Stojko set to walk the walk
CAM COLE, The Edmonton Journal HAMILTON -


もしBarbara Ann Scott*が今週エルビス・ストイコの額に手を置き、1948年St.Moritzで開催されたオリンピックで彼女自身が金メダルを獲得して以来カナダ人のシングルスケーターを50年にわたって苦しめてきた呪いを取り除けるとしたら、間違いなく彼女はそうするだろう。

しかしカナダのスケート界に君臨する君主は69歳になり、シカゴの自宅で肺炎と闘っているのが実情である。彼女以降のカナディアンスケーターを締め出し続けているメダルの50周年式典に出席するには「あの世と行き来する」というコメントを残している。

だがエルビスが長野で自分用の金メダルを得るチャンスは、変わらずに存在している。

彼が信奉しているのは禅であり、神秘の力ではない。

Barbara Annの因縁で悪影響を受けることはないが、ジャンプがうまくいけばそれに越したことはないと彼は言う。

「カルマ?ん?」
水曜日。根掘り葉掘りのメディアの視線の元に、格闘技や禅と結び付けられて何年にもわたって取り沙汰され続けている人間が概して受ける質問であることを知りながら、彼はくすくす笑ってみせる。

たとえば3日間伸ばしっぱなしのひげのように。「前にひげが伸びていた時に、マスコミの皆さんは精神修養的なものだと思っていたようだけど、単に何日か髭剃りを棚に置き忘れていただけなんだよね。」

しかしBarbara Annのことに関しては――

「そうだね、確かにいい因縁に結びつける人もいれば悪い因縁に結びつける人もいる。でも僕は常に自分のエネルギーを自分で作り出すことができていたから。ダグ(リーコーチ)もその一人だ。」

そして今週の彼のミッションは、自分自身でパワーを生み出すこと。この会場には何も、誰も彼を駆り立てるものがないから――おそらく思い出以外には。

まさに5年前のここ、Copps Coliseumでのストイコとカート・ブラウニングの熾烈なライバル争いがこのスポーツをカナダのマイナースポーツから押し上げ、国内選手権を初めて一大イベントにしたのだ。そして3年間非常に高いレベルにいたにもかかわらず**、カート・ブラウニングの影に埋もれていた小柄な偉人が世に知られることになったのが1993年のこの地だった。

「1993年のおかげでハミルトンには縁がある気がするよ。」ストイコは言う。「すごい熱戦で、あの時からスケートが大きな一歩を踏み出した。カートと僕が旋風をもたらしたんだ。確かにプレッシャーはあったけど、生きているという実感があった。平坦な人生を誰が送りたいと思う!?」

その年のテレビ視聴率は天井知らず。カナダスケート界には国際競技クラスの女子シングルスケーターがまだ数名おり、近いうちにチャンピオンになるであろうペアのイザベル・ブラスール&ロイド・アイスラーがまだ健在で、アイスダンスのボーン&クラーツ組は初の国内タイトルを獲ったばかりで壁を越える力を持つ期待のホープだった。

悲しいかな、そのサイクルもほぼ終わりにさしかかっている。

4年前のリレハンメルと同様、ストイコは金メダル候補であり、スキャンダルな採点とジャッジ間の談合の上でのブロッキングにまみれる現在のアイスダンスという競技ではその信憑性は常に低いかもしれないが、ボーン&クラーツ組もそうである。しかしこの3人以降の見通しは非常に暗い。

エルビスに話を戻すと、カナダのシングルスケート界がオリンピック制覇を渇望しているにもかかわらず、1972年以来世界チャンピオンがオリンピックチャンピオンにも輝いたのは1984年、アメリカのスコット・ハミルトンだけである。

「どうしてそうならないんだろうね。」ストイコは言う。
「ナンバー1で臨む人間には大きなプレッシャーがかかるし、そのせいでより難しくもなる。僕は前にそんな立場に立ったことはあるけれど、全く影響しなかった。もし僕がミスをすれば周りはプレッシャーのせいと受け取るかもしれない。僕は単に調整ミスのせいだと受け取るよ。」

「僕はプレッシャーを楽しむよ。世界チャンピオンとしてオリンピックに臨んで金メダルを獲るチャンスがあるなんて夢のようだし、それが実際に起こっているんだ。なぜ怖れる必要がある?そのプロセスを楽しむよ。その流れを。楽しくあるべきなんだ。」

「50年?単なる数字ではない、紛れもなくチャレンジなんだ。」リーは言う。「それが何になるだろう?僕もプレッシャーは感じていない。準備はできている。」

「プレッシャーというのは結局自分で自分に与えてしまうものなんだ。自分の肩に背負ってしまうもの。その日に表面に現れて、ひどい出来になってしまう。ものすごい試合なんだ。世界で一番のショーだよ。」

だが1994年のオリンピックチャンピオンであるアレクセイ・ウルマノフがメンバーに含まれていた時ほどの激戦にはならないかもしれない。というのもこのロシア人は前年のローザンヌ世界選手権***で股関節を痛めてしまい、シーズン全てを棒に振り、ナショナルチームから外されたのだ。

「彼は仕上げてくると思っていたし、出てくると思っていた。彼のケガがそんなに深刻だとは知らなかった。」ストイコは言う。「残念だよ。彼はずっと活躍しているすばらしい選手だけど、物事は理由があって起こるものなんだ。」

この場合の理由は、エルビスの難度についていこうとしたためかもしれない。ウルマノフおよび他の選手達は肉体の限界を超える息まで根を詰めてしまっている。四回転ジャンプを降りようと躍起になっているトッド・エルドリッジは今は回復しているものの、肋骨付近の筋肉を痛めた****。イリヤ・クーリックは去年の秋に自分のスケート靴のブレードで突き刺してしまった。彼は先月ストイコをミュンヘン*****で破るぐらいに回復してもいる。

「他の選手が四回転やコンビネーションを入れようとしているのは知ってるよ。でもこのスポーツで根を詰めるとケガをする。」ストイコは言う。「ケガをしてきたけど、そのいくつかはやりすぎて起こったものなんだ。疲労が要因の一つになる。」

ストイコが確信していることは、長野で勝つにはパーフェクトでなければいけないということだ。というのも滑る度に、ジャッジの胸の内での彼は常に優勝候補の対象外であるから。

「もし僕がミスをするといつも拡大されて受け取られる。そして、ドン!取り押さえられるんだ。でももしそうなれば、受け入れるよ。くよくよするべきことではないし。」

「ナンバーワンであることでかかるプレッシャーはある。まだそんな経験はないけれど、もし少しでもやり損なったら、チャンピオンであることがフォローになるだろう。そんなことは今まで全くなかったし、欲しいと思ったこともなかった。」

「プレッシャーがかかる人がいて、僕はそうでない。影響があるかな?」エルビスはそう言って、目をくるっとさせる。「物のとりようだよ。もしメディアや周りのものを全て遠ざけて、オリンピックがテレビ放映されることがなくて、試合会場に誰も入れないとしたら―――何のために出るんだ?チャレンジするんだ。そういう他の要因が加わっても変わることはない。ホッケーのチームと知名度を競うために出るわけじゃない。」

「プログラムを始める位置についている時に、誰が見ているか、カメラの向こうに何人の人間がいるか、ミスしたらどう言われるかなんて考えていないよ。」

以上が本日彼が話したことである。

彼が5つの輪が描かれた氷の上に立つ時、その脈拍をチェックすることにしよう。






蛇足の思い出話解説とツッコミ

*:Barbara Ann Scottについてはwikipediaのこちらをごらんください。私もぜんぜん知らない方なので。

**:エルビスの国内戦シニア参戦は1990年からで、1993年まで火花を散らしながらもずっと2位。1位はもちろん、あの方です。

***:1997年ローザンヌ世界選手権でウルマノフはショートを1位で通過。ところがフリーの日までに痛めたらしく、フリーではウォームアップで滑っていながらも本番の滑走時に棄権を表明。ショート4位だったエルビスがフリーで1位を獲り、逆転優勝となったのでありました。(当時予選の順位は影響しません)
(これを解説するようになるとは…時間の流れは速いものです。)

****:エルドリッジは1997年ラリック杯のウォームアップで思いきり転倒しました。1ヵ月後のファイナルには出場し、このシーズンの全米もしっかり獲っています。(これを解説するようになるとは…以下同文。)

*****:ミュンヘン開催のファイナルのことです。ちなみに1位:クーリック、2位:エルビス、3位:エルドリッジ。

それにしても髭剃りを置き忘れたからって3日間放っておくのもどうかと思いますが…別のを買うという選択肢はなかったのか?男性の方、そんなものなんですか?