1996年にふるさとの奈良市柳生地区の里山にゴルフ場計画反対の意思を込めて山小屋をつくりました。この山小屋の周辺に笹ゆりが咲くのに気がついて、その復活を願い、草刈をしたり、雑木を切り払ったりしながら、笹ゆりの咲く6月には毎年笹ゆり探索ハイクをして、笹ゆりがどんなところに咲いているか観察してきました。
 私は、笹ゆりの復活に里山再生の夢を託したいと考えています。今、奈良県下でも上牧町や榛原町などいくつかの町村で笹ゆり復活のとりくみがなされています。
 このページは、こうした笹ゆり復活の動きや笹ゆりに関する情報、どうしたら笹ゆりが復活できるかなどを考えるコーナーです。

笹ゆりルネッサンス




笹ゆりの開花状況

 2008年6月15日、観察のため、つぼみが閉じた1輪の笹ゆりを持ち帰り開花状況を観察した。
 6月16日夕方、つぼみの先がほんの少し開きかけた状態
 6月17日朝、少し開きかけ
 6月18日朝、3分から5分咲の状態
 6月19日〜21日 完全に咲いた状態
 6月22日朝8時20分 花びらの先が少し茶色っぽくなる
       同9時20分 花びら落ちる。一部は残っている。




                    













写真上段、左から 6月17日朝 6月18日朝 6月19日朝 6月20日朝
   下段 左から 6月21日朝 6月22日朝8時20分 同9時20分

2005年の観察と同じく、笹ゆりは4日間ほどしか咲かないことがわかる。


笹ゆりは何故消えたか?!

 笹ゆりはかつては里山でごく普通に見られた草花である。これが最近では野山にいってもほとんど見ることができない。では完全に消えてしまったのかというと、よくみればあちこちでひっそりと咲いているというのが現状である。しかし、どうしてこれほど見られなくなったのだろうか。
 この笹ゆりが見られなくなった時期と、日本の農業の衰退の時期が重なっているように思われる。農業の衰退していくここ20〜30年に笹ゆりの生育地ではどういう変化が起こったのだろうか。まず減反や耕作放棄によって、田んぼのまわりの草が刈られなくなった。この結果、笹ゆりはすすきや他の草に負けて生育条件が失われていったと考えられる。もう一つは、田んぼが作られているところでも、機械化が進み、草刈機が急速に普及して、5月ぐらいに茎を伸ばしだした笹ゆりを草といっしょに切ってしまって、6月の開花を迎えることがなくなった。
 笹ゆりは適度の草刈と40%〜50%の光があたるような条件があれば広がっていく。現に、草刈機で刈るのが難しいような急な斜面には笹ゆりが生育している。逆に、いったん雑木が切られて草も刈られた箇所で、数年前には10本ほど咲いていたのに、今ではすすきが伸びて笹ゆりはほとんど見られない所もある。
 自然の条件の下では、1本から200〜300個の種が飛んでも5年後に咲くのは1本か2本である。それほど適地を選んでいるともいえる。かつての里山は稲作と結びついて適度な草刈がおこなわれていたためにあちこちでみられていたのだろう。したがって、かつての農村でおこなわれていたような草刈と雑木の手入れをしっかりすれば自然な状態で笹ゆりが広がっていくものと思う。


花の命は短くてーーー笹ゆりは何日咲いているか?

 笹ゆりは果たしてどれくらいの日にち咲いているのか、自宅に6月19日につぼみの状態で持ち帰ったのを観察してみた。
 2005年6月21日(火) 朝、つぼみが開きかける。夕方帰宅すると咲いていた。
      6月25日(土) 朝、花が少しすぼみかけている。夕方帰宅すると、2輪のうちの1輪が落花していた。
      6月26日(日) もう1輪もほとんど落花。
 結局、咲いていた日にちは4日間だけである。咲き始めると一気に満開の状態になり、数日間花を開いている。そしてすぼむとすぐ落花していくことがわか った。なんともはかない命というべきか。それだけに、咲いている間がなんともいとおしい。
  
 <花が散った後の笹ゆりの状況>
  2005年7月2日(土) 葉っぱは完全に枯れてしまった。花が散ったあと小さなつぼみ状のものが付いている。これが「さく果」と呼ばれるもので、通常ふくらんでいって果物の実のよ  うな状態になる。この中に100個以上の種子が入っている。11月ごろにこれが割れて、なかから種子が飛び出していく。持ち帰った笹ゆりのさく果が果たしてふくらんでいくかどうか  はわからないが、受粉はしたようだ。
  (*後日談; 葉っぱが枯れたので、枯れていると判断した妻が捨ててしまった。いずれにしても、ユリ根の部分から栄養をもらってさく果の中の種になっていくのだから、ユリ根がない  状態では種ができなかったと考えられる。)


笹ゆりの開花時期

 奈良県では笹ゆりはいつごろに咲くか。早い所では、6月の初旬に咲き始め、中旬にピークを迎える。中旬すぎに、遅れて開花したのが満開になる。
 新聞報道によると、「桜井市の三輪の大神神社で見頃を迎える」(2005年6月7日付け朝日新聞)、奈良市学園前の「大和文華館で咲き出した」(2 005年6月7日付け奈良新聞)とある。
 奈良市柳生の山小屋の周辺で観察を続けたある笹ゆりは、2005年5月29日小さなつぼみ、6月10日つぼみふくらみもうすぐ咲きそうな雰囲気、   6月19日咲いた後、しぼみかけた状態であった。数日前まで咲いていたと思われる。6月19日、同じ柳生の別の場所で、20本ぐらいまとまって咲いて いた。この周辺では、すでに盛りを過ぎていた笹ゆりも確認した。また同日、柳生の別の場所ではまだつぼみの状態の笹ゆりを見つけた。この笹ゆりはかな り日陰のところで育っていた。日あたりが弱くて開花が遅れていたと思われる。
 吉野郡では、2005年7月7日天川村でちょうど満開の状態だった。奈良の北部・中部とは開花時期に20日から1ヶ月ぐらいの差があるのがわかる。
 


笹ゆりの「大敵

 
笹ゆりを観察してきて、咲かなくなった箇所の事例を二つあげることで、笹ゆりが消えていく原因をさぐりたい。
ケース1.田んぼの周りの里山の雑木が切られた。その後、数年して笹ゆりが10本ほどまとまって咲いていた。ところが、田んぼに近い部分にすすきが広がってきて、数年して完全に消えてしまった。
ケース2.ゴルフ場が作られ、その調整池のほとりに10本近く咲いていたが、
これも消えてしまった。この調整池から少し離れた下部では、一旦草が刈り込まれた。そこに笹ゆりが数本見られたが、やがてススキが猛烈に広がり、笹ゆりは消えてしまった。
 この2つのケースはススキが広がると、笹ゆりが消えていくことが推測される。すすきは頑丈な根を張るため、笹ゆりが生息していく余地を奪ってしまうと考えられる。
 もう一つあげれば、笹のひろがりをあげることができるだろう。笹はどんどん根を伸ばしていき、密生するとこれも笹ゆりの生息できない状況になる。根が張るという問題と、笹の背丈が人間ほどになると、光が入らなくなり、笹ゆりにとって最悪の状態となると考えられる。
 この二つの大敵を適度に処理することが笹ゆりの復活につながる。かといって、完全にこれらを退治したとしても完全に草を刈ってしまえば、光が入りすぎて、生育条件によくない。適度に草が生えている状態がいいのである。