■丘の上で


 風が吹く。

 髪をなぶり、周りの木々の葉を巻き込んで、強く激しく、風が吹く。

 小高い丘に人影二つ、ただ立ちすくんで、下に広がる街並みを眺める。


 その街の大半の家は白い壁。
 太陽の光を反射して、必要以上の明るさを、丘の上に届けてくれる。
 あまりの明るさに目が痛い。
 けれどそれ以上に、白い壁に模様のように塗ったくられた、赤い色が目に痛い。

 青い屋根の上では、何羽かの鳥が、やかましく鳴いていた。
 視界の東側からは、煙が上がっている。
 暖炉から出る煙というより、ただ腐った木屑を燃やしているような匂いだ。
 いつもは人で賑わっている、活気溢れる市場では、ぼろぼろに焼け爛れたテントと、錯乱した商品だったものが転がっている。


 人はいない。

 否、人はいるが、それらはもはや、人ではない。





 風が吹く。

 髪をなぶり、周りの木々の葉を巻き込んで、強く激しく、風が吹く。


 時折混じる鉄の匂いに、丘に立っていた片方の少女が、眉をひそめた。



「真白」



 もう片方の少年が、少女の名を呼んだ。

 その声を区切りに少女は街を見るのをやめた。


 相変わらず、風は強く吹きつけ、一向にやむ気配はなかった。


「そろそろ、行こう」


 
 旅装束のふたりはそろって、街とは反対方向に丘を下る。


 街のほうを振り返ることなく、ただ黙々と。

 先ほどあれだけ天で存在を主張していた太陽は、厚い雲に覆われ始め、光が地上まで届かなくなってきていた。
 空を眺めていた少女は、丘に転がっていた血のついた剣に気付かず、躓いてこけた。


「間抜け」

「うるさい」


 こけた少女を助けおこして、少年は街をふりかえる。
 それに倣って、少女も街を振り返った。


 風が吹く。

 ほんの少し冷気を帯び始めたそれは、少年と少女の元に鉄の匂いを運び、彼らを一撫でして、丘を下っていく。


「食べ物だけでも、補給できないかな」

「ハエがたかったものや、血のついたものが食いたかったら、街へ行って持って来い」

 名残惜しそうに少女がつぶやくと、少年は冷たく切り捨てて、さっさと歩き始めてしまう。

「さすがにそれは、勘弁だなぁ」

 溜息ひとつで食べ物への執着を断ち切って、踵を返して、少年の後に続く。



 風が吹く。

 やがて雨を伴うだろうそれは、草木の匂いと土の匂いと、鉄の匂いが混ざり合ったものだった。


 目に痛かった白い街並みも、太陽が隠れてしまうと、今まで目立たなかった壁の汚れも手伝って、酷く陰気な灰褐色にそめられる。


 少女はもう一度だけ振り返り、その街を見た。









 ―――オブリヅ。


 古き言葉で丘と風を意味する、白い壁が特徴的な街。







 ほんの数日前に、戦争で滅んだ国の名前だった。










こういう物悲しい話は好きなんですけれどいまいち書ききれなかった感が。

20040125

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