まかぬ種は生えぬ P5
惟神会委員長 川 村 二 郎
最近私の手許に不思議な手紙が届きました。手紙の内容が特に不思議なのではありません。昭和五十一年八月十七日に京都で投函された手紙が、五十二年八月一日に私の手に届きました。普通なら二、三日で届くはずの手紙が一ヶ年もかかって届いたことが不思議なのであります。
頂いた手紙は京都支部からのもので、その中には何時も届けて頂く惟神会京都支部だより(昭和五十一年八月号)が入っておりこれも別に不思議はないのですが、毎月欠けたこともなく届いている支部だよりの中でこの八月号だけが、本部には届いているのに私の手許にだけ、どうして一ヶ年も迷っていたのか、それが不思議の第二なのです。
その支部だよりの中に『独り言』と題して、故沢田収二郎氏の文が載せられています。京都支部だよりに、京都支部の会員沢田氏の文が載せられていることに、別に不思議の
あろうはずはないのですが、沢田氏は昨年八月にこの文を書かれた時は元気であり、この
支部だよりが昨年八月に惟神会本部へ届けられた時は、懐しい京都の一会員、新しい同士の信仰の反省として読ませて頂き、特に沢田氏の心境の変化、失礼ながら信仰の一大進
歩に敬意を表したのでありましたが、一ヶ年後に再び此の文を手にした時はすでにこの世
にいない人となり、この一文は氏の最後の文となっていたのであります。
京都の沢田氏と言えば会員の中では知る人の多い熱心な会員、惟神会のため、支部のため、随分と奉仕を積んだ方、その沢田氏の最後の文、いわば氏の信仰の遺書ともいうべき『独り言』なる一文を載せた八月号だけが迷いも迷ったり、どこをどう迷い廻ったのか一ヶ年もかかって漸く私の手に届いたのであります。ここに不思議があるのです。
一年前に読んだ同じ文が今度は絶筆の形で私の手許に届いたのであります。
今、惟神会は会をあげて信仰点検のため、十二項目なる具体的な実行項目を定めて
「信仰は実行にあり」とのご神訓に取り組んでいる最中、折りも折りなので「川村さん、もう一度読んで、この文を皆に知らせて」と言っておられるような気がしてならないのであります。
そこで、本日はその『独り言』なる全文を掲げることはできないまでも、氏の言わんとする主要な点を拝借してお互いの反省といたしたいのであります。
○ 生きることは神さまの援助がなければ、生きられないのである。いくら苦しんでも生きられないのである。
○ くよくよしないで実行することである。
○ 実行しないことには、神さまは援助の手をさし出しようがない。
○ 全身全霊で行なうことを心がけていると確かに苦しい。しかしそれなりに生きがい
を感じられることも事実である。たしかに神助があることを感じられる。
更につづいて病気について書かれてある。
○ 病気の原因は神の教えに逆らうからである、神の教えに逆らうということは神の教えを素直に受け取らない、これを行なっていないということで、これはわれわれ人間が知らず知らずに犯す罪けがれになる。
○ 日々の生活において物事の考え方、行動に神意に逆らっていることはないだろうか
と、日ごとに反省することが最も必要である。
○ 気がすぐれない時や、病気になった時はそれを気に病むことなく、自分の日々の考えや、行動の中に間違ったことがあるはずであるから、医者だとか、お祓いだとかと
騒ぐのをあとに廻して、先ず静かに自分自身にその原因を探究し、反省し、お詫びすること。医者にかかるなり、お祓いをすることは、それからあとのことにしていただきたいものであります。これは私自身実行し、経験していることを申しておりますので間違いないと信じております。
氏は自分の人生の終末が近づいていることを自覚する由もなく、長年歩んで来た、自分の信仰生活を反省して『独り言』と題して最後の悟りを残されたのであります。
○ 原因結果は宇宙の法則なり。
とのご神訓や
○ まかぬ種は生えぬ。
という諺を、自分の体験から実証しておられるのであります。
○ 幸福の種を蒔かないでは幸福はやってこない。
○ くよくよしないで神の教えを素直に実行しなさい。
○ 実行しないことには神さまは援助の手をさし出しようがない。
○ 全身、全霊で神の教えを実行して、本当の信仰を体得しなさい。
○ 何事かあった時は、先ず自分の信仰を点検し、反省してください。医者だ、お祓いだと騒ぐことはそのあとのことです。
と呼びかけておられるのです。
生前の沢田氏を知る人には特に『独り言』なる一文は、氏の最後の信仰の悟りとして、味わい深く受け取られるでありましょう。
みなさん、食べ過ぎると胃を弱らせます。四魂不具足では神人感合は得られません。悪い種を蒔けば、みにくい花が咲きます。四魂具足の立派な種を蒔けば神人感合という美しい花が咲きます。
○ 原因がなければ結果はない。
○ まかぬ種は決して生えぬ。
神のお喜びになる四魂具足の種を(先ず初段階として十二項目…十二粒の種を)一粒づつ心をこめて、入念に蒔きつづけましょう。 以 上
(昭和五十二年九月四日 八意思兼大神月次祭における講演要旨)