2004年2月20日(金)。
韻シスト
@GRAND Cafe


「ミラーボール廻してください!」 (by FUNKYMIC)
いやぁ、楽しかった! とにかく楽しかった!
もうね、すっごい心地よくて、爽快感が満ち溢れてるんだな。

韻シストには元々ゆるーい感じの曲が多い。
いい具合に力が抜けているというか、ただゆるやかに気持ちよくリズムを弾ませていくような音というか。 なので、当然かもしれないけど、いい意味で時間を流してくれる空間を韻シストは作ってくれた。
そして、韻シストの言葉には、これまたいい意味で”重さ”がないのだ。
3人のMCがライムは、とても軽快で、絶妙に”軽い”。
一つ一つの言葉のフットワークが抜群にいい。
これって、ディスや社会への抵抗を露わにするヒップホップのスタイルからは離脱したものである気がする。
というか、韻シスト自身も言っていたけど、これは、
「言葉と言葉が繋がっていく時の楽しさや好奇心、興奮。化学変化。」
とでもいうような、正しく言葉を使って音を使って、楽しんだものである気がするのだ。ただただ、なーんもないダラーっとした日常の中で何かを口ずさむようなライムの数々。
しかし、だからと言って、韻シストの言葉達が、大した意味のないものであるかというと、それは全然違う。
「脱力。 倦怠。 いつも通りの日々。 白日。 何でもない友達との会話や遊び。 ちっちゃな幸せな感覚やノスタルジー。」
そういったもんを丁寧に丁寧に、あくまで毎日を生きている視点で切り取っている言葉達は、闇雲なディスや根拠なく氾濫するような社会批判よりも、よっほど聴いた人に何かを残すものだから。
 毎日、何かを批判する必要があるか?
そりゃあ、探せばこーいう人もいるかもしれないよ。
でも、それじゃ何か悲しいとは思いませんか?
世の中に無関心なことは非常にマズイことだとは思うけど、こんなことしてちゃ、今日という中にある何か大切な感覚を無意識のうちに排除しきってしまうんじゃねーですかい? んで、「叫ぶよりも、口ずさむ方が効果的である。」 ということは往々にしてあると思うのです。
そういうことを考えると、韻シストの作る、ゆるーく自然な笑いが生まれるような嬉しくなってしまう時間は、必要で貴重だと思う。

ワンマンと言うことで、2時間近くあったライブは、全体的にゆるやかで肩の力の抜けたまったりとしたものだったけど、そこらかしこに楽しい仕掛けがあったり、フロアが一体になるくらい盛り上がる曲も上手いタイミングで配置されていて、とにかく飽きさせなく、いつでもワクワクするようなテンポのよさ。
ドラムのクーマがいきなりMCを担当しちゃったりする一時あり(もちろん下手くそなラップ、けど、味があって何かカワイくよかった)、ベースのSHYOUが渋い歌をアドリブで聴かせる一時あり、FUNKYMICのボイスパーカッションの炸裂あり(めちゃくちゃ上手い!)、ヒップホップのルーツな名曲を70年代から振り返って韻シスト流にカバーするコーナーあり。
もう、「これでもかっ!」ってくらいに盛りだくさんの内容で、次から次に楽しませてくれる。 何より、当のメンバー自身がすっごい楽しそうなのも、素敵。
MCの時などは、軽い漫才かと思うくらいのやり取りで、みんな笑顔。
サッコンが、アルファのツボイにちょっと似てる(笑)BASIに向かって、 「そんなわけでアルファの一員でもあるBASIさんですが、、、。」 って言った時や、お客さんの阪神巨人の巨人に笑い声が似てる人がいて、BASIが何回も 「また巨人師匠が〜。」 って反応してるのには、かなり笑ろた。
そうそう、積極的にお客さんと絡み、一緒にライブを作っていくような空気も楽しかったのだ! ホントにライブの上手い人達。
もちろん、演奏もかっちょよかったなぁ。
ジャズっぽい音をベースにしたような音は、巧妙な転調がとにかく気持ちいい。

本編最後は、「Heree we go!」でバッチリと〆。
アンコール一発目の何とも自然な懐かしさが漂う新曲は名曲だと思った。 ”癒し”でも”なぐさめ”でもなく、”どこにでもある光景”や”どこにでもあるような友達との会話”であり、その光景や会話がかけがいないもので美しく感じれるようなことを、さりげなく気付かせてくれるものであったから。
で、最後の最後は一番盛り上がること必死の「レッツ☆ダンス」で、巨大なミラーボールが回る。
「手ぇ上げすぎて、関節が痛い、、、。」
「知らん間に踊り飛び過ぎてて、汗でスウェットがジメジメ、、、。」
そんな楽しすぎる大盛況に、清々しい疲労感。
「あー、また早くワンマンライブに行きてぇ!」
うん、すっごいイイライブでしたよ。