ちいさなのぞむもの。


あるところに、青年がいました。
その青年はあるちからを持っていました。

そのちからは『小さな望むもの』をつくりだすちからでした。

そのちからで青年は、たくさんのものをつくりだし、たくさんの人に分け与えていました。
人形、お菓子、衣服、玩具、パン、暖、優しさや出会いまで。
青年はたくさんの人を幸せにしました。
人々の幸せそうな顔を見ると、青年もとても幸せな気分になれました。

その青年の行いを見ていた神様は、青年にとても感心しました。
人々に喜びを与え続けることを条件に、不老にしてあげようと、神様は言いました。
青年は、別にそういったものに興味はなかったけれど、折角の神さまのご好意だからと、ありがたく受け取りました。

少年が男性に代わり、少女が女性に代わり。
子供だったものが孫に昔話を聞かせてやるようなるほどの、長い長い年月。
青年は、老いていく人々を優しく見守っていました。

ある日、一人の少女が泣きながら青年の元にやってきました。
「どうしたの?」
優しく問いかけると、少女は胸元にしっかりと抱いていたものを青年に差し出しました。
それは死んだ猫でした。
「いぬにかまれたの」
しゃくりあげながら、少女は言いました。
「それで、しんじゃったの」
頭を撫でてやると、また少女は盛大に泣き声を上げました。

「おにいちゃん、このこをいきかえらせて」
泣き声が収まった頃、少女はぽつりともらしました。
青年は困ってしまいました。
いくら青年のちからでも、死んだものを甦らせることは出来ません。
『いのち』を吹き返させることは、『小さな望むもの』を作り出すことではないからです。
けれど、それを告げて更に少女の顔を涙で曇らせることが、青年はできませんでした。

そうだ、こうしよう。
僕は、『いのち』を作り出すことは出来ないけれど、『いのち』は分け与えることが出来る。

早速、青年は自分の命のかけらを取り出し、死んだ猫に分け与えました。
すると、死んだはずの猫は目を覚まし、にゃあと一声泣いて、少女の腕の中でひとつのびをしたのです。
少女はとても驚いて、そしてとても喜びました。
「ありがとう」と何度も何度もお礼をして、少女は帰って行きました。
青年の『いのち』は欠けてしまいましたが、青年は後悔はしていませんでした。
なぜなら少女の笑顔を見られたからです。
少女の、幸せな顔を見られたからです。

しかし、神様はそのことでお怒りになられました。
『いのち』を扱ってもよいのは神様だけ。
例え自分の『いのち』を分け与えただけでも、許されることではありません。
青年は、授かった不老を取り上げられました。

そのことに後悔はなかったものの、もう随分と前に老いることをやめてしまった身体です。
その日から少しずつ年を取っていくことに、青年は少し怖くなりました。
せめて人の幸せな顔を見ていたいと、青年は街へとおりました。


青年と同じように、街の人たちは青年が大好きでした。
だから街の人は、青年が街に降りてきたことを知って大変喜びました。
しかし、青年はいつもの元気がありません。
人々はその様子を見て心配しました。
青年は、人々のそんな顔は見たくなかったので、いつものように『小さな望むもの』を作り出して、人々を笑顔にかえようとしました。
しかし、いくら作り出そうとしても、穴の開いた袋のように、一向にちからは溜まりません。
欠けてしまった『いのち』では、『小さな望むもの』は作り出せなくなってしまったのです。

青年は困り果てました。
このままでは人々の幸せな姿を見ることが出来ないと、とても悲しくなりました。
悲しい顔をした青年に、人々は悲しそうな顔を向けました。

青年はこれ以上人々に悲しい顔はさせたくないと、また家へ帰り、閉じこもってしまいました。
そうして誰とも会うことなく、時は流れました。

そこに、街の娘が訪れました。
もう随分と長い間青年を見ていなかったので、心配して家に訪れたのです。

青年は床に伏していました。
長い間、ろくに何も食べていないようでした。
娘は、青年が回復するまで家にいて世話を焼きました。
そうして青年が歩けるようになった頃、娘は青年に問いかけました。
どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの、と。

青年は、話したくない、といいました。

どうして、と娘がたずねると、このことを話してまた誰かが悲しそうな顔を見るのがいやだから、といいました。
けれどこのまま何もせず、そして理由もわからず、あなたが悲しそうにしているのを見たくない、と娘は言いました。
そのことで私は更に悲しくなる、と娘が言ったので、
青年は、今までのことを娘に話しました。


話を聞き終わった後、娘は、なあんだ、といいました。
あんまりにも予想していた反応と違ったので、青年は目を丸く見開きました。
そして、そう言うからには何かいい方法でもあるのかい?と聞くと、あるわよ、と娘は頷きました。
「私の『いのち』をわけてあげるわ」
―――そうすれば、あなたはそれを作れるでしょう?
娘は言いました。
青年は一瞬ぽかんとして、そして首をふりました。
『いのち』を扱えるのは神様だけだから、と。
一度罪を犯した身、これ以上神様を怒らせるようなことはしたくない、と。

「だったら」
だったら、と娘はもう一度、言いました。
「手を貸してあげる」
「・・・手を?」
娘の申し出に、青年は首を傾げました。

「私の命も使ってその『小さな望むもの』をつくればいいんだわ」
「さっきも言っただろう?『いのち』は、神様しか、扱えないと」
「だから、それは私の『いのち』をあなたに分け与えるからでしょう?」
そうではないわ、と娘は首をふりました。
「私も『小さな望むもの』をつくればいいの」
「君には―――作れない、ちからが無いから」
「そうね、私にはそのちからはないわ」

―――けれど

「貴方もその作り出すための『いのち』が欠けているの」
娘の言いたいことが掴みかねて、青年は曖昧な返事を返しました。
「だから、協力して、足りないところを補いあって」

―――ふたりで、『それ』を作りましょう。

にっこりと、娘は笑いました。
久々に見た自分以外の誰かの笑顔に、青年は心が癒えていくのを感じました。
―――足りないところを補い合って。
「そうか―――」
青年は欠けたいのちを。
娘はそれを作り出す力を。
―――『協力』、して。
そうか。
そうだ。
そうすればいいんだ。
「ありがとう」
青年もまた、にっこりと、娘に笑い返しました。


もう随分と長い間、
青年は、誰かと共にすることをやめて、ずっと一人でいました。
誰かと共にいれば必ず、悲しい死を見届けなければならないから。
自分より後に生まれた人が自分より先に死んでいくのを何度も見ていたから。
だから青年はずっと一人きりで、誰にも頼らず、何にも干渉されずに生きてきました。
だから、誰かと『協力』するという、簡単で単純なことに、気付かなかったのです。

青年は、娘の手を取りました。
娘は、青年の手を握り返しました。
青年は、微笑いました。
娘も、微笑いました。

二人で街に降りると、人々は大変喜びました。
青年と娘は、二人で『協力』して、『小さな望むもの』を作り出しました。
人々は、幸せそうに微笑いました。
青年は、幸せそうに微笑う人々を見て、微笑いました。
娘は、それを見て幸せそうに微笑う青年を見て、微笑いました。

そんな風に微笑う青年を見て。
そしてその青年と一緒に微笑う人々を見て。
神様は、青年の罪をお許しになられました。


不老でなくなった身体は、ゆっくりと、老い始めたけれど。
青年はそれでも、きっと天に召されるその日まで、娘と共に『小さな望むもの』を作り出すのでしょう。

みんながわらってくれるかぎり。


《END》


どの辺がクリスマスかって感じですが、サンタクロースが出来上がるまでってことでおひとつ。(待て
読み終わった後になんとなくほんわかできるような、そんなお話を目指しました・・・が、出来はどれほどのもんか。

20031224




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