笹ゆり讃歌
笹ゆりルネッサンス
笹ゆり日記
「笹ゆりが消える時」(エッセイ)
率川神社の三枝祭(ゆりまつり)
梅雨時に里山にひっそりと咲く笹ユリを私はこよなく愛している。その独特の気品と香りは里山の姫にふさわしい。この笹ゆ
りにほれこんで、ここ10年ほど故郷の柳生で笹ゆりの探索ハイクを行ってきた。このページは私の笹ゆり讃歌である。
笹ゆりルネッサンス
笹ゆりの開花状況
2008年6月15日、観察のため、つぼみが閉じた1輪の笹ゆりを持ち帰り開花状況を観察した。
6月16日夕方、つぼみの先がほんの少し開きかけた状態
6月17日朝、少し開きかけ
6月18日朝、3分から5分咲の状態
6月19日〜21日 完全に咲いた状態
6月22日朝8時20分 花びらの先が少し茶色っぽくなる
同9時20分 花びら落ちる。一部は残っている。
2005年の観察と同じく、笹ゆりは4日間ほどしか咲かないことがわかる。
笹ゆりは何故消えたか?!
笹ゆりはかつては里山でごく普通に見られた草花である。これが最近では野山にいってもほとんど見ることができない。では完全に消えてしまったのかというと、よくみればあちこちでひっそりと咲いているというのが現状である。しかし、どうしてこれほど見られなくなったのだろうか。
この笹ゆりが見られなくなった時期と、日本の農業の衰退の時期が重なっているように思われる。農業の衰退していくここ20〜30年に笹ゆりの生育地ではどういう変化が起こったのだろうか。まず減反や耕作放棄によって、田んぼのまわりの草が刈られなくなった。この結果、笹ゆりはすすきや他の草に負けて生育条件が失われていったと考えられる。もう一つは、田んぼが作られているところでも、機械化が進み、草刈機が急速に普及して、5月ぐらいに茎を伸ばしだした笹ゆりを草といっしょに切ってしまって、6月の開花を迎えることがなくなった。
笹ゆりは適度の草刈と40%〜50%の光があたるような条件があれば広がっていく。現に、草刈機で刈るのが難しいような急な斜面には笹ゆりが生育している。逆に、いったん雑木が切られて草も刈られた箇所で、数年前には10本ほど咲いていたのに、今ではすすきが伸びて笹ゆりはほとんど見られない所もある。
自然の条件の下では、1本から200〜300個の種が飛んでも5年後に咲くのは1本か2本である。それほど適地を選んでいるともいえる。かつての里山は稲作と結びついて適度な草刈がおこなわれていたためにあちこちでみられていたのだろう。したがって、かつての農村でおこなわれていたような草刈と雑木の手入れをしっかりすれば自然な状態で笹ゆりが広がっていくものと思う。
花の命は短くてーーー笹ゆりは何日咲いているか?
笹ゆりは果たしてどれくらいの日にち咲いているのか、自宅に2005年6月19日につぼみの状態で持ち帰ったのを観察してみた。
6月21日(火) 朝、つぼみが開きかける。夕方帰宅すると咲いていた。
6月25日(土) 朝、花が少しすぼみかけている。夕方帰宅すると、2輪のうちの1輪が落花していた。
6月26日(日) もう1輪もほとんど落花。
結局、咲いていた日にちは4日間だけである。咲き始めると一気に満開の状態になり、数日間花を開いている。そしてすぼむとすぐ落花していくことがわか った。なんともはかない命というべきか。それだけに、咲いている間がなんともいとおしい。
<花が散った後の笹ゆりの状況>
2005年7月2日(土) 葉っぱは完全に枯れてしまった。花が散ったあと小さなつぼみ状のものが付いている。これが「さく果」と呼ばれるもので、通常ふくらんでいって果物の実のよ うな状態になる。この中に100個以上の種子が入っている。11月ごろにこれが割れて、なかから種子が飛び出していく。持ち帰った笹ゆりのさく果が果たしてふくらんでいくかどうか はわからないが、受粉はしたようだ。
(*後日談; 葉っぱが枯れたので、枯れていると判断した妻が捨ててしまった。いずれにしても、ユリ根の部分から栄養をもらってさく果の中の種になっていくのだから、ユリ根がない 状態では種ができなかったと考えられる。)
笹ゆりの開花時期
奈良県では笹ゆりはいつごろに咲くか。早い所では、6月の初旬に咲き始め、中旬にピークを迎える。中旬すぎに、遅れて開花したのが満開になる。
新聞報道によると、「桜井市の三輪の大神神社で見頃を迎える」(2005年6月7日付け朝日新聞)、奈良市学園前の「大和文華館で咲き出した」(2 005年6月7日付け奈良新聞)とある。
奈良市柳生の山小屋の周辺で観察を続けたある笹ゆりは、2005年5月29日小さなつぼみ、6月10日つぼみふくらみもうすぐ咲きそうな雰囲気、 6月19日咲いた後、しぼみかけた状態であった。数日前まで咲いていたと思われる。6月19日、同じ柳生の別の場所で、20本ぐらいまとまって咲いて いた。この周辺では、すでに盛りを過ぎていた笹ゆりも確認した。また同日、柳生の別の場所ではまだつぼみの状態の笹ゆりを見つけた。この笹ゆりはかな り日陰のところで育っていた。日あたりが弱くて開花が遅れていたと思われる。
吉野郡では、2005年7月7日天川村でちょうど満開の状態だった。奈良の北部・中部とは開花時期に20日から1ヶ月ぐらいの差があるのがわかる。
笹ゆりの「大敵」
笹ゆりを観察してきて、咲かなくなった箇所の事例を二つあげることで、笹ゆりが消えていく原因をさぐりたい。
ケース1.田んぼの周りの里山の雑木が切られた。その後、数年して笹ゆりが10本ほどまとまって咲いていた。ところが、田んぼに近い部分にすすきが広がってきて、数年して完全に消えてしまった。
ケース2.ゴルフ場が作られ、その調整池のほとりに10本近く咲いていたが、これも消えてしまった。この調整池から少し離れた下部では、一旦草が刈り込まれた。そこに笹ゆりが数本見られたが、やがてススキが猛烈に広がり、笹ゆりは消えてしまった。
この2つのケースはススキが広がると、笹ゆりが消えていくことが推測される。すすきは頑丈な根を張るため、笹ゆりが生息していく余地を奪ってしまうと考えられる。
もう一つあげれば、笹のひろがりをあげることができるだろう。笹はどんどん根を伸ばしていき、密生するとこれも笹ゆりの生息できない状況になる。根が張るという問題と、笹の背丈が人間ほどになると、光が入らなくなり、笹ゆりにとって最悪の状態となると考えられる。
この二つの大敵を適度に処理することが笹ゆりの復活につながる。かといって、完全にこれらを退治したとしても完全に草を刈ってしまえば、光が入りすぎて、生育条件によくない。適度に草が生えている状態がいいのである。
笹ゆり日記
奈良市柳生の里山の笹ゆりは毎年6月中旬に咲きます。この可憐で気品のある笹ゆりをこよなく愛しています。
「笹ゆり日記」は、この笹ゆり探索ハイクの記録です。
2011年
6月14日、笹ゆり探索ハイクを行った。山小屋周辺では、まだつぼみをつけないのを2本確認。これは来年咲くかもしれ
ない。5月に来た時に思わぬ発見で、ゴルフ場の境界の所に2本生えていたが、これも来年咲くかもしれない。下の茶畑
の所では、昨年数本確認したが、今年つぼみ2本と子ども10本を確認。
本命の茶畑の所では数本が咲いている状態。10本ほどつぼみの状態のを確認。ここは群生しているように咲いていた
時もあるが、最近は減ってきている感じがする。
下出では、満開2、つぼみ4の状態。
田中道の田んぼの所では、2ケ所ほど6本ずつ確認。いずれもつぼみの状態。さらに進ん小屋の近くに2本咲いている
のを確認。
実家の小池谷では、満開が1本、咲いているのが1本、つぼみが3本で1昨年の10数本には及ばない。ちなみに、昨年
は9本が咲いていた。
今年は全体として例年より開花が遅れているようだ。多分、あと1週間ほどが見ごろかと思われる。もう一度行ってみた
いと思っている。
6月20日、再度笹ゆり探索ハイクを行った。この日は午前中雨。予想通り、笹ゆりの花はちょうど見ごろのものが多かった。
開花の時期は一番見つけやすいが、今回ゴルフ場のクラブハウス周辺の道路沿いに何本か咲いているのを新たに確認した。
本命の茶畑の所はやはり群生するように咲き誇っていたころと比べると咲いている数は少ない。草刈り機で草を刈る時注意
すれば秋に種が飛ぶのだが、茶畑の持ち主は草といっしょに刈ってしまうようだ。咲いてるのに目印の棒でもたてられたらど
うですかと言ってみたが、果たしてやってくれるかどうか。幸田では、草が刈り込まれていて今後この場所で花が咲くかどうか
はわからない。
2009年
6月21日、恒例の笹ゆり探索ハイクを行った。今年は参加者の都合で例年より1週間遅かった。「笹ゆり会」と称して、京都のK氏
一家とSさんkさんと合わせて6人の参加。
山小屋周辺の笹ゆりは全滅状態で、1本も咲いていなかった。小屋の物置小屋の所に咲いていたのも消えていたが、これは穴を掘
ったような跡があったので、多分猪がユリ根を掘ったと考えられる。それ以外についてはわからないが、便所に近い所に5本生えて
いたので、来年は咲くかもしれない。小屋から下にいった所でも2本生えていた。いずれにしても、笹ゆりの観察ハイクをずっと続け
てきて1本も咲いていないのはショックだった。
昼食後、ゴルフ場近くの道路添い何箇所か咲いているのを見つけた。これまで見なかった場所だ。本命の茶畑に行く。檜の木の下
でいつも10数本咲いている所は、すでに盛りを過ぎており、今年はかなり少ない感じがする。田中道の林を過ぎた所で何箇所か咲
いているのを見つける。五郎ヶ谷の入り口で、7本ほど咲いている。ここはこれまでで一番よく咲いていた。
驚いたのは実家の近くの小池谷だ。昨年10数本咲いていたのに驚いたが、今年は何と2本のみ。窪野では1本で3輪咲いている
のを見つける。今年最大の収穫だ。この辺一帯で広がるのを期待したい。
2008年
6月15日
京都のメンバー9人を案内。山小屋周辺は例年より咲いているのが少ない。昨年4輪咲いた物置小屋の笹ゆりは、今年は2輪の
みだった。(下の写真)
茶畑の所では、新たに1ヶ所、4輪が1本、3輪1本、2輪1本とまとまって咲いているのを確認した。以前8輪咲いていた所は雑草が
伸びて、1本も見つけられなかった。
檜の木の下は、例年ぐらい確認した。
田中道の一番奥の所で新たに数本確認した。
実家の近くには昨年3本ほど確認したが、今年はなんと13本ほど咲いていたのには驚いた。
山小屋の横の笹ゆり。今年は2輪 山小屋周辺の笹ゆり
2007年
4月30日。一番茎を伸ばしていたのは15センチほどだった。他のは数センチ伸びたのを数本確認した。今年の笹ユリの開花は
例年より少し早いかもしれない。
6月17日
山小屋の物置の後ろに昨年1輪咲いた笹ゆりが、ことし4輪花をつけていた。これは驚きだった。毎年、1輪づつ増えていくのか
と思っていたが、いきなり4輪とは!
よほど条件が良かったのだろう。これから、この周辺で広がっていく可能性がある。
全体として、咲いているのと、つぼみ状態のが半々ぐらいという印象だった。
茶畑の所では、以前8輪咲いていた所に、3輪のが1本咲いていた。 そこから少し離れた斜面では、4輪1本、2輪2本と咲い
いるところがあった。ここも条件がいいようだ。
別の道路脇の急な斜面には毎年20本以上咲くが、檜の木の周辺に咲いた状態で9本、つぼみの状態で8本確認した。ここに
集中的に咲くということは、檜の木の存在が大
きく影響していると考えられる。檜の木があることによって、適度の光が当っているようだ。
田中道では、田んぼの脇に新たにまとまって数本咲いていた。正確にいうと、3本が咲いていて、つぼみ状態のが4本であった。
山小屋の4輪の笹ゆり。1メートルほどの背丈になっている。
2006年
笹ゆりのさく果
笹ゆりは花が咲いた後、青い果物のようなさく果ができる。この中に100個から200個の種がいっぱい詰まっている。
秋になると枯れたように変色し、やがてつぼみ状態から開いてくる。風が吹くと中の種が飛んでいく。風の状態によっては
数百メートルも飛んで、新しい子孫が生まれるということもある。
この写真は 2006年の2月頃撮影。
2006年5月4日。20センチほどに伸びた笹ゆり。まだまわりの笹と区別がつきにくい。山小屋の周辺の笹ゆりは今年も10数本
花を咲かせてくれそうだ。数センチから一番伸びたので30センチほど茎が出ている。1ヶ月ほどでつぼみをつけて、あと40日すると
満開を迎えることになる。
2006年5月28日。2センチほどのつぼみがついていた。今年の笹ゆりに
ひっつくようにして、昨年咲いた笹ゆりのさく果が見られる。
山小屋の周辺では今年10本ほどの笹ゆりがつぼみを付けている。
2005年
6月10日
笹ゆりのつぼみは大きくなっていた。もうすぐ開花しそうだ。
3本の笹ゆりは薄いピンク色をしている。開花直前の状態だろう。
この感じだと、1週間後ぐらいが満開の状態になりそうだ。
昨年は花が咲くまでに至らなかった山小屋のすぐ近くに生えた笹ゆりがつぼみの状態
になっている。今年は咲くだろう。この笹ゆりの種が飛べば、山小屋の周辺に笹ゆりが
広がっていくことだろう。花が見られるのは5、6年後になる。
2005年6月10日 つぼみが大きくなった笹ゆり
6月19日
6月10日につぼみが大きくなっていた笹ゆりはすでに咲き終えていた。やはり6月の
中ごろが一番見ごろだったのだろう。
下の左の写真は近くで満開状態に咲いていた別の笹ゆりを撮影したもの。
茶畑に1本で8つ咲いていた笹ゆりは今年は見られなかった。もう寿命が終わったの
かもしれない。そのかわりといったらなんだが、1ヶ所20本近く見事に咲いているとこ
ろがあった。この場所には1本の檜の木が生えており、ちょうど光の加減がよかった
ようだ。なにか一挙にまるで群生地のように笹ゆりが咲いている。この事からも、笹ゆ
りはいい条件がそろえばまとまって咲くことも可能だということがわかる。
今年の笹ゆり探索ハイクでは新たに何箇所も笹ゆりが生育していたり、咲いている場
所を見つけることができた。
満開の笹ゆり
笹ユリが消える時
先日、柳生の小生の山小屋に、昨年末に植えた栗の苗木が無事育っているか、見にいった。元気よく葉をのばしていて一安心。
ついでに、笹ゆりが生えていないかとさがしてみた。谷に降り、田んぼの畦の近くに、数本生えているのを見つけた。
小屋にもどり、たしかこのあたりで見かけたはずだがと思い、林の中に入ると、一つ花が咲いている笹ゆりを見つけた。よく見ると
、道端にももう一つ見つかった。笹ゆりは健在だった。
昔は、田舎にいけば簡単にみられた笹ゆりも、今はさがさなければ見つからなくなっている。奈良の率川神社の百合まつりで使う
ゆりも県の農業試験場でバイオ栽培されているようだ。
どうして笹ゆりは見あたらなくなったのだろうか。日本の原風景となってきた里山は、ゴルフ場や産廃処分場などの開発で、確実
に失われつつある。また農林業の不振で、草も刈られなくなったところに笹ゆりが生えてくるのはむずかしそうだ。
身近な野生植物とみられてきたサギ草・サクラ草も絶滅危惧種に指定されている。
ガーデニングがブームになる裏で、確実に身近な自然が消えつつある。笹ゆりの減少は、そのことにひっそりと警鐘をならしてくれ
ているのではないだろうか。
(「あおがき」奈良ハイキングクラブ機関誌No.284、1999年7月号掲載)
率川(いさがわ)神社の三枝祭(ゆりまつり)
奈良市の率川神社は桜井市の大神神社の摂社で、毎年6月17日に例祭として三枝祭(さいくさのまつり)が行われる。
笹ゆりは古名を「佐韋(さい)」といい、三枝の花(笹ゆりの花)を祀ったことからその名がつけられているという。祭神の
媛蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)が三輪山の麓、狭井川のほとりに住み、その付近に笹ゆりが美し
く咲きほこっていたと伝えられ、その縁で笹ゆりの花を飾ってまつるようになったと言い伝えられている。祭では、巫女が
笹ゆりの花を持って優雅な神楽を舞う。この日の午後には、七媛女(ななおとめ)・稚児等の行列が奈良の町中を巡幸
する。(写真は、2011年6月17日に撮影したもの。巫女の舞と供物の写真)