第3章 古都奈良は水で滅んだ?

 九九年七月二十五日に奈良県山添村の布目ダムをメイン会場にして「’99水と緑のまほろばフェスタ」がおこなわれた。この企画の一つとして、「伝えよう、水と緑を次世代に」「古都奈良から21世紀へのメッセージ」と題されたパネルディスカッションが催された。

 このパネルディスカッションのパネラーの一人、(社)淡水生物研究所長の森下郁子さんは、「奈良が七十年ほどで京都に都が移ったのは、奈良の自然、とくに水の条件が当時の三十万人の人口を支えることができなかったからではないか」と発言をされた。

 奈良の発展と清冽な水の確保は不可分のものではないだろうか。

 水道水と廃棄物処分場との関係はどうなっているのだろうか。

 廃棄物処分場は迷惑施設として、どこの市町村でも、住民からいやがられている施設である。
そういうことから必然的に、人口の少ない、過疎地や山間部がその設置場所となる。産業廃棄物の場合は、事業活動が盛んな大都市が主な排出源であり、そこからあまり離れていない、しかも、土地の地価が安く、農林業などが荒廃している地域がねらわれる。

 そこに、高速道路や国道、あるいは広域農道など、十トン以上の産廃の大型トラックがすれちがえる道路のある地域が、絶好の場所となる。関東では埼玉県の所沢や栃木県の那須など、そして、近畿では、奈良や和歌山、兵庫などが、そういった地域となっている。

 淀川水系の三つの主要河川の一つ木津川流域からみてみよう。

 この流域と廃棄物処分場の関係は図のようになっている。

 木津川の上流は木津川本流と名張川に分かれる。この名張川に、伊賀南部一般廃棄物処分場の排水が入る。

 三重県と奈良県の県境、毒ブドウ酒事件で知られている名張市葛尾で、室生村の三つの処分場の排水が名張川に合流する。

 その手前二キロメートルほど上流のところに、山添村岩屋地区の簡易水道の水源がある。

 この地域は、奈良時代、東大寺を建立する際に、この流域に広がる板蝿の杣といわれる原生林から、材木を切り出し、筏で名張川、木津川を経由し、木津の港で引き上げて、奈良の都に運んだと伝えられている。

 葛尾から名張川を奈良と三重の県境をかすめるように下ると、月ヶ瀬村に入る。その手前、山添村中峯山で、三重県上野市にあるヤマゼンと三重中央開発の産廃処分場の排水が流れ込む。

 その付近が、月ヶ瀬湖(高山ダム)の最上流部である。

 月ヶ瀬村桃香野は、この月ヶ瀬湖から簡易水道を取水している。

 数年前、このダムで大量の魚が浮き上がる事件があり、現在は、夏の渇水期などに限り、使用されているのみである。春には梅や桜が咲き乱れ、最近できた月ヶ瀬温泉とあわせ、年間一〇万人をこえる観光客が訪れる。

 川は京都府に入り、流れを北方から西方に向きをかえる。左右の渓谷をながめながら、笠置をこえ木津町に入る。

 ここに奈良市の木津浄水場がある。ここから奈良市西部地域に飲料水が供給されている。この上流だけで、一般廃棄物、産業廃棄物の処分場やそれに類する残土処分場などを合わせると、何と四十以上もある。

 そこからさらに下流に、京都府、井手町、京田辺市、阪神水道企業団、大阪市、大阪府、枚方市、守口市、尼崎市、伊丹市、寝屋川市、吹田市、西宮市と京阪神の自治体の水道水が取水され

ている。

 大和川水系についても、西吉野村などの処分場の下流に、奈良県、五條市、粉河町、那賀町、橋本市、和歌山市の水道水源が広がっている。

 

赤い水と奇形プランクトン

 

 奈良市内を流れる佐保川に、奈良市の一般廃棄物処分場(すでに埋め立て完了)の排水が流れ込んでいる。

 処分場の排水口や汚水が流れる水路は、ゴルフ場の排水などに見られるような褐色をしており、吐き気をもよおすような独特の臭気がただよう。

 「奈良市最終処分場跡地、閉鎖二〇年、今も流れる赤い水」「周辺河川に奇形プランクトン」と奈良新聞(九八年七月二十七日付け)はセンセーショナルな見出しをつけている。

 元京都府立大学講師の小杉さんの調査によると、奈良市中ノ川の最終処分場跡地付近の佐保川で、処分場からの排水が流入する付近では、植物プランクトンの珪藻(けいそう)類に奇形が多くみられたほか、細胞が溶けていたり、部分的に欠けているなどの破損がみられたという。

 小杉さんは「珪藻類のような小さなプランクトンの異常は、それを食べる魚や鳥に影響すると考えられる。実際に、赤い水の中では魚や水生昆虫の生息が確認されなかった。魚やプランクトンが生きられない川が、人間にとって問題がないはずがない」と警告している。

 

甲子園球場にボール1個のダイオキシン

 

 「うちの会社の焼却炉は、ダイオキシンが全然でません。ダイオキシンは甲子園球場にボール一個ぐらいのもんです。」と、山添村に産業廃棄物の焼却炉を建設するというO社の社長は胸を張って答えた。これを聞いた村民は「それなら安心」と思ったとしても無理はない。

 しかし、世間を騒がしているダイオキシンは、ほんの「ちょっと」で人体に影響をおよぼすやっかいなものである。しかもこの「ちょっと」がとんでもなく小さい単位なのである。ダイオキシンの単位はピコグラムやナノグラムの世界である。ピコグラムは一兆分の一グラム、ナノグラムは十億分の一グラムである。

 余談になるが、住専への税金投入が六千八百五十億円で国民の大きな怒りを呼んだ。ところが、三十兆円の銀行への税金投入が、その金額にふさわしい国民の反対にあわなかったのも、その数字が庶民の日常の生活とかかわる数字とあまりにもかけ離れていたからではないのだろうか。

 ダイオキシンの急性毒性はモルモットの半数致死量で〇・六マイクログラムと言われている。

「甲子園球場にボール一個」はこれに匹敵する濃度、わずかそれだけで死に至るのである。ましてや、最近はやりのダイオキシンの慢性毒性や催奇形性、「環境ホルモン」としての作用といえば、それのさらに千分の一から万分の一のピコやナノの単位なのである。「ちょっと」というのはこれぐらい、「ちょっと」の単位なのである。

 九七年の奈良県のダイオキシンの発生推計量は、わずか一二二グラムである。これが、生物の健康や安全にとっては、とんでもない莫大な量なのである。ちなみに、これはスウェーデンやノルウェーの一国のダイオキシン量の数倍にあたる。

 奈良県の面積に対して、ゴミの山はほんの「ちょっと」かも知れない。しかし、そのごみの山にはダイオキシンや「環境ホルモン」を溶出する廃プラスチック類が大量に投棄されている。それが人体に影響をおよぼす可能性から見ればとんでもない巨大なものではないだろうか。

 廃棄物の中に焼却灰や廃プラスチックなどダイオキシンやビスフェノールA、ノニルフェノールなどの環境ホルモンとして作用する物質が含まれ、それが野ざらしになっている。

 

産廃処分場から環境ホルモン流出

 

 最近、ニュースなどで、環境ホルモンという言葉をよく耳にする。しかし、その内容についてはあまり知られていない。

 環境ホルモンとは、正式には「内分泌かく乱物質」という。環境ホルモンは、いくつかの化学物質が人間や動物などの体内にはいり、体の働きを調整するホルモンのまねをしたり、ほんとうのホルモンの働きをじゃましたりする物質のことである。

 ポリカーボネート容器からビスフェノールAという環境ホルモン物質がとけだすことが知られて、学校給食の容器を陶磁器に切り替える学校などもでてきている。

 環境ホルモンがとけだすのは食器だけではない。工場などの排出ガスや排水、農薬や殺虫剤、電気製品、家具、道具、カーテン、接着剤など、身近なもものなかに含まれている。

 これらのものがゴミになれば、当然のことながら、環境ホルモンがとけだす。

 水源を汚染しないといわれている安定型処分場には、廃プラスチック類が大量に捨てられる。これらの処分場の排水からは、ビスフェノールAやフタル酸エステルなどの環境ホルモンが流失する。管理型処分場では、焼却灰に含まれるダイオキシンなどが排水を通して流失する。

 産廃処分場による環境ホルモンの影響について、興味深い報告がある。

 「水情報」NO.6に掲載された高橋敬雄・進藤秀の論文である。

 新潟県内六十五の産廃処分場の排出水を十九地点で採取し、環境ホルモンの調査を実施したものである。調査した地点のうち二カ所を除いて、ほとんどの処分場の排出水から、河川水よりはるかに高い水準のビスフェノールAが検出され、うち二カ所では五十μg/lを超えた、という。

 イギリス環境庁の実験結果では、ニジマスでの実験で、環境ホルモン物質であるノニルフェノールは、卵黄タンパクへの影響は、五・〇二μg/lまで、精巣への影響は二〇・三μg/lまではなかったと報告されている。

 逆に言えば、それを超えれば、人体や動物など何らかの影響があるということではないか。

 奈良県内で環境ホルモンを調査した結果のデータは、きわめて限られている。

 九八年七〜八月にかけて建設省河川局が、全国百九水系の二百五十六地点で河川の環境ホルモン調査をおこなった。

 検出率が高かったのがビスフェノールAで、二百五十六地点中百四十七地点で検出されている。

 汚染度を水系別に見ると、利根川、多摩川、淀川、重信川などの都市部の河川で検出率が高く、合成洗剤とプラスチック関連の環境ホルモンが広範囲で検出されたことが大きな特徴であった。

 この発表の詳細をとりよせ、県内および周辺の環境ホルモン濃度を調べた。

 淀川水系名張川では、高山ダムでビスフェノールAが〇・〇七μg/l、エストラジオールが一・〇μg/l検出された。

 布目川の布目ダムでは、ビスフェノールAが〇・〇三μg/l、エストラジオールが三・三μg/l検出された。

 民間団体である「淀川水系の水質を調べる会」は、数年にわたって淀川水系の水質や水生生物の調査をおこなっている。最近、この調査項目に、環境ホルモン物質であるビスフェノールAとノニルフェノールの調査をくわえた。

 今年一月の調査では、室生村多田地区のD社産廃処分場の排水が流入する小水路で、ビスフェノールAが〇・七μg/l、ノニルフェノール〇・二六μg/l検出されている。

 四月の調査では、ビスフェノールA一・六μg/l、ノニルフェノール〇・六六μg/lを検出し、調査十四地点中いずれの値も最高濃度をしめしている。

 これらの数値が、産廃処分場の排水が周辺の清冽な河川の水によって希釈されていることを考えれば、処分場の排水そのものの環境ホルモン濃度が、生物に影響を与えるレベルに達していないとは言い切れない。

 いずれにしても、産廃処分場から環境ホルモンが流失し続けていることは明らかである。

 

カラスなぜ鳴くの、カラスの勝手でしょ

 

 廃棄物処分場をすみかにしている生き物がいる。カラスである。たいていの処分場は、カラスでいっぱいである。カラスは雑食だ。処分場に捨てられているゴミのなかから餌を見つけだす。

 カラスは何を食べているのだろう。

 室生村の処分場の周辺の山林を分け入ると、カラスが興味をもったモノが大量に落ちている。マヨネーズの袋である。それも一つや二つでない。数百はある。しかも、例外なく袋の横に穴があいている。

 これだ、カラスの餌は。食品会社か食堂の廃棄物か?。いわゆる事業系一般廃棄物である。

 「カラスなぜ鳴くの…。」

 カラスの餌はマヨネーズの袋の中身ではないのか。マヨネーズは家庭ゴミか、事業系一般廃棄物だ。産廃ではない。カラスは何でも知っている。

 土の中に埋められた生ゴミは、嫌気性分解されてメタンを発生する。そして処分場を通過した地下水や雨水は河川を汚し続ける。

 奈良県が、水質検査を実施している産廃処分場のうち、今年実施された放流水水質検査で、排水基準を超えて問題があるのは、次の処分場である。

 桜井市の奈良県中和営繕処分場(九九年七月五日検査BOD超過、九九年七月十四日検査BOD、COD超過)、室生村大願興産処分場(九九年七月二日検査BOD超過、SS超過)、奈良市の松谷建材処分場(九九年六月十日検査全窒素、BOD、COD超過)、五條市の手束処分場(九九年五月二十日検査COD超過)、御所市の掘之内土建処分場(九九年七月八日検査COD超過)

 なぜこういう問題がおきるのか。それは、安定型処分場に生ゴミなどの安定型以外の廃棄物を投棄するからである。

 九九年六月十七日から、安定型処分場の排水基準が変更されたが、これらの処分場の検査結果は、処分場への廃棄物の埋め立てを中止すべき水準となっている。


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