反粒子とは?

 今世紀の初頭、原子・分子の世界を支配する基本法則として量子力学が確立されるやいなや、イギリスの天才物理学者ディラックは、これを自然をつかさどるもう一つの基本法則であるアインシュタインの相対性理論と合体させる作業にとりかかりました。非相対論的なニュートン力学が、光の速さに近いスピードで運動する物体に適用できないように、量子力学も、相対性理論との合体なくして、高速で運動する電子を正しく扱うことができないことは明らかだったからです。

 こうしてできあがったのが、電子の相対論的運動方程式であるディラック方程式です。この方程式を解いてみると、-eの負の電荷を持つ電子を表す解だけでなく、電子と同じスピンや質量を持ちながら、+eの正の電荷を持つ粒子と解釈できるもう1つの解が出てきたのです。これは予想外のことでしたが、今にして思えば、電子の反粒子である陽電子に対応する解に他なりませんでした。ほどなく、こうして予言された陽電子が実験で見つかりました。これは、相対論的量子力学の輝かしい勝利でした。

 今では、素粒子を記述する相対論的量子場理論の必然的な帰結として、全ての素粒子が、それと同じ質量を持ち、電荷のような符号を持つ(加算的)量子数が正負反対であるような反粒子の相棒を持つことが分かっています(符号を持つ量子数を持たない粒子の場合は、自分自身が自分自身の反粒子だとみなせます)。相対論的量子場理論が描く素粒子の世界は、以下に説明するように、粒子と反粒子が次々と生まれたり消えたりしながら移り変わっていくとてもダイナミックな世界です。

対消滅と対生成

粒子と、反粒子が出会うと、量子数が正と負で打ち消しあってゼロになり、真空と同じ状態になります。そしてそこには、もともと粒子と反粒子が持っていたエネルギーが残ります。これを対消滅といいます。静止した粒子と反粒子が対消滅した場合には、アインシュタインの関係式

E = mc2

によってエネルギーと質量が等価であることが分かっていますから、粒子と反粒子が同じ質量を持つことを考え合わせると、そこには2mc2 のエネルギーが残されることになります。高いエネルギーに加速された粒子と反粒子が正面衝突して対消滅した場合には、消滅した点にはさらに高いエネルギーが集中して残されます。 対消滅と対生成

対消滅とは反対に、真空の1点に 2mc2 以上のエネルギーを集中させれば、そこから粒子と反粒子の対を取り出すことができます。これを対生成と呼んでいます(ここまであいまいにエネルギーの集中と呼んできたものは、実は粒子と反粒子を対にして生み出す力を秘めた、光子や、Z粒子、グルーオンなどの力の粒子の特殊な状態だと考えられます)。十分なエネルギーを注入できれば、宇宙創成直後の超高エネルギーの世界にしか存在しなかったような、重い粒子を作り出すこともできるのです。高エネルギー衝突型加速器は、まさにこの方法を使って、今まで人類が知らなかった新粒子を見つけたり、また、それらの粒子の間に働く力を調べるための装置なのです。