望むものがある。
 いくら生を受け死を迎えようとも、けして変わらない望みがある。

 求めているものがある。
 那由他の時を越えようと、変わらず求め続けるものがある。

 自分はそれを探している。

 けれどそれはいつだって、最後には自分の手をすり抜けて―――


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そんな空のいろ
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「気は晴れたか、青少年」
 時の流れに取り残された、男女の双子が住んでいる、優に築三十年はあろうかという平屋の縁側で。
 青髪の少女と黒髪の少年が、茶なぞ飲みつつ庭を眺めて座談会。
 先ほどからまったく中が減っていない湯飲みを手に持ちながら、少年は覇気なく頷いた。
 ちなみに彼らはこの家の住人でなく、気が向いたらふらふらと、何の前連絡もなく訪れる、所謂『迎える側としては困るお客様』である。
 この場にいない家の主は何処かというと、台所で夕食の準備中だ。
 漂ってくる匂いから察すると、今晩は『カレー』らしい。
 時たま、双子の妹の方の叫喚と、兄の方の怒号が聞こえてくるのが、気になるが。
 それでも二人はさして気に留める様子もなく、煎餅のかけらを庭に来ていた雀のほうへと投げて、少女は、やっと部屋が明るくなったなと呆れたような声を出した。
 それというのも少年は、数日前にふらりとここを訪れてから、沈んだ様子で誰の声にも反応を見せず、ずっと俯いてぼうっと放心していたのだ。
 ようやく問いかけにも答えるようになったのは、今朝になってのことだった。

 まあ、そこまで落ち込む理由も、わからないわけじゃ、ないけれど。

 少女が心の中で呟く。
 彼が落ち込む理由。

 それは、魂に刻み付けられた誓約。

 変わらぬ姿形。
 失われぬ記憶。

 死んで、生まれて、生きて、また土へ還る。
 大樹へと―――大衆は輪廻と呼ぶそれへ―――還った後もなお、彼は同じ姿と、消えない記憶を持ち続ける。

 もちろんそれは、最初から、というわけではない。
 それをなしているのは、この姿を形成した時、魂に刻み付けられた誓約のせいだ。

 探し続けると、そう言った。
 望み続けると、そう言った。
 求め続けると、そう言った。

    ―――かの魂を。


 そして一目でそれとわかるよう、同じ姿でいると、そうも言った。

 言葉で自分の魂を、どこにも行かないようにがんじがらめに縛り付けて。
 そうして転生を受けて、かの魂を、鎖を引きずったまま探すのだ。

 何千、何万。
 幾多の時をさまよい歩き、あのときの約束を果たすため、ずっと望め続けている。
 何度生を受けようと、ずっと探し続けている。

 ―――けれど。


「どーしてまあ、毎回毎回うまくいかないものなのだろうなぁ?」
 ばりばりばり、と煎餅を頬張って。
 少女は少年に尋ねるけれど、そんなのこっちが聞きたいと、ぎろりとこちらを睨み返す。
「本当に、こちらが哀れに思うくらい」

 いつだってそうだ。
     望んでいるのは同じもの。
     求めているのは同じもの。
     探しているのは同じもの。

「お前たちは、幸せになれずに、終わるのだな」

               ―――けれどそれはいつだって、最後には自分の手をすり抜けて

「例を挙げれば、まったくこちらに気付かない、不慮の事故で向こう、もしくはこちらが死ぬ、他のものに殺される、後は―――」
 そうそう、あの魂に、お前が殺されたこともあったかな。
「・・・・・・やめてくれ」
 指折り数えて言う少女の口に、げんなりとしながら少年は手をかざす。
「いい雰囲気になる時だってあったのになぁ?」
 最後まで叶えられずにどちらかが還っていってしまうから。
「・・・いちいち、見ているのか?」
「だって暇なんだもん」
 悪びれもなく言う少女に、少年はぎりりと歯軋りをする。
「面白がって」
「私はそこまで悪趣味じゃない」
 ぶすっとむくれて少年は言うが、お茶をすすってのんびりと少女は返す。
 性格考えるとどうだかな、と少年が言うと、少女はそれはもう不本意そうに、半眼になってこちらを睨みつける。
「なんだなんだ、険しい雰囲気だな」
 人数分のお皿とスプーンを用意して、ひょっこりと顔を出したのは、この家の主。双子の兄の方。
 机を布巾で拭きながら、人んちで流血騒ぎは勘弁してくれよと、二人に牽制する。
 そんな大げさな、と思うなかれ。
 小さな島のひとつやふたつ、軽く消滅させるような力を持った二人なのだ。まさか本気は出さないだろうけど、それでも彼らが喧嘩して、この家が耐えられるかどうかは解らない。
 はーいと、少女と少年はそろっていい子の返事をする。
 こういう所作だけは年相応。・・・外見の。
「まあ、エアの相手ができるほどスカイが回復したことは、喜ばしいことだがな」
「どーいう意味だおいこら菘」
 不機嫌な顔になってずいと詰め寄る少女に、猫の子を追っ払うようにぱたぱたと手を降りさらりと流す。
 そうして冗談交じりで言っている彼も、少年を心配していた一人。
 安心したよと微笑う顔は、まるきり気のいいお兄さん。
 よいせと座敷に座り込んで、今まで少年と少女が見ていた、雀が跳梁している庭を眺める。
 昼御飯が終わったら盆栽の手入れでもしようかなと考えているあたりが、青年が『爺くさい』と連呼される所以である。
「ねーっ、カレーできたよーっ!」
 そういって現れたのは、青年と同じくこの家の主。双子の妹の方。
 元気いっぱいに台所から持ってきたカレーの入った鍋を、漆塗りの机にでんと置く。敷物ひけよ。
 何だか顔や腕の彼方此方に火傷の跡があるのが気になるが。
 まあ、彼女の料理下手は今に始まったことじゃない、と誰もつっこもうとはしない。
 しかし、カレーを作るだけであの騒ぎだ、兄の苦労も一入だろう。
「・・・薺が作ったのか?」
 だったらまだ体調不良なのを理由に自分は遠慮しておこうかなと、狡い事を考える黒髪の少年に、じとっと青髪の少女が無言のプレッシャーをかける。
 死なば諸共、お前だけ逃げるのは許さない、と。
 高だかカレーでそこまで言われちゃあ、双子の妹だって可哀想な気もするが。
「安心しろ、俺が大体作った奴だから」
 双子の兄にそういわれ、少女と少年は一気に安心したように体の力を抜く。
 その様子を見て妹の方が面白くないのは当然で、ぶうっと頬を膨らまして不機嫌な顔。
「私だって作ったもん」
 その言葉に、少女と少年は風が起きそうなほど凄い勢いで兄の方を見る。
 おい、騙すつもりだったのか、とか。
 私達はお前みたいに薺の料理に慣れてないから腹を壊すだけじゃすまないかもしれないんだぞ、とか。
 そういった諸々の意味を込めて、二人して兄を睨みつける。
 殆ど不死、もしくは今既に死んでいる状態で転生待ちの奴が、そうまでして怯える理由は無いと思うんだが。
 はあ、と大きく兄が溜息をつく。
「―――薺、何を作ったか言ってみろ」
「―――・・・材料切った」
「指も切ったな」
「・・・灰汁とった」
「具もとったな」
「かき混ぜた」
「こぼしたな」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 暫く寒々しい沈黙。
 心なしか室内の温度も下がったような気もしなくもない。
「なんだよーっ!!いいじゃないか!料理なんてこれからまだまだ覚えられるってば!!」
「そういってもう何十年進歩してないんだ!!」
「そんなのいちいち覚えてないわよ!」
威張るな!!
 始まった兄妹喧嘩を傍観して、とりあえず先に食べようかと、炊き上がったお米をお皿に盛る少年と少女。
 いつ終わるか賭けようか、いいけど何を賭けるんだよと、トトカルチョまで始める始末。


 ―――今回は、意外にも早く終わったけれど。

「・・・・・・お腹すいた」
「・・・凄ぇ無駄な労力を費やした気がする・・・」
 ぐったりと、双子の兄妹は畳に突っ伏した。
 はあはあと荒い息が部屋に響いている。肩で息をする程、口喧嘩なんてやらなきゃいいのに。
 こちらはとっくに食べ終わり、食後のお茶を飲んでいる途中。
「うーん・・・凄く中途半端な時間に終わったな」
「どっちの勝ちにしておく?」
「私だろ」
「どっちかと言うと俺だろ」

「・・・お前ら人の兄妹喧嘩を賭けの対象にすな―――!!!!」

 兄の方の主の怒号が、家中に響き渡る。
 それを皮切りに、またやいのやいのと言いあいが始まって、賑やかなことこの上ない。

「ところで何を賭けてたの?」
「とりあえず負けたほうが何かひとつ言うことを聞く、と」
「恐ろしいこと賭けるなよ・・・ただでさえ大概のことできるんだから、お前らは」
「星ひとつ滅ぼしてくれ、とか?」
「そんな事は言わないが」
「言ってもらっちゃ困る」
「一角獣の血絞り取ってこいとか?」
「俺達にはまったく必要の無いものだな、それは」
「何か物凄い大予言残しておくとか!」
「ハズした時寒いだろうそれは」
「それ以前にどういう趣旨だかさっぱりわからんわ」
「誰も得しないし」

 ―――そう、それは、少し前、少年が沈んで居た頃には考えられないほどの賑やかさで。



 ふ、と。
 三人の会話から離脱した黒髪の少年は、縁側から見える青い空を見上げた。

 雲ひとつ無いあおい空。
 それは少年の瞳の色に似ていた。




           今はどこに居る?俺のかたわれ。


 自らを清めることができるために、君は大樹へ還ることなく、再度生を受けることができるから、
                                            居場所はさっぱり、解らないけれど。


                       探し続けると、そう言ったから。

                       望み続けると、そう言ったから。

                       求め続けると、そう言ったから。


 君は俺のことが可哀想だと泣いたけれど、君が思うより自分は、案外、幸せだと思うんだよ。


 心配はいらない。

 こうして莫迦みたいに笑い会える仲間が、俺の周りには居るから。


 だから俺は、大丈夫。



 きっと見つけてみせる、捕まえてみせる。

                 だからどうか、それまで。



       どこかで元気でやっていて。








                           ―――俺のかたわれ。




スカイの物語の断片という感じで。
どうしてそうなったのか、とか、それからどうしたのか、とか。
まだまだ色々話はあるのですが、それは小出し小出しで出していけたらな、と思ってます。(ぉ
そうして、今までもこれからも。
彼は、悠久の時を彷徨い、かたわれを探すのです。

20040408



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