無心・素直・反省・感謝  【45年4月号】 P17

 

惟神会委員長 川    俣       

   

 われわれ惟神会員は、畏くも八意思兼大神さまの国教確立という大御神業達成のために、氏神信仰をしているのです。

 氏神は、天照大御神の御孫ニニギノ命第一世の御子(みこ)(がみ)であられて、四魂円満具足の真神霊であられますから、氏神を信仰するからには、何を措いても四魂具足に叶うように心がけて、日常の信仰生活を送らねばならないのは当然のことです。したがいまして四魂具足するには、思うほどたやすくはないかもしれませんが、またその反面、四魂具足することによって、神は人間の信仰をお認めになられ、たくさんのみいつを賜わるのです。さればこそ昭和五年二月三日の神人交通にも、

 四魂具足の道に入ろうとする心を以て信仰すべきではなく、四魂具足することによって、神様は信仰をお認めになる。

 という、まことにきびしくいましめておられるのです。

 四魂具足とは、もちろん奇荒和幸の四魂が、過不足なく円満に心に具足して行ないをすることですが、人間は第三霊という外界霊を持たざるを得ないため、この第三霊の正邪善悪の如何によって、人間は果して四魂具足し得るや否なやに至大の影響があるのです。

 なんとなれば、人間の心というものは、氏神から授かった第二霊(意識霊)と第三霊という外界からやってくる経験霊と複合感応することによって、構成されるものであるからです。

ですから、四魂具足するためには、各人各様、さまざまな行き方があるでしょうが、要は浄化された第三霊を持つとともに、自分の第二霊をつねに正常且つ健全なものに磨いて、第三霊に対する限定力を強めて置くことが大切です。神さまは、いかなる場合にも、人の信仰心に感合して、恩頼(みたまのふゆ)を賜わるのですから、人間の信仰心をつねに四魂具足を基準として保つべきことが大切です。

 神には仕えまつるべし神を使うべからずということは、真神霊信仰たる氏神信仰の鉄則ですから、神に仕えまつるからには、四魂具足の心をもってご奉仕すべきは申すまでもないことです。

 私はかつて、幸福のとらえ方として、消極的でありますが自分を不幸にさせているものを、一つ一つ、丹念に辛抱強く取り除けば、あとに残るものは、だまっていても幸福だけであるということを申し上げましたが、この筆法から申せば、何が自分をいちばん四魂不具足にさせているかをよく見きわめて、四魂不具足にさせている原因を一つ一つていねいに、取り除き、或いは改めていけば、自然と四魂具足に近づくようになると思うのです。

そこでこの四魂具足する要因として、無心素直反省感謝の四項目を挙げて、みなさまのご参考に供したいと存じます。

 

    無  心

 ここに無心と申しましても、それは二つの意味があるのです。

 その一つは、ものをねだることですが、ここにとりあげている無心とは、ねだることではありません。

 他の一つの無心とは、読んで字のとおり、心無きことすなわち私心、野心(やしん)、邪心、慾心のないことであって、他のことばで申せば ものにとらわれないこと です。

 『枕草子』(随筆集、清少納言作 約九百七十年前)のなかにも「かへりて、無心ならむかし」と見えており、また(かん)野道(のどう)(みょう)氏の『字源』のなかには「雲の無心にして山のほらあなを出づるが如し」とありますが、そのいずれもが、私心、野心、邪心、慾心なきことを形容しているのです。

 人間誰れとて、全然慾心のないものはありません。大脳生理学によれば、古い皮質すなわち惟神科学にいう第二霊は、食慾、性慾、集団慾、所有慾をば本能的にもっているというのです。

 ですから、これらの本能慾を野放しにしておけば、人間は動物的とならざるを得ないのですが、これらの本能慾を適当にコントロール(制御する)して、人間をして人間らしくさせるものが、新しい皮質すなわち第三霊にほかならないのです。

 したがってつねに第三霊を正常なものに保つことの必要な理由がここにあるのです。と同時に邪悪な第三霊をよせつけず、善良な第三霊だけを感応するように、第二霊を健全に且つ正常ならしむべく、磨く必要があるのです。

 動物は第三霊を有せず、本能だけで行動しますから、その生き方は、いわゆる本能的或いは動物的とならざるを得ないのです。

 およそ私心も野心も邪心も、結局は、慾心を母体(もとになっているもの)としているのです。真に無心であるためには、この慾心を適当に制御することが肝要です。平田先生は御生前「()ということは(まがつ)(かみ)である」といっておられますが、我は無心(むしん)の反対の慾心のあらわれです。

 換言すれば、公慾にもとづいた私慾でなければならないのです。人間であるからには、私慾を全く否定し去るわけにはいかないでしょうが、それはどこまでも公慾にささえられ、或いは公慾を交えた私慾でなければならないのです。

 公慾とは、(おおやけ)けの慾でありますが、何がいちばん重要な公慾かと申せば、大神さまの国教確立という大御神業に役立つ以上のものはないのです。それでこそ真の荒魂の発露と申されるのです。

 本文冒頭に申し上げたように、神に仕えまつるからには、無心でお仕えすべきです。期待したり、おねだりしたりする心でお仕えするのでは、かりそめにも無心の御奉仕とは申されません。世の中には、思いどおりにならない場合があります。いろいろな原因もありましょうが、多くの場合、私心が多分にあって、結局、神を使うこととなるからでして、これはとんでもない心得ちがいです。神は絶対に人間に使われないのですから、無心にお仕えするのみです。

 また無心になることは、すなわち神人感合という真の奇魂の発露に通じるものがあるのです。

 有名な作家の故吉川英治氏は生前久しぶりに伊勢皇大神宮に参拝して、次のような歌をつくったそうです。

 ここは心の故郷(ふるさと)

(ひさ)の思いに参ずれば

世に(さか)しらのはずかしく

うたた(わらべ)にかえるかな

 この歌は「伊勢神宮こそ心のふるさとである。ひさしぶりに参拝すれば、かしこそうにふるまうことが、いかにもはずかしく思われて、いよいよますます童心(子どものような純真な心)にかえる」という意味でして、ここに吉川氏の伊勢神宮参拝における無心のありさまが、しみじみとにじみ出ているのであります。                         

 氏神は、天照大御神の傍系の真神霊にまします大和民族同化の神さまでありますから、いわばこうした高貴な神さまにお仕えするからには、どこまでも、慾心を棄てて無心でなければなりません。利益を忘れて無心に営業するところに利益が生じるように、好結果を期待しないで、無心に努力するところに好結果が生じるのです。

 無心は、他のことばに置きかえれば、まごころそのものです。

 祓を受けるに際しても、期待したり願望したり、かりそめにも慾心を出すことなく、それこそ無心に、まごころひとすじに、罪けがれを祓い清めること、そのことだけに専心すべきです。

相撲(すもう)の春日野親方(元横綱栃錦)は「自分の現役時代をふりかえってみると、勝とうと思ってくる相手は、案外にさばきやすかった。ところが、勝負を度外視して、むちゃくちゃに向ってくる相手はなんとも無気味なものだった」といってますが、こうした勝負の世界にも無心であることの強さが看取(かんしゅ)(見て会得)されるのです。

 思いますのに、無心になれないために慾心が先きに立って、神人感合が得られず、四魂不具足となって、頂けるみいつも頂くに由ないことになってしまうのです。

 最後に明治天皇の御製を拝誦して、私心なきこと、まごころの糧としたいと存じます。

目に見えぬ神に向いて恥じざるは

  人の心の(まこと)なりけり

 

    素  直

素直(すなお)ということは、考え方や動作や態度がひねくれていないことです。換言すれば、誤解、曲解の反対であります。

 誤解、曲解については、本年一月の『国教』に「われらいかにあるべきか」について申し上げておきましたから、ご再読を願いたいと存じます。

 世の中には、素直でない人が実に多いのですが、これは主としてその人に憑いている邪悪な第三霊の仕わざであります。

 よく「()の無い所に柄をすげる」という諺がありますが、それは理窟のない所に理窟をつけ、或いは口実を設けることでして、素直の反対であります。

 元最高裁判所長官の田中耕太郎氏は「世の中には二種類のバカがいる。第一は同じものを同じものと思わないバカであり、第二は異なるものを異なるとしないバカである」といってますが、このことは人間の素直さを欠いていることを衝いているのです。前古川委員長先生も「理窟は我慾である」といわれましたが、そのとおりです。

 また諺に「理窟と膏薬(こうやく)何処(どこ)へでもつく」とありますが、その意は、膏薬がからだのどこへでもべたべたと付くように、理窟というものも、つけようでは、どんな事にもつくものである。ということです。

江戸時代後期の医学者の三浦(みうら)梅園(ばいえん)の『梅園叢書(そうしょ)』のなかにも「人死して再び帰らず、帰るべき道あらば、(なげ)きても歎くべし。帰らぬ道なれば、歎きて益なしといへるは理窟なり。人死して再び帰らず、帰るべき道あらば歎かずともあるべけれど、帰らぬ道こそ悲しきなど歎くは道理なり」

 とあって、理窟と道理の立てわけをいってます。

 理窟は我欲遂行の道具として用いられることが多いのです。我慾のためにその理は明らかさを失い、道理の本性を欠くのでありまして、理窟は一個所においては一時は道理に勝つことがあっても、結局全体において道理に負けるのです。(さか)しらごとすなわち知ったかふりをして振る舞うことは、理窟をふりまわし、黒を白といいくるめて素直になれないのです。

 平田先生の御雲示のなかにも

「人間は、信仰というものは智識でわかるものであると考えたり、或は又神秘とか、不思議とかいうことによって、信仰が成り立つものであると思う習慣性があるが、真の信仰に入るには先づその智識や神秘、不思議というやうな観念を棄てて貰いたいのであります」

 とあるように、真の氏神信仰に入るためには、一言にして申せば理窟をすてて、素直になれということです。

 かっての神人交通にもあるように、人間はどんなに修業しても、神格は得られるが、神そのものになることはできないのです。

 そのわけは、神と人は根本的にその素質を異にしているからです。理窟は人間には通じるかもしれませんが、神さまには絶対に通じないのです。

 本会創立の当初において「神に二言はない」との御神示がありましたが、氏神さまは、絶対であり、しかもすべて見とおしであられますから、神さまのみこころを浅はかな人間ごころをもって推しはかるべきではありません。

「おれはなんでもよくわかっている」というような人にかぎって、わかっていないものです。

 『古今和(こきんわ)歌集(かしゅう)(第六十代醍醐(だいご)天皇の延喜(えんぎ)五年―約千年前―紀貫之(きのつらゆき)などによって編撰(へんせん)された和歌集)の序文に「神代には歌のもじも定まらず素直にして」とあるそうですが、この序文から推測しますのに、神代において、歌を詠むために使う文字も定かでない時代には、文字にとらわれず、素直にその心情を歌に托してあらわしていました。だんだんといろいろな文字が定まって、歌が学問として体系づけられるようになると、知ったかぶりをしてふるまう賢しらごとのために、歌が形だけにとらわれて素直さを失うようになる、というのではないでしょうか。

 現代の世界において、学問、芸術、技術の進歩発展向上は、人類の幸福をもたらすためには、もちろん必要ですが、その反面、人間は心の素直さを失うようになるのではないでしょうか。なんとなれば、物質文明殊に機械文明の発達は、人間を孤独化し、断片化して、物事を素直に見る性向を失い、ひねくれた世界観を抱くようになるからです。どんなに物質文明が進歩発展をとげても、それを支えるものは人間の心でなければならないのです。

 殊にわれわれ日本人の心は、祖の神たる氏神から授けられたものであり、また、氏神はその総代表にまします八意思兼大神さまの大みはかり、大みこころのまにまに、われわれ日本人の霊魂を、顕幽一貫して支配されておられるのです。われわれは、いちいち言挙げせず(理窟をいわずに)素直に、神さまの仰せられたとおりに、信仰すなわち生活、生活すなわち信仰を信条として、真の氏神信仰の非常に深い味わいのなかに生きなければならないのです。

 ひとり信仰の世界といわず、俗人間同志の間でも、素直さを失っている人は相容れられず、ついに孤独をかこって失意のうちに一生を終る例は、まま、見聞するところです。

ましてや四魂具足の真神霊にまします氏神を信仰するからには、神さまの仰せを素直にきいて、素直に実行に移すべきです。

 素直でないことは、結局、私心、野心、邪心、慾心に通じることであって、前掲の無心になれないことでして、恩頼を頂くに由ないこととなってしまうのです。素直さこそ、四魂具足、敬神崇祖の真の氏神信仰の真髄(しんずい)(物ごとの中心、奥義(おうぎ)であることを忘れてはなりません。

たとえば、懺悔の祓は、必らず実行せよとは大神さまの御神示でありますから、素直にそして勇気を出して実行すべきです。

 抱え込み信仰の不可なる所以は、かの昭和七年四月三十日の神人交通に

 「祖霊が氏神と交通するためには、今日は、八意思兼大神の大稜威が働かなくては不可能である」とあるとおり、この神人交通を素直に受け入れて、大神さま―氏神―祖霊―氏子というみいつの線すなわち天線の確立に努むべきです。

 神さまの仰せに素直でないために、折角の御神徳も頂けず、したがってこの御神徳を土台としての御神業翼賛がおろそかになっていてはならないのです。

 

    反   省

反省ということは、自分の行ないや心の持ち方をかえりみることです。

このことに関し、岸先生は『国教』昭和九年四月号において、およそ次のように述べておられます。

「前略、余はかように反省という熟語について、何れの辞書を調べて見ても、その出処のないこと、また熟語辞典には普通に使用されている熟語に対して、さらに語源の記載のないことを見て、これは日本製の漢語ではないかと考へた。依って神に伺ってみると、これは確かに日本製の熟語であると仰せられたのである。

 日本においては儒仏の輸入以前に、自己の身をかえりみるということがあったのである。(中略)自己の身をかえりみるの「()」は、身体や衣服頭髪を指すものではなく、自己の精神すなわち魂を指すものである。

 自己の魂をかえりみ、これに相談することである。自己の魂とは、第二霊及び第三霊のことである。すなわち反省とは、この自己の意識霊に問うて(かんが)みることである」

 このように岸先生は、反省ということばは、日本製の熟語であるといってます。

それは「崇祖」ということばが日本製の漢語であると神人交通に見えておりますように、反省ということは神代以来日本独特の精神的状態を指すのです。

 人間の意識は、第二霊と第三霊とから成ってますので、そこに反省ということが生じるのですが、動物は第二霊だけで、いわば本能的でありますので、かれらには反省ということがないのです。人間と動物とのちがいは、たくさんあげられますが、人間には、動物にない反省というものがあるのです。

 四魂具足することは、神の至上命令ですが、完全に四魂具足することは俗物の人間にとっては、むずかしいものであるかもしれません。従って、かって古川前委員長先生のいわれるように、そのときその場合において、四魂具足なりと信じたことを行なえばよいのでして(そのときその場合にはそれ以上のことは行ない得なかったのである)後で四魂具足という物指しをもって反省し、若し不具足であったとかえりみたならば、それこそ素直に改める要があるのです。

 こうして反省を辛抱強く、()まず(怠けず)たゆまず繰りかえしていくうちに、四魂具足はだんだん軌道に乗って、完全意識すなわち信念となり、いよいよますます神のみこころに叶い、恩頼(みたまのふゆ)を頂くようになるのです。もちろん反省は反省し放しであってはならず、反省したからには必らず改めて実行に移さなければなりません。懺悔の祓も、過去の誤まった信仰を心から反省懺悔するところにその要因があるのです。

ですから、自分の信仰状態、自分の心の持ち方、自分の行ないを恥じず反省しない人は、その人の第二霊及び第三霊が異状でありまして、恩頼を頂くすべもないのです。

 昭和八年九月十四日の神人交通には次のように見えております。

間 信仰の向上は悔悟にありとして宜しくありますか

答 よろしくあります

問 悔悟の意志の出ない霊は、信仰向上の霊的資格なしとして差支えありませんか      

答 宜しくあります

 ここに悔悟(かいご)とは、前非(ぜんぴ)(さと)()い改めることですが、悔悟するからには、反省なくしてはなし得ないのです。

このように反省と信仰の向上とは、直結していることを忘れてはなりません。反省ということは、ひとり信仰の面や人格向上の面にとどまらず、物質科学においてもいい得るのです。

 偉大な発明や発見というものは、決してすらすらと達せられるものでなく、ほとんどの場合が失敗がつきものです。

 こうした場合に、自分の失敗の原因、理由を謙虚に反省する必要が大いにあるのです。

艱難(かんなん)(困難に出合って)(なんじ)を玉にす」という格言がありますが、その意は、多くのつらいこと、苦しいことは、人を立派な人物にする、ということです。この格言を生かすためには、艱難に耐える辛抱強さはもちろんですが、その耐えるうちにも、艱難に依って生じた原因や理由を 反省 することが大切です。

 いずれにしましても、反省なきところに、信仰生活の向上はもちろん、人間生活の進歩発展は望み得ないのです。

 氏神さまや祖霊さまは、氏子の過ちに対し、氏子が一日も速やかに反省して、その過ちを悔い改め悟って、再びそうした過ちを犯さないことを待ち望んでおられることを忘れてはなりません。

 

    感   謝

 感謝ということは、読んで字のとおり、ありがたく感じて謝意を表することです。或いは恩に感じて、それに(むく)いることです。

 犬などの動物が、いろいろな芸をしますが、それは飼い主から食物を与えられた恩に感謝しての動作でなく、ただ食物がほしいという動物的本能のあらわれが、飼い主に仕込まれて芸となったまでです。

 ところが人間は恩を知って感謝するところに、人間の人間たる真骨頂(しんこっちょう)(真の姿)があるのです。

さればこそ諺にも

 恩を仇でかえす

 恩を知らぬは畜生

 恩を知らぬは木石(ぼくせき)

などとあり、また『平家物語」(平家一門の栄華と没落を描く―約七百五十年前)にも、「恩を知るを以って人というふぞ。恩を知らざるをば畜生とこそいへ」との一節があるように、人の恩に関するいましめは数多くあるのです。

 また「親の恩は子でおくる」という諺がありますが、親から受けた恩は、自分の子を養育することによって、恩返しをするという意味です。

以上数々申し述べましたが、これらはすべて人の恩に報いることについて物語っているのです。

 ひるがえって申し上げたいことは、人の恩もさることながら、八意思兼大神さま、氏神さま、祖霊さまのご恩に報いまつるべく感謝のまことを捧げなければならないということであります。

 大神さまおわしての氏神や祖霊であることは、つねにしばしばさまざまの機会に申し上げたところですが、人間というものは、物質的に何か目に見えることでないかぎり、感謝の気持ちが湧かないものです。たとえば他所から珍らしいものでも頂くとすぐ何か品物をもっておかえしをするものです。

ところが目には見えないが、品物以上のありがたい注意やためになる忠告を受けた場合には、その場かぎりで、いっこうに感謝のまことを相手方におかえししないのがおおかたの在りようでしょう。

これと同様に、大神さまの大みいつにより敬神崇祖、四魂具足の真の惟神の氏神信仰に入らせて頂き、日本民族としての自覚と誇りを得させて下さったその鴻大無辺(こうだいむへん)(大変大きい)な御神恩に対して、さらに御神恩感謝のまことを捧げなければならないのです。にもかかわらず、氏神信仰によって、何か物質的或いは形のうえにおいて目に見えて、或いは手でつかめるような御神徳だけを御神恩と感じているだけでは不十分と思うのです。(物質的または形のうえでの御神徳に対して、御神恩感謝のまことを捧げないようなのは論外であって、こんなありさまではやがて神さまは氏子の忘恩に対して横を向かれて、みいつの天線も切れてしまうようになる)

 日本人として、氏神さまをまつらせて下さった八意思兼大神さまの御高恩以上の恩はないのでありますから、氏子たるものは、この御神恩に対して感謝のまことを捧げなければならないのであります。

なんとなれば、日本民族の祖神であられる氏神さまをまつり、これに絶対の信仰を捧げることによって、民族的自覚、祖国愛、人格の向上をうながす四魂具足という絶対善の教えはもちろん、さまざまな物的いわば形而下(けいじか)(形をそなえている)の御神助すら頂けるからです。

 換言すれば氏神さまは、みいつの源泉であり、大神さまはそのみいつの大源泉であられるのです。

 信仰生活ということは、自分自身で身辺に神さまのみいつを見出し発見して、これに感謝のまことを捧げることです。

 「感謝」ということばは古語では「かえり(     )もうす( )」といいます。感謝祭をば、「かえり(  )もうし( )のみ( )まつり( )」と祝詞では読んでます。

 この「かえりもうす」は「かえりごともうす」から転じたものと思われるのです。「かえりごともうす」は、「(かえり)(ごとまう)す」とか「復命(かえりごとまう)す」とか「報告(かえりごとまう)す」などと『古事記』や『日本書紀』のいたるところに見えてます。「復奏す」のいちばん顕著(けんちょ)な例は『古事記』に、大国主命の国土奉還において、多くの神々が、智恵の神にまします八意思兼大神さまのおはたらきのまにまに、国土奉還にいたるまでのさまざまないきさつを、神々が高天原にまします天照大御神に御報告なさったのであります。

 したがって「復奏す」は、下の地位の神さまが上の地位の神さまに御報告なさることから転じて、われわれ氏子たるものは、氏子の身辺のさまざまな出来事を氏神さまに御報告申し上げると同時に、氏神さまの御神恩を感謝しまつることです。

 すなわち「復奏(かえりごともう)」はまた「(かえり)(まう)」でなければならないのです。

 もちろん氏神のみいつは、氏神の総代表にまします八意思兼大神さまの大みいつに拠るところですから、最後の御神恩感謝は大神さまに対しまつり、そのまことを捧げまつらなければならないのは当然のことです。

「復奏す」が神界における一つの掟であるように、これから転じて「感謝す」もまた神界の掟と思うのです。

 この「感謝す」の掟を守らないことは、結局、掟違反を犯すこととなり、神さまは、氏子からだんだん遠ざかるようになり、さらに申すならば、氏神さまは、氏子の掟違反に対して、大神さまに肩身が狭くなり、下世話で申せば、氏神は大神さまにお顔向けができないようになられるのでありましょう。なんとも恐れ多いかぎりです。                     

 かっての御神示にも、氏神さまは毎日、大神さまの神庭会議にお出ましになられて、氏子の信仰状態などにつき、逐一(ちくいち)御報告なさるやに承ってます。

ですから、つねに御神恩感謝を忘れず、かりにも神さまから見かぎられないように心がけて頂きたいのです。

 氏子をいくら守護してやっても、氏子はさらに神恩を感じないようだ、などとのおことばを神さまが仰せられないように、心がけなければならないのです。

 つねにしばしば申し上げてますように、「御神徳は御神徳のための御神徳にあらず、御神業のための御神徳である」理由は、実に、このところにあるのです。

 

    む   す   

 以上、無心、素直、反省、感謝について、くさぐさ申し上げましたが、それもこれもすべてみなさんが、神さまのみこころに叶い、御神助を頂き、物心共に安心立命のもとに、大神さまの大御神業につくして頂きたいと念願するからです。

 無心、素直、反省、感謝の例は、これをつぶさに『古事記』の上に見ることができるのです。

 すなわちイザナギノ命は、黄泉(よみ)の国に行かれたとき、神避(かみさ)(亡くなる)まされたイザナミノ命のみにくいお姿を御覧になり、(きたな)き国に到ってけがれに触れられたことを、素直(すなお)( )反省(はんせい)され、筑紫日向(つくしのひむか)橘小門之(たちばのおどの)阿波(あわ)(はぎ)(はら)(いで)(まして)して、無心に、(みそ)ぎに禊ぎ、祓いに祓い抜かれたところ、祓戸四柱の神々をはじめ、沢山の神々が成りまされ、最後には、天照大御神と称えまつる四魂円満大具足の大真神霊が成りまされたのです。

 このときイザナギノ命は、(いた)歓喜(よろこば)れ、貴子(うずのみこ)(天照大御神を指す)を得られたと仰せになって、

天照大御神に対し、高天原を知ろしめせと仰せになったのであります。ここにイザナギノ命の感謝のみこころを拝察することができるのです。

 イザナギノ命は、けがれに触れられたことを、素直に反省されて、無心に禊ぎ祓われたところ、ゆくりなくも天照大御神と申し上げる高貴な神さまが成りまされたという大きな御神徳を感謝なされたのです。

ですから、祓を受けるにつけても、理窟をいわず素直に反省して、祓の結果などを期待したり願望することなく、無心に行なえば、そこに望外の御神威が輝いて、感謝のまごころを捧げざるを得なくなるのです。

 また最近の例では、終戦直後、今上天皇は御自身の御発念で、進んで当時の占領軍司令官マッカーサーに御面会になられ「戦争の責任は私にある。私はどうなってもかまわないから、日本国民を助けてもらいたい」と仰せられたそうです。

 ここに天皇は、素直に戦争の責任を御反省されて、御自身のおからだのことなどかえりみなされず、無私無心に、日本国民を救ってもらいたいと仰せられたのであります。

 マッカーサーは、当時天皇の戦犯説が流されていましたので、天皇はさだめし命乞いに来たのではないかと思ったところ、天皇の素直な御反省と無私無心さに魂も奪われるほど感激して、ついに天皇に対する態度が全く一変し、当時窮乏(きゅうぼう)(ひどく貧しい)のどん底の国民に対して、アメリカ本国から沢山の救援物資を運んで、救援の手を差しのべたのです。実際には、戦争の責任は天皇にはなかったのです。天皇は戦争をお避けになろうとなさるみこころ一筋でありましたが、臣下のものが宰相として宰(みこともち)を果さなかったのです。

 すなわちマッカーサーは、天皇の素直な御反省と無私、無心に心から感謝感激したのです。

また今上天皇は、突然八月十二日(終戦の詔勅は八月十五日)皇太后(貞明皇太后)におあいになられましたが、そのとき天皇は『自分はいま和平を結ぼうと思って骨を折っているが、これが成功するかどうかわからない。だから母君たる皇太后さまにお目にかかれないかも知れない。一目おあいしてお別れをしたい』と申されたそうですが、ここにも天皇の無心の御ありさまが拝されるのです。

 天皇を皇孫命(すめみまのみこと)と申し上げますが、すめとは神聖を、またみまとはおからだを意味しますので、

皇孫命とは、神聖なおからだの持主であられるということであります。

すなわち天皇は御即位と同時に、そのおからだに天照大御神の四魂具足のみたまがお付きになりますから、神聖なおからだのお持ち主であられるのでして、旧明治憲法に「天皇は神聖にして犯すべからず」と規定されている所以です。

 無心、素直、反省、感謝ということは、前述のとおり、真神霊信仰の要諦(ようてい)(肝心かなめ)です。

 ですから、この四つの要点を忘れず、この要点にもとづき努力して信仰をつづけていけば、おのずから四魂具足の教えに叶うようになり、神さまのみこころの容れられ給うところとなって、御神威御神助を頂くようになるのです。

 したがいまして、こうして得られた御神助をわたくしせず、これを広く世に弘めるためにこれを土台としてひたすら御神業にいそしみはげむならば、御神威はいよいよますます発揮されるのです。

          

(昭和四十五年二月十五日 八意思兼大神月次祭における講演要旨)

以 上