私の研究(最終更新2006年)

難聴者・中途失聴者のメンタルヘルス

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問題と目的

問題意識(1) 聴覚障害の特徴は何か?

 聴覚障害は「見えない障害」「コミュニケーションの障害」である 点が大きな特色である。

 聴覚障害者は外見上は障害を持つことがわからない。また、概して軽い障害であるとみなされる。 このため障害の特性や援助が必要であることがなかなか理解されず、 時には聞こえなかったのを故意に無視したと誤解されることもある。

 一般的には音が聞こえなくても身の回りのこと(ADL)は自分でできるが、コミュニケーションに 制約があるために必要な情報が入ってこないことが多い。このことは職業・家庭・学校での生活に さまざまな困難をもたらす。また人と人との心の交流が難しい。私たちの生活には、講演や 朝礼のような公式のコミュニケーションの他に、単なるおしゃべりのような非公式の多くのコミュ ニケーションがある。単なるおしゃべりと言っても、そこには身近に起こっているさまざまな事象 の情報が多く含まれており、そこで情報を交換することで人間関係が円滑になり、心理的にも安定 する。山口(2003)はこうした「コンサマトリーな会話」の欠如が、中途失聴者・難聴者が不安感・ 孤立感を抱く大きな原因であると指摘している。

 大概の人は社会の中で他の人と繋がって生きている。聴覚障害者は、たくさんの人の中にいても コミュニケーションが十分でないために不安や孤立感を味わっているが、健聴者には理解しにくい ことである。このコミュニケーションの壁は聴覚障害者同士の間にも立ちふさがる。 双方が手話に堪能でなければ、同障者の間のコミュニケーションにも大きな労力と時間が必要であ る。

 障害の種別が何であれ、障害があることは単に機能面で制約があるだけでなく、精神面でも 負担となることが少なくない。特に聴覚障害は「見えない障害」「コミュニケーションの障害」である がために、精神面での負担が大きいと考えられるが、 このことは社会通念としては殆ど理解されておらず、聴覚障害者の心理や精神保健について言及した 書物は数少ない。



問題意識(2) 中途失聴・難聴の特徴は何か?

 一口に聴覚障害者と言うが、ろう者と中途失聴・難聴者に大別できる。

 基本的にはろうは先天性ないしはごく早期に発生したほとんど聞こえない程度の重度の難聴であり, 自分の声を聞くことが難しいので構音障害(発声・発音の障害)を伴う。
 中途失聴は言語獲得後に発生した重度の難聴であり、発生初期には構音にはあまり影響がないが、 時間の経過とともに構音障害が起きる場合がある。

 ろう者と中途失聴者の違いはこうした障害発生時期だけでなく、 基本言語が手話であるか音声言語であるかという点が重要である。ろう者の多くは 手話を用いて同障者との会話を行っており、デフ・コミュニティという同障者の社会を形成して、 独自の文化や価値観を持っている。 一方中途失聴者はコミュニケーション手段は音声言語が基本であり、聞こえなくなると コミュニケーションが大きく制限され、同障者との連絡も取りにくい。 さらに元々聞こえていた人であるから、歩く足音も噛む音も聞こえない世界は自己の 存在すら感じられないことがある。 失聴による喪失感は非常に大きい。

 難聴者の定義は、ろうや中途失聴と比べてさらにあいまいである。広義には聞こえにくいこと すべてを難聴という。そこからろうと中途失聴を除いても、難聴の状態は実にざまざまである。 障害発生時は先天性から老年性まで。聴力も、障害者手帳交付対象は両耳で70dB以上であるが、 実際には40dB程度で補聴器が必要となることが多い。国際的には20dB〜25dB程度以上はすべて 難聴とするところもあり、統一された基準はない。早期から重度の難聴であり言語獲得に困難が あった人と、中年期に軽度難聴になった人では、当然障害の性質が大きく異なっている。

 そもそも「聞こえにくさ」は平均聴力レベル(dB)だけでは表せない。 同じ聴力でも高音部に落ち込みがあったり、音の高さや音色が歪んだり、 二重に聞こえたりすると、言葉の聞き取り(言語弁別能)はずっと悪くなる。
 さらに青年期以後に難聴になった人の場合、耳鳴り・耳閉塞感・ めまい等の不快な随伴症状がよく見られる。これらの症状が「聞こえにくさ」を 強め、さらに不眠症や神経過敏・易疲労性などの精神症状を引き起こすことは稀ではない。 しかし、これらの症状は難聴同様に外見からはわかりにくく、症状の重さを計る検査も確実な 治療法もないために、医学的にも対処が難しい。

 中途失聴者と難聴者は音声言語を基本としている点が共通している。レベルはさまざまだが 「聞こえる」、または「聞こえていた人」であるから、価値観や立居振舞が健聴者に近い。 従って 「見えない障害」という特徴は中途失聴・難聴者に顕著 である。本人をよく知らない人は健聴者だと思い込み、その人が難聴(失聴)者であることを知っ ている人もしばしばそれを忘れ、場合によっては本人も難聴であることを自認できないことも ある。
 軽度の難聴者の場合は会話の大部分が聞こえるが、周囲の状況で聴取能力が大きく変化する。 ある程度聞こえるためにかえって誤解されたり、支援が受けられなかったりする。 周囲の無理解が中途失聴者・難聴者の孤立感を強め、 精神的に追い詰めている場合が多い。



問題意識(3) 中途失聴・難聴者のリハビリテーションとは?

 リハビリテーション(Rehabilitation)とは、心身の障害のために権利の行使を妨げられている 人々に、その権利の回復、すなわちその「全人的復権」を図ることである。 その中には先天性の障害を持つ人へのハビリテーション(Habilitation)も含まれている。

 リハビリテーションには医学的・教育的・職業的・社会的・心理的分野の5分野があるが、 わが国においてはリハビリテーションと言えば身体障害に対する医学的リハビリを指す事が 多く、社会・心理面でのリハビリテーションはそれほど注目されてこなかった。

 聴覚障害者に対するリハビリテーションでは、まず補聴器や人口内耳など補聴に関する 医学的リハビリテーション、ろう学校や難聴学級での教育的リハビリテーションがあげられる。 また障害者手帳による給付や文字放送といった社会的リハビリテーションも徐々に進んできた。 社会的リハビリテーションは、2001年のWHO国際障害分類第2版(ICF: International Classification of Functioning, Disability, and Health)における環境因子に相当し、 障害を持つ人の権利行使を保障するために、環境(社会)側が変化していくことを指す。

 しかし、聴覚障害が「見えない障害」「コミュニケーションの障害」であるために起きる 心理的な困難に対する支援活動(心理的リハビリテーション)はこれまであまり行われて こなかった。中途失聴者・難聴者は周囲に理解されない、コミュニケーション が難しい、孤立しやすいといった点で悩むことが多いと思われるが、 メンタルヘルスの状況はいまだ十分には調査されていない。カウンセリングや精神医療等の実践 も緒に就いたところと言えよう。

 心理的リハビリテーションは実は社会的リハビリテーションと連動している。 社会全体の中途失聴・難聴者への理解が進み、権利が十分保障されるようになれば、 心理的困難も軽減される。しかしここでもまた「見えない障害」であるために 社会(環境)の聴覚障害者・難聴者への理解が進まず、権利を保障する動きも遅々として進ま なかった。その中で2001年に医師・薬剤師・看護師などの欠格条項が廃止され、聴覚障害者が これらの医療職に就くことが法律上可能になったことは大きな進歩である。しかし職場や学校 などの養成機関での情報保障はまだ多くの課題を残している。



調査の目的
 以上のような問題意識から、中途失聴・難聴者のメンタルヘルスや心理的問題の状況を調査し、 心理・社会的援助のあり方を考察する。



主な参考文献(出版年順)
藤田 保 1992 「聴覚障害者の心的世界」(水島繁美・土肥信之編『精神心理的アプローチによる リハビリテーション医学』) 医歯薬出版
社団法人 全日本難聴者・中途失聴者団体連合会 1995 『補聴援助システムとリハビリテーション』
大田仁・南雲直二 1998  『障害受容ー意味論からの問いー』 荘道社
村瀬嘉代子(編) 1999  『聴覚障害者の心理臨床』 日本評論社
中野善達・吉野公喜(編) 1999  『聴覚障害の心理』 田研出版
上田 敏 2000  『リハビリテーションの思想 第2版−人間復興の医療を求めてー』 医学書院
鈴木淳一・小林武夫 2001  『耳科学ー難聴に挑むー』 中公新書
社団法人 全日本難聴者・中途失聴者団体連合会 2002 『難聴者の聞こえと生活についての実態シン ポジウム報告集』
山口利勝 2003 『中途失聴者と難聴者の世界 −見かけは健常者、きづかれない障害者ー』   一橋出版
聴覚障害をもつ医療従事者の会 2006 『医療現場で働く聞こえない人々』 現代書館


 
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