私と突発性難聴

私と突発性難聴
突発性難聴って何? 10日後 1か月後
1年が終わるまで 3年後(大学院入学時) その後の経過





1日目:突発性難聴って何?

1998年3月末 今日はパソコンを取りに行く日

  教員の3月は忙しい。連日の会議の合間にその年の書類を書き上げ、新学年を迎える準備も しなければならない。ようやく日曜日がやってきたが、身体がだるくてなかなか起き上がれない。
「今日はパソコンを取りに行く日だった!」
その日、私は初めてのパソコンを買い、その場で1日講習を受けることになっていた。
 外に出ると、何か奇妙だと感じた。耳にはビュービューと風の音が響くのに、それほど強い風は 吹いていない。足元もふわふわしてたよりないが、とにかく会場に向かった。
  初めてのパソコンは予想以上に難しかった。頭は痛くなるし、講師の声ははっきりしない。 エアコンが古いのだろうか?ガタガタという音が異常に響いてくる。帰る頃には風の音は ますます大きくなったが、やはりそれほど強い風ではない。歩いていると急に後ろから大きな 車が近づいてくる音がした。ところが、道路の脇によけた私の横を通り抜けたのは、なんと50ccの ミニバイクだった。
「耳に何かが起きた!」
この時ようやく私はそのことに気がついた。「明日は耳鼻科に行かなくては。」その夜は時々うつら うつらする以外はほとんど眠れなかった。いつでも、どこでもすぐ眠ることが特技だった私は、 この日から突然不眠症に苦しむことになった。



2日目 近所の耳鼻科へ行く

  目がさめるとエレベーターの中にいるように耳がつまった感じがして、音がはっきりしない 。それでいて少し大きな音はうるさくてたまらない。食べ物やつばを飲み込むと、キーンと いう高い耳鳴りがして、めまいが起きた
  近くの耳鼻科はいつも混んでいる。2時間半待ってようやく診察。聴力検査で左耳のみ低音部・ 高音部ともに30〜40dB(デシベル)の軽度の難聴になっていることが分かった。自覚症状は音が響く、 うるさいということだったが、実は難聴だったのだ。医師は雑誌のコピー1枚を私に手渡す と簡潔に説明した。
突発性難聴という病気です。 原因は不明で、確実な治療法もありません。とにかく治療開始が早いほうが治癒率は高い です。軽い人は自然に治ることもありますが、とりあえずステロイドの錠剤を飲んでみて 下さい。安静にして明日また来てください。」
ステロイドは強力な抗炎症作用を持つが、副作用も大きいことは私も知っていた。どうやら思って いたよりずっと難しい病気らしい。家に帰ると、医師からもらった雑誌のコピーを何百回も読み返し、 百科事典や家庭医学の本をすみずみまで調べたが、得られた知識は僅かだった。
<解説> 音が聞こえるしくみ
  音は本来は空気の振動である。耳介(じかい、みみたぶのこと)で集められた音は外耳道を 伝わって鼓膜を振動させる。ここから先が中耳で、鼓膜の振動はつち骨・きぬた骨・あぶみ骨という 3つの耳小骨(じしょうこつ)を伝わって、内耳の蝸牛(かぎゅう かたつむりの形)へと伝わる。 蝸牛の中はリンパ液で満たされており、中耳から振動が伝わってリンパ液が振動すると、 有毛細胞がそれを感じ取り、振動を電気信号に変えて聴神経に送り、脳が電気信号を読み取る。 私たちが音を聞けるのは、空気の振動を電気信号に変えるしくみが働き、さらに脳が電気信号を 読み取っているからである。
  突発性難聴は蝸牛の有毛細胞に異常が起きて、聴神経に正しい電気信号を送ることができ なくなる病気である。つまり内耳の異常による感音難聴の一種である
私がこれを理解できたのはずっと後のことだった。


3日目 症状の悪化

  何度か浅い睡眠と覚醒を繰り返した後、私は騒音で目覚めた。ジィジィ・シューシュー・ ビューンビューン、何種類もの音がからみあって常に変化するひどい耳鳴りが始まっていた。 何かを飲み込めばこれにキーンという音も加わる。これ以後耳鳴りは1秒も止まず、私は 半永久的に騒音の中に閉じ込められてしまった。
  この日には小さな音は明らかに聞こえにくくなっていた。それでいて普通の音はうるさくて たまらない、二重に聞こえたり、異常に響く音もある。テレビ、ラジオ、目覚し時計…音の 出るものはすべてボリュームを落とすか、スイッチを切った。掃除機も洗濯機もうるさくて使えない。 キッチンでは換気扇の音がうるさくて、料理することもできなかった。
  耳鼻科で2度目の聴力検査を受けた。結果を一目見た医師は表情をこわばらせて「紹介状を 書きますからA病院へ行ってステロイドの点滴を受けて下さい。胃潰瘍などの副作用が出るかも しれませんが、これ以上悪化させないために必要です。」と厳しい口調で言った。 聴力は低音部で50デシベル(dB)、高音部は70デシベル以上(dB)へと急降下していた。
  私は以前から何度も十二指腸潰瘍にかかっている。すぐにかかりつけの内科医であるO医師に 相談した。「確かに潰瘍が再発する可能性は高いけれど、今は耳の治療が先決です。その症状は 辛いでしょう。」O医師は本当に私のことを案じて下さっていた。その優しさが嬉しく、同時に 突発性難聴の治療が急を要する ことがよく分かった。


4日目 大病院での治療…ステロイドの点滴を中心に

  A病院への通院は車を使うしかない。けれども車のエンジン音は耳にガンガン響く。しかたなく 窓を全開にして、音が車内にこもらないようにして走った。4月初めの冷たい風が吹き込んで、 ヒーターを最強にしてもがたがた震えるほど寒かった。
  A病院は耳鼻咽喉科が三診まである、県下でも有数の大病院である。ここでまず困ったのは、 騒音の多い窓口での受付・呼び出しなどの声が聞き取れないことだった。診察室に 入っても、一診から三診まで何のしきりもないので、担当医の話と隣の医師の話が混ざり合って、 なかなか理解できなかった。
  初診は2時間近く待って、聴力検査から始まった。左耳の平均聴力レベルは 35デシベル(dB)。 近所の耳鼻科医院からの紹介状を持っていったためか、診察は1〜2分、医師からの 説明もきわめて簡潔だった。

  早速、検査と点滴を受けるため検査室や薬局に行くように言われたが、 これがまた難事業。初めて来た大病院の中はまるで迷路。案内板は少ないし、誰かに 尋ねようにも言葉が聞き取れない。外来はどこに行ってもざわざわと騒々しく、頻繁に館内 放送が入って頭に響く。右往左往して検査を終え、薬局で薬をもらって、耳鼻科に戻り点滴を受けた。

  ステロイドの副作用はすぐに現れた。帰宅したのは午後2時過ぎだったが、昼食も 夕食ものどを通らなかった。一般的には食欲が増進するようだが、私の場合は食欲不振が 続いた。気分の変化も激しかった。帰宅後数時間は急に気分がよくなり元気が出たが、 その後は逆にひどく気分が落ち込んで、動くのもつらくなった。全身がかっかとほてるかと 思えば、急に体が冷える。その日は睡眠薬を飲んだので早くに眠れたが、午前2時半に目が 覚めて、それ以後は眠れなかった。 その後1週間、ひどい睡眠不足でありながらまるで眠気を感じなかった


発病当時をふりかえって

  一番残念に思うのは、医師とのコミュニケーションが十分にとれなかったこと
  私の場合はめまいが軽く、聴力も平均35dBと重い障害ではなかったため、激しい耳鳴 り・うるさい音・歪んだ音といったつらい症状を理解してもらえなかったように思う。 急に難聴になって聞き取りができず、医師との会話が困難であったし、精神的にも混乱していて うまく説明できなかった。また初めて来た大病院の雰囲気と、非常に忙しそうな医師の態度にも 圧倒されて、自分の症状を訴えることができなかった。
  近所の耳鼻科での治療も、A病院での治療も全体的には適切なものだったと思う。ただ一般 的には症状が重いときには入院・安静が原則であるのに、私の場合は通院であり、安静にするよう にとの指示もなかった。これはA病院の方針なのだろうか。
  結局、突発性難聴とは何なのかという 説明は、近所の耳鼻科で1枚のコピーをもらった以外はしてもらえなかったので、分からないまま 治療を受けていたのである。そして主治医に理解されていないという不安感・寂しさは最後まで 続いた。



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