石焼き芋だろう。 鈴の方はというと、こっちにも聞こえるくらいふー、ふー、と息を吹きかけて、ほどよく冷めた所で食べていた。 実に美味しそうに食べている。 まぁまぁね、という態度なのに、尻尾が嬉しそうに動いているからだ。 あまりにも美味しそうに食べるので一言言ってみた。 「お嬢様はこんな物食べないんじゃないのか?」 すると、社会勉強よ、と目で語られた。社会勉強……、何の社会勉強だ? 少し腹が膨れると、次には睡魔が襲ってきた。 夕方だがまだ気温は暖かい。欠伸も出る。鈴だって俺の膝枕で寝ていた。 いつしか俺は目を閉じて、眠ってしまっていた。 「……ん」 ふと目が覚めると辺りは真っ暗。しかも肌寒い。 「ヤベッ、今何時だっ!?」 携帯を取り出す。時刻は八時を回った頃だった。深夜でなくて良かったと思おう。 「鈴っ、起きろ鈴!」 ゆっくりと目を開けていく鈴。何よ、起こしてんじゃないわよ。と怒られるが、今はそこに構っている場合ではない。 「家に帰るぞ。こんな所にいたら風邪引いちまう」 理解したのか、体を起こし伸びを一つ。 俺が既にベンチから立ち上がっているというのに呑気なものだ。 やっと立った鈴の手を取り、走って帰る。鈴はしっかりとついてきていた。 家に着く頃にはさすがに歩きで。玄関のドアを開けると闇が広がっている。 電気を点けようとする時には鈴はソファで横になっていた。さすがというか何というかだ。 俺はというと夕食作り。時間をかけずに手早く炒飯にした。 「鈴っ、晩飯だぞ」 テーブルに用意した炒飯。 鈴はここでもやっぱりまぁまぁね、としつつ食べていた。 それからテレビを見て風呂に入って。仕事をするとそろそろ日付が変わりそうな時刻だった。 昼寝が効いてかいつもなら一人先寝ている鈴は俺の傍らで起きている。 俺もまだ大丈夫だったが、生活のリズムは一旦崩すとなかなか直せない。 なので、いつも通り寝ることにした。 鈴にも寝るように言い、俺も布団に入る。 しばらくするとうとうととしてきて、気付けば俺は寝ていた。 朝、携帯の着信音で目が覚める。 普段なら目覚まし時計なのだが、どうやらメールが着たようだ。 内容を確認する前に布団の中の違和感に気付く。毛布を捲ると鈴が丸くなって寝ていた。 察するに、夜寒くて俺の布団に潜り込んだのだろう。今でもぐっすり寝ている。 寝顔を見つめて髪を撫でる。 耳と尻尾が少し動いた。普段から思っている耳と尻尾は別の生き物疑惑が強まりそうだ。 その光景を見て微笑んでいる自分に気付く。 もう一度髪を撫でて、今日も一日頑張ろうと自分を励ます。 鈴は、今日も幸せそうな寝顔だった。 |
綾咲メイさんから、短編小説いただきました。
十万ヒットお祝いにいただきましたv
なんとなんと、ベルの二人を書いていただけたのですよ!!
鈴がとっても可愛くてv私が描くよりもはるかに可愛らしい言動です!
もうばしばしと床叩きながら悶えてました(危ない人
しかも言葉が喋れないというネックがあったにも拘らず・・・!もう脱帽です。
私が出したお題「秋」と「ほのぼの」も見事にクリア、いやー、流石です!
流れる空気に思わず私もまったりしました。
メイさん本当にどうもありがとうございました!
▼メイさんのサイト▼