CPはオリンピックに3回出場経験を持つベテランのフィギュアスケーター、エルビス・ストイコにアスリートにとって世界で一番のビックイベントがどのようなものかを尋ねた。


Monday, January 21, 2002
Winter Olympics

By ELVIS STOJKO, CP

オリンピックは他の試合と全く違う。他の競技のトップ選手が集まるので、選手村に着くとノルディックスキー、バイアスロン、ジャンプ――数えきれないぐらいの競技の6フィート6インチの選手達に囲まれることになるだろう。

始めは面食らうが、その場にいるうちに家にいるような気分にもなる。自分がいるフィギュアスケート界には兄弟姉妹がいるが、オリンピックはある意味いとこといるようなものだ。彼らのことを知ると、結局みんな同じ畑の人間なんだということを理解するようになる。

初めてのオリンピックは1992年、フランスのアルベールビルだった。

試合会場からバスで45分の所にあるサブの選手村のロッジに滞在した。ショートトラックのスピードスケーター、女子のスキー選手のチームと同じ建物だった。大きくていい部屋で、僕はクリス・ワーツと同じ部屋だった。通りを行ったところにカフェテリアがあり、世界中から集まる選手に対応できるように全ての種類の食事が用意されていた。

選手村ではシルク・ド・ソレイユのようなエンターテイメントのイベントがある夜もあった。いつも何か違うイベントが行われていて、すごく楽しかった。

カート・ブラウニングと僕はビデオカメラを持って、いわゆる「エリック・リンドロス***を探せ!」を撮りながらその辺を歩き回った*。なのにやっと彼を見つけた時にはカメラを持っていなかった。

1994年のオリンピックではフィギュアスケートの会場がリレハンメルの中心地から離れたHamarにあったので、もう一つのサブの選手村に滞在した。ヴィクトール・クラーツと相部屋で、またショートトラックの選手と同じ建物になった。ショートトラックの選手とは同じリンクを使うので、いつも一緒になるのだろう。カフェテリアが下の階にあったので、食事のために外に出る必要がなかった。

開会式ではボブスレーの選手達にたじろいだ。このでかい連中全員と一緒に写真を撮った。いい人達で、ものすごい大騒ぎだった。

1998年、日本での長野の時は全く違った体験をした。

この時はカナダチーム全体がメインの選手村に滞在し、僕の部屋は小さい個室だった。窓から隙間風が入ってきてとても寒かったので、ヒーターを取り付けた**

カフェテリアが大きかった。スシ、マクドナルド、全てのものを一そろい、ほしい物は何でもあり、24時間開いていた。選手村の別の場所にはビデオゲーム、店、日常品を買えるところ、そしてインターネットカフェがあった。

ある日カフェテリアへ行く途中、NHLの選手が試合から戻ってくる所だった。彼らの何人かは知り合いだったので、歩いていってリンドロスやブレンダン・シャナハンと話をした。ウェイン・グレツキーもいた。彼らはビッグネームだけど、僕らと同じようなアスリートだった。

ショートプログラム当日の練習で、脚を痛めた。リンドロスと他のホッケー選手何人かがその場に見に来ていた。痛さのあまりに涙が出た。コーチ、ウーシー・ケスラーとダグ・リーの所に滑っていって脚を痛めてしまったことを話した。大丈夫かどうか訊いてきた。もう少し滑り回って、力をかけられない状態であることを確認してから、彼らの元に戻って最悪の事態であることを確認した。エリック(リンドロス)が通路を歩いてきて名前を呼んで、こう言ってきた。「Good luck tonight. 俺達今日のチケット持ってるんだ。応援に行くよ。」

この時の僕は「Oh God, どうすればいいんだろう?」という状態だった。とにかく強くあろうと、「おう、来てくれてありがとう。またあとで。」と返した。脚は少しおかしかったけど、それも吹き飛んだ。気持ちが高まっていた。

その夜はひたすらクリーンに滑り、できることの全てをやった。その時にできるベストのやり方で対応しようとした。(編集注:ストイコは銀メダルに輝いた)

今はソルトレークシティーでの4回目の冬のオリンピックで滑るのを楽しみにしている。

98年のオリンピックでカフェテリアにいた時に、他の競技の選手のグループが互いを突っつきあって「おい、スケートのエルビスだよ。オリンピック3回目の。」という様子だったのを覚えている。まさに92年の僕みたいな。「おい、ヨハン・コスだよ。ノルウェーのスピードスケートの。」他人に指を指される立場になったんだ。
今回は4回目の冬のオリンピックだから、またその立場になると思う。どれくらいの選手が4回オリンピックに出るか知らない。でもそんなに多くはないだろう。

どのオリンピックでも開会式でスタジアムに入っていく時の気分は最高だ。思い浮かべるだけで身震いする。その場に参加できるのはすばらしいことだ。その時にオリンピックが始まることを、それに自分が参加することを実感する。その場に再び居合わせることを本当に楽しみにしている。


蛇足の思い出話解説とツッコミ

*:このビデオ話はよるさんの所の「4 amigos」にもう少し詳しく載っています。道行く人達にインタビューしながらエリック・リンドロスを探すというロードムービーのようなビデオを二人で撮ったそうです。
思考回路が一般人…何気にミーハーなのか(笑)?カート先輩がずっと仕切っていてエルビスはずっとビデオカメラ持ち役だったと妄想してるんですが。

**:長野オリンピックのペアフリーの放映でカナダ選手の間でインフルエンザが大流行したことがコメントされていました。エルビスも風邪をひいていたそうですが(表彰式で咳してたものね)、このせいだったのね…。

***:エリック・リンドロス(以前のインタビュー訳でも出てきました)、ブレンダン・シャナハン、ウェイン・グレツキー。いずれもNHLからオリンピックに参加したいわゆる「ドリーム・チーム」の一員だそうです(NHLは全く知らないので検索しました^^;)。この時のカナダアイスホッケーは有力候補だったのですが、惜しくもメダルを逃しました。


それにしても選手村の生活、めちゃめちゃ楽しそうですね〜。この辺りのコメントは97年発売のエルビスの写真集「Heart and Soul」とかぶる部分があり、本当にそうなんだなと読みながらほのぼのしています。
ちなみにソルトレークシティーでのエルビスは開会式と閉会式の両方に参加したようで、カナダのテレビに映っていたそうです。

あとさらっと事の真相が書かれていますが…リンドロス、やばいというのをわかって声をかけたんでしょうか。
長野のショートは終わった後に立ち上がる様子が辛そうで、おかしいなとは思っていたのですが…。