<アンケートNo.5>

 回答での皆さんのご意見 (回答数:19)

質問 意見

質問1  「人のため・世のため」

惟神会は外部への提言や主張をすべきである

    1)大いに賛成       13名
    2)どちらかというと賛成  3名
    3)なんともいえない    2名
    3)どちらかというと反対  0名
    4)大いに反対       0名


惟神会の実力、即ち条件如何により回答が変わります。言わずもがなでしょうが、実力の無いものの言うことなぞ誰も聞く耳持ちませんから。
条件
1、会員の中に全国的な著名人がいること。
2、惟神会が社会に対して、非常に貢献していること。
このどちらかを満たしているなら(両方満たしていることが望ましい)、@。
どちらも満たしていないなら、D。


(個人差はあると思いますが)一般に私達は会員外の方に惟神会の話しをする機会が少なく、ここが弱点のように感じているため選択致しました。


 惟伸会はこうした外部への提言や主張をすべきである。
 @ これなくして変革は成しえない。
. @ 従来の数十年の惟神会の姿勢を振り返りますと、内部(惟神会員)だけで固まって、外部に目を向ける事が少なかったと思います。これは一種の鎖国状態であったわけで、やはり外にも目を向け、外の状態を認識しながら、惟神会の事もアピールしていく事が必要かと思います。

  この「惟神会をアピールする」という事についてもいろいろなやり方があると思いますが、「自分はこのようなやり方が良いと思う」と思われたら、このアイプロのメールとか支部座談会、支部長会等で披露し、皆様のご意見も伺いながら実行に移して行く事にしてはと思います。

  皆様もご存知の通り、私は5年程前から惟神会の出版物を、本部入り口脇に展示して通行される一般の方々にお持ち帰りいただいておりますが、今年の春季定時委員会で、「展示している出版物に、アンケート用紙を入れて、お読みになられた方のご感想、ご意見を伺っては」とのご意見を小川参与から頂き、早速実行に移しましたガ、先日ある仏教徒の方から、「國教12月増刊号を読んで心洗われる思いがしました。自分にも日本人の血が流れていることを思い、惟神会の信仰のレベルの高さを感じた」との回答が来ました。

 今までに50冊余りが一般の方々によってお持ち帰りいただいている平成19年の國教12月増刊号について、回答をお寄せ下さったのはまだこの方お一人ですが、他の方々の中にも回答はお寄せ下さらなくても、これに近いご感想を持たれた方もおられるのではないかと思いますが、このように惟神会の事を世にアピールする方法は他にもあると思います。

 また、京都支部の福井様はじめ他の支部でも惟神会を世にアピールするために努力している方もおられます。こうした方々の事を参考にする事も良いのでは。 



質問2会員皆さんの参加型で、提言をまとめることを、とりあえず半年くらいやってみることに、

     1)大いに賛成        7名
     2)どちらかというと賛成  7名
     3)なんともいえない    4名
     3)どちらかというと反対  0名
     4)大いに反対       0名
 


 苦悩に苦悩の末に得た答えならば、実践四魂具足や実践敬神崇祖として金言に値する(聞けば心の琴線に触れる)ので@。
机上四魂具足や机上敬神崇祖では意味が無い(聞いても全く感動せず、心に残らない)のでD。
やはり、神様のおかげで、艱難辛苦を乗り越えることができたいう体験談が基本であり、此れ無くして提言は不可能と思う。

 基本的に賛成です。ただし時期的にやや早いかと存じます。

 会員みなさんの参加型で、提言をまとめることを、とりあえず半年くらいやってみることに、大いに賛成
最後に、これまでのご努力ありがとうございました。

@ 持論は委員のみならず、全ての会員の参加で集約することが基本と考えております。
.A 全員参加という考えには賛成ですが、皆さんのご意見を集約して方向付けをする事が必要かと思います。

全体
  
全体を通して(質問3)



 今回のアンケートの件に限ったことではないけれども、男性だけでなく女性にも意見を聞いたほうが良いと思う。一般的に言って女性のほうが男性よりも様々な付き合い、人間関係やしがらみの狭間で折り合いをつけて円滑に物事が運ぶように四苦八苦しているので、豊富な経験と実践知識が有るのみならず、人間は男性と女性しかいないから、女性の力を活用しないということは人間の力を半分しか活用しないということになり、多大な損をしていることになるから。


 その他:回答ではありませんが  〜 お礼とお願い 〜

 5回のアンケート回答を終えて思いますのは、アンケートの作成・取りまとめ等をされてこられた方のご苦労です。 提案について反対する事はたやすい事ですが、自分で具体案を創作して提案してゆくという事は非常に大きなエネルギーが必要のことと私も拝察しております。

 今回は川村様からの、質問という名の材料(叩き台)があったからこそ、私も意見を発表することが出来、皆様のご意見を拝読することができました。座長の川村様はじめ執行部の皆様には篤く御礼申し上げます。

 今回アイプロジェクトに参加させて頂いて良かったと思いますのは、問題点の整理になる・違った角度からの意見は新しい発見もあれば自分の考えを深めることもできる・経験から培われた知恵という財産の共有ができる等多々ありますが、何よりも
 『 (そうしたことを) 自分の都合のよい時間で行える 』
という点です。これは本当に有り難く感じております。

 本部でも、種々の会合において様々な問題に取り組まれていらっしゃると存じますが、このプロジェクトでも教拡についてさまざまな意見の発表や提案があったわけで、それだけでも大きな前進であると存じます。

 正直な所、プロジェクトがどの方向へ進んでいるのか、執行部の方が作られた船に乗っているだけの私は全く分かりません。ですが、違うと思ったら「違う」と発言すればよいだけの事です。自由に意見できる雰囲気は、同時に危険な方向へ進む可能性もあるという側面も持っていると思います。私も、筋違いの事を申したかもしれません。ですが、幅広く様々なご経験をされてこられた方から広く意見を求めることの価値もまた、無視できないと存じます。また先日委員長からも、プロジェクトが間違った方向に進んだ時にはご指導下さる旨のお言葉を拝聴しました。

 各種の会合はもちろんアイプロにおいても、皆様と前向きな話し合いをしてこれからの惟神会を模索する事は、神様もお喜びになられると思います。そうして皆様と気持ちを合わせようと努める所に、大きな力が働くものと私も考えます。

 この輪が広がれば、きっと素晴らしいことになると信じます。
 是非これからもお続け頂きたく、お願い申し上げます。

 社会とのかかわりについて。
 私は惟神会の活動を始めるキッカケとなったのは、京都で行われた練成会でした。以来40年間休みなしに第一線で活動してまいりました。振り返れば反省の一言に尽きます。40年間いっしょうけんめい活動した結果が、良くないのです。

 それは最近気がついたのですが、自分のやっていた事は四魂具足からはかなり離れていたと言うことです。その当時は何事のおいても、惟神会の活動が優先で、その後の生活があったのです。ですから社会奉仕など無縁で世間の人々との交わりは薄く、事によったら仕事も犠牲にしてきました。その当時は何でも奉仕と言う事で美化されていました。

 それのよる弊害で京都支部の熱心な会員は犠牲になっていきました。ある時は宗教家まがいの事をやり、悦にいってた時もありました。今ここに如何に四魂具足が大事かと言うことがわかりました。

 今までの惟神会は余りにも社会との接点が薄すぎて、せっかく正しい信仰が世に認められずに来たことが残念です。惟神会員はもっと社会に出てこの広い世間に認知してもらわねばなりません。自治会の活動やボランティアなど人として世間に認めてもらえる人となることです。
 つまりは人となりが大事です。

 
社会とのかかわりについて
1、父、妻、母の死後時間が経過するに従い氏神・祖霊に対する感謝の気持ちを増し心の拠所の威力を感じる

2、惟神会を宗教として世間に広めることに異存はありませんが現代の日本人の宗教心の薄さを引き付ける威力を如何に発揮出来るかが肝要と思う。

3、親密な友人・知人には遠慮なく惟神会の利点を話しますがまだ教拡には繋がりません。

4、四魂具足・敬神崇祖の現代解釈は神人交通の無き時代に於いては色々な事例を引きながら(体験談を通じ)
分かり易く試行錯誤すべきだと思います。

5、そのためのアイプロの意見交換と今後の惟神会の歩むべき道標を確立したいものです。


 世のため人のための行動は,惟神会の教義とのつながりでないと意味がないことですし,これを前提に具体化することには多くの時間と準備が必要でしょう.
その他の意見としては基本的には野口氏の述べられているご意見に賛同します.
今までの延長線上での思考を先ず捨てることからしか,次の展開はないでしょう.


 わが、惟神会は商店にたとえると、取り扱い商品は良い筈なのだが、お客様の目から見て何やさんか分からない。
 店構えも入りにくい、照明も暗い、店員は年寄りばかり、当然接客サービスはよくない、しかも、店員の態度はなんだか分からないけれどプライドみたいなものは有るらしい。

 そのような、お店がチラシをまいて、チンドンヤを出せば即、売り上げが上がりますか?
 このような、疑問が私にはあります。どうすれば売り上げが上がるかを、考えるのであれば、何を売るのか、その為にはどこを直し何処を押さえるのか、そのためのに、店の内部で統一する為のアンケート5回であったと思っています。

 質問A では、祭典の後の委員長講演ではなく、会員の皆様が参加をして信仰のこととは直接関係のない、生活の色々を発表し、それに対し多くの意見交換をするような事をイメージしています。

 多方面の意見が出ていると思いますが、みな惟神会を思えばこそのことと思いますが、すべてを反映すると焦点ボケになりかねません。
 是非、アイ、プロとしての取り纏めを期待しております。


 惟神会の何が日本社会に役に立つのか。何が「人のため・世のため」になるのか。
 一般に言うボランティア活動は、労多く効果は少ないと、私は思います。
やはり、「敬神崇祖」「四魂具足」という日本の伝統的な生き方の「良さ」を、先ず自らが生活を通して体感し、その「良さ」を広く日本の皆さんに伝えることにあると思うのですが。

 大切なことは、「人のため・世のため」になるのだという目的意識であり、その目的に向かっての強い思いと実行です。この思いと実行が、実は、その人に喜びと生きがいを与え、御稜威を頂くことになる、と思います。

 その「良さ」をどのように実感するのか。一つのアイデアですが、
 新しい試みとして、会員皆が参加して、お互いに自分の感じる「良さ」を、文章作成に気を使わないで、思った言葉をそのまま出して、我々が今やっているメールによる情報交換会のようなやり方で、披露し合うというのはどうでしょうか。お互いに教え合い、また刺激しあって、今まで気がつかなかった「良さ」を実感したりするのではないでしょうか。


 今回は人のため、世のためを考え且つ行動し、社会との係わりを持っていきましょう、がテーマであった。

 京都はお地蔵さん行事の盛んな土地柄で、殆どの町内に一体の地蔵さんが祀られている。毎年8月後半には地蔵を囲んで盆踊りなどが開かれ、子供たちの楽しみ団欒の場でもある。最近は高齢化が進み子供の数は急減しているが我が町内でも伝統行事として今年も行われた。
 お地蔵さんの日頃のお勤めは、当番制で掃除、お花、お供えなど行い、関連した行事は各家の寄付によってまがなわれている。

 当家では、父の代からこれらの係わりは一切断り、寄付もお断りしてきた。
 先日突然に隣の町内会長の奥さんが、地蔵盆へお供えの引き出物としてお赤飯のパックを持って見えた。
何時もは家内が対応していたが、留守で私が対応した。
 当家は日頃何のお手伝いもしていない、寄付もしていないと受け取りを固辞したが、○○委員として何時もお世話になっており、皆さんの総意なのでお届けに上がった。との事で押し問答の末、受け取らざるを得なかった。

 その時急に、私の家は仏教だが、お宅はどんな神様をお祀りになっているのですか、と質問された。
毎月の遥拝祭には、神言、惟神会の歌と、お隣や近所にも響いており、不審に思われていたのであろうが、急に聞かれると何から答えるべきか戸惑ったが、祖霊様、氏神様について要点のみお話したが、氏神様は藤森神社ですか、教祖はどなたですか、など矢継ぎ早に質問され突然の事だけに一瞬言葉に窮した。
普通は私の家は、仏教(○○派)、キリスト教、天理教、大本教、など言えば凡そ納得してもらえるが、惟神会とは、一口で説明するのも無理で理解して頂くのは更に困難であり、一目瞭然これを見てくださいといった解説書もないのを痛感した。
 今回のテーマとかけ離れた回答となったが、「社会との係わり」「教拡」の難しさなど最近の事例を述べさせて頂いた。

ア イ・プロジェクトも五回のアンケートを一応終わるとの事、その間の当事者のご苦労は大変だったと思うが、次の新しい展開を目指して更なる御尽力を御願いしたい。
 今更こんな事例をと感ずる方も多いと思うが、今回のような的外れの投稿もあっても良いのではとご披露申し上げた次第。
(この内容は支部座談会でもお話し申し上げ、国教の支部だよりにも掲載され重複となりますがご判読願います)

【広域的】
     1.機関紙等を積極的に外部に提供
     2.インターネットにて相談窓口の開設
     3.行政(渋谷区)に講演活動が可能か相談
       
【狭義的】
     1.大祭の拡充
       @ 春、秋の大祭にて外部者へ講演依頼
          (著名人等であれば一般を参加させ易い)
       A 近隣住民へのアプローチ
          (バザー等を活用、安価な商品を提供)
                                 
*質問3 は大変難儀な問題ですが、多数の意見が欲しいですね。
      今はこれしか浮かびませんが、会議まで時間あるので、上
      記以外にも考えていきたいと思います。

 この質問についてはじっくりと考えることといたします。
*アイプロとして、全員参加型が良いという意見なら、反対はしませんが、返って収拾がつかなくなる気もします。

 ある考え方をまとめて、全員に周知徹底(変更があってもよい)するというのなら良いのですが、進め方に十分注意する必要があると思います。

 非常に難しいとテーマたと感じています。でもチャレンジしてみる事は厭わない!。
 
 今の日本では理系文系を問わず学問・研究の世界が大変広く深くなってきています。

 大学を出ただけでは、説得力のある評論や論文は書けず、理系の多くの学生は大学院に進んで専門性を高め、文系の大学院進学はそれほど高くないかもしれませんが、それぞれの分野で、色々な本を読み資料を調べ、他者の発想しない考え方を磨いて意見をぶつけてきます。
(色々おかしな論調も多いですが,それぞれによく調べているなと思います)

 惟神会に於いても、さまざまな専門の方がいらっしゃいますので、その専門知識を会員相互の知識向上・意見発信に活用できないでしょうか。
 社会性のあるテーマに関して、通例の国教誌上でなく、12月増刊号や別のタイミングでの出版活動ができないのかなと思います。

 昔、岸先生は多くの書籍を発刊され、その印税が会活動の経済的な支えであったと聞いたことがあります。惟神会も出版社をもって裾野の広い出版活動をすすめてはという意見もありました。

 決して多くない惟神会のリソースを有効に活用するには、全員参加で進めるしかないと思います。
それぞれの才能活用はまさに幸霊の発露であると思います。

 (神様とか霊という表現を用いずに)会の意思表明(世間一般者に向けた)は必要でしょう。
 年1回、そのような雑誌(ISINKAI ANNUAL REPORT) の制作を検討してはいかがでしょう。

 
 國教9月号に、委員長の「家族信仰の充実・その3」として「家族と氏神・祖霊の関わりについて」というお話が掲載されています。このお話の内容は、「家族間の繋がりを基に、氏神様・祖霊様とどのように接して行けばよいか」という事が書いてあるのですが、ここに書いてある「家族との接し方」をもう少し拡大して社会とも関わって行けば良いのではないでしょうか。

 ご参考:京都の川村様から地元での神社の祭礼についてのご体験が出されておりますが、最近お聞きしました埼玉支部のある方の場合は、地域の神社の祭礼の寄付集めの際、寄付を断るのではなく、自家で信仰している宗教の事を説明し、町内のお付き合いということでなにがしかの寄付をされたそうです。更に、家の中に上がっていただいて、神床をお見せしたそうです。   


 社会との係わりについて二つの整理が考えられます。
 第一は、川村氏が述べておられるように、委員長が積極的に外に出向き、昨今の世相の中、惟神会の教えの尊さを説く。
 第二は、さまざまなジャンルの立場に居られる外部の方々をお呼びし、社会の一片に触れていく。この場合、惟神会員の中にも、様々なジャンルに身を置いておられる方、経験をされてきた方が多く居られるので、大いに活用すべきであろう。
 こうした方々のご意見や考え方を、信仰を軸に、毎回お話を聞く会の設定も考えられます。

PS 野口氏のお話、その通りと思います。
 私は広告企画に携わり、販売促進も手がけております。魅力ある商品も必ず売れるとは限りません。クライアントが一方的に消費者に働きかけるメッセージより、消費者が商品に、あるいは広告に近づいてくるメッセージを私たちは大切にしています。ヒットする良心的な広告の秘訣もここにヒントがありそうです。外部からやってくる、そのためのメッセージ作り、惟神会も同じですね。


 職場等において信仰の話をすることがありますが、神も仏も同じ(違いを知らない)と考えている人が殆どです。つまり、日本の成り立ちとか、敬神数祖の観念とか全く教育されていないし、生活環境の中に信仰心の実態のないのが、現実ではないでしょうか。そこのあたりから少しずつでも変えていかなければならないと思います。

 テーマから少し外れるかもしれませんが次のような記事がありましたのでご紹介します。

 9月8日の駐日新聞の夕刊に「神仏和合 再興を」僧も伊勢参拝とい記事が掲載されました。
 伊勢神宮のほか、延暦寺、東大寺、石清水八幡宮など近畿の150社寺でつくる「神仏霊場会」は8日、三重県伊勢市の皇學館大學で式典を開き、会の発足を祝った。

 式典後に、近くの伊勢神宮の内宮にそろって参拝。正装した宮司や住職らが五十鈴川に架かる宇治橋を渡り、社殿に向かった。神仏霊場会は、神と仏が和合してきた明治維新前の信仰の再興を目指し、伊勢神宮と150の社寺を結ぶ新たな巡拝の道を提唱している。

以上記事
 互いに排他的にならず和合(親愛)の情ならいいのですが、明治維新前の信仰の再興を目指すとあり、今後の動向に注目していく必要があります。


 惟神会の社会との係わりについて、質問1にあるように、種々の社会問題に対し、本当の解決策までは提案できないとしても、惟神会的に解釈するとこうあるべきというような見解をまとめることは必要と思います。

 また、質問2にあるように、実生活の上に立ち、日常生活の中でのどのように四魂具足の実践を進めていくかを説いていくことも大切だと考えます。

 人のため・世のためというと、ともすると荒魂的な面だけがフォーカスされてしまいがちですが、その中にも他の魂の働きも加わるような説明をすることが、惟神会としての特徴を現す方法ではないかと思います。もちろん、言うだけでなく、会員自らが率先して実践できなければ意味がないと思いますが。

 日常生活において、どんなことにも常に四魂具足の観点から物事を見ることを提言していくことが必要と思います。


 子どものころは、なんとなく気恥ずかしい気持ちを持っていたが,現委員長
の「昌代さんへ」という若い世代への方への導きを読んでから自分の子の交際相手にも気軽に話せるようになった。
 自分のなかのこの気持ちの変化をこれからも大切にしたいと考えている。

 
外に発信していくことは大事で必要なことです。一方、その内容が如何に立派で、正しいことであっても、理解できない表現であれば、独りよがり、押し付けと受け取られ敬遠されると思います。
 その意味で、質問2のような、日々の実践より、悩みや課題点への経験に基づいた対処方法(真の知恵)を伝達し共有する働きかけが必要と考えます。
例えば、1)子育ての知恵、2)もったいないという心 などがうま伝われば、家庭でのしつけや教育の再構築、消費(浪費)経済による環境破壊の歯止め にも役立っていくのでないでしょうか。
 会員の皆さんには、多様な経験、知恵を持った方がいらっしゃるので、その方々の生き様、知恵を若い世代に伝えていく。

以上