2004年8月6日(金)。
矢野顕子
Guest : レイハラカミ
@ザ・シンフォニーホール


「号泣してしまいました。」
音源を耳にして以来、矢野顕子さんの弾き語りはとっても魅力的に思っていた。 だから、ずっと、”一度は生で聴いてみたい!観てみたい!”と思っていた。 しかし、実際に体験してみるとどうだ?
魅力的だとか期待感だとか、もうそんな意識なんてすっ飛んで行ってしまった。
そこには、ひたすらに繊細なニュアンスで奏でられる、陳腐な言い方だけど「ココロが感じて動く」としか言いようのない音達が、時に楽しそうに、時に悲しそうに遊んでいたのだ。

会場は普段クラシックスの演奏会が主に行われている場であり、ちょっと厳かな雰囲気な場だった。
そこに、まるで近所に買い物に行くような、お隣の家に遊びに来たような、身軽さでちょこちょこと表れたおばさん、矢野顕子。
その姿は、とっても親近感があって、かわいらしかった。
けど、一度ピアノの前に座り、唄い、鍵盤を弾ませ出すと、周りの空気が一気に変わっていった。
どんどん、その世界観に引き込まれてしまう。
怖いくらいに奏でられる音に夢中になり、必死に聴こうとし、他のことなんか頭に浮かぶ余裕がなくなる。

「BAKABON」という曲が弾き語られた。
そう、あのマンガの天才バカボンを題材にした歌だ。
” これでいいのだ バカボンのママ バカボンのパパ ”
そんな歌いだしで始まるこの歌で、気が付いたら号泣していた。
自分でも笑ってしまうくらい泣きじゃくってしまった。 歌はこう続く
” 金で買えるのは金色のもの 守り続けてるのは金の心 ”
どこにでもありそうなことを、どこにでもありそうな言葉で綴っている。
でも、この誰にでも分かるような簡単な言葉達は、ピアノを弾いて矢野さんが歌うことによって魔法がかかったように ” 活きている ” 感触を宿していく。 そして、歌は終盤でこう展開する
” バカボンにパパ 私にもママ ”
一気に涙が溢れ出した。
「何なんだろう? この優しい気持ちは?」
なんてことのないこの一節に完全にやられてしまったのだ。
それは、ありふれていることが実にありふれていて、でも、すごく愛おしい大切な大切なものであることを、そっと教えてくれているようだった。

ここで、感情を揺さぶられた自分は、後はもう泣いてばかりだった。
それはもう一緒に行ったしんちゃんに呆れられるほど。
(「BAKABONであそこまで泣く人はあんまりいないと思うよー。」との弁まで頂戴するほど・笑。)
ユニコーンのカバー「素晴らしい日々」、くるりのカバー「ばらの花」、槇原敬之のカバー「雷が鳴る前に」、新曲「Our Lives」、お馴染みの曲「ひとつだけ」そのどれもが「BAKABON」と同じレベルの波動を持って耳に体に響いてくる。
言葉の一つ一つが暖かさを帯びて染み渡ってくる。

一通り弾き語りを終えた後は、ゲストのレイハラカミさんを迎えてのセッション! これは、また弾き語りとは違った素晴らしさに溢れていた。 地下から湧き上がって浮かび上がり、大きく宙をうねりばがら漂う電子音と、ピアノ・歌声のコラボレーションは、
「ヤバイ! すげーよ!」
と、心がワクワク躍りだしてしまいそうになる好奇心をくすぐられるものだった。
特に、「気球に乗って」のハラカミアレンジヴァージョンは素晴らしく、ふわふわとしながらトランス状態になっていくような、緩やかな高揚感が溜まらなかった。
「音と音が心地よい化学反応を起こしているみたい。」
穏やかに音が混ざり合いながら、どんどん驚きを生み出していく。

矢野さんはとても飄々とした才気溢れる音楽家だと思う。
ピアノを弾いている時の、あの狂ったような鍵盤への集中具合と、紡ぎ出される音の意外性と気持ちよさといったら、ホントに酔ってしまいそうになるくらいの感覚に陥らされる。
同時に、放たれる言葉は、ドコにでもいるおばちゃんがごく普通に考えたことを、丁寧に歌っている感じで、とても親近感がある。
そして、そのどちらにも何か得体の知れない素敵で優しい味付けがなされている。 この味付けの正体はこの際どうでもいいのだ。 ただ
「暴れたおしたわけでも、リズムに乗って踊ったわけでもないのに、しっかりと音を体感した感触が残り続けてる!」
そう、このライブは観に行ったのでも聴きに行ったのでもなく、体験しに行ったのだ。 数日後、CDで「BAKABON」を聴いても何度もグッと来てしまったのは、きっと体がそのことを覚えていたからに違いない。