序章 国のまほろば奈良はいま

 

「近くのゴミの山を見て」

 

  ぼくの家の近くには、大きなゴミの山があります。テレビでは産廃富士とか言われています。

 そこに行くには、自転車で往復三分あれば十分です。

 ゴミ山は、今にもくずれてきそうで、横のさくが、道路によりかかってきています。

 さらに、ゴミ山の上には、大きなユンボが今にも落ちそうになってとまっています。

ゴミの中には、イス、おかしのふくろ、ビニールぶくろ、カン、東京のゴミぶくろなど、いろんな物がいっぱい見あたります。

 そして、消防団の出動した火事だけでも十一回。そのうちの一回はすごい大火事があったのです。

 南の空が、真っ暗な夜なのに、夕やけ空のようでした。

 現場のゴミ山にすぐ行って見ると、ゴミ山がものすごく燃えていて、まるで火の海のようでした。

 村じゅうの消防団が出動し、五條市からも消防車やパトカーがきました。

 その後、一週間燃え続け、消防団は放水したり、水を運んだりして、やっと消しました。いやな、くさいにおいも、一週間以上におい続けました。

 大火事から三年、その間もずんずん山は高くなり、とうとう産廃富士と呼ばれるまでになったのです。

 村の人達は、もうがまんできなくなってゴミさし止めさいばんを申し出ました。

 そして、今月一月、ゴミさし止めの仮処分が下りました。

 ぼくは、お父さん達や村の人のがんばりがゴミ問題を一つひとつ解決していくんだなあと思いました。

 ぼくは、将来、ゴミの山のなくなった村で大きな柿をたくさんつくります。

                                                (西吉野村 小学六年生の作文より)

 

歴史の素顔に出逢いたい?

 

 「倭(やまと)は 国のまほろば、たたなづく青垣、山ごもれる 倭し うるはし」と古事記にもうたわれた奈良。日本武尊(ヤマトタケル)が東国へ遠征の帰り道、伊勢の能煩野(現在の鈴鹿市)で、重い病気にかかり、亡くなる時、故郷大和を回想した「国のまほろば」(日本で一番よいところ)奈良の山々は、産廃という現代文明の落とし子で、今や存亡の危機に直面している。

 法隆寺と「古都奈良の文化財」の二つの世界遺産をもつ奈良県は、日本人の心のふるさと、文化発祥の地である。

 奈良公園、若草山、柳生の里、室生寺、多武峰、吉野山、どれも奈良を訪れる人の心をとらえて離さない。

 第十六回大和路キャンペーン「歴史の素顔に出逢いたい」の実施期間中におこなった「奈良の観光についてのアンケート調査」が奈良市経済部観光課から発表されている。

 この調査によれば、「奈良への来訪意向」すなわち、「奈良に行きたいと思うか?」について「思う」という人が九九%であり、「奈良へ来たい理由」の第一が「古社寺・史跡が多い」七八・二%、第二が「自然環境がよい」が四四・三%と答えている。

 「自然環境がよい」と奈良の魅力を語る観光客も、その山の一部がゴミの山にとって変わられようとする現実を、だれも知らない。

 奈良の景観をかもしだす奈良盆地をとりまく「たたなづく青垣」とたとえられた山々が危ない。

 

世界遺産のとなりはゴミの山

 

 九八年十二月に京都で開かれた第二十二回世界遺産委員会で、「古都奈良の文化財」の世界遺産リストへの登録が決定した。「古都奈良の文化財」は八つの資産で構成されている。国宝建造物があり、敷地が史跡に指定されている東大寺、興福寺、春日大社、元興寺、薬師寺、唐招提寺と、特別史跡・特別天然記念物に指定されている平城宮跡、春日山原生林である。

 「世界遺産条約は、地球上の”場所”を保護しようとする条約です。建物も、土地から切り離して考えるのではなく、それが立っている”場所”全体を保護するという考え方です。」(奈良市パンフレットより)とされ、緩衝地帯(バッファゾーン)と歴史的環境調整区域(ハーモニーゾーン)が設けられている。

 奈良市の東部地域に広がる産廃処分場や残土処分場などを奈良市の地図に落としてみた。

 なんと、ゴミや産廃の山がこの緩衝地帯(バッファゾーン)に隣接しているのである。世界遺産のバッファゾーンの周辺の数十ヘクタールがゴミとゴルフ場の山となっている。

 200X年、古都奈良の世界遺産はゴミで埋まる…。

 

水質全国ワースト・ワン大和川の雄コイに精巣萎縮や変形

 

 問題は景観だけではない。九九年七月、建設省は全国の一級河川を対象に実施した九八年の水質調査結果を発表した。

 全国ワースト・ワンは、奈良県から大阪府に流れる大和川である。前回の二位から今回は「めでたく」ワースト・ワンに返り咲いた。

 この大和川中下流域に、精巣が萎縮、変形した雄のコイが多くいることが、奈良県橿原市立畝傍中学科学部の調査でわかった。

 同様の事例は、東京都の多摩川、沖縄県の億首(おくび)川でもあり、国内では三例目とのことである。

 調査は、大和郡山市の大和川と佐保川の合流地点と、大阪府堺市の大和川下流で計四十匹(うち雄二十三匹)のコイを捕獲し、解剖して生殖腺を調べることによっておこなわれた。その結果、中流の大和郡山市でとれたコイの一匹に、二またに分かれた精巣の片方がこぶ状、残りがひも状という変形が見つかった。顕微鏡の観察ではほとんど精子も確認できないという。

 堺市でとれた雄のコイ七匹のすべての精巣が細いひも状に萎縮しており、精巣の重さが〇・五グラムと中流のコイの正常な精巣の数十から五分の一程度しかないものもあったという。(九八年八月二十七日付け毎日新聞夕刊)

 いま、ゴミの山は奈良の景観と「いのちの水」をむしばんでいる。

 「水はいのち」「可愛いい子どもや孫たちに美しい水を!」ゴルフ場反対運動で掲げたスローガンが、いま再びよみがえる。

《つづく》