謎に包まれた不可解なシステム…有性生殖

 御存知のとおり、有性生殖は無性生殖と比べるときわめて効率の悪い生殖方式である。なぜなら、有性生殖では2種類の配偶子(「精子」と「卵子」のこと)が出会ってはじめて生殖が可能となるからである。それに対して、無性生殖では己の意志のみで自由に生殖することが可能である。

 また、当然ながら有性生殖では複数種の配偶子(通常「精子」および「卵子」と呼ばれている)が存在することになるが、これら複数種の配偶子の大きさには著しい差異が生じるのが普通である(大きいほうの配偶子を「卵子」、小さいほうを「精子」と呼ぶ)。このような配偶子間の物理的特徴の相異がその配偶子をつくる個体の行動にまで差をもたらし、その結果卵子をつくる個体(親のうち卵子によるものが「母」、精子によるものが「父」と定義されている)のみが生殖に要するエネルギーを負担することになるからである。

 したがって、先述のとおり有性生殖は効率の悪い生殖方式であるが、言うまでもなくこのように有性生殖を非効率にしている理由はまったく生殖に要する労力を負担しない個体(「雄」のこと。なお、卵子をつくる機能をもつ個体は「雌」、精子をつくる機能をもつ個体は「雄」と定義されている。)をつくることにあるのである。したがって、このような有性生殖において余分にかかるコストはすなわち「無駄な雄をつくるコスト」なのである。

 それにもかかわらず、実際地球上のほとんどの生物が有性生殖を採用している。この理由として、通説では有性生殖にはその効率の低さを補って余るほどの利点があるからであると考えられている。この有性生殖の利点とは、もちろん遺伝情報の多様性である。

 このことを説明すると、有性生殖で生まれてくる子の遺伝子の組み合わせは親の組み合わせと似ているけれど、必ずどこかが異なっている。したがって、いろいろな個体間の交配によっていろいろな遺伝子の組み合わせを持った子孫が誕生することになるのである。このような遺伝情報の多様性のおかげで、たとえ環境が激変しても種のうちのいずれかの個体は絶えず変化する環境にすばやく適応することができ、その結果有性生殖を採用する生物は幾度となく生じた環境の激変にもうまく適応し、生き延びてきたというのである。

 ところで、有性生殖にはもう一つの利点がある。この利点とは、有性生殖では突然変異によって有害な遺伝子が生じてもその遺伝子を除去できることである。つまり、有性生殖では似たような遺伝子を2つ用意することになるので突然変異の結果そのうちの1つが有害なものになってももう1つの遺伝子が正常であればその生物はほとんど影響を受けないのである。

 この利点は世間では意外に気付かれていないが、実はこのもう一つの利点は第一の利点よりもはるかに重要である。なぜなら、4章で述べたとおり突然変異には生物にとって有害なもののほうが有益なものよりもはるかに多いからである。

深まる矛盾…「短期的な利益」と「長期的な利益」の対立

 しかし、こうした有性生殖の利点について考えると、いずれも長い目で見たときにはじめて現れる利点であることに気付くであろう。つまり、先述のとおり有性生殖は無性生殖よりもはるかにコストがかかる生殖方式であるが、この有性生殖は無性生殖では決して生じ得ない遺伝情報の多様性をもたらし、その結果有性生殖を採用した生物は無性生殖を採用した生物と比べて絶滅しにくくなり、このことが地球上のほとんどの生物が有性生殖を採用している理由であると考えられてきたのである。

 しかし、この事実を個体の側から見ると有性生殖は同じ量の遺伝子を残すのに無性生殖の少なくとも2倍のコストがかかる、きわめて非効率な生殖方式にしか見えないのである。そして、個体にとって有性生殖のメリットはその個体が死んだはるか後、すなわちその何世代も後の子孫の代になって「絶滅を免れる」という形でようやく現れるのである。したがって、個体はこの有性生殖のメリットを味わうことがないまま死んでゆくことになるのである。

 しかも、仮にこのように生物が長期的な利益のために有性生殖を採用したと考えたとしても、このことは新たな矛盾を生むだけのことであることがわかる。この新たに生じる矛盾とは、言うまでもなく「生物が有性生殖を採用した目的が長期的な利益(遺伝情報の多様性)のためであるならば、なぜ種にとって百害あって一利なしの雌をめぐる雄同士の争い(雄間競争)を防ぐことができないのか。」という素人にでもすぐに思いつく疑問である。

 しかも、有性生殖の進化よりも雌をめぐる雄同士の争いの進化のほうがはるかに説明が容易である。なぜなら、先述のとおり短期的な利益(ここでは雄間競争に勝つことを指す)による淘汰は起こりやすいが、それに対して長期的な利益による淘汰は起こりにくいからである。ここで、遺伝情報の多様性以外の有性生殖が進化した理由を考える必要が生じてくるのである。

 さらに言うと、この「雄間競争」やそれに伴う

有性生殖が進化した最大(?)の理由

 しかし、ここで一体誰がこの「有性生殖」なる生殖システムで最も利益をあげているかを考えてみると有性生殖がそれほど矛盾だらけで不可解なものではなくなるのである。つまり、有性生殖で最も利益をあげている個体は言うまでもなく雄間競争に勝ってその結果たくさんの子孫を残している少数の雄である。

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