よもやま話 


トランプの入国禁止令とあきれた安倍発言(2017・2.5)

 アメリカのトランプ新大統領の言動は様々な物議をかもしている。イスラム国7カ国への
入国禁止の大統領令はその最たるものだ。そもそもアメリカという国は移民で成り立ってい
るといって過言ではない。宗教によって一律に入国を認めないなどというのは、あきらかに
宗教差別だ。それも、イスラム国を全て入国禁止にするというのなら、彼なりの言い分とい
うことにもなるのかもしれないが、明らかにイスラム国のサウジアラビアが除外されている
というではないか。その理由らしいのが、なんと同国にトランプ氏がホテルを所有している
からということらしい。何と自分勝手なやり方とあきれるしかない。このような輩が大統領と
して4年間努めるのだから世界はどれほど彼の振る舞いに振り回されることだろう。
 あきれるのはトランプ氏だけではない。このトランプ氏の大統領令に、安倍首相は「他国
のことだからコメントしない」と発言した。これが日本を代表する人物の発言かとなさけなく
なる。このような安倍内閣を支持する人が50%を超えていることがなんとも理解しがたい。
日本人の目も相当眩んでいると見なければならない


(続)ああ、ジャガイモ(2016.10.7)

 9月下旬に、ジャガイモを掘った。今度のはこがね丸という品種で、掘ってみると大きく育っ
ていた。8月のきたあかりという品種を掘った時は、多くが水っぽくて半分以上廃棄した。今
度も期待薄かなと思っていたら、なんとどれもしっかりしている。もう一つの品種のシャドーク
イーン(紫色)も問題なかった。結果的に一部が水っぽくなったのが少しあった。これは、痛
んだ部分を削って食べている。
 今、毎日ジャガイモが食卓に並んでいる。こがね丸はしっとりしてなかなか味がある。自然
の恵みに感謝!!


  ああ、ジャガイモ(2016.9.2)

 今年5月、木島平村で、三種類のジャガイモを植えた。きたあかりとこがね丸とシャドウ
クイーンという品種である。植えてから1ヶ月後に行ったら、雑草に完全に覆われていたが、
それでもなんとか育っていた。
 8月、茎が枯れだしたきたあかりを掘ってみた。結果は、半分ほどが水を含んで、少し
押すとぐちゃとなった。半分捨てて、あとは痛んだ部分を削ったりして、物置に置いておいた
が、果たしてどれほどが食べられるものとして残るか?
 こがね丸という品種は、初めて植えてみたが、8月でもまだ葉っぱが青い状態。少し
茎が枯れだしたのを掘ってみたら、大きいのが結構収穫できた。これは期待できそうだと
奈良の自宅に宅急便で送った。
 一つ食べてみたが、味はなかなかのものだった。これは期待できそうだと思って、天日干し
をしてみたところ、なにやら水分が出てきたようだ。切ってみると、中身は白っぽくなっていた。
他のは、中にすができていた。こうして、ほとんどのジャガイモは捨てるしか仕方がない状態
だった。畑にはまだたくさんのこがね丸を掘らない状態に残しているが、これも期待がもてない。
 昨年に続いて、同じような状態になった。原因として一番に考えられるのは、雑草に覆われて
しまったことだ。ジャガイモは乾燥地を好む性質があると思うが、まわりに雑草に覆われることに
よって、水分を過剰に含んでしまったのではないかと推測する。
 となると、対策は雑草をいかにコントロールするかにかかっていることになる。雑草を防ぐシート
を敷き詰めるか、梅雨の期間草刈を頻繁にやるしかない。いずれにしても、ほとんど捨てざるをえ
ない状況を作ってしまって、せっかく育ったジャガイモにはとてもすまない気がする。農とは雑草と
の戦いだということをつくづく思いしらされている。


地獄への道ー安倍政治を問う(2016年6月25日)

 マスコミの報道によると、今度の参議院議員選挙では自民党が議席の
過半数を獲得、自民党とその補完政党で憲法改正に必要な国会議員の
3分の2以上を占める可能性があるとのことだ。
 安倍内閣の支持率は40数%で依然として高い。集団的自衛権の行使
をする安保関連法=戦争法を強引に推し進め、自分の任期中に憲法を改
正すると明言している安倍首相。年金も社会保障も悪くなる一方の政策。
にもかかわらずこの支持率の高さは理解しがたいものがある。おそらく、
アベノミクスなるものに対する根拠のない“期待”があるかもしれない。
 アベノミクスは、大企業が儲かればそのおこぼれが回っていき経済が潤
うというものだが、果たして庶民の生活が潤ってきたのか。この間、大企業
は300兆円もの溜め込み金(内部留保金)を蓄えたように安倍内閣の政策
で大いに「成長」してきた。だが、庶民はまったくその恩恵を受けていないの
ではないか。
 今後、消費は冷え込み、年金も社会保障もカットされていくことは目に見え
ている。国会で3分の2以上の議席を確保すればまちがいなく憲法改悪に着
手するだろう。改悪の本丸は戦争放棄の9条の改悪だ。自衛軍の創設が自
民党の改憲案に明記されている。こうなればそれこそ世界中でアメリカと自
由に戦争することが可能となる。平和憲法の下で70年間も戦争で「殺し殺さ
れる」ことのなかった日本が本格的に戦争する国になる。
 こうなれば、暮らしも平和も切り捨てられ、地獄への道に突き進んでいくこ
とになるなんとしてもこれを阻止しなくてはならない。今度の選挙では1人区
で野党共闘が実現した。この道にかすかな希望を託したい。


青虫その後(2016年6月23日)


 
みかんの木の青虫はしばらく姿を確認できなかった。
ある日、10mも離れた所に数年前に植えたみかんの木を
見たら、なんとあの青虫と思われるのを見つけた。ここまで
移動したのだろうか。とても別の青虫とは思われない。体に
は幾筋か薄茶色の筋がついていた。
何故移動したのだろうか。考えられることとして、何度もつつ
いたので危険を感じての移動だと思われる。元の木に移した
が、現在どこにいるのかは確認できていない。
ちなみに、もう一つの幼虫は確認できている。


ささゆり観察ハイク(2016年6月10日)


 
ふるさとの柳生のささゆり観察ハイクを続けてもう15年以上になる。
この間、8輪の花を付けたささゆりが咲いていた茶畑では、お茶の生産
が行われなくなり、お茶の木は人間の背丈ほどに伸びた。20本近く咲
いていた所も木が伸び、笹が広がってほとんど消えてしまった。かろうじ
て1本だけ咲いているのを見つけた。
ある地点では、咲いているのが7本、つぼみが4本と広がってきている
のを実感する所もあった。山小屋の周辺では3本ほど生えているのを見
つけた。来年あたり咲くかもしれない。
写真は、2輪の可憐な花を付けたささゆり。薄紫色のうっとりするような
きれいさだった。



ユリが咲いた!!
(2016年6月8日)

 庭のユリは、ここ数年まったく花が咲かなくなった。原因は、つぼみに虫の幼虫が
入り込み、花開く前に枯らしてしまうのだ。そこで、今年はつぼみに薄めた酢を塗っ
てみた。すると、虫はこれを忌避してつぼみに入り込むことはなかったようだ。農薬
を使わなくても虫害を防ぐことができたのである。
 4本のユリは今、見事な花を咲かせている。


みかんの木の住民たち(2016年6月8日)

  

 この頃、毎日みかんの木を観察している。すると、葉っぱをかじられた痕をよく見ると、
虫が付いている。この虫は黒っぽくてぱっとしないが、蝶か蛾になるのだろう。
 他の所を見ると、葉っぱにかたつむりがいた。かたつむりは葉っぱを食べないと思う
ので、何かごく小さい虫のたぐいを食べているのかもしれない。


青虫と庭のみかんの木(2016年6月5日



 庭のみかんの木の実が少しずつ膨らんできている。2014年に実に久しぶりに1個だけ大き
な実をつけた。2015年には20個ほどの実がなった。今年はさらに実をつけて、30個ほどは
収穫できるかもしれない。昨年は東側にだけ実がなったが、今年は西側でも少し実をつけてい
る。
 木をよくみてみると、葉っぱに青虫が1匹いる。葉っぱに体の色が良く似ているので、わかりに
くい。これまでも同じ種類の青虫を見つけて、潰すか他の所に移すかしてきた。きれいな体をし
ていてやがて蝶になることを思うと処分するのにしのびない。少々葉っぱを食べても大きな影響
はないだろうと、そのままにすることにした。あまりに葉っぱを食いつくされそうだとやむをえず処
分することになると思うが、しばらくは様子を見守ることにした。大体、多くの木は消毒されている
と思うので、蝶にとっては貴重なみかんの木となっていることだろう。それを思うと簡単に処分す
る気にはなれない。この青虫も同じ地球に生まれた命なのだから。


オバマ大統領の広島訪問に思う(2016年5月28日)

 
5月27日、アメリカ大統領オバマ氏が現職大統領として初めて広島を訪問した。
 原爆を投下した当事国のアメリカの大統領が被爆地広島を訪れたということは画期的な出来
事には違いない。訪問後のスピーチを聞いたが、「核兵器なき世界」を説き人々に感銘を与える
にふさわしいスピーチではあった。これで、核軍縮に進む大きな第一歩になるような報道がされ
ているが、はたしてそういうことが実現するか。
 オバマ氏が大統領になった年、彼はプラハで「核兵器なき世界」という演説を行い、ノーベル
平和賞を受賞した。しかし、彼の在任中核軍縮はいっこうに進んでいない。結局、アメリカを始
め核保有国が核抑止力の考え方を捨てない限り、一定の核軍縮はされても、核廃絶は「永遠
の課題」とならざるをえない。
 日本は、アメリカの「めかけ国家」だから、アメリカの核の傘の下に居る限り核廃絶など口先だ
けのことにすぎない。これまで国連の核兵器の使用禁止決議に反対ないし棄権してきた被爆国
日本の恥ずべき態度はそれを如実に示している。
 オバマ氏はまもなく大統領の任期を終える。この広島での体験とスピーチが単なるパフォーマ
ンスに終わらないという保証はまったくない。問題は核兵器廃絶が現実の世界の政治状況の中
で確実に進行していくかどうかだが、私はこのスピーチがパフォーマンスに終わる歴史の一こま
として記録に留められる気がしてならない。


野生動物の住処となった山小屋(2016年5月19日)

 もう1ヶ月ほど前のこと、山の会の旧い元会員や現役会員が小生の柳生の山小屋に集まって、OB会をやった。6人
が集まった。最近はとんと山小屋にいくこともなくなったので、山小屋に行く道もわからなくなっているほどだ。
 小屋に着いて物置の鍵をあけようとして、鍵の番号を間違えてしまった。Sさんが覚えていて、何とか開けられた。そし
て、小屋を開けてみると、なんと部屋の真ん中に黒っぽいかたまりが二つ見える。良く見ると、なんと動物の糞だった。
だれかが何やら逃げて、隅の上の方から見ているよという。どうもいたちかテンらしい。
 この山小屋では、かつて囲炉裏のふたをあけると小さなねずみが飛び出した。葉っぱを一杯詰めて寝床にしていたよ
うだ。ふとんの中では蛇の脱皮したのがあった。
 物置小屋でご飯を炊いていたSさんが、何やらギリギリと音がするというので、見てみると、奥の方で何やら動物がい
るのがわかる。良く見ると、たぬきのようだ。これもここを寝床にしているようだ。もしかしたら、ここで生まれたのかもし
れない。
 このように、1996年に建てたこの山小屋は、完全に野生動物の快適な住処となったようだ。日本の田舎は猪・猿・ハ
クビシン鹿などの野生動物に作物を食い荒らされ、深刻な状況となっている。このままでは、田舎が人の住めなくなる地
に変貌していくような気がする。人がすまなくなったら、この山小屋のように、野生動物の天下になることは間違いないだ
ろう。


トランプ氏と“めかけ国家”日本(2016年5月16日)

 最近はどうも過激な発言が大うけするらしい。アメリカの共和党の大統領候補トランプやフィリピンの大統領に選出
された人物がその最たるものだろう。トランプ氏は日本に在日米軍の駐留費を全額負担せよとの発言を行った。さすが
に日本の政府はそれを受け入れるようなことは言ってはいないが、ここに垣間見える日米関係が気になる。トランプ氏
はアメリカは日本を守ってやってるんだから駐留費を負担せよとの考えだ。 ちょっとまてよと言いたい。アメリカが日本
に基地を置いているのは日本のためだとのことだが、そうじゃないでしょうといいたい。「極東の平和と安全を守る」とい
うのが大義名分のはず。
 小生にいわせれば、アジアの中国や北朝鮮を始めとした非資本主義国への睨みをきかせるのが本来の役割だと考
えられる。だから沖縄は戦後ずっとアメリカ軍の全面占領下に置かれてきたのだ。日本に復帰して、抑止力として日本
を守る意味もあるなんて後付けで駐留を合理化したにすぎない。日本が「独立」するとき、どさくさに紛れて日本政府は
日米安保条約を結んで、基地を提供した。そして、日米協定にもないのに「思いやり予算」とかで在日米軍基地を支え
ている。独立国家で、これほど外国軍の基地がある国は他にあるか。「日米同盟」は永遠の同盟とかいっているが、世
界で軍事同盟がどれほどあるか。
 日本はアメリカの従属国家=「めかけ国家」の恥ずべき姿を世界にさらけだしている。そして、安保関連法案では、日
本が攻撃も受けていないのにアメリカが軍事行動を起こせば、日本が「集団的自衛権」を発動して、米軍の補完軍隊と
して軍事行動を起こすことになる法律をごり押しして通してしまった。どこまで進む「安倍めかけ政権」よ! 


糖尿病と生きる(2016年5月16日)

 実に久しぶりの一文が糖尿病とは思いもしなかったが、実は昨年秋に成人病検診ではっきり糖尿病と診断された。
数ヶ月前の数値がでるヘモグロビンA1Cという値が9.2と出た。正常値が5~6なので、かなり高い数値ということに
なる。ここ1年ほどで数値が2も上がっている。食事には気をつけているつもりだし、健康のために散歩や登山はやっ
ている。
とにかく数値をさげる必要があるということで、薬を飲みはじめてもう半月以上になる。おかげで、数値は6台にまで下
がってきた。まず順調に推移してきているとはいえそうだ。まあ、いずれにしても、70歳近くになり、いろいろ症状が出
て来てもおかしくない。近いうちには一度癌検診も受けてみようと思っている。


東アジアで戦争は起こるか?(2015年7月28日)

 安倍政権は、戦争法案の必要性について、東アジア情勢の変化を挙げている。たしかに、北朝鮮の核や中国の
大国的な振る舞いは東アジアの緊張をもたらす「脅威」といえるだろう。しかし、だからといって軍事力を高め対抗
していくことで、抑止力が強まり、日本の安全が確保されることに果たしてなるだろうか。当然相手国も警戒して軍
事力を強め、軍事的衝突の可能性がかえってたかまるのではないか。
 たとえ小規模な軍事的衝突が起きたとしても、果たして日本は中国と戦争するかどうか。最大の貿易相手国と
戦争すれば、輸入がストップする。日本の経済はたちまち大混乱に陥るだろう。中国にとってもまた然り。日本と
戦争してメリットなどなにもない。
 アメリカの肩代わりをするだけの戦争は、アメリカによるアメリカのための無駄の真骨頂といわなかればならない。
安倍首相よ、もしこの戦争法案が成立したら、まっさきにもっとも危険な戦場に行って身をさらすことを求める。そこ
で、もし戦死すればあの戦犯の東條英機が英霊として祀られている靖国神社で「栄誉の戦死」として祀られることに
なる。それがあなたの本望では?


亡霊の申し子(2015年7月9日)

 報道によると、安倍政権は来週にも戦争法案の衆議院通過を狙っているという。国民の多数が反対し、国会の
参考人質疑で憲法学者が3人とも憲法違反だと述べたこの法案。国会での議論がまったく尽くされていないこの
状態で国会でも議決を急ぐやり方はとうてい納得できない。強行すればこれはもうファシズムとよぶしかない。
 何故ここまで安倍首相は強行突破をはかってまでこの法案を通そうとするのか。一言でいえば、いつでもどこで
もアメリカの戦争に参加していく法的裏付けということだ。日本はアメリカの従属国家であるが、これ以降は骨の
髄までアメリカに付き従っていくことになる。
 安倍首相は、ポツダム宣言を受諾してアメリカなど連合国に全面降伏した戦後日本を受け入れることが出来な
い保守政治家である。戦争で敗北したにもかかわらず、当時の保守政治家はアメリカのサポートを得て戦後政治
に復帰した。その典型が安倍首相の祖父の岸信介だ。戦前の満州国の大臣としてA級戦犯容疑者にリストアップ
されたにもかかわらず免れ、後に首相となり、60年安保改定を強引に推し進めた。
 この祖父にかわいがられて育ったおぼっちゃん政治家の安倍は、祖父の思いを実現していくことに執念を燃や
しているのだろう。まさしく、岸という亡霊の申し子といってよい。われわれは、このような亡霊政治の復活を許して
はならないと思う。
 小選挙区制によって有権者のわずか14%程度の支持しかないのに国会の議席の多数を占めている自民党は、
この亡国政治のつけを負わされて、国民から完全に見放される日が必ずやってくるものと信じたい。


つばめの巣(2015年6月7日)



 ちょうど1月ほど前のこと、長野県木島平村の別宅から帰宅して玄関先を見たら、何やら糞のような
ものが見られた。おかしいなあと上の方を見上げたら、なんとつばめの巣がしてあった。長野に行く
前にはしてなかったと思うので、4月下旬から5月初めぐらいに巣造りをしたのだろう。
 自宅を立て直してから約25年になる。今年初めてつばめが巣を造ったことになる。つばめはどの
ような所に巣をつくるのだろうかと考えてみた。まずなによりも外敵に襲われない安心できる場所とい
うことになるだろう。人間は外敵から守ってくれる存在なので、家の軒先などに好んで巣を造ると思う
が、実際に巣を造る場合の選択の条件はわからない。それなりに年数がたった家が対象になるよう
な感じがする。犬などが飼われている場合は警戒するかもしれないので、愛犬ユリが不在中だったこ
とがよかったのかもしれない。
 とにかく巣が出来て、すごく気になってちょくちょく見ている。しばらくは生まれているのかどうかは
わからなかったが、そのうちほんの少し子つばめが顔を出した。親つばめがさかんに餌を運んでいる。
最初2匹かと思っていやら、よくみたらなんと4匹生まれているではないか。餌の状態によるのか、
成長に差があるように思われる。
 夜には親つばめも巣の端っこで寝ているので、巣は超過密状態だ。
 明日から長野の別宅に出かけるので、出かけている間に巣立ちしているかもしれない。元気に育
てよ、つばめたち。そして、これから何年も我が家で巣造りしてな。


「平和」という名の戦争加担(2015年5月15日)
 
 ここしばらく林住期を過ごしているうちに、日本は風雲急を告げる事態が進行している。
 5月14日、安倍内閣は安全保障関連法案を閣議決定した。その法案と安倍首相の記者会見について、率直
な思いを述べてみたい。
 これはどうみても、憲法9条の戦争放棄を否定する戦争法案としか読めない。それを安倍首相は、日本や国際
平和を守るためだとの口実で合理化している。他国(米国)に対する武力攻撃に日本が集団的自衛権を行使する
という。他国に対する武力攻撃で日本の存立が脅かされ、国民の生命等が危機にさらされる危険につながるなど
ということは、誰がどのように判断するのか。そのような「事態」はいくらでも拡大解釈される恐れがある。むしろ、
アメリカと同盟関係にあることによって日本が関係のない事態に巻き込まれて、攻撃を受ける危険性が高まるので
はないか。安倍首相は、戦争に巻き込まれることはありえないと強弁したが、むしろ積極的にまきこまれるようにし
ているのではないか。これが「積極的平和主義」というのなら、平和主義の意味を全く理解していないことになる。
 もう一つ、」「国際平和支援法案」だが、「国際社会の平和及び安全を脅かす事態」に外国の軍隊に支援活動を
行なうとしている。これまでアメリカは、世界中で武力行動を展開してきた。その大義名分は「国際社会の平和と安
全を守る」であった。50万人の米兵を動員したベトナム戦争、あれはベトナムに「自由と民主主義」を取り戻すとい
う口実だったが、実態はアメリカの侵略戦争だった。イラクが大量破壊兵器を持っているとして行なわれたイラク戦
争は、実際に大量破壊兵器は存在しなかった。このような戦争に「支援」するというが、物資の供給や船舶検査活
動等は戦争行為そのものに他ならない。武力行動は軍人と武器だけではできない。武器・弾薬・米兵の輸送・食料
や物資の供給が戦争行為に当たらないなどという言い分は軍事面では通用しない。船舶の検査(臨検)は武力に
よる反撃の可能性がある敵対行為である。
 このような危険な行動を生み出す恐れのある今回の安全保障関連法案は、世界中どこでもいつでもアメリカの軍
事行動に加担する恐れのある恐ろしい「戦争立法」に他ならない。国民は、この事態を無視することは許されない。
黙って何もしないことは、この暴挙を認めることになる。後で後悔しても始まらない。


  


庭のみかんの木(2014年10月1日)

 21世紀を迎えた2001年の正月に、21世紀記念として庭にみかんの木を1本植えた。数年後だったと思うが、み
かんの木は数10個の小さな実を付けた。こくがあり酸味のきいたおいしいみかんだった。それから毎年実を付けて
くれるかと思ったが、まったく実らなくなった。ここ数年はまったくあきらめていた。
 ところが、今年数個実をつけて、1個だけが残った。よく見ると、新芽が良く伸びている。再生してきたことは明らか
だ。この変化はどうして生まれたのだろうか。みかんの木のまわりを見て気が付いた。東側は大木に育ったすももの
木がある。南側は隣りの家が2階建てになった。西側には南天の木に楠木、それにキュウイの木が生えている。要
するに、四囲を完全に遮られ、光が当たりにくくなっていたのだ。みかんは常緑樹で光がことさら必要な植物だが、
頭ではわかっていてもみかんの木の立場で手当してやることもなく、ほってきたということになる。
  それが、今年の2月頃、業者に大きくなりすぎたすももの木の枝を大きく切ってもらった。おそらくそのせいだろう、
光を受けるようになったみかんは実に久しぶりに実を付けることになったのだ。
 最近もすももの木の枝をさらに切ってもらった。そして、南天や楠木はばっさり切った。1本枯れたキュウイも切った。
こうしてかなり光が当たるようになった。来年どれほど実を付けてくれるか楽しみにしている。
 みかんの木にはアブラムシがびっちりついている。葉っぱをよくみると、葉っぱが喰われている。蝶か蛾の幼虫が何
匹か見つかった。その中には5センチほどの空色の幼虫がいた。踏み潰すのもしのびないので、捕って捨てた。する
と数日してまた葉っぱについていたので、今度はかなり離れた所に捨てた。ある日、ヒヨドリが飛んできて何やらくわ
えたようだ。蛾の幼虫だったかもしれない。蟻を葉っぱの所で見つけた。多分、アブラムシを食べているのだろう。
 1本のみかんの木をめぐって、「いのち」のからみあいのドラマが日々展開されている。このドラマの参加者として、
みかんの木に語りかける毎日である。
 ちなみに、9月にみかんの木を買って植えた。元々あったみかんの木が受粉しやすいようにと植えたものだが、この
木は買った時すでに4個の実を付けていた。


   ただ今“休養中”(2014年9月2日)

  ここ2年ほど大きな「仕事」を2つやった。一つは400頁近くの本を書きあげた。もう一つは奈良県の防災に関する
冊子を関係している研究所の災害問題研究会で発行した。これで、この1年は休養期間として考えることにした。とは
いっても、これまでやってきたことをすべてやめたわけではない。何かかなりエネルギーのいる「仕事」はしないというこ
とだ。こんな中、5月には思わぬ事故に会い、入院ということもあった。
 さて、近頃といえば何もすることのない時間が意外とある。退職して4年目に入っているが、みんなどんな日常を送っ
ているのだろうか。先日大学時代の同期のメンバーから電話があり、久しぶりに3人で会った。A新聞の記者をしてい
たA氏は何もすることがなくて、暇を持て余しているという。彼は後日、小生のエネルギッシュぶりに感心したというメー
ルを送ってきた。
 最近の日常をふりかえってみると、まず朝起きて愛犬ユリと散歩する。朝食をとりながら、NHKの朝ドラを見る。それ
から書斎で1時間半ほど書道の時間。その後は特に決まっていない。たまに大阪まで映画を観にいく。小説はけっこう
読む。夕方は愛犬の散歩。長野の木島平村の別宅と二地域居住をしているので、毎月1週間程度は滞在している。
 さて、次に本腰をいれてやることをどうするか、思案中といったところか。高齢者の仲間入りをしている今の自分はこ
のまま何となく過ごして齢を重ねていくことになるのだろうか。
 それにしても、今の日本の危機的状況を思うと、社会と関わることをやめるわけにはいかない。何も行動しない人を
みていると、よくあんなに気楽に生きられるものとあきれてしまう。それとも、自分が一般社会の状況とずれているのだ
ろうか。元気にやっているつもりで、気が付いたら認知症になっていたりしてーーー。


   もし---- 我が入院雑記(2014年6月17日)
                            
 車に跳ねられ、入院
 その時、私は入院している母の見舞いからバイクで帰宅途中だった。急に目の前に青い物体が見えたと思ったら、
跳ね飛ばされていた。バイクもろとも横倒しの状態で、起き上がろうとしたが起き上がれない。しばらくすると救急車
がやってきて病院に運ばれた。この間、意識ははっきりしていた。病院では、レントゲンやMRIの検査が行なわれた
あと、病室に移された。こうして、5月28日、私の入院生活が始まった。

 肋骨を5本骨折、肺気胸で全治2ケ月
 最初、怪我の程度はそれほどのものとは思っていなかったが、医師の診断は予想をはるかに超えるものだった。
診断書には次のように病名が記載されていた。「右第3・4腰椎横突起骨折、右肺挫傷、右気胸、右第4~8肋骨骨
折肝損傷、頭部外傷、右肩挫傷、両肘・右第2・3指・右第1趾・左手関節・左第2趾・左足関節・左下腿挫傷」そして、
「向後約2ケ月間の加療を要する」とあった。肋骨5本と腰椎2本が骨折、肺が圧迫され肺挫傷等全治2ケ月の怪我
を負ったことになる。

 ベッド生活1週間
 入院から1週間はベッドから一歩も出られない生活が始まった。連絡を受けた妻は入院当初からほぼ毎日来てくれ、
入院生活に必要なものを届けてくれた。体が動かせないということを生活のあらゆる面で実感させられる日々が続い
た。
 まず、下の世話を自分ですることはかなり難しい。尿は尿瓶を使いベッドの上でやるのだが、こぼさないようにやる
のに少々気を使う。やっかいなのは大便だ。6日間、まったく便意がない。ついに浣腸をすることになった。生まれて
初めての経験だ。看護師さんにお尻から浣腸してもらったが、何とも気持ちが悪いとしかいいようがなかった。しばら
くすると、ずるずると便がでてきた。浣腸の威力のすごさを実感させられた。入院中、鼻から空気が送り込まれ、点滴
は四六時中行なわれるという状態。
 こうした入院生活では、毎日3回の検査と食事以外、特にすることはない。そこで、「退屈な時間」をどのように過ご
したのかをふり返ってみたい。まず、起きている時間の多くは読書にあてた。妻が持ってきてくれる本は入院期間中
に10冊ほど読んだ。彼女が選んできた本なので、入院でもしなければ読むこともなかった本もあり、読書の領域が
広がったといえるかもしれない。他に書道の本を持ってきてもらって、時たま眺めていた。テレビも少し観たが、NHK
の朝ドラは必ず観た。  
 今回の入院で、全く新しい経験をしたのは、NHKのラジオ深夜便を聞いたことである。妻にラジオを買ってきてもら
って、深夜に聞きだした。実は、鎮痛剤を飲んでいるが夜肩甲骨の下あたりが痛くて眠れない日が続いた。こんな時、
深夜番組に出会ったわけだが、朝の5時まで、歌やインタビューなどで構成されたこの番組はなかなか充実している。
青春時代のフォークソングや興味深いインタビューがあり、夜の無聊を慰めてくれた。
 紙芝居や長野市の古本カフェー店主のインタビューは今でも印象に残っている。深夜番組の時間帯に流されている
のがもったいないように思えてくる。ファンもけっこういるようだが、こんな深夜にどのような人が聴いているのだろうか。

 退院はしたが------
 入院8日目の6月4日、医師から症状の説明があった。その時、歩いて診察室まで向かった。この日から歩くこともO
Kとなった。そして、入院約半月後の6月12日午後、退院した。しかし、全治したわけではない。歩くと足が少し痛み、
愛犬ユリの散歩もゆっくりと短い距離に止めている。また右肩の肩甲骨の下あたりの痛みが続いている。こうして、通
常の生活に戻れるのは少なくとも1ケ月以上はかかりそうだ。登山も当分無理で、秋ごろには復帰できるかと思う。

 もし-----これからの生き方
 この入院生活を経験して、何でもない体の動き一つとっても、いろんな「モノ」に助けられていることを実感した。頭で
はわかっていることだが、体で実感する体験というものは、今後に生きてくるように思う。
 さて、今回の事故で思ったこと。もしあの時もっと激しく車に跳ね飛ばされていたら、脊髄損傷で半身不随になってい
たかもしれないと思うと、不幸中の幸いだったとしかいいようがない。なにしろ対抗車線から右折してきた3トントラック
に跳ねられたのだから。運転手の言い分では、バイクは見えてなかったという。                         
 今、"生かされた"という思いにとらわれている。これは今後の自分の人生に何かを生み出す力になるかもしれない。
「人間万事塞翁が馬」。
                       
                                                      (2014.6.17記)



2014.3.29 袴田事件再審決定に思う2014.3.29

 
プロボクサーで死刑囚の袴田さんの再審が決定した。そして、静岡地裁は即時釈放を命令し、袴田さんは48年
ぶりに拘置所を出た。人生の大半を拘置所で過ごされた袴田さんの人生を思うと、即時釈放は当然のことだが、裁判
長の英断にも敬意を表したい。そして、まだ、裁判官にもこのように、まっとうな判断をする人がいるということを思いし
らされた。検察は、メンツだけに拘って再審決定を取り消すことを求める特別抗告をしないよう強く求めたい。
 この事件も含めて、再審が認められた最近のケースは、DNA鑑定のやり直しの結果、あきらかに別人であることが
明白となった事例である(足利事件、東電OL殺害事件)。これは、検察が明白な証拠を否定しきれなくなったために、
再審無罪となった事例で、検察はいったん死刑が確定した事件については、あくまで犯人だと主張しつづけることを絶
対やめない。今回の袴田事件の場合、証拠とされた衣類が捏造された疑いがが濃厚だというではないか。こうなると、
権力機関による国家犯罪にほかならない。
 ひるがえって、名張毒ぶどう酒事件の場合、もう半世紀以上前の事件だが、地裁で無罪、高裁で逆転死刑、最高裁
で死刑確定した。警察の取り調べの中でいったん「自白」した奥西勝さんは裁判で一貫して否認しつづけ、再審請求が
何度も行われたが、いったん決定された再審も検察の抗告により取り消されている。現在、第8次再審請求がなされて
いるが、奥西さんは88歳の高齢で、いつなくなられてもおかしくない年齢だ。健康状態も良くなく、すでに声が出せない
状態になっている。もし、再審が認められないまま奥西さんが亡くなるようなことにでもなると、これは検察・裁判所とい
う国家機関による殺人行為と同等だといえるのではないか。国家犯罪の冷酷さをつくづく感じる。
 検察よ、裁判所よ、もし一片の良心のかけらでもあれば再審を認めよ、と私は声を大にして叫びたい気持ちでいっぱ
いだ。いや、一片の良心もいらない、虚心坦懐に裁判資料を読み、証拠資料を全面開示させしっかり目を通すだけで
いいのだ。始めに結論ありきで、後はそれにあわせて理屈をこねた「作文」などいらない。


2013.12.26 ニューギニアの「さまよう英霊」より安倍首相へ

 安倍首相はん、わては今から70年も前に、ニューギニヤの戦地に派遣されて、ジャングルの中を逃避行したあげく、
餓死した一兵士だすわ。あの戦争では、ニューギニアでは、「生きて帰れぬニューギニア」といわれたぐらい、戦死した
兵隊がわんさかおった。わしもそうやけど、未だに遺骨の回収もしてもらわんと、魂はジャングルをさまよっとる。
 こんなわしに、「英霊」やとかいって、靖国神社に神として祀られとるらしい。あの戦争の責任者として東京裁判で戦
犯として死刑の判決を受け、絞首刑された東條英機元首相も合祀されとるとか。あいつら軍部の最高指導者が無謀
な戦争を始めたおかげで、わしなんか20歳ちよっとで死んだんや。「お国のため」に戦った英霊やていうけれど、そう
思わされて戦場に行かされたんや。誰も死にとうない。あの戦争が「自衛のため」とか「アジアを解放する聖戦」などと
いったのは、嘘っぱちやったのは、戦場で戦ったわしらが一番よう知っとる。
 今日、靖国神社に参拝した安倍はん、あんたは記者会見で、こんなことをほざいたようやな。「二度と戦争の惨禍の
中で苦しむことのない時代をつくっていくという決意を伝えるために参拝した」 ようこんなしらじらしいことをほざいたな。
憲法を改悪して、自衛軍なる軍隊を憲法で明記するように進めている張本人のあんた、「積極的平和主義」なんという
わけのわからんことをゆうて、アメリカと一体となって戦争を進めていこうとしとるあんた、いいかげんにせいよ。積極的
平和主義ゆうんやったら、自衛隊を解散して、軍事費をゼロにし、日米安保条約を破棄して、憲法の平和主義を世界
の国々の憲法に取り入れるように、紛争はあくまで話し合いで解決するように働きかけることが必要なんと違うか。そ
れが、戦場で倒れたわしらの願いや。都合良くわしらを利用せんとって。あんたは日本を戦争に導く最悪の政治家や。
はよ、やめんかいな。


2013.9.30 あるホームレスとの再会

 
毎週
金曜日にJR奈良駅前で行われている「脱原発ならデモ行動」に参加するために駅に向かっていたところ、リヤ
カーに荷物を積んだ人が歩道を歩いていく。何気なしに見ると、以前遭遇した人と良く似ているように思えたので、声を
かけてみた。そうすると、やはり以前に会った人だった。
 昨年の6月か7月頃、登山用のGPSを買うために、田原本の登山用品店に向かった。そこで、リヤカーを引いている
人に出合った。ゴミでも集めているのかと思ったがどうも違うらしい。そこで声をかけてみると、生活用品を積んでリヤカ
ーで大阪・奈良・和歌山を一周しているとのこと。ちょうど、国道24号線を和歌山に向かっているところだった。冬の間は
寒いので大阪市内を回っているという話だった。かつて姫路あたりで仕事をしていたが、失職してからホームレスになり、
こうして旅を続けているようだ。
 ホームレスといえば、どこか公園か空地で暮らしているというイメージだが、このような人もいるんだと認識を新たにした。
元気そうでなによりだった。これから大阪に向かうとのことだった。
 普通の市民感覚からすれば、「家もなく食べ物も満足に得られていない惨めな人」というイメージだが、意外と気楽に
過ごしておられるのかもしれない。くわしい話は何も聞かなかったが、多分食事はコンビニの捨てられた弁当やおにぎ
りと思われる。コンビニは今や日本国中にある。トイレもコンビニを利用することができる。ある意味では“ホームレス天
国”日本といえるかもしれない。
 しかし、いくら気楽だからといっても、誰も進んでホームレスになる人はいまい。仕事さえ失わなければ、この人だって
普通の生活を送れていたかもしれない。働く人の3分の1が非正規労働者の現実は、誰でもホームレスになる可能性が
あることを示している。
 この人の人生の最期はどうなるのだろうかと思いをいたしてみる。野垂れ死。そういうイメージしか浮かばない。役所
が身寄りのない住所不定の人物として処理する。こうして、永遠にこの世から消えていく。この人にとって人生とは何だ
ったのか。楽しかった思い出の一つや二つはあったことだろう。その思い出を抱いてあの世に旅立つことになるのだろ
うか。
 最近「日本の悲劇」という映画を観た。仲代達矢主演で、妻を亡くした老人が病院を退院して失業中の息子と暮らす、
ある日から部屋に閉じこもって自然死していく。息子に「これがお前にしてやる最後だ」といいながら----。釘を打ちつけ
て開かないようにした部屋で老人は過去の思い出にひたる。初孫が出来た時、一家で喜び合う場面もつかのまの幻の
ように次の過酷な場面に展開していく。日本の悲劇はもはや日常化している。


2013.9.8 東京オリンピック開催は喜ぶべきか

 2020年の東京オリンピック開催が決定した。本来ならおおいに喜ぶべきだろうが、はっきりいって
こんなことで浮かれているような状況に日本はない。外国の記者団の質問が集中したように、福島
第一原発の汚染水漏れ問題は深刻である。このままでは深刻な海洋汚染が広がる。これに対して
は、政府が全責任を持って絶対に汚染水漏れを起こさない対策が求められる。
 安倍首相は、IOCのスピーチで以下のように述べたという。「「原発はコントロールされている。東
京にいかなるダメージも与えない。抜本解決に向けたプログラムに責任を持って着手している。フク
シマの子らの未来と安全に責任を持っている。」
 果たして、政府は本当に責任を持った対策をとれるだろうか。そもそも「原発はコントロールされて
いる」というが、原子炉の内部がどんな状態になっているかもわからない。はやばやと収束宣言を出
す一方で、「世界一安全な原発」などといって世界に原発を売り込んでいる安倍首相に、「責任をもっ
た対策」など期待できない。
 このままでは、日本は世界から見放されるのではないか。巨大地震への対策も進んでいるとはい
えない。こんなあぶなっかしい国に外国からたくさんの人がやってくるだろうか。今、日本がやるべき
最大の課題は福島原発事故対策と巨大地震への備えだろう。オリンピックに使う金があるのなら、こ
れらのことにすべて注ぎ込むべきではないか。東京オリンピックの不開催を強く望む。


2013.7.22 参議院議員選挙結果に思う
 
今回の選挙の結果、自民党が大勝し、民主党が大敗北という結果になった。自民党が勝利したのは
「アベノミクス」による成長戦略が国民の期待を集めたということだろうが、これはあくまでも期待感であ
って、それが幻想にかわったとき、自民党政治は最後の終局をむかえるのではないか。消費税増税、
TPP推進、社会保障の改悪、憲法改悪、どれ一つとっても大企業奉仕の自民党では絶対解決できない。
財界の戦略で生まれた二大政党制による「民主党」はしょせん二大保守政党による自民党型支配をめ
ざすものだったが、その基盤の脆弱性と消費税増税を推進するなどの悪政の結果として、国民の期待
を裏切り惨敗した。私はこの寄せ集めの二流政党はいずれ空中分解していくものとみている。
 さきの衆議院議員選挙で「第三局」ともてはやされた日本維新の会もそれほどの躍進はなかった。橋
下共同代表の従軍慰安婦発言で急速に支持を落としていったことはあきらかだが、この政党は英語の
党名を翻訳すれば日本復古党となる。ようするに戦前の日本を良しとするような発想で、自衛軍を憲法
で明記したり、TPPを推進したりといわば自民党の補完勢力にほかならない。そういう意味では、自民
党から飛び出したみんなの党も同じといえる。だから選挙協力も進めようとしたわけだ。
 今回の選挙で注目されるのは共産党の躍進だ。自共対決を明確にし、安倍政権に不満の国民の支
持を惹きつけた。しかし、今回の大都市での獲得議席はもともと維持していたものである。小選挙区制
の導入以来不振を続けてきたこの政党にもようやく出番が回ってきたといえる。マスコミがどうしょうなく
政府財界のスピーカー役に徹している中で、草の根でどれほど支持を広げていけるか、注目されるとこ
ろだろう。
 もう一つ、投票率が気になる。52%の投票率ということは、有権者の約半分が投票しなかったことに
なる。これが政治への諦めに伴うさめた意識の反映だとすればかなり危機的状況である。非正規労働
者が雇用者の3割も占める状況に、何故もっと立ち上がり声をあげないのか、憲法9条を改悪し、日本
を戦争にする国にしようとしている自民党勢力にどうしてノーの意志表示をしないのか、食料の自給率
を10数パーセントに落としかねないTPPに反対の声をあげないのはどうしてか。
 日本は今、崖っぷちにある。この現実を直視しないで、意志表示もしなければ日本は奈落の底に落ち
る。国民はいつまで騙され続けるのだろうか。


2013.6.15布目川挽歌
 私の故郷に布目川が流れている。木津川の支流で、かつては清流とよぶにふさわしい川だった。先日、
毎年梅雨の時期に行って
いるササユリ探索ハイクに合わせて、川で釣りをすることにした。小さい頃から
この布目川ではよく釣りをしたものだ。一回行くと、数十匹は釣れたものだ。
 釣りを始めてすぐに1匹が釣れた。これは反応がいいかなと思って何度もやってみるが、意外と食いつ
いてこない。結局3時間ほどで釣れたのは6匹ほど。しかもサイズは小型ばかり。さっぱり釣れなくなった
というのが実感だった。
 何故これほど釣れなくなったのだろうか。それは、いうまでもなく魚が減ってしまったということだろう。で
はどうして魚が減ったのか。考えられることとして、村の上流にできたダムだ。奈良市の水道源として水を
確保するために設けられたダムによって、水質は目にみえて悪くなった。透明の水が青緑色に変わったの
だ。それ以降、この川で釣りをすることはほとんどなくなった。ダムがなければ豊かな栄養を含んだ水が山
から流れてきて、プランクトンが魚の栄養分になってきたと考えられるが、これがダムによってせき止められ、
貧栄養の状態となり、川魚もあまり育たなくなっているのだろう。
 夏には毎日ほど水泳をした川、シーズンには登ってくる八目うなぎを取りにいった川、どぼん漬けをして翌
朝揚げにいってかんきゅうなどを捕まえた川、-----いっぱい思い出に残る故郷の川布目川は、もはや「心
の中」で想う川となってしまった。失われた故郷はもう戻らない。


2013.5.27メタボとは!!

 成人病検診の結果はメタボの判定だった。血圧が140で、中性脂肪も血糖値も高い。数字はごまかしよ
うがないから、やっぱりメタボなんだろう。自分ではまだそこまでいってないと思っていたので、いよいよ来
たかという感じである。まあ、この結果を前向きに受け止めて、食事改善に取り組むことにした。
 まず始めたのが、野菜ジュース。人参と青汁、きな粉にリンゴ、牛乳・ヨーグルト、これにたまに松葉の粉
末を入れることがある。このジュースを2ケ月毎日続けている。それから、朝食はご飯から食パン一切れに
変えた。食後のピーナツやアーモンド類は抑えるようにしている。
 こうした効果が出てきたのか、体重は1キロ以上減ってきたと思う。それから、最近テレビで「スロージョッ
キング」というのを紹介していた。これでかなり内臓脂肪がとれるようだ。愛犬の散歩の時、これを始めてい
る。
 何にしても、続けることが大切だと思う。しばらく続けてみて、2月の検診から6ケ月後あたりにもう一度検
診を受けて、果たして効果が出ているかどうかチェックしてみようと思っている。

 


2013.4.22 だましのテクニック

 
安倍首相のアベノノミクスとやらで、なにやら経済が好調に向かっている印象があり、株も上昇を続けて
いる。内閣支持率も60%台である。しかし、三本の矢と称する政策はすでに自民党政権時代に破たん済み
のものであり、そのために自民党は政権の座からおりたのではなかったのか。それが、自信たっぷりに政策
を語ると民衆は何やら魔術にかかったようになるらしい。超低金利の上にまだお金をじゃぶじゃぶ流通させて
も景気が良くなるとは思えない。どうせ投機筋に流れて、またバルブ景気の崩壊なんてことになりかねない。
この先、消費税の値上げが待っている。庶民はますます財布のひもを固くすることだろう。賃金が上がり、雇
用が安定するような政策を取らないかぎり、また不況の繰り返しになるだけだ。
 TPPもよく国民をだましたものだ。国益を守るなどと大見えを切ったが、すでに交渉に参加している国が合
意したことは丸呑みするしかない。ふたを開けてみれば、自動車産業の輸出を守っただけで、農業や医療な
どの分野で厳しい条件を押し付けられることは目に見えている。だいたい、環太平洋経済連携協定といいな
がら、日本と密接な関係にある中国や韓国が参加しない協定におめおめと参加する馬鹿がどこにある。日本
はアメリカの属国だから、こんな交渉態度しかとれないのかと思うと情けないかぎりだ。
 日本の経済がどん底に陥ったとき、安倍さんはどう言い訳けするだろう。「こんな事態になるとは思いもしな
かった」なんて、他人事みたいな御託を述べるのだろうか。かくて、日本人はまだまだだまされ続ける??


2013.3.20 人参の香り

 成人病検診を受けたところ、結果がよくない。血圧も高め、血糖値・中性脂肪の数値も良くない。1月以降、山登りでは登り
でいままでよりもきつい感じがする。
 こんなことがあって、野菜を多くとるために、スーパーで人参とブロッコリを買ってきて食べるようにしている。人参はミキサー
でリンゴやきなこ・牛乳といっしょにしてジュースにして飲んでいる。先日、宅配の四葉の人参が届いたので、少し食べてみたら、
あの独特の人参の香りがする。一方、スーパーで買った人参は形も色もいいが、香りがしない。味の深みもない。やはり、無農
薬・有機肥料で育ったものとはまるで違う。われわれは、普通に買い物をすればいかに本物でないものを食べているかを改め
て実感した。


2013.2.7 庭の花

 我が家の庭では、水仙の花が咲きはじめている。厳冬期に咲くこの花は凛として清々しさを感じる。人生もこうありたいも
のだ。花壇の片隅に植えているユリは毎年3本芽がでるが、今年も芽を出している。このうち、1本はしっかり咲くが、あとの
2本は何故か虫にやられることが多く、昨年は木酢液をかけてみた。今年はどうなることだろう。種類の違うマーガレットを2
本植えているが、これも芽を出している。いっぱい咲く花はなかなか見応えがある。以前に植えていたのは1000個以上の
花をつけた。
 梅の木は植えて20年以上なるが、大きな木になった。秋になると葉っぱがいっぱい散って掃除が大変なので、庭からはみ
出した枝を大胆に切ってすっきりした。最近は実もあまりならず葉っぱばかり茂っていたので、枝を切ることで実がよく付くか
もしれない。この梅は開花がすごく遅い。桜が咲き始めるころに満開になる。今はまだ蕾がほんの少しふくらんだ程度である。
 散歩していると、すでに蠟梅が満開状態のも見られる。まあ、それぞれ個性があるのだから、遅く咲くのは仕方ないとしても、
梅は自家受粉しないので、よその花粉が飛び終わった後では受粉しようがない。これが難点といえば難点だが、こればかり
は仕方がない。もうちょっと早めに咲くように声をかけてみようか。植物にも「感情」があるという人もいることだし(笑い)。
 ちなみに、水に優しく声をかけると雪のきれいな結晶ができるなどということを信じた人がけっこういるらしい。こんなことはあ
りえない。これをエセ科学という。氷の結晶が人間の感情を理解できるものか! 馬鹿らしくてお話しにならない。世の中には
こういう類がけっこうあるようだ。人間はだまされやすい。


2013.1.22 大阪市立桜宮高校のこと

 
最近話題になっていることで、桜宮高校のバスケット部の主将が顧問から体罰を受けたことが原因で
自殺した事件がある。この事件で、大阪市の橋下市長は、体罰はいけない、高校のスポーツ科の入試
を中止すると強硬に主張し、教育委員会はスポーツ科の入試中止を決定した。
 入試について決定できる権限は大阪市長にはない。にもかかわらず、予算執行権を盾に自己の主張を
押し通したかっこうになった。橋下のことは胸糞悪くなるので書きたくないが、そもそも彼は手をあげるぐら
いの厳しい指導が必要と言っていたのが、一転して体罰否定主義になって、影響が計り知れない入試の
中止を無理強いした。生徒や保護者のことはお構いなしというわけだ。その時々の状況を見て対応する
のを風見鶏という。こんな軽薄な輩の犠牲になるのはスポーツをこよなく愛する生徒ではないか。
 今回で問題になった体罰はスポーツの世界でまだまだ根強いものがあるとおもうし、その背景にある競
争主義、実績万能主義の風潮は改められなければならない。深刻な問題解明は必要だが、スポーツは
あくまで楽しみのためにあるという原点を忘れてはならないと思う。


2013.1.17 劇場政治と無関心社会

 
またもや2ケ月ほど空白になった。この間、社会にも自分のまわりでもいろんなことがおきている。政治の世界では、総選
挙で自民党が「圧勝」したが、それは民主党への失望感の裏返しのようなもので、自民党の支持率が伸びたわけではない。安
倍首相は「強い経済成長」をいうが、これは破産した大型公共事業の復活、赤字国債の増大など破産は目に見えている。新自
由主義が跋扈する経済から国民のふところを温める政策をとらない限り、状況はますます悪くなる。
この選挙で、奈良県では橋本の日本維新の会が比例第一党になったというから驚く。テレビに毎日登場するのだから無理もな
いといえばそういう風にも思えるが、有権者はこの閉鎖的な社会を変えてくれるのじゃないかという漠然とした期待感から投票し
たと思うが、平和憲法の改悪や最低賃金制の廃止などとんでもない主張をしていることはあまり問題にされていない。彼は財界の
利益を代弁した名うての競争主義者に他ならない。しかし、あのパフォーマンスが受けている限り劇場政治は続く。市民がだま
されたと気がついた時点では新たなパフォーマーが登場し、騙され続ける。これが日本の現実なのかもしれない。
 一方で気になるのは投票率の低さである。市民は政治に期待しなくなっているともいえる。たとえ無関心であっても、政治は直
接国民生活に関係する。年金・健康保険・消費税増税・雇用・食料自給率どれ取っても大事なことなのに、無関心でいられること
が不思議といえば不思議だ。日本人の劣化のここまで来たかとも思う。
 最近、奈良でも毎週金曜日の脱原発デモが行われていてずっと参加しているが、市民の反応は今一つのように思う。まさかど
うでもいいとは思っていないだろうが、行動まで結びつくことはないのが現状なのだろう。でも、もしかしたらあの時見たデモが心
に残っていて、それが何らかの行動に結びつくこともあるかもしれない。そんな思いで、デモは粘り強く続けられていくことだろう。
 もう一つ、毎月1回行われている名張毒ぶどう酒事件の犯人とされた無実の奥西勝さんを取り戻そうと署名とチラシ配布を行っ
てきたが、50年以上前の事件ということもあり、ほとんどの人は無関心に通りすぎていく。自分の家族が無実の罪で半世紀も拘
置所に入れられているとすれば、どんな気持ちになるだろうか。
 人の痛みに鈍感な人は自分自身の人権にも無関心ということだろうか。東北大震災の被害者に心を寄せることのない人は、自
分自身がと東南海巨大地震の被害者になることは想定していないのだろうが、その時人の冷たさを感じたとすれば、それは自分
自身の「無関心さ」の報いなのだと納得するだろうか。新自由主義の下、大企業がこの世の春を謳歌する一方で、多くの国民が
社会の崩壊という洪水にまるごと飲み込まれていく。果たして、この日本を救う道は?


2012.11.27 大根三昧

 木島平村の別宅の畑で植えた大根が収穫できる状態に育っている。最初に少し植えてみた分だ。息子夫婦が
やってきた時、10本ほどみやげに持ってかえってもらった。自宅にも一箱宅急便で送った。息子の妻からメール
が来て、もらった大根を柚子味噌田楽にしてぺろりと1本たべてしまったとあったので、自分も家でやってみた。
これがけっこうおいしい。
 別の日には1本の半分ほど切干大根にして干している。まだ出来ていないが、愛犬のユリに2切れほどあげる
とおいしそうに食べている。実はユリは生でもぼりぼり大根を食べる。机の引き出しから柚子大根の作り方のメモ
が出てきた。確か山仲間に教えてもらったものだ。これもさっそく作ってみる。一晩も漬ければ食べられる。柚子の
香りとともにシャキシャキ感がいい。煮物にも使っていて、10日もしない内にもう消費してしまう感じだ。こうして、
大根三昧の日々を過ごしている。


2012.11.22 蔦の紅葉

 
今年は紅葉の時期が遅い。奈良の紅葉の名所もやっと最盛期を迎えたようだ。我が家は、いつのまにか外壁が
蔦に覆われるようになった。夏は転園天然カーテンの役割でもするかとも思いそのままにしていたらすっかり覆わ
れてしまっている。
 そして、今まさに蔦の紅葉が最盛期を迎えている。紅色の紅葉はなかなか見応えある。ここにも命の輝きがある
ということになるのかもしれない。これはあくまでも人間の見立てにすぎないがーーー。


2012.10.29 「第三極」を嗤う

 
石原慎太郎氏が東京都知事を辞任して、新党の党首になるという。橋本大阪市長が党首の「日本維新の会」とも
連携して、自民党・民主党以外の「第三極」を形成し、閉塞感のある政局の打開を図るとのことらしい。石原氏は、
最近では尖閣諸島を東京都が購入するといいだして、結局国が購入し、中国との軋轢が生まれた。彼は中国との
戦争も辞さずとかどこかでしゃべったらしいが、この問題を提起することで、国防と日米軍事同盟の強化を目論ん
でいたとみて間違いない。
 彼はそもそも自民党時代は青嵐会というもっともタカ派的な組織に属していた国家主義者で、核武装論者だ。任
期途中で都政を投げ出して、80歳にもなった老人が何をやるのか。日本国憲法を嫌悪しているので、戦前の大日
本帝国憲法を復活するか。橋本大阪市長のようなおっちょこちょいはさすがにここまでいわないが、憲法改悪が念
頭にあるのは「維新八策」でもあきらかだ。君が代を強制し、職員に絶対服従を強要する、こんな独裁政治家が石
原新党と野合すれば、日本の政治は真っ暗だ。というより「復古政治」の再現にしかならない。
 今必要なのは真の第三極だと思う。それはアメリカにはっきり物をいい、財界奉仕の政治を国民本位に転換する
革新的な政治だ。これを担えるのは共産党や社民党になると思うが、国会の議席は少数政党にすぎない。かつての
小泉旋風のように、マスコミがこれらのエセ第三極をもっともらしく追いかけているかぎり、国民はまた騙され続けるこ
とになるのだろうか。
 橋下の素性を暴くとした週刊朝日の記事に橋下がかみついて、朝日新聞の取材を拒否するといわれたら、とたん
に謝罪した天下の大新聞の腰抜けもあきれるしかない。あの記事を読んだが、人権侵害と騒ぎ立てるほどの内容で
はない。おのれがどれほど人権侵害してきたかといいたい。ちなみに、彼は大手のジャーナリズムしか相手にしない
ようだ。しょせん、マスコミの舞台に踊る三文芝居役者じゃないか。その没落は意外と早いかもしれない。「第三極」
も選挙目当ての有象無象の集まりで
、収拾がつかなくなり、やがて消滅する?!


2012.10.10 悪乗り

 今、問題になっていることの一つに震災復興予算の執行問題がある。なんと、国立競技場の改修や沖縄の国道ののり面工事費など
およそ東北の震災復興とは何の関係もない事業に復興予算がつかわれようとしている。どうもこうした事例はどろどろ出てきそうだ。
 だが、ちょっと待てよといいたい。その金は国民の税金からでているのだ。官僚や政府のおえらさんは、どうも国民の税金は自分ら
のもので、適当な理由を付ければ自由に使っていいものとでも思ってるのだろう。これを世の中では悪乗りという。兆という途方もない
金を本来の目的に使わなければこれは詐欺行為だ。
人を殺せば殺人罪。戦争でたくさんの人を殺しても犯罪ではなく、多く殺せば英雄だとか。国民の税金を湯水のように使う官僚は英
雄ならぬ犯罪者だ。それを許している国民は犯罪幇助者になるかも。


2012.9.30 迷い犬のこと

 今、大型の台風が近畿地方に接近している。風も強まってきている。そんな時、ふと今朝愛犬ユリと散歩している時見かけた犬のことを
思い出した。その子犬は毛が抜けてあわれっぽい感じだった。首輪もしていなかったので、多分捨て犬だったのだろう。この風雨の中をど
うしているだろうか。雨にぬれ、食べ物もなく、待っているのは死しかないのだろう、きっと。
 振り返れば、我が家の飼い犬も迷い犬だった。最初はもう20年以上も前になるが、成犬のメス犬で近所をうろついていたのを飼うことに
した。子どもが生まれたら困ると連れ合いがいうので不妊手術をしたら、うまくいかなくてかわいそうに死んでしまった。おとなしくて「しずか」
と名前をつけていたがーーー。次に、保健所にいってもらってきた犬は出たがりで、何度も脱出した挙句、大雪の日についに帰ってこなか
った。
 その次に飼った犬も近所をうろついていたのを飼うことにした。黒かったので、黒べえと名付け、10数年飼った。山に連れていった時、
リードをはずしたらそのままいなくなった。
 そして、2006年に柴犬専門店で買ったのが今のユリである。ユリも一度飛び出して、2週間以上帰ってこなかったことがある。この時は、
同じ柴犬を飼っていた人が自宅に連れ帰って保護してくれていた。警察から連絡があり無事再会できた。ユリは今、玄関の中に入って寝て
いる。つくづく幸せな犬だなと思う。私の大事な大事な相棒だ。
 同じ犬に生まれても、飼い主次第で寵愛されたり、捨てられたりする。人間とは勝手なものだと思う。さて、ユリは主人のことをどう思って
日々を過ごしているのだろう。よぼよぼになっても捨てたりはしないから安心しろな、ユリ。


2012.9.5 「小学生」が首相になる時

 
橋下大阪市長が率いる大阪維新の会が国政選挙にでれば20%以上の支持があると世論調査の結果が伝えているらしい。この橋本氏に同世代の映画監督が面白いコメントをしているのを見つけた。いわく、小学生が首相になるようなもので、話しにならない、と。
 言うことをころころ変える、気に食わないと相手を罵倒する、国会議員の定数半数減などと大衆迎合主義の公約を掲げる。もうこれはやんちゃな小学生が
ちやほやされるのをいいことに「橋本劇場」で主役を演じているにすぎない。手に負えなかったら、「おら、やめた」と投げ出していくに違いない。こうなったら、日本は悲劇だ。
 この日本の閉塞状況を打破してくれそうな期待を込めて、けっこうおおくの人が橋本を支持しているが、彼の本質はファシズムだ。財界やアメリカ批判は絶対やらない。自民党や民主党よりも反動的な政策を平然と行なう可能性は十分ある。その時、気づいても遅い。小泉内閣が発足した時、国民の9割が支持した。今でも小泉の「構造改革」を支持している人はほとんどいないだろう。
 これまで、政治家でいろんなタイプが登場したが、橋下ほどヒットラーにそっくりで、しかも軽佻浮薄な「タレント」もめずらしい。


2012.9.3 かわうそが絶滅した国

 最近、環境省が絶滅の恐れのある野生動植物を示した「レッドリスト」にニホンカワウソを「絶滅種」に指定した。1979年に高知県内で目撃されたのを最後に30年以上生息が確認されていないため、絶滅したと判断された。
 かつては、日本の河川に普通に見られたカワウソがどうして絶滅に至ったか。かつては乱獲ということもあっただろうが、環境の変化がカワウソを絶滅に追い込んだことは間違いないだろう。開発や農薬を始めとした化学物質の使用が、カワウソが生育できる生態系を破壊してしまったと考えられる。
 カワウソが絶滅したところで、我々人間にそれほど大きな影響はあるまい、と考える人がほとんどだろう。だが、人間もこの地球上の生態系の一部にすぎない。野生生物が住めない環境とは人間にとっても住めない環境になっていることになるのではないか。このまま「人間中心」の社会が進行していけば、人間も大量絶滅する時代がこないと誰が保証してくれるのか。
 人間の生存の最も基本的な条件である食料はどのようにもたらされるかちょっと考えてみるだけでも理解できることだ。めだかも絶滅危惧種に指定されているこの日本について、もっと足元を見つめた方がいい。カワウソは自らの絶滅をもって、人間に危機を知らせてくれたということを。


2012.8.28 脱原発金曜日行動に思う

 8月24日金曜日、この日私は奈良で行われた市民のアピール行動に参加した。毎週金曜日に行われてきた脱原発を求める行動である。これは、首都東京で、反原発首都圏連合有志が呼びかけた首相官邸前の行動に呼応して行われたものである。この東京の行動には数万人から最高20万人の市民が参加している。このような大規模なデモストレーションは60年安保以来絶えてなかったことである。しかも参加者の圧倒的多数は、デモに初めて参加した若者や若い母親など普通の市民である。福島原発事故とその後の政府の対応を見て、誰かにまかせていては未来は開けないと自覚した人たちが自分の意思で参加したのだ。あの事故以来、日本が確実に変わりつつあることを象徴的に示しているように感じる。
 さて、チラシをみて午後6時半前にJR奈良駅前に行く。参加者らしい人は10数人。自分は虹の旗に「原発はもういらない」と貼り付けたのを持って参加。
集会が始まる頃には約40名ぐらいの参加者。一人ひとりが一言発言。駅を通行する人たちはどのような目でみていたのだろうか。
 集会が終わると、関電奈良支店に向けてデモ行進。「再稼働反対」「原発やめよ」を繰り返し叫びながらの行進だ。太鼓などの鳴り物もにぎやかに鳴らされる。関電前でシュプレヒコールをした後、またJR奈良駅に戻り、解散。
 この金曜日行動がこれから大きく広がっていくのか、今ぐらいで推移するのか、予測はつかない。普通の市民にとってデモに参加するということには抵抗があって当然だ。しかし、自分の命そして孫子の将来に関わっている問題だとすれば、行動しないことは現実を認めることになる。テレビを観ていたら、なかなかいい言葉があった。「一歩を踏み出せば、世界は変わる」


2012.8.21 トウモロコシ

 北海道大雪山の縦走から帰ってすぐ、木島平村の別宅に出かけた。日中は暑いが、朝晩は寒いぐらいだ。もちろん、クーラーも扇風機もない生活。
 ジャガイモとトウモロコシを収穫した。ジャガイモは、粒の大きさは今一だったが、まずまずの収穫。新じゃがはやはりおいしい。トウモロコシもよく育っていた。獣害にはほとんどあわなかった。生で食べても甘い。高校時代の同級生に郵パックでほんの少しおすそ分けしたところ、甘くておいしいとのことだった。京都のK氏も少し硬いけどおいしいとのメールが返ってきた。もっと茹でる時間を長くしてというと、すごく柔らかくておいしくなったとのこと。家には10数本持って帰り、家族で食べた。こうして喜んでもらえるとうれしい。
 今年は開墾が主みたいだったが、来年はもっとおいしく、また量もたくさんつくれたらいいなと思う。秋には開墾と堆肥づくりに励みたい。


2012.8.2 酷暑の夏は

 今、まさに酷暑。先日、夏山登山バスで山仲間と新潟の火打山と妙高山に登って帰るバスの中でちょっと熱っぽさを感じた。自宅に帰ると暑い!まさに猛暑だ。翌日から
頭が少し痛い。軽い熱中症のようだ。登山中、首筋がかなり焼けて真っ赤になっていたので、熱が首から上にたまったのかもしれない。明日から北海道の大雪山縦走に出かけるが、もし今日も調子が悪ければ取りやめようかとも思ったが、なんとか行けそうだ。薬局で日焼け止めクリームを買ってきて、備えることにした。
 家の2階を書斎にして、本の執筆作業中だが、やはりクーラーを使わないとやってられない時がある。夜中は窓を開けて寝る。クーラーをつけっぱなしだとどうも体がいま一つである。どうも「文明人」にはなれない人種らしい。大雪から帰ったら、長野の別宅で避暑といきたい。じゃがいもやとうもろこしなどの収穫も待っている。
 ところで、登山バスでのこと、あるメンバーから「小生のHPを見てるけど、更新がないと誰も見いひんよ」と言われ、そうか見ている人もいるんだと思いなおして、これからは週1回ぐらい、このコーナーを更新していくことにしたい。まさに思いつくままに-------。


2012.7.5 橋下の「脱原発」発言はマヌーバーだ!

 6月27日、大阪で行われた関電の株主総会に出席した。昨年の福島原発事故以来、関電にもの申そうと、株主になったのである。会場の大阪芸術劇場は満席の状態この総会では、株主提案として、私が加わっている市民株主の会と、別の市民グループに、大阪市・神戸市・京都市が脱原発の提案をした。
 橋下市長は、途中から入場し、発言した終わると退出したが、その内容は原発依存の経営ではもたないというもので、「脱原発」を一言もいってもない。ところが、当日の夕刊をみると、「脱原発」を主張したことになっている。たしかに、文書では「脱原発」となっており、代理弁護士もそう提案したが、ご本人は発言していない。ここに、巧妙な裏があると見た。
 そもそも、橋下市長は、政府の大飯原発再稼働の動きを厳しく批判して、専門家しか判断できないじゃないか、とタンカを切った。ところが、しばらくすると、「きれいごと言ってても仕方がない」などとうそぶいて、再稼働にお墨付きを与える発言をして、関西広域連合を再稼働容認に導いた。いうことがコロコロ変わる。これをマヌーバーと言わずして、何だといいたい。
 結局橋下は再稼働を求める財界の使いぱっしりなのだ。ひとびとは彼の派手なパフォーマンスにだまされて、そのファシストとしての本質が見抜けてないのだ。そのうち馬脚を現して、原発はやはり日本に欠かせないなどとうそぶくのではないだろうか。この時、「橋下劇場」は終幕を迎えていることだろう。


2012.7.4 最近思うこと

 
このコーナーも10ケ月ほどご無沙汰した。この間にはいろんな事があったが、マスコミを騒がせているのが「橋下劇場」だろう。橋下市長は、自分に言わせればファシスト=独裁者である。大変な人気で、首相にしたい人が60%もいるという世論調査結果がでているようだ。マスコミが持ち上げた結果というしかない。なにしろ、連日ご登場遊ばすのだから。あんまり頭にきたので、朝日新聞を断り、NHKの受信料拒否の通告をした。大阪の文楽を味噌糞にけなしたということだけでも市長の資格が欠落している。品性が下劣すぎるのだ。市の予算をカットして、大型の公共事業にまわす、これってすでに破産した事業じゃないの。最近では中之島の府立図書館はいらないとのこと。何でも経済効率第一の、極端な新自由主義の権化。
 小泉内閣が誕生した時、国民の90%が支持した。その破綻が今日の日本の現状だ。橋下市長が転落するのは何年後かわからないが、ドイツのヒットラーを熱狂的に支持したド
イツ国民が、戦後「こんなことになるとは思いもしなかった」と悔やんだことだろう。それと同じことがきっとおこるに違いない。100%確信をもって断言しておこう。
 それから、今度の消費税増税劇。野田首相は、政治生命をかけると豪語したが、支持率が20%台の首相が言っても何の説得力もない。大飯原発の再稼働容認、TPP推進、とまさに暴走内閣だ。これに自民党・公明党は悪乗りしている。
 大体、民主党という政党は綱領もなく、第2自民党として財界の意向を受けて誕生した寄せ集め政党だ。小沢新党が出来るようだが、私は民主党という政党はいずれ空中分解すると見ている。ようするに根なし政党なのだ。その前に総選挙でみじめな惨敗が待っているのは間違いない。
 たしか、カナダでは政権与党が惨敗して、党自体が消滅したかと思うが、その二の舞を踏むことだろう。民主党・自民党・公明党が消えてもいいが、「橋下維新党」というファシストの政党が国政を握るのはさらに怖い。


2011.9.14 どじょう内閣の愚直な政策

 野田首相は、新内閣発足に当たってどじょうのように泥まみれになって愚直にがんばると表明した。この内閣の支持率は60%である。これから下がる一方だと思うが、それにしても意外と支持率が高いようにも思える。朝日新聞の川柳にこんなのがあった。「何とまあ愚かな民よまた夢見」。 国民はまたしても何かしてくれるんじゃないかという期待を持ってみているが、この内閣ははっきりいって自民党政権とまるで変わらない。13日の首相所信表明演説の全文を読んだが、はっきりと増税・日米同盟深化をうたっている。国民の目線ではなく、財界・アメリカ目線なのである。TPP(環太平洋経済連携協定)に参加すれば食料自給率は13%になるという予測がある。輸出大企業の利益のために、農業を切り捨てるこの恐ろしい協定を推進する内閣、原発の再稼働を明確にする内閣。これは「泥舟」内閣として泥沼に沈むしかないのではないか。それにしても物事の本質に気づかない国民のあきれた愚かさよ。いったいいつになったら目覚めるのだろう。


2011.7.5

奈良から陸前高田市へ

―東日本大震災地支援ボランティアバスに参加して―

 

                    

 

 7月初旬、奈良県が主催する災害ボランティアバスに参加した。あの東日本大震災後、ぜひ現地で支援活動をしたいという強い思いがあったが、その機会がなかなか得られない状況が続いた。そこで奈良県のホームページにアクセスすると、災害ボランティアバスの募集がされていることを知り、応募したところ参加できることになった。

奈良県は5月から実施しており、自分が参加することになったのは6月から7月にかけて実施される第2クール(4回実施)のうちの第3回目であった。4回のうち、2回は3泊4日、2回は4泊5日となっている。毎回の参加者は20名で、これにスタッフ3名(県のスタッフ1名、災害支援ネット1名、社会福祉協議会1名)という編成であった。県の担当部課は奈良県くらし創造部協働推進課で、6月12日に橿原市にある奈良県社会福祉総合センターで事前説明会があった。

 7月1日18時30分、近鉄高の原駅前を出発し、北陸道→磐越道→東北道と高速道路を通り、2日の朝7時30分に一関の宿泊所チサンイン岩手に到着。12時間を越えるバスの旅であった。このホテルで、レンタカーに県が準備した資材を積み込み、4台に分乗して陸前高田市に向かう。1時間半ほどで陸前高田市のボランティアセンターに到着。途中、川沿いの人工林が赤茶けているのが目につく。おそらく津波による塩害かと思われる。

受付を済ませ、4班に分かれて支援作業の現場に向かう。まず目についたのは三陸鉄道の鉄橋が落ちている状況である。さらに進むと無数の瓦礫の山と、コンクリートの建物以外建物の類が皆無という情景であった。大空襲直後の光景を思わせるような徹底的に破壊しつくされた惨状を目にして、津波の超巨大な破壊力の凄まじさにただただ圧倒される思いであった。映像では見てきたとはいえ、猛烈なスピードで押し寄せる10メートルを越える津波が襲った時の状況は想像の域をはるかに超えている。購入した『週刊現代』7月16・23日号によれば、「沿岸市町村の災害廃棄物処理の進捗状況」で仮置き場への搬入状況は、岩手県が41%(環境省発表6月21日)とあったが、震災から約4ケ月たっても瓦礫の撤去は陸前高田市に関する限り、ほとんど進んでいないのではないかと思ってしまう。この瓦礫の処理場所の確保さえ難しいのではないのだろうか。瓦礫の処理が終わらない限り復旧など絵空事にすぎないと思ってしまう。

 支援要請のあった家はかつての陸前高田市の市街地の中心にあったようだ。コンクリート建ての建物は半壊状態といえるかもしれない。隣には醤油屋の建物が建っている。老舗の店らしい。車から降りるとすぐに臭いが鼻につく。産廃の臭いだ。かつて産廃の山の見学に行ったことがあるが、あの強烈な臭いに比べればましとはいえマスクなしではいられない。まわりを見渡すと、瓦礫の山の間に大漁旗が立てられていた。黄色い布が付けられている。復興への願いを込めて作られたものだろう。遠くに1本の松が見える。あれが数万本の松が生えていた有名な松原で1本だけ津波に耐えて残った松に違いない。

作業は数十メートルに及ぶ側溝の瓦礫や泥を掻き出すもので、班ごとに分かれて作業。泥の中からたくさんの醤油瓶が出てきた。割れた瓶から出てきた醤油の臭いに誘われたのか蠅が寄ってくる。いろんな瓦礫が埋まっているので作業も簡単ではない。でもみんな一生懸命がんばっている。さすがボランティアとして応募してきた面々である。やる気は十分なのだ。それでもこの側溝の泥掻き出し作業だけでこの日の作業は終わる。

休憩している時、家主の紺野さんが説明してくれた。彼は震災前の写真を持ってきて、家の近くに江戸時代の大肝煎(地域全体を統括する村役人)の築二百年の家がある、壊れたが木材は集めてあるので是非復元したいという。多くの人は高台に移りたいと思っているが、自分はなんとしても今の街を復興したい、そのシンボルとして古民家を再建したいという思いのようであった。紺野さんの強い思いが直に伝わってきた。ここにもこうしてがんばろうとしている人がいるということに希望のかすかな光が見えた思いがした。自分も出来ることがあればぜひ支援していきたいと思う。

作業が終わり引き揚げようとした時、あの松をぜひ見たいと思い、県の担当者に希望を告げたとき、驚くべき言葉が返ってきた。「観光で来ているのではないのでダメです。」だれが観光気分で来ているか、私は強く抗議したが、あの松は陸前高田市の復興のシンボルになっている木であり、2日目の休憩所にもポスターとして貼られていた。おそらく数分もすれば行けたはずの所を、予定のスケジュールに入っていないということで要望を聞き入れなかった融通の利かない行政マンの対応にはあきれるしかない。後で聞くと他の参加者も見たいと思っていたようだ。もっとも、帰りのバスの中で彼は私に謝っていたがーーー。奈良県は関西広域連合などからたたかれているので、しぶしぶボランティアバスも出すようになったのではないかと変に勘ぐってしまうような一齣であった。すでに松は枯れかかっているようだが、ついに見ることなく奈良に帰ることになったのは何とも心残りであった。

2日目は気仙川の左岸の畑の瓦礫の撤去と草刈り作業であった。ボランティアセンターにはたくさんのボランティアが集まっていた。平日で300人ぐらい、土日にはその倍以上が参加するとのことだった。北海道の車もあったし、沖縄からのも見たと参加メンバーが教えてくれた。全国から支援に来ているのだ。現地に着くと、すでに新潟県の燕市からきたボランティアが作業をしていた。瓦や鉄くず、それにコンクリートの断片などびっくりするくらいたくさんの瓦礫が出ている。小さな畑でこれほどあるのだから、瓦礫の撤去は相当大変なものだということを実感した。

この作業中、草刈りをしたが、長年やってきたので油断していたのか、ほぼやり終えた段階で左手の人差し指を切ってしまった。手袋を取ると1センチほど切れている。近くでボランティア作業していた看護師の女性が治療に来てくれた。彼女はアフリカで2年間海外青年協力隊員として派遣されていたとのことで、今回は東京都のボランティアできていた。スタッフに応急手当をしてもらったが、大事を取って日赤の仮診療所で治療を受けることになった。高台のある高田第一中学で北海道から来ていた医師の治療を受ける。

現場に戻ると、すでに作業は終了していた。依頼主の水に漬かった畳を仮置き場に運びたいという要望を受けて、参加メンバーが軽四に積み込み運ぶ作業を行う。こうして早めに作業を終了し、ボランティアセンターに戻る。途中の車中から家族連れで土を掘り返している人たちを目にする。家を流された家族が思い出探しをしているのだろうと思う。一関のホテルに戻って、資材を撤収しレンタカーを返して、一路奈良に向かう。奈良には7月4日朝の7時過ぎに戻り解散。

 

今回のボランティアは現地2日間だけの短いもので、やれたことはほんのわずかなことでしかない。また作業に限定されていたのでいろんなことを見聞できたわけでもない。それでも、いくつか感じたことがある。

まず、あの無数の瓦礫の山を見て、この瓦礫の撤去なしには何も進まないだろうということを強く実感した。復興プラン云々の前に全力を尽くすべき最大の課題のように思える。内閣退陣だ、誰の責任だなどと言って場合ではないだろうと、特に政治家には言いたい。

 次に、古民家の復元に夢を託している紺野さんの姿を見て、凛として生きる東北人のたくましさを感じた。幾度の津波にも耐えてその都度復興してきた東北人の不屈さに学べたと思う。

 ことボランティアに関する限り、その必要性は今後ますます高まるのではないかと思う。一市民として出来ることは限られるが、逆にきめ細かいちょっとしたことでも支援になるのではないかと思う。それこそがボランティアの持ち味ではないかとも思う。

今回、奈良県はこのボランティアバスの関係予算で1500万円組んでいるとのことだ。バスの手配、資材の準備、レンタカーの手配などに使われ、ボランティアはホテル代や食費が自前となっている。それでも奈良県のおかげで交通費を負担せずに現地に行けることは助かる。今後長期の支援が必要とされると思うので、奈良県のボランティアバスの継続と拡充を望みたい。

 

写真説明

一段目左 同じ班のメンバーと(陸前高田市災害ボランティアセンター前)

一段目右 1日目の側溝瓦礫撤去作業

二段目左 被災者の紺野さんの説明を聞く

二段目右 大漁旗と小学校跡

三段目左 災害復旧車両

三段目右 2日目、ボランティアセンターに集まったたくさんのボランティア

四段目左 燕市のメンバーと畑での作業

四段目右 復興のシンボルの松(ポスター)

五段目左 いたる所瓦礫がーーー

五段目右 レンタカーに貼られたステッカー

六段目  瓦礫の山

説明: C:\Users\NEC-PCuser\Documents\DSC05174.JPG 説明: C:\Users\NEC-PCuser\Documents\DSC05176.JPG       

   

  説明: C:\Users\NEC-PCuser\Documents\DSC05187.JPG

 


説明: C:\Users\NEC-PCuser\Documents\DSC05191.JPG        説明: C:\Users\NEC-PCuser\Documents\DSC05192.JPG

 

説明: C:\Users\NEC-PCuser\Documents\DSC05198.JPG      説明: C:\Users\NEC-PCuser\Documents\DSC05199.JPG

 


 

 


 

 2011.5.18  野糞考

 最近、愛犬ユリとの朝の散歩コースを変えて以前の道にしている。退職して自転車通勤をしなくなったので、運動不足を少しでも解消するためでもある。このコースは竹林と雑木林の中を歩く。初日、さっそく福があった。竹の子が生えているのを見つけたのである。もうシーズンは終わっているかと思ったらけっこう生えているではないか。ここは県有地で病院建設が予定されているという話があるが、竹の子は取り放題。以前はよく採りにきているのを見かけた。さっそく1本採って食べた。1日置いて、スコップを持って堀りに行き、鍋いっぱい炊いた。
 さて、散歩の途中で便を催した。この野糞は開放感があって快適だ。今日で2回目になる。これまで、登山中に野糞したことはよくある。最高に気持よかったのはもう20年近く前にスイスアルプスにトレッキングに行った時、あるピークに登っていて急にウンチがしたくなった。でものはれもの所嫌わずで、その場で野糞とあいなったが、前を見るとマッターホルンが鎮座している。世界を我が物としたような快感は今でも忘れられない。アルプスさん、ちょっと汚しちゃってゴメン。最近は登山でも、有名な所は持ち帰りが呼びかけられているが、まだこれを利用したことはない。やはり、なんとなく抵抗感がある。それに野糞の爽快感には勝てない。


2011.4.15  責任ある者の責任の取り方

 東日本の巨大地震による津波で原発の非常用電源が作動せず重大な事態が起こったことに関して、これまで原発の安全神話を説いてきた者の責任は重大である。特に、影響のある研究者はその責任は極めて大きい。
 ところが、現・原子力安全委員長を務める斑目春樹東大教授は、中部電力浜岡原発の運転差し止め訴訟で、中部電力の証人として出廷して次のように説明している。(非常用電源が作動しない可能性を)「想定しない」「可能性のあるものを全部組み合わせていったら、モノなんて造れない。どこかでは割り切るんです」。この発言の時点で、すでに何人かの良心的な研究者はこの事態を予測し、警鐘を鳴らしていた。にもかかわらず、安全神話に乗っかって原発推進の立場に立ってきた人物が原子力安全委員長を務めている。このような人物の発言は信用できるか。「想定外」などという言い分があるとすれば、それは彼には通用しない。被災者と全国民に謝罪して、原子力安全委員長を辞任すべきだろう。
  東電の最高責任者、原発を推進した政府の最高責任者も同罪だ。すこしでも良心のあるものならば、それにふさわしい行動をとるものだ。


2011.3.31  日本の売国三政党

 30日の衆議院外務委員会で、今後5年間、毎年約2000億円を在日米軍に支払う「思いやり予算」特別協定を民主、自民、公明三党の賛成多数で可決した。5年間で1兆円!! 
 この「思いやり予算」なるものは日本側が負担する義務のないもので、日本国民の税金が使われる。今、未曾有の大震災で被災者への支援や復興のために莫大な金が必要な時に、義務もない「思いやり予算」が米軍のために使われる。こんな馬鹿な話があるか。これに賛成した政党は今後「売国三政党」と呼ぶことにしたい。三党の解党を切に願う。


2011.3.21 東北・関東大震災被災者救援に「思いやり予算」を使え!

 
未曾有の大震災により、20数万人の人々が避難所に避難している。一刻も早い救援が求められる。今後長期化すると思われる生活支援・再建のために膨大な資金が求められていることは明らかである。全国から義援金が集められているが、国家予算が大きな役割を果たすことはいうまでもない。そこで、今充当できる予算として「思いやり予算」を使うべきではないかと思う。この予算は、在日米軍を支援するためのものだが、日米地位協定の枠を超える法的根拠のないものである。これに、2010年度はなんと1881億円を日本が負担した。これほどの金が被災者の緊急救援に使われればかなりのことができるはずである。ちなみに、これまでの総額で3兆円を日本が負担しているというから驚く。
 日本の税金はなによりも日本のために使われるべきである。少なくともここ1,2年の「思いやり予算」は被災者救援に使うべきである。日本政府は、アメリカに対し「思いやり予算返上」を求めるべきであろう。もし、アメリカが本当に「同盟国日本」のことを思っているのならば、せめてそれぐらいのことをして当然だろう。


2011.3.19 日本の大馬鹿2人

 
東北・関東大震災により、阪神大震災を上回る死者と被災者が出ている。さらに、福島原発が極めて危険な状態にあり、必死の対策が取られている。こんな時に、唖然とするような発言が日本を代表するような人物から飛び出した。
 まず、あの震災は天罰だという発言。これは、東京都の石原知事が述べたものだ。日本人が欲の権化と化してきたことへの警鐘だというわけである。しかし、被災者に向かってこの言葉をいえるだろうか。もし、首都東京で大地震が起こり、知事も被災したとして、同じ言葉を発することができたかどうか。彼は作家である。このような想像力を完全に欠落した無責任発言は絶対に許されない。彼に300万票も投票した東京都民もいいかげんこの無責任知事を見放したらどうか。今度の知事選に注目したい。
 そして、もう一人の発言。「日本の原発は地震に勝った。立派だ」といった趣旨の発言をした日本経団連の米倉会長。連日福島原発の危機報道がなされているなかで、一体何を根拠にこんな楽観的な発言が出来るのか、とても信じられない。おそらく、「日本の原発は安全だ」という「安全神話」にとらわれていると思われるが、経済効率第一にしか考えない財界人の本音がでているのではないか。
 このような人物が日本を代表していると思うと何とも情けない。この大馬鹿どものために、日本は三等国であることを内外に知らしめてしまった。かろうじて日本のプライドを示しているのは、極限の状況でも必死に堪えている被災者と、救援に手を差し伸べようとしている市民である。


2011.3.5 続・断捨離

 
研究室の整理を始めて2週間がたった。3月4日に古書店の人に来てもらって数百冊の本を買い取ってもらった。即金で5万円。高いのか安いのかは判断できないが、なかには買ったままダンボールから開けてなかったのもある。これでかなりすっきりした。
 問題は書類の山だった。全て廃棄してしまえば簡単だったかもしれないが、いろいろ思い入れのある書類がでてくると捨てきれない。選り分けるのに相当時間がかかる。こんなこともあったな~としみじみ目を通すこともしばしば。かくて大方の書類の整理は目途がついた。あとは自宅に宅急便で送り、最後のかたづけをして終了となるが、来週には終われそうだ。


2011.2.23 ああ、断捨離?!

 
なんと2ケ月ぶりに書くことになる。この2ケ月けっこう忙しかったということになるかな。3月退職を控え、最後の論文の仕上げや残務整理が待っていた。先日から研究室の整理を始めたが、よくぞこれだけ本や書類が詰まっていたかと思うほど、かたずけてもかたずけても整理された感じがしない。図書館に返却する本だけでダンボール約50箱、それに書類の山。最近、断捨離という言葉がはやっているが、本についてはいろんな思いがあり、個人で買ったのは簡単に処分することはむずかしい。それでも、かなりの本がある。これを自宅に送っても、すでに書斎は満杯状態で、置く場所がない。
そこで、どうしても置いておきたい本を除けて処分することにして、古書店に電話した。これで数百冊の本は処理できるはずだ。これが終わると、自宅の書斎の本の整理が待っている。


2010.12.19 人生を終わりにしたい

 
また
、事件が起きた。20代の若者がバス停で10数人にナイフで切りつけ怪我をさせた。彼は、「人生を終わりにしたかった」といってるようだ。彼の立場で心境を語ってみたら、こうなるかと思う。
 俺は頭も良かったから有名大学を目指したが、受験に失敗した。それから、人生の転落が始まった。非正規でいろんな仕事をしたけど、満足のいくもの一つもなかった。10ほど職場を転々としたかな。もう嫌になって仕事もやめちゃった。こんな人生おもしろくない。何かいきていることがむなしい。もうこのへんで人生を終わりにしたい。このまま静かにあの世にいくのもおもしろくない。一つなんかやってから終わりにしよう。
 20代で人生を終わりにしたいなどとは、この日本という国は何と夢のない社会なんだろうとつくづく思う。非正規労働者が労働者の3分の1を占めるこの日本は明らかに異常だ。将来に明るい展望を見いだせない若者が絶望の上に起こす事件は今後も増え続けていくことだろう。
 これは政治の貧困という他ないが、それにしても若者はもっと怒りの行動を示していいのではないか。国会周辺を数十万の若者が「雇用確保」を叫んでデモ行進する、なんてことは夢物語にすぎないのだろう、きっと。日本は無気力社会の泥沼に一歩一歩沈んでいくしかないのか。そうならないために、何が必要か、自分に何ができるか、しばし考える。


2010.12.13 明智越から水尾の里

 12月12日、山の友達であるK氏が主宰する「ぼちぼち」という山の会の例会に参加した。会員外参加の小生を入れて4人という参加者。そもそもこの会の会員はほんの数人とか。JR亀岡駅に集合し、タクシーで登山入り口まで行く。この日のコースは明智越である。かの明智光秀が主君の織田信長を撃つために、1万5千人の兵を3隊に分けて京都をめざした。その内の一つがこの道だと登山入り口の説明版にあった。もう一つの唐櫃越は数年前に所属する山の会で行ったことがある。
 山道に入るとリーダーのK氏が早い速度で歩いていく。登山というものは始めはゆっくり歩いて調子を整えるのが定石だが、その内アップアップするだろうと見ていたところ、しばらくすると予想通りとなった。道は落ち葉に石だらけで歩きにくい。これに、運動靴で歩いたK氏はさぞ歩きにくかっただろう。しばらく緩やかな登りが続く。
 やがて、峰の堂という所を通過。ここには清和天皇が祀られていると説明版にあった。この天皇は清和源氏の祖ということになる。源氏といえば源頼朝が有名だが、甲斐の武田氏や新田氏も源氏だ。賜姓皇族として各地に派遣され、貴種として武士団の長に祀りあげられた内の一つの流れが源頼朝の系統である。登りが終わりという所で休憩。K氏は滝のような汗をぬぐっている。この寒い時にそんなに汗がでるのは不思議という他ない。小生はといえば手ぬぐいをだすこともなかった。
 ここから先は実に平坦な道になっている。K氏は最近読んだ明智光秀の小説の話をする。後のお二人はどんな話をしながら歩いていたのだろう。下りになって1時間ばかり歩いただろうか、急に開けた所から里が見える。水尾の里だ。30軒の集落が寄り添うように建っている。なんとも牧歌的な風景ではある。割合近くに見えるが、ここから意外と集落まで時間がかかるとのこと。道は坂道に変わった。すると、かのK氏は急に駆け下りだした。ぴょんぴょんと何か変。こっちは急な下りは大の得意。ぴったりついて降りると、先に行ってくれというので、どんどん降りる。やがて車道にでる。
  ここからしばらく歩くと水尾の里に着いた。予約してあるという所に行くと、風呂にすぐ入れるというので、柚子風呂に入る。かなり熱かったが、柚子のほのかな香りを楽しみながらゆったりと浸かる。風呂から出ると食事。かしわの水炊きが出る。この鶏肉は骨付きで少々たべるのにやっかいだが、なかなか肉がしまっていておいしい。食事をしながら楽しい語らいといいたいところだが、K氏はS氏と結婚式の出し物のことであーでもない、こーでもないとやりあっている。こっちは適当に茶々を入れて食べるのに専念する。
  十分食べ、飲みした後、マイクロで保津峡駅に送ってもらう。川を見ると、なんとカヌーが数艇。この寒い冬に物好きな連中がいるものだと感心した。冬場に山に登る我々も、一般の人から見たらやはり物好き人間ということになるのだろう。
  たいしてきつくもないハイキングの後、ゆったりと柚子風呂にはいり、食事を満喫したこの日のハイキングは一年のしめくくりにふさわしいものであった。


2010.12.11 天理行

 昨日、文献を調べるために天理図書館を訪れた。天理駅を降り延々と続く商店街を抜けて目的地に到着。道すがら、興味のそそられる店に目星をつけておいた。
 文献のコピーをもらって帰途につく。近くの天理参考館の展示を覗こうとおもったが、見ようとおもった特設展示は年明けということで、パスした。
 商店街では、まず酒粕を買った。最近見たテレビで、その効果を取り上げていたのを思い出し、買ってみようと思ったのである。さっそく、はちみつを入れた甘酒を造ってみた。次に、干し柿が目に入った。小さい頃は吊るし柿を食べるのを楽しみにしていた。でも、最近は田舎に行っても収穫されない柿の木を見ることが多い。市販の干し柿で市田柿はすごく高い。一袋550円で、粉が吹いているのを買った。これもけっこうおいしかった。
 さらに行くと古書店が目についた。ちょっと文庫本に目をやると、今東光の小説があった。価格は20円。さらに数冊ピックアップ。結局、8冊ほど買うことになったが、合計1000円ほど。何か得した気になった。そのせいか、次に買う気がしてなかったものを買うことになった。
 商店街を抜けて右を見ると年末ジャンボ宝くじを売っているのが目にはいった。最近はまったく買わないが、何となく久しぶりに買ってみることにした。ちなみに、これまで当たった最高額は1万円である。まずあたることはないだろうが、もしかして大当たりしたら、支援しているネパールのめだかスクールにかなりの支援金を送ることができる。が、これはしょせん「捕らぬたぬきの皮算用」ということだろう。
 駅の構内での自動販売機でパンを売っていた。どんなメカニズムになっているのか興味を以て100円のメロンパンを買ってみた。番号を押すと機械が動いて取り出し口に品物が落ちてくるという仕組み。缶類の自動販売機は缶が落ちてくる状態は見えないが、この自動販売機は移動していく状態が見えておもしろい。まあ、いろいろ考えるものよと感心した。
 あまり買い物の趣味はないが、ぶらぶら歩いていると思わぬものに出合うことがある。何げなしに歩いてみるのもいいものだ。


2010.12.4 映画「ふたたび」を観て

 久しぶりに感動的な映画を観た。ハンセン氏病患者だった主人公が、「人生でやり残したことがある」と、50年の時を経て、友との約束を果たすため、最後の旅に出る。そして、かつてのジャズ仲間と再会し、約束のライブを演奏する。
 この映画で最も感動したのは、主人公が一度も抱いたことがない息子をしっかり抱きしめるシーンだ。息子は、母親とも隔離され一人ぼっちで育った。息子にも、抱かれるというより、抱き合うことに万感の思いがあったことだろう。約束のライブには、あの渡辺貞夫も生で演奏しているからたまらない。バンド仲間も一人ひとり渋い演技を魅せていた。主人公貴島健三郎を演じた財津一郎の自然体の演技が光っていた。
 ハンセン氏病といえば、松本清張原作の「砂の器」を思い出す。あの名作の時代から、1953年には「らい予防法」により、全ての患者が国立療養所に強制隔離された。この法律は1996年に廃止されたが、世間の偏見や差別は助長された。今も全国のハンセン病療養所には2500名余の入所者がいるという。

 


2010.11.19 犬小屋の上に登るユリ

 雑感は書き始めると何か習慣のようになる。今回は我が家の愛犬ユリの話題。
 もう半年以上も前になるだろうか、ユリが何かごそごそしているかと思ったら、なんと犬小屋の上に上っている。何を思って上ったのかはわからないが、それからずっと習慣のようになった。
 まず、朝散歩に行ってから食事。それからしばらくして小屋の上に上る。家の外の景色を見ているようでもある。そして、部屋のなかをじっとみている。家族の様子を窺っているようだ。夜にも上ることがある。時々は主人から何か食べ物がもらえる。それにしても、安定感の悪い小屋の上でよく体を支えているものだ。この事も含めて犬は家族の事をよく観察しているなと思う。
 ちなみに、最近は毎日ではないが、夜テレビを観ている間、膝の上に乗せてやっている。


2010.11.17 山小屋に想う

 久しぶりに故郷の里山に建てている山小屋に行った。イベントに使うコップを取りにいったのである。このコップは、1996年に小屋を建てた翌年から始めた「柳生チビッコ自然塾」のために揃えたものである。
 山小屋は、1990年代の初頭のバブル期にゴルフ場建設ラッシュの中、故郷の柳生で計画されたのに対し、あくまでも建設反対の意志を示そうと父親が所有する山林に建てたものだ。結局、建設はされてしまったが、せっかくの山小屋を有効に使いたいと思い自然塾を始めた。これも10回続けて終わった。今は、竹の子の時期と6月の笹ユリの咲く季節に行くぐらいになった。竹の子は、ゴルフ場のエリア内の竹林で採れるが、ゴルフコースを横切って採りに行く。笹ゆりは、ここ2年ほどは小屋の周りでは全く咲かなくなった。
 この山林でゴルフ場計画がもちあがった1990年代の初頭はまだ松枯れはなく、松の木にも立木トラストをしたものだが、今回行ったら6月以降倒れて山道を塞いでいるのもあり、全て枯れてしまった。山小屋の屋根はシートで雨漏りを防いでその上に杉皮で葺いたものだったが、杉皮がはがれ、シートも半分めくれたようになっている。
 冬に自然保護をやっているメンバーの宴会をやっていたことがあったが、ある時小屋の中の囲炉裏を使おうと覆いの板をはずしたら枯葉がいっぱいの状態で、「なんだ、これは」と思っていると、中から子ネズミが飛び出してきて驚いた。どうも冬眠していたようだ。冬眠といえば、置いていたふとんを広げてみると、汚れている。どうも蛇が冬眠していたようだ。このように、小屋は所有者のいない間、野生生物のかっこうの寝床になっていたのである。
 山小屋を建てて15年ほどがたった。振り返ってみると、いろんな事があったことが想いおこされる。おそらくこのまま山小屋も朽ちていくだろうが、思い出は消えることはない。あの岩の上から見た夕日、そして子供たちの歓声、梅雨時に咲く笹ユリ-----。山小屋を訪れた人たちにとってもきっと何がしかの「一期一会」となったに違いない。そう思うと、山小屋が輝いた時期はほんのわずかだったかもしれないが、建てたことは決して無駄ではなかったかと思う。


2010.11.16 あ~眼鏡

 最近、眼鏡を使うことの煩わしさを感じることが多い。普段は眼鏡をかけているが、パソコンを使う時などは別に近くを見る専用の眼鏡を使っている。以前は遠近両用眼鏡でパソコンを使っていたが、これもフレームが壊れてしまって、今使っているのに替えた。遠近両用眼鏡だが、便利と思って買ったが、遠くがかすむことがあって本来の遠近両用で使えるというわけにはいかなかった。近くを見る眼鏡はしょっちゅう手元に置いているわけではないので、必要な時にさがしにいくというわずらわしさがある。外で使う時はポケットに入れておくとふくらんでしまう。まあ、歳相応に目も衰えてきているから仕方がないとはいうものの、不便この上ない。別に字が読めなくなったわけではないので、がまんするしかないか。


2010.10.30 自然農が地球を救う

 先週、奈良県の桜井市で自然農のシンポジウムがあった。桜井市には、自然農の実践者として全国的にその名を知られている川口由一さんが住んでいる。この記念すべき地で、川口さんが農業を行っている田畑がなんとあの邪馬台国の宮殿跡だったかもしれないとの講演は驚きだったが、講演で一番印象に残ったのは、月探査機が月面に衝突する直前に撮られた地球の映像だ。水の惑星の姿はなんとも神々しい。宇宙の果てまで百三十七億光年というこの大宇宙の中で、地球のように生命体がいる星はもしかしたら地球だけかもしれない。
 そんな奇跡の星地球がいま危機を迎えている。滅びようとしているといっても過言ではないかもしれない。まさかそこまでいっているとは思っていない人が大多数だろう。しかし、地球温暖化、種の絶滅などいくつかの指標を冷静に見る限り、地球の危機が迫っていることは理解できるのではないかと思う。
 この危機をもたらした最大のものは石油文明だろう。たかだか100年ほどの石油文明によって四十数億年の地球が滅亡するなどということは容易には信じがたいことだ。その石油も可採年数はあと50年もないのである。石油がなくなったら、代替エネルギーがある? 
 いずれにしても石油文明は終わる。その後、人間はどのようにして生きていくか。まず決定的に大事なことは命をささえるのに不可欠な食糧だ。農薬や化学肥料や大型の機械による農業は先が見えているし、なにより土を殺してしまう。不耕起、すなわち耕さない自然農こそ未来を拓く、このことに確信が持てたシンポジウムだった。これに1000人もの人が集まったということは、まだまだ希望が持てるということかもしれない。例え間に合わないとしても、この道しかない。現代文明の大転換はここから始まる。そう信じたい。 



2010.10.29 あ~パソコン!!

 
この1ケ月あまり、ホームページの更新ができていない。実は新しいパソコンが突然動かなくなり、修理に出したところ、ハードディスクに問題があり、取り替えたと連絡があった。ホームページのバックアップをしてなかったので、ホームページビルダーでアップしたのは消えてしまった。プロバイザーのサイトには残っている状態でしばらくきたが、自分ではサイトから移してくる操作が出来ない。
 そこで、業者に来てもらって操作してもらったら、30分ほどで完了。これで、9800円なり。自分ではやれなかったんだから仕方がないが、精密な器具ほど操作もやっかいになる。結局、限られた操作能力でやっていくしかない。あるコンピューターの専門家いわく、「大馬鹿コンピューター」。操作を一つ間違えただけで次に進めない、まったく融通の利かない大馬鹿。これに頼っている人間は輪をかけた大馬鹿か?! とまれ、一応はホームページが復旧した。


2010.9.25 ナラ枯れ

 今朝の朝刊を読んで、ついに来たと思った。奈良市の若草山周辺でナラの木が枯れてきているという記事だ。数年前、京都でナラ枯れがひどくなっているという話は耳にした。奈良が被害を受けるのも時間の問題だとは思っていたが、案の定という感じだ。
 このナラ枯れの直接の原因ははっきりしている。カシノナガキクイムシという虫が木に入り込んでコナラやクヌギの木を枯らしてしまうのだ。昨年の事、自分が通っている長野県飯山市の古民家に行く途中、一面のナラ枯れに唖然とした。紅葉の時期でもないのに、茶色に枯れた姿は異常としかいいようがない。
 何故ナラ枯れが広がったのか? それは、かつて薪炭林として、炭や薪として利用されてきたが、1960年代からの「エネルギー革命」でほとんど利用されることがなくなったことと関係があると考えられる。村の生活と無縁となった里山の無残な姿がそこにある。
 枯れといえば、数十年前から松枯れが猛威を振るい、今や本州の北の端まで広がっているという。この松枯れについても松くい虫が原因とされ、農薬散布されたが被害が食い止められることはなかった。酸性雨が原因という有力な説もあるが、いずれにしても、この松枯れといいナラ枯れといい、日本の里山に異変が起きてきているのは間違いない。
 人工林の荒廃も含め国土の約7割を占める森林大国日本は、今「森林亡国」の道を急速に歩んでいるような気がしてならない。だが、大多数の都会に住む住民はこの現実にほとんど無関心だ。関心を持とうが持たまいが、水そして土砂災害、都市住民は里山荒廃の膨大なつけを払わされる日は近い。
圧倒的な自然の猛威を前にして、この日本列島に住む住民は、いかに自然に守られてきたかを思いしらされることになる。だが、その時はすでに遅い。
世界一の木材輸入大国日本よ!  「我が亡き後に、洪水よ来たれ!」 かくして日本は沈没する。


2010.8.29 大量消費大国の行方
 

  先日新聞を読んでいて、ある記事が目に留まった。それは世界自然保護基金(WWF)ジャパンの調査報告書の紹介記事である。
それによると、普段の生活に必要な水や木材といった資源の消費量や二酸化炭素の排出量を計算した結果、日本が他国に頼らず
に供給可能な資源量と比較した結果、日本は自国でまかなえる分の7倍近くを消費、排出しているという。さらに、日本人一人当たり
の環境負荷量は、世界中が日本人と同じ消費生活を送った場合、地球が2、3個必要になる量だと結論付けている。この要因として、
石油燃焼などによる二酸化炭素排出のほか、水産物や木材、穀物の高い海外依存度などが挙げられている。
  今、ふつうの日本人は自分のしている生活が特別ぜいたくなものとは思っていない。車に乗るのは当たり前だし、食糧自給率が
カロリーベースで40%という極端に低い状態であっても強い危機感を抱いているわけではない。今の生活に何となく不安は感じて
も危機的状態が迫っているなどとは考えていない。
 だが、考えてもみよう。石油がほとんど採れない日本で石油にどっぷり浸かった生活がいつまでも続くはずがない。地球温暖化に
伴う異常気象の影響もあって、世界の穀物地帯で大減産が伝えられている。日本が安定して海外から食糧を輸入し続けられる保証
は全くないといっていいだろう。にもかかわらず、食糧自給率の向上の見通しはたっていない。水を蓄える機能を持つ水田は大幅に
減少し続けている。10年後の日本農業はまったく暗い。高齢者によって担われている現状は農業の崩壊を予感させてあまりある。
  国レベルでやられるべきことはいくらでもある。もし、私が首相にでもなれば、米や農産物の価格保証をして農業で十分生活してい
けるようにする。農業が困難な中山間地には、そこに住んでいるというだけで1戸1000万円ほどを支給する。財源は、無駄な公共
事業をやめ、自衛隊を解散して、災害救助隊に変える。安保条約を廃棄して、在日米軍関係の予算をばっさり削る。大企業の優遇
税制をやめ、税率を元に戻す。こんな政策は、民主党にも自民党にもその亜流政党にも望むべくもない。大企業・アメリカべったり
の政党にはおよそそのようなことを期待できるものではない。
 個人レベルでいえば、車を捨てて公共交通機関を利用できないか、地産地消で安心できる地元の食糧を地元の店で買えないか、
無駄買いを少しでもやめられないか。「大量消費大国」から「適量消費小国」へ、日本は自国のサイズにあった「持続可能な国」への
急速な転換が求められていると思うのだが、とてもそんな雰囲気はない。人間は、痛い目に遭わなければ真剣に生き方を考えること
はしないのだろう、恐らく。日本はあまりにも便利な社会になりすぎた、あまりにも。       
                                                           


2010.8.24 映画「トロッコ」を観てー我が息子を思うー

 先日、「トロッコ」という映画を観た。芥川龍之介の短編小説が下敷きになってはいるが、時代も場所もまったく
異なる作品である。現代という時代設定で、台湾が舞台となっている。上映の前に監督のスピーチがあったが、
トロッコが再現できる場所は台湾にしかなかったようで、シナリオも台湾が舞台になるように脚色されている。
原作の山場の部分はうまく生かされているとみた。
 さて、この映画で小さい兄弟が、トロッコを扱う青年といっしょにトロッコを押していく場面がある。トロッコに乗
って喜んでいた兄弟も、山中深く進んでいくと怖くなり、弟が帰ろうと泣きだし、兄は弟を励ましながら家までた
どり着く。心配していた母は、兄に「あんたがいっしょなのに何をしてたのよ」と厳しく叱りつける。兄は、「ぼくは
いらない子なんだよね」と涙ぐむ。ここで母は、「あなたは一番大切な子なのよ」といってこの子をしっかり抱き
留める。
 このシーンを見ていて、自分の長男Rの事を思った。Rは低体重児として生まれたが、元気に育った。かわい
くて自慢の息子だった。ただ、たくましく自立してほしいという期待が強かったせいだろうか、何となく弱々しく見
えた。 かなり厳しく接したせいだろうか、あまり自分にはなつかなかったが、それでもハイキングなど小さい頃
は黙ってついてきた。
 小学生のある時、Rが家の金を持ち出して友達におかしをやっていたのを知り、厳しく叱り、屋根裏にしばらく
閉じ込めた。自分が小さい頃は、悪いことをすれば蔵に入れられた経験があり、それと同じことを息子にしたこ
とになる。時期的には同じ頃になると思うが、ファミコンを欲しがった。私はこれはよくないと思っていたので、絶
対だめだと買ってやらなかった。どうしても欲しいというので、それならと、名古屋までの距離を走ったら買って
やると約束し、息子は毎日走りだして、ついにファミコンを買うことになった。息子としては、何でファミコンを買っ
てもらうだけでこんなことをせんないかんのやろという気持だったことだろう。
 共稼ぎで、食事を作ることもあったが、偏食気味でちゃんと食べないことがあって、「だまって食べろ!」と怒っ
たことがある。その時の恨むような眼を今も覚えている。学童保育にもあまり行きたがらなかった。寂しかった
のだろう。
  次男が生まれると、おにいちゃんであることが求められた。次男のFは母親のべったりくっついていた。
 Rが中1になった年、自分はアメリカで半年研修生活を送った。その時、家族で1週間ほどやってきたが、待ち
合わせの空港になかなかあらわれずかなり心配した。次男が調子が悪くなり便所に行っていたようだ。すぐ次
の飛行機に乗り、着いた場所で、Rは「お腹がすいた」といった。私はいらいらしていたので、「うるさい!」と怒っ
てしまった。息子はこの時、「何でアメリカまで来ておこられないかんの」とつぶやいた。半年後、帰国してから
Rの態度が明らかに変わった。もともとおとなしい子ではあったが、はっきり親と距離を取ろうとする態度があり
ありだった。
  これ以来、今に至るまでRとじっくり話すこともない。Rが生まれた時に自立神経失調症になった事、環境保
護活動に全力を投入した事、共稼ぎの家庭で十分面倒見きれなかった事などあげれば言い訳になることはい
ろいろあるが、なんといっても子どもの目線で見てやれなかったことが一番の問題だったのだろう。Rがおかしく
なったと感じた時、妻と話したが、ある人からこう言われたという。「お父さんが大きすぎて、壁になってるんでしょ
う。」
 高校生になったある時、Rが競争しようといいだした。走ってみると、彼に負けてしまった。息子は「壁」の一角
を崩したかったに違いない。もう立派な大人になった息子だが、今までの父をどう見ていたのだろうか、そして、
これから昔の事も含めて忌憚なく話できるような時がくるのだろうか。


2010.8.20 の夏休み愛犬ユリの独白録

 (1日目) 連日暑くてたまらんとぐったりしていたら、ある日のこと、主人が出かける様子。主
人が私を庭から連れ出した。見ると、何やら黒い箱がある。キャリングボックスとかいうらしい。
主人といっしょに歩いて最寄の駅までいく。改札口の近くで、この黒い箱に入れられようとした。
何や得体が知れないので、入れられるのに抵抗したが、無理やり入れ込まれた。駅のホーム
で電車を待つ間、出してほしくてごそごそしたら、主人は少しだけ開けてくれた。こんな状態で
京都駅まで電車に乗った。電車なるものに乗るのも初体験。
  京都から乗り換えて新幹線で名古屋駅まで。この電車はえらい早い。名古屋駅からまた乗
り換えてこんどは特急で長野駅まで3時間ほどの旅。ここではだいぶ落ち着いてきたので、黒
い箱の中で居眠りしているうちに駅に着いた。ここで1時間ほど待たされてローカル線に乗る。
飯山線とかいうらしい。1時間ほど乗って戸狩野沢温泉駅に着く。やっとなが~い列車の旅が
終わった。
  ここから今度は黒い箱に入れられてバイクに乗せられる。いったいどこにいくのやら。何に
しても連れられていくままになるしかない。しばらく乗っているうちに、ある所で止まった。スー
パーで買い物をするようだ。またバイクに乗せられて高原みたいなところに着く。ここが柄山と
いう集落のようだ。最寄の駅から電車に乗ってから8時間もたっている。
  家を見ると何とも古い造りだ。主人は、この家は築200年はたってるんやぞと教えてくれた。
大丈夫なんやろかと少し不安にはなったが、ここで過ごすしかないようだ。見渡すと家は10軒
ほどしかなくて、あたり一面畑や田んぼ。主人の田舎には何度か連れていってもらったが、そ
こと何となくにている。家の中を観察して回ったが、けっこう広い。夜は、主人の寝ている傍で寝
た。こんなことは初めてだ。いつもは庭で寝ているもんで。
 (2日目) 朝の散歩。家を出て大きなけやきの木がある所から右にまわり、草がいっぱい生
えている所や田んぼ・畑を見ながら家に戻る。主人は朝食後、家の前で草刈り。「7月に来たと
き刈ったのにもうこんなに伸びている」とぶつぶついいながら刈ってる。草刈機ではなくて鎌で
刈っている。奈良の自宅の前の宅地で家庭菜園をしていた主人は150坪ほどの土地の草を
30年間ほど刈り続けてきたので、草を刈ることは何ともないようだ。
 じゃがいも掘りもしていた。男爵いもというらしいが、けっこう収穫があったらしい。ちなみに、
7月にインカのめざめという小さいいもを掘ったら、たいして収穫がなかったというてた。
 夕方、主人は隣の土倉という集落に知り合いのO・Mさんを訪ねていった。バイクで出かけよ
うとするので、連れていってほしいとキャンキャン吠えると、主人はしゃあないなといいながら
連れていってくれた。バイクの横を走るのは久しぶりだ。家の玄関のところにつながれた。しば
らくするとSさんがやってきた。やがて夕立があり、かみなりがなって怖くなったので、家の奥に
入り込む。犬がいなくなったというので、みんな探しまくる。機械の下にいるのを見つけてもらう。
主人はどっか遠くにいったかと思って大分心配したようだ。帰ると、玄関にとまとやきゅうりが
置かれていた。隣のOさんが届けてくれたようだ。
 (3日目) 主人は朝からずっと草刈り。自分は土間でお昼寝。ここは風が通りけっこう涼しくて
気持ちがいい。何か空気がいいみたい。玄関よこの便所からくる臭いが少し気になるが、がま
んできないほどでもない。
  夜、主人が蛍を見に行くのに連れていかれる。何匹か飛んでいる。ある木には10匹ほどが
光っている。
 (4日目) 台風接近しているらしくて、雨の一日。主人は読書。自分はずっと寝ていた。だんだ
ん、ここの生活にも慣れてきたみたい。
 (5日目) 主人はバイクでどこかに出かけて、午後帰ってきた。連れていってほしいと鳴いた
が今回はだめだった。で、おとなしく寝ていた。主人は何か隣の木島平村のかやの平とかいい
所にニッコウキスゲとブナ林を見にいったらしい。帰ってから「いやあ~、すばらしいブナ林やっ
た」とさかんに感心していた。
 この日も主人は土倉に出かけていったが、連れていってくれなかった。
 (6日目) 主人は庭の草刈り。午後はブナ林から腐葉土をとってきて、精米所から運んできた
糠と刈った草とで堆肥作り作業をしている。自分は相変わらず寝ていた。
 (7日目) 朝散歩に出ると、けやきの大木の所で何やら幟を立てたりしている。祭りがあるよう
だ。
 (8日目) 近くのH・Mさんから枝豆とすいかをいただく。これは後でおこぼれをもらった。すいか
は皮ごと食べちゃった。
  午後2時半からケヤキの大木のある所で熊野神社の祭礼があり、主人も参加した。神社といっ
ても小さな石造の祠があるだけだがーーー。
 (9日目) 朝早くから主人は出かけていった。4人で渓流に釣りにいったようだ。イワナが食べ
られる?と期待したが、まったく釣れなかったようだ。夜、また主人はバイクで出かけた。戸狩温
泉のあかつきの湯という所で信越烏踊り大会があるというので見にいったようだ。
 (10日目) 主人は畑で大根の種を植えていた。自分は相変わらず土間で風鈴の涼しげな音
を聞きながらのんびり寝ていた。
 (11日目) 主人が何やら準備をはじめた。帰るらしい。昼食時、じゃがいもやにしんの炊き合
わせなど食べさせてくれる。どうももう帰るので余りものをくれたようだ。午後、バイクで戸狩野沢
温泉駅から列車に乗り、長野から名古屋、京都と乗り継いで家に帰った。途中、長野からは自由
席がいっぱいで何やら不安になり鳴いたりゴソゴソしたら、主人は箱を少し開けてくれたので、首
だけ出した。ついに列車の中では寝ることはほとんどできなかった。
  家に帰るとさすがに暑かった。柄山は、けっこう涼しくてのんびり夏を過ごすのにはとてもいい
所だ。古民家のすぐ裏のブナ林の散歩もよかった。初めての長旅で不安も大きかったが、自然
たっぷりの所で涼しい夏を過ごさせてくれた主人に感謝したい。今度はいつになるかもしれない
けど、また連れていってね。


 2010・8.5 ホームページのリニューアルと猛暑

 雑感のたぐいを書くことがけっこうある。これまでホームページに載せていたものは
すでに消去した状態だが、約10年間にわたって書いてきたのはかなりの分量になる。
 たまたま、4月の時点でホームページビルダーが操作出来ない状態になり、数か月間
そのままの状態にしていた。最近、パソコンを替えた機会にホームページをプロバイザ
ーに消去してもらって、新しく作り直すことにした。最新のホームページビルダーを買
ってきて、なんとか新しいホームページをアップすることができた。したがって、この
コーナーに書き込むのも4ケ月ぶりということになる。

 連日の猛暑にぐったりきている。熱中症で死亡という報道がなされていることもあり、
通常夏の盛りでもめったにエアコンを使わないが、今回ばかりはリビングで28度ぐら
いに設定して使っている。しかし、つけっぱなしということはない。ちなみに、冬は暖
房なしの生活はずっと続けている。今日のニュース報道によると、温度が1度あがるだ
けで1500億円の経済効果があるとか。夜は冷凍庫で冷やした氷枕のようなものを使
っている。この猛暑はしばらく続くようだ。
 我が家の愛犬ユリもぐったりしている。それでも先日近くの山に連れていったら、元
気に歩いていた。盆の頃は、愛犬を飯山に連れていくことにしている。飯山の古民家は
結構涼しい。ユリにとっては長旅と全く新しい所での生活になるが、さてどうなること
やら。