心のクリニック
三国丘病院院長 千頭孝史
以前に毎日新聞に掲載されていたコラムです。一部改訂してあります。
【質 問】
業績の落ちた営業所を任され1ヶ月がたちました最初は張り切っていたのですが、残業続きで仕事量も増え、疲れが抜けません。最近では朝、会社に行くのもおっくうで仕事もみに着かず気持ちばかり焦って自分でも分かるほどの仕事上のミスが続いています帰宅してからもやりのこした仕事のことが頭から離れず、いてもたってもいられなくなります。いっそ辞表を出してしまおうかと考えています。(会社員、50歳、妻子あり)
【アドバイス】
仕事上のストレスから来る「うつ病」と考えられます。この病気は精神的なエネルギーが減ってしまった状態になり、「仕事をしなくては」と頭では分かっていても体がついてこないのです。決して「なまけ病」ではないと本人が自覚し、家族や職場の人も理解してあげて、精神的負担を軽くしてあげることが必要です。病気のときは「このまま一生こんな状態が続くのか」と思って、不安感やいらいらが増します。治療法はまず休養です。心身ともにリラックスするために薬物療法として抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬を組み合わせて使います。要するに休養と薬の効果で体内にエネルギーがたまってくるのをまてばよいのです。一番良くないのは、自らを叱咤激励することです。辞表提出は考え方が悲観的になっているためなので、治療が終わるまで思いとどまるほうがいいでしょう。
【質 問】
これまで大きな病気もせず、コツコツとまじめに仕事に取り組み、一年前に定年退職しました。子供は巣立ち、現在は夫婦二人暮らしです。半年ぐらい前から手足のしびれ、どうき、目のかすみ、頭痛、頻尿などの症状に苦しむようになりました。悪い病気にかかったのだと思い、各科であらゆる検査を受けましたが「異常なし」といわれました。精神科を受診したほうが良いのでしょうか。(無職、男性、61歳)
【アドバイス】
一般に「自分の体の調子が常に気になり、実際は病気ではないのに、病気に違いないと思って悩んでいる状態」を心気症といいます。心気症は神経症やうつ病に伴ってみられることが多くこのかたの場合、精密検査で異常がなく年齢やこれまでの仕事ぶりから考えると、うつ病の可能性が、高いように思われます。心気症が主な症状である場合、うつ病特有の症状であるうっとおしさや、意欲低下があまり目立たず、なかなか気づかない方が多いようです。うつ病の治療法である休養と、抗うつ薬の服用によって、次第に体調が良くなったと感じる可能性が高いので、専門医に見てもらうのが良いでしょう。趣味がなく仕事だけが生きがいだったという人は、定年退職するとほっとしてしまい、目標を失って自分の体調に関心が向きがちです。治療が一段落したら趣味を持ったり、社会活動に参加したりして、充実した老後を送ってください。
【質 問】
80歳の祖父の様子が、最近おかしいのです。夜、ほとんど眠らず、誰もいないのに「そこに誰かいる」とおびえて騒ぎます。2,3日続くと、良く寝られるようになり普段通りの生活に戻るのですが、本人はその時のことを全く覚えていません。老人性の痴呆が始まったのでしょうか。(OL、25歳)
【アドバイス】
普段、物忘れがなく、生活に困らないのなら、痴呆に関してはあまり心配しなくて良いでしょう。この2,3日続く状態は、せんもう状態といいます。これは意識障害の一種で、幻覚、錯覚をともない精神的に不安定になったりします。また、意識がはっきりしていないので、この間の記憶はほとんどないのが普通です。せんもう状態では、意識状態が刻々と変化するため断片的に覚えていることもあります。多くは一過性で一週間以内に収まります。一般に意識障害は脳に何らかの変化が急激に起きたときに起こるのですが、高齢者では脳が脆弱になっているため、発熱、脱水、栄養状態のちょっとした身体的変化が脳に影響を及ぼし、せんもう状態を起こしやすいのです。したがって、断層撮影など脳の精密検査や全身状態のチェックが早期に必要です。おじいさんはぼけてしまったと早合点しあきらめてしまうのが一番良くないのです。
【質 問】
39歳の妻のことですが、3ヶ月前から友人といっしょにジョギングを始めました。熱心にやっているなと感心していると、最近では朝4時に起きて準備体操を始めます。睡眠時間も減っているのに本人は平気な様子です。以前に比べ、良くしゃべり、だれかれなく夜中でも電話をしています。派手な服を着るようになり、金遣いも荒くなったようです。注意すると怒り出します。家事はこなしているのですが、今までと様子がちがうように思うのですが。(会社員、42歳)
【アドバイス】
「よくしゃべり、よく活動し、睡眠不足もなんのその、気が大きくなって衝動買いし、恐いもの知らず、しかし特に奇妙なところはない」といった様子がうかがわれます。うつ病とは逆にエネルギーが満ち溢れている「そう状態」が最も疑われます。これは、体や脳の病息によっても起こる場合があり専門医に診てもらう必要があります。本人は絶好調と感じており受診させるのは一苦労です。本人の自尊心を傷付けない様に家族が心配している事を根気よく正直に説明し伝える必要があります。ご主人が説得してもだめなときは両親など本人が素直に言う事を聞く人に協力してもらいましょう。ともかく家族だけでも一度専門医に相談してみてください。
【質 問】
中学一年生の娘ですが、昨年末から盛んに自分の髪の毛を抜くようになり「そんなことをしているとはげてしまうよ」と注意しても効果がありません。他に変わりなく学校へは毎日行っています。高校進学を控えた中学3年生の兄のちょっとした言動に腹を立てるのが気になります。
(主婦、43歳)
【アドバイス】
自らの手で髪の毛を含めた体毛を引きぬく症状を「抜毛癖」と言います。思春期の女子によく見られ、いろいろな精神疾患の症状として出る事もありますが、文面からその可能性は低いようです。娘さんの場合は症状を通して家族に何か訴えかけているようです。親御さんは髪の毛を抜くことだけに注目して止めさせようとするのではなく、矢や視野を広げ家族全体の問題として考える事が治療の第一歩になります。例えばお兄さんに対する反抗的な態度にも表れているように、受験期の兄にばかり両親の注意が集まる事への何らかのメッセージかもしれません。このように思春期の子どもの行動の変化には家族に何らかのサインを送っている場合があります。両親でよく話し合い、その子に関心を向け直すだけで症状が改善する事もあります。
【質 問】
一年ほど前から不眠で悩んでいます。考え事をして寝付くまでに2,3時間かかったり、いったん寝ても夜中に何度も目が開きます。また、朝早くに目が覚めそのまま寝られない事が週に4,5回あります。不眠の翌日は体がだるく頭もすっきりしません。毎晩今夜は寝られるか不安になります。睡眠薬に頼るのは恐いので寝る前に酒でも飲んだらと思うのですが。(67歳、無職)
【アドバイス】
不眠はうつ病などあらゆる精神疾患の症状として出る事があります。たかが不眠と決め付けずに精神科医に相談されたほうがよいでしょう。その場合には元の病気の治療が優先されますが、今回はいわゆる不眠症について述べましょう。必要な睡眠時間は個人差があります。年齢によっても異なり、一概に何時間寝たらよいとはいえません。寝る事へのこだわりを捨て「今晩眠れずとも明日寝ればよい」と開き直ってみてください。日常生活では、昼間外出し日にあたったり、趣味や社会活動に参加し、生活にリズムをつけてください。それでも治らないときには専門医に相談し睡眠薬を服用する事もよいと思います。最近の睡眠薬は長期間服用しても効果が落ちず、禁断症状がおこりにくく安全性が高いと言えます。アルコール依存の危険がある飲酒より安全です。
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