アメリカ人なのになぜ「インディアン」?

 御存知のとおり、「アメリカ・インディアン」(略して単に「インディアン」または「インディオ」とも呼ぶ)はアメリカ原住民を指す言葉である。しかし、その原義は言うまでもなく「インド人」である。それにもかかわらず、われわれはアメリカ原住民のことを「アメリカ・インディアン」あるいは単に「インディアン」と呼んでいる。この理由は、言うまでもなくヨーロッパ人で初めてアメリカ大陸に到達し(ただし、最近ではコロンブスよりも先にバイキングがアメリカ大陸に到達したとする説が有力となっている。)、かつそこに住んでいるアメリカ原住民に接したコロンブスがこの土地をインドの一部であると勘違いしたからであった。したがって、コロンブスはこの土地の原住民もインド人であると思いこみ、この人達を「インディアン」と呼んだのであった。

 それとは独立にアメリゴ・ベスプッチなどもコロンブスと同じく大西洋を渡ってアメリカ大陸に到達し、この土地が当時ヨーロッパ人が知っていたどの土地とも異なる土地であり、かつ既知のどの大陸(ユーラシア大陸・アフリカ大陸)ともつながっていないことが明らかにされたのであった。それからしばらくしてベスプッチはコロンブスより後に帰ってきたにもかかわらず、コロンブスより早く報告書をまとめたので新大陸発見(後に詳しく述べることだが、このことを「発見」と表現するのは誤りである。)はベスプッチの手柄とされたのであった。

 なお、上の文章から「アメリカ」なる名称はベスプッチのファーストネームである「アメリゴ」から来ていることがわかるが、このこと自体がベスプッチがコロンブスよりも早くアメリカ大陸に到達したと嘘をついていたことを物語っているのである(ついでに言うと、ベスプッチは報告書をコロンブスの渡航時期よりも前にさかのぼって偽証したのであった。)。コロンブスは後にこのことで自身が先駆者である証明をするために人生の大部分を費やし、その努力の結果ついにコロンブスがヨーロッパ人で最初にアメリカ大陸に到達したことが正式に認められたのであった。したがって、「アメリカ」のことを「コロンビア」とも呼ばれているが、もちろんこの「コロンビア」なる呼称は「コロンブス」に由来している。

 しかし、当時のヨーロッパ人はアメリカ原住民と同じくらいインド人も侮蔑していたことから「インディアン」の呼称は残りつづけ、その結果最近までごく普通にこの「インディアン」なる呼称が用いられてきたのであった。それでも、最近ようやくアメリカ原住民を「インディアン」と呼ぶのが誤りであることを悟り、このアメリカ原住民を「ネイティブ・アメリカン」(日本語に訳せばまさしく「アメリカ原住民」となる)と呼びかえるのが普通となってきている。しかし、この事実は同時に名がその実体をまったく表していない語の代表的なものである「インディアン」なる語が5世紀にもわたって何の抵抗もなく用いられてきたということをも意味しているのである。

 この理由は、言語が必ずしも体系的、合理的なものではないからである。言いかえると、言語はその意味が「名」(構造)によって決まることは少なく、むしろ語の意味は「インディアン」のように多くの人々に長い間その意味に用いられていたから決まることが多いのである。だからこそ「インディアン」や「酸素」のような名がその実体を表していない語が多数生じるのである。なお、このようにして決まった名称を「慣用名」と呼び、対して実体に基づいて系統的、合理的につけられた名称を「系統名」と呼ぶ。例をあげると、アメリカ原住民についてはもちろん「インディアン」が慣用名であり、「ネイティブ・アメリカン」が系統名である。

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